第三章『見えない相手。知らない相手。誰もが平等である』-8
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君島海崎は、本日七月一七日水曜日、活動休止宣言からたった二日しか経っていないにも拘わらず再び会見を開くことを決定。各メディアやファンたちは平日であるにも関わらずその会見に注目した。
君島海崎が所属している事務所の社長は記者たちに軽く礼をした。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。先日、わたくしの事務所に所属する君島海崎がストーカー被害に会ったことによって、しばらく活動を休止すると宣言いたしましたが、この会見で、君島海崎の今後についてお話したいと思います」
また再び礼をする社長。続けて、海崎が立ち上がり礼をして、再び席に座る。
「本日は各メディアの方々にお集まりいただいて感謝しております。これからわたしの今後について話したいと思います」
海崎は一呼吸置く。その間に、たくさんの人たちが固唾を飲んだ。
「わたくし、君島海崎は本日をもってアイドル活動を辞めることにいたしました」
会場が沸く。驚きの声で騒がしくなる中、海崎は少しだけ大きな声を出して会場を沈めさせる。
「色々と聞きたいことがあると思いますが、まずはわたしの話を聞いていただければ幸いです」
ペラリと自分の言いたいことをまとめた紙をめくる。
「まず、先日流出した、君島海崎のものではないかと疑われたプライベート写真についてです。あれは――自分とはまったく無関係のものであり、赤の他人の写真です。いらぬ誤解を生んだこの騒動を遺憾に思います。例の写真に写っていたお二方には、わたしのせいで大変な思いをさせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです」
そして、と海崎は付け加えた。
「例の写真のお二方の話を聞いたときはとても悲しい気持ちになりました。わたしという存在のせいで迷惑をかけた、ということと、この不確かな情報によって、モラルのかけらもないメディアの皆様やファンの方々の押しかけ行動にです」
少しだけ声を強くして、海崎は怒りを露わにした。
結城たちがガーディアンの事務所にいた頃、西條が住んでいるマンションと、結城の家にメディアが押しかけていた。二人して誰もいないことから、憶測が憶測を呼び、世間では西條海実が君島海崎であること、そして榊原結城が海崎の恋人だということで決定したかのような雰囲気があったのである。
「アイドルを辞めたことを逃げだと言う方もいるでしょう。今わたしが言ったことが嘘だと思う方もいるでしょう。わたしのことをどう思おうが構いません。ただ、今回の騒動に巻き込まれたお二方につきましては、これ以上迷惑をかけないでいただきたい。そう願うばかりです」
君島海崎は、そうして、アイドルを辞め、電脳世界から姿を消した。
彼女はメディアからの質問をすべて聞き、すべてに返事を返した。どんなに卑劣な質問だろうが、彼女は勇敢に戦った。君島海崎が西條海実だということは巧妙に隠し通し、電脳世界から姿を消す計画を全うするために。
違法なプログラムで体を弄ったのではないか、という無知を見せびらかすような質問があった。
それは電脳世界に設置されているエラー検出用スキャナの存在によって否定される。
明らかに失言を狙うかのような質問もあった。人を怒らせるようなことを平気で聞いてくるその態度には怒りが沸々と沸いてくるが、それも冷静に、落ち着いて答えを返した。
他にも様々な質問があったが、その記者たちの質問内容があまりにも酷く、インターネットを中心に様々な議論がなされた。
その記者会見のメディア側が敵のように見えたせいなのか、君島海崎に味方する者は多く、その冷静さも相まって彼女の言葉を信じる者が続出した。
ただ、これは大きな意見であり、もちろん彼女の言葉を信じない人もいる。
しかし情報というものは面白いもので、少数の意見は多数の意見に負け、例の結城と海実が映った写真を持ち出してもハイハイ、と流されてしまい、人の印象には残らなかったりする。
去り方が綺麗だったせいか、君島海崎の話題は長い時間を使わず廃れていき、そうして結城も、海実も、平和な日常を過ごすことができるようになった。
