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第四章『あの日の約束』-1

第四章スタートです。


  1


 七月一六日に起こった君島海崎個人情報流出事件の犯行を行った舵富拓流(かじとみたくる)の取り調べが行われ、彼は様々な情報を吐いてくれた。

 彼が犯行を行った動機としては、有名人になりたかったから、という安直なものだった。

 誰も知らない君島海崎の現実世界でのことを暴けば、それはそれで優越感を得られる。そして、それを公表することで更なる優越感を得る。これが、彼が犯行に及んだ理由である。

 その行為で、いったいどのような影響が出るかはまったく考えていなかったらしい。

 個人情報を抜き取るプログラムは裏の世界の商人から大金で買ったという話で、その取引相手の商人については分からないことだらけ。舵富も売買を行っただけで、その商人については何も知らなかった。

 やり取りはメールで行ったとのこと。

 だが、その相手の情報はまったくつかめない。その手の業者だけあって尻尾が掴まれないようにアフターフォローがしっかりとなされている。もちろん、そのメールアドレスは既に使われていない。


「にしても……この短期間でアイツはどれだけ事件に巻き込まれるんだ?」


 会議室で一人、ぽつりと座りながらこれまでの事件のことを考えている最中、ふと、阿波乃渉(あわのわたる)は思ったことを口にした。

 六月二九日から七月一七日まで、この約半ヶ月の内に四つの事件に巻き込まれている。



 まず一つ目の事件は、六月二九日――君島海崎握手イベント事件。

 花束に偽装した洗脳系電子ドラッグプログラムを君島海崎に渡し、洗脳を試みようとした事件。その犯行は榊原結城によって未遂に終わる。その事件を起こした犯人の名は柊悟志(ひいらぎさとし)、中肉中背、二九歳の男性である。



 次に起こったのは七月四日――七城トレイン暴走事件。

 榊原結城と色川咲楽が下校の為に乗り込んだ電車が突然暴走を始める。管制からのコントロールが不能になり、車掌は原因究明のためにコントロールの電脳の中に入ったが、この電車を乗っ取ったであろう犯人に襲われ、意識を奪われる。

 しかし、榊原結城が電車のコントロールを乗っ取った犯人と交戦し、辛勝の末、コントロールを戻すことに成功。しかし、犯人の逃走を許してしまう。

 犯人は線が細く、声は高めではあるが男性らしさがあったとのこと。



 そのわずか三日後、七月七日――オーシャンリゾート事件が起こった。

 オーシャンリゾート内のプールの水温管理システムがクラッキングされ、異常温度に設定、水温一〇〇度を超え沸騰する事件が発生。火傷を負った者や、プールの浮島に取り残される人などが出た。

 それと同時期に、信号機システムがエラーを起こす事件が発生。

 このことから、オーシャンリゾートに警察やガーディアンを行かせぬよう足止めの目的があったのではないかと予想される。

 警察らが現地に行くのに手間取っている中、そこに居合わせた榊原結城によってこの事件は解決される。しかし、ガーディアンがプールに到着した(のち)、犯人は逃走。証拠となるようなものはすべて消し去り、完全に姿を消した。



 その一週間後――七月一四日。電脳アイドル君島海崎のストーカー事件が発生。偶然現場に居合わせた榊原結城が海崎のことを助けたため、怪我などは負わずに済んだ。

 一件落着かと思われた今回の事件は、その二日後に更なる発展を遂げる。

 更にその二日後の七月一六日。君島海崎のプライベート写真なるものが流出。その写真に写っていた人物は榊原結城と君島海崎こと西條海実だった。

 君島海崎の正体は結城と同じ高校に通う一年生、西條海実。彼女は自分の情報を隠してアイドルを行っていたのだが、電脳世界の体から個人情報(パーソナルデータ)抜き取る違法なプログラムにより、そのことを知られてしまう。

 それから悪質なストーカー行為がエスカレートしていき、ついには自宅に包丁と殺人予告が届く始末。

 しかし、ガーディアンの速やかな対応により、その犯行を行った人物が逮捕される。

 また、君島海崎はアイドルを引退。西條海実はその名を捨て、普通の女の子に戻った。

 榊原結城は一躍有名人と化したが、周りから奇異の目で見られることはなくなったとのこと。むしろ、写真がネットにばらまかれ、特定までされたことに同情されてしまっているそうだ。



 そして今日は七月の一九日。学生たちの待ちに待った夏休みの前日――終業式が各高校で行われている。

 渉が会議室で一人考えごとに耽っているときに、事務所の居間ではガーディアン一同が雑談を行っていた。


「しっかし、いいですよねぇ。学生たちは夏休みがあって。僕たち社会人はもうそんな夢のような日々はもう訪れないんですよねぇ」


 ボソッと、木戸卓己(きどたくみ)、二〇歳が呟いた。彼が高校を卒業して三年目の夏が訪れた彼は、学生の頃のような甘酸っぱい青春などもはや忘れてしまって――いや、そんなものはなかった。

 バイトに明け暮れ、金を稼ぐが恋人はいないので使い道がなく、ただただ金だけが溜まっていく。今年こそは、今年こそはと思いつつ三年の月日が経ち、高校生活が終了。社会人になってからというもの、仕事が忙しく恋愛などしている暇もない。

 こんなことになるのなら、高校生の頃に女の子をゲットするべくもっと必死こくべきだったと痛感する卓己。

 しかし、過ぎ去った時間は、もう、戻らないのである。


「うわああああああああああああああああああああああ。や、ヤメロォ!! わ、わたしはそんな話は聞きたくないのでござるぅ!!」


 パソコンの前で頭を抱えながら気持ち悪い奇声を上げたのは藤坂美樹(ふじさかみき)だ。

 彼女はまだ一五歳ではあるものの、プログラミングやハッキングの腕は大人顔負けの超一流のもの。渉からは今後の成長を楽しみにされている。

 そんな彼女は腐女子でボーイズラブ(BL)などが好きなのである。そのことになると、普段喋らなくてボソボソっと喋ったり、どもったりしてしまう彼女が一転、人が変わったようにテンションが上がって元気一杯に喋り出す。

 そんな残念金髪腐女子は、こんなことを言った。


「じじ、自分の得意なことで金になる仕事ができる俺勝ち組とか思ってた矢先、い、いそ、忙しすぎて、自分のやりたいことの半分も一日でで、できない件について」


 この言葉に、卓己は椅子をくるりと回転させ、美樹のことを見て言い放った。


「いや藤坂さん一日のほとんどパソコンで仕事に関係ないことやってるでしょ。僕知ってんだぞコラ~」

「ッチ。これだから童貞は」

「どどど、童貞ちゃうわ!」

「テンプレ乙」


 こんなアホな会話はいつも通りで、咎める者は誰もいない。美樹と卓己はいつもこれと似たような掛け合いをしている。

 その会話に疑問を抱いた線の細い女の子、渉の妹の阿波乃茜(あわのあかね)は言った。


奏多(かなた)さん、どーてい、って何ですか?」

「いぃ!?」


 驚きの声を上げたのは彼女の隣にいたショタ好きで有名、清楚感漂う美しく長い黒髪が特徴的な奏多深優(かなたみゆ)だった。


(えー、ちょっと待って。茜ちゃんって一七歳よね? こういうこと知らない純情乙女だったの茜ちゃんって。ここに来てからしばらく経つけど知らなかったわ)


 腕を組み、うーむ、と唸りながら彼女は考える。もう一七歳なのだし、そういう知識はしっかりと教えた方が良いのか。それともその純情さを壊さないようにそっとしておくのが一番なのだろうか。


「ど、童貞も知らないのかこの小娘ぇ! さ、さすが、あ、茜氏、あざいとい、あざとすぎるぜッ!!」

「ふふ、いつにも増して元気ね美樹ちゃん」


 茜は頬に手をそえながら上品に笑う。


「いやー、それほどでもないっすよデュフフ。ところで茜氏、童貞って言うのは女性経験のない男のことを言うのだぜ!」


 シーン……と少々の間の後、


『なに言っちゃってんの美樹ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』


 声を揃えて叫ぶ深優と卓己。

 珍しくスムーズな美樹の物言いに、二人が反応する隙も与えなかった。


「じゃあ、お兄ちゃんもそのどーてい、ってやつなんですね」

『…………………………パードゥン?』


 卓己、深優、美樹の三人はなぜか揃って英語で「もう一度言ってください」と聞いた。


「なんで英語なの? えーと、お兄ちゃんは、そのどーていってやつなんですね、って言ったんです」


 沈黙。

 そして沈黙。

 そしてさらに沈黙。

 時が止まったかのように感じさせるその空間は、異様な空気に包まれた。

 そして、後ろの会議室の扉が開かれる。


「どうしたんだお前ら? そんなに深刻そうな顔をして」


 そこにいる全員が一斉に渉の顔を見つめる。

 阿波乃渉という男は、イケメン、高身長、細マッチョ、さらに声がとても魅力的である。

 女にモテない要素などない彼が、なぜ女性経験がないのだろうか。全世界のモテない野郎どもにケンカでも売っているのだろうか――と、木戸は思うのであった。


「リーダー、一言言わせてください」

「なんだ木戸?」

「死ね!! 氏ねじゃなくて死ね!!」

「な、なんだ、なぜ俺がそんなストレートな悪口を言われなきゃいけないんだ!?」

「うるせぇ!! そのイケメンを持て余すくらいなら俺にくれよマジでさ!」

「木戸、お前そんな乱暴な口調で話す奴だったか? 人が変わり過ぎじゃないか?」


 困惑するしかない渉の傍ら、美樹はボソボソっと呟く。


「デュフフ、リーダーはホモの可能性が微レ存……?」

「ほも? びれぞん?」


 また知らなくていいような知識が彼女に植え付けられる前に何とかしようと、深優は必死に茜の両肩を掴んで鬼のような形相になりながら揺さぶった。


「あー茜ちゃん! もうそれ以上は気にしなくていいの!! いや、わりとマジで!」

「か~な~た~さ~ん、顔が~怖いで~すよ?」

「それくらい重要なことなのよこれは!」


 渉は理不尽な理由で卓己に悪口を言われ、美樹はネットスラングを使った言葉で場を乱し、茜は知らない言葉に興味津々で、それを必死に鬼のような形相で説得する深優。

 なんとも混沌とした場である。これが電脳世界の秩序を守るガーディアンには見えないだろうが、オフの時の彼らはこんな感じだ。

 これがガーディアンの日常の、一ページである。

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