その結果、こうしてクラスメイトと談笑することもできている。
「じゃあ、なに? 結城お前は色川と可愛い後輩ちゃんとプールに行ったってのか?」
「そうだよ、悪いか」
「あぁ悪いね。なんで! 俺たちを! 誘わなかった!!」
「知らんがな。つか、もし一緒に行ったらあの事件に巻き込まれたんだけどな」
「あーアレか。プールが沸騰したって言う」
「そう、それだ。たく、なんでまた俺のいくところで事件が起きるかね」
その犯人の目的が自分であるということは秘密にしなければならないことの一つだ。
だからクラスメイト等に話す場合は、その事件に巻き込まれはしたが何事もなかった、ということになっている。
もし本当のことを言えば、結城だけではなく彼の回りにも被害が及ぶ可能性がある。それだけは絶対に避けなければならない。
「呪われてんな。厄払いしてもらった方がいいんじゃね?」
「アホ。俺がオカルトを信じるような奴に見えるか? この科学の時代にさ」
「見えねえな。にしてもそのプールが原因であんな写真が出回って大変だったな?」
「まったくだよ。おかげで俺は一躍ネット世界の有名人。特定までされちまった」
「でも、今じゃ何ともないんだろ?」
「まぁな。話題の旬が過ぎてから変な奴にウロチョロされることはなくなったよ」
「よかったな、本当に」
「ま、父さんが警察であることが幸いしたよ」
ネットの住民の特定する力は恐ろしく、例の写真が出回った時にどこから情報が出たのかは分からないが家族構成までバレてしまった。そのとき、一緒に出てきたのは父親の榊原義嗣が刑事であること。
君島海崎の引退会見で、ウソではあるが、例の写真が全く関係のないものだと発覚し、身の潔白が証明された。その後、刑事がいる家に過度なイタズラをする輩がいるだろうか。一部の何を考えているか分からない奴を除いてではあるが、いない。
「そうだよ、結城のお父さんって刑事さんだったな!」
「まぁな。今じゃ父さんとか関係なく完全にほとぼりが冷めているから何ともないよ」
クラスの中では少し話題にはなるものの、笑い話程度で済むようなものだった。
そして、西條海実は、電脳病を克服しつつあった。
あの会見の日から君島海崎は消滅し、西條海実と一つになった。いや、元に戻ったと言うべきか。
それからというもの、海実は少しずつだが流暢に喋れるようになってきた。
海実の専門医曰く、精神的に分離してしまった二つの人格が、一つに戻ったことによって、彼女から失われていた要素が元に戻った……とのこと。
傍から聞いていた母親はいまいち理解できず、とにかく回復したことに喜んでいた。
そして、海実自身は医者に言われたことが何となくだが理解することができた。
自分の中に、君島海崎がいるのが何となくだが分かる。それは溶けて一つになり、もう認識することのできない人格ではあるが、記憶、というものによって、彼女の中には間違いなく君島海崎が未だに生きている。
あくまで感覚の話でしかないが、西條海実という人物を構成するものに欠かせない存在になっているのは間違いない。
だから彼女一人、ぽつりと、こう呟いた。
「おかえりなさい、もう一人の西條海実さん」
以上、第三章『見えない相手。知らない相手。誰もが平等である』でした。
アイドル要素と言ったな? あれは嘘だ。
第三章を書くにあたってのテーマは『インターネットの住人の考え・行動』です。
最近はスマホの普及によってネットというものがより身近になりました。
様々なSNSで様々な人たちのやり取りが行われる中、やはり間違った情報も流れてきます。それを有無を言わず信じてしまったり、よく考えず拡散し、その間違った情報が大事になってしまう。
そして、ネット上にある意見というのはある程度一方向に向いていると思うんですよね。意見に大きな流れがあって、逆らう人はチラホラいるものの、大半の人はその流れに身を任せてる。
そのことを主人公たちには喋ってもらったし、それによって起こりうる事態の当事者にもなってもらいました。
この第三章は作者の考えをぶつけさせてもらう章なんですよ。
エンターテイメントとはかけ離れた話になってしまい申し訳ありません。
もし、この第三章を呼んで何かを考える機会になっていただければ幸いです。
長いあとがきになってしまってすみません。
次は第四章『あの日の約束』です。
ついに結城の過去が明らかに!?