第一章『加速し続ける恐怖』‐1
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西暦二一四三年。
そこには生活に必要なものすべてが、ネットワークによって管理された社会が形成されていた。
そして――人類はそこに新たな生活空間を創り上げた。
それが電脳世界。
現実世界とリンクしているそれは、買い物やお金の管理、飛行機や電車のチケットの予約、様々な娯楽等々、何でもできる世界であり、人々は大いにこの世界を利用している。
さて、どこにでもある普通の一軒家の自室のベッドに寝転がっている男子高校生、榊原結城が今まさに電脳世界へ入ろうとしているところだ。しかし、特別何かしらの装置を持っているわけではない。
そもそも、必要な装置は自分の体に埋め込まれているのである。
一昔前は特別な装置を使う必要があったが、今や電脳世界に入るのに必要な装置――パルスイン・システムチップというものが頭の中に埋め込まれており、それを使うことで無線で電脳世界に接続することが可能なのだ。
それが『パルスイン・システム』である。
いわば脳波とは一種の電気信号であり、それを利用したのがこのシステムなのである。
人の脳波の電気信号をデータ化し、それを電脳世界に送り込む。そして現実世界における肉体を電脳世界に再現するのだ。
結城はベッドに横になると、こう宣言した。
「パルスイン」
現実世界のその身は眠りについているような状態になり、電脳空間へとデータが送られていく。そして、彼の目の前には『Access』という青い文字が映し出された。
そして目の前に広がったのは四角い箱の中のような空間。周りには四角いアイコンが何個か浮いており、中央には円柱型の光の柱がある。
彼が今いる場所はHPというもので、自宅からインターネットへと入るとき、その前に必ずこのエリアに飛ばされるのだ。
結城は自分の住んでいる地域、七城市エリアのブックマークの前に立つ。四角いアイコンがそれだ。指でそのアイコンをタップすると、その身が白く発光し、結城の姿はここから消えた。その身は七城市エリアのポートエリア――いわゆる出入口――へと飛ばされたのである。
目の前に広がる光景は現実世界の光景に似ているが、それは街の構成だけで、建物はまるでSF映画のような近未来的なものが建ち並んでいた。そしてそこにはたくさんの人だかり。
これが電脳世界の日常的光景。
IT企業が建ち並ぶその七城市は、日本の首都東京にも勝る最先端の情報が手に入れられる場所である。いわば、第二の首都と言ってもいい。
この結城という高校生は、この七城市、副文町エリアのポートエリアで友人と待ち合わせをしているのである。その友人とは、結城の幼馴染の女の子。結城がドン引きするほどのオタクっぷりで、今回も彼女の用事になぜか呼ばれたのである。嫌な予感がしてならない。
(今回はいったいどんなところに連れて行かれるんだ……?)
正直、結城はオタク趣味はあまりない。まったく分からないわけではないが、七城市の副文町はオタク向けコンテンツ、つまりサブカルチャーも盛んである。まぁ、東京の秋葉原には負ける規模ではあるのだが。
その第二のオタクの聖地には、その幼馴染の誘いがない限り足を踏み入れることはない。とは言っても、結城は幼馴染によく付き合わされているため、街の構造は隅々まで知っていたりする。
さてさて、待っていても幼馴染は姿を現さない。約束の時間を一〇分オーバーしても、連絡の一つも寄こしてこないとは、いったいどういうことなのだろうか。
結城はそれからもひたすらポートエリアで待っていると、また一人ここに転送されてきた。そのシルエットを見た瞬間、彼はその人が何者なのか把握できた。
その人は肩に軽くかかるくらいの黒い艶のあるセミロングをふわっとさせながら、駆け寄ってくるなり焦る素振りを見せてこう言った。
「ごめんごめん! 遅れちった☆」
彼女は右手に作った拳を頭にちょこんと当て、舌をチロっと出しながら言った。あまりにも無理があるぶりっ子ぷりに、結城は電脳世界だというのに鳥肌が立つくらいに寒気を感じた。
「キモイぞ咲楽。つか、お前の用事なのにお前が遅れてどうするんだよ」
そう、この子こそが結城の幼馴染である色川咲楽なのである。
「ごめんって言ってんじゃん。さて、時間もないしさっさと行くよ~」
「お前、遅れてきた身分でよくそんな態度取れるよな。図太いやつだなまったく」
「図太いって……女の子にその表現はどうかと思うよ?」
「お前が女の子とか、寝言は寝て言え」
「生物学上は女です~。ってぇ! 口ゲンカなんかしている場合じゃねぇ!!」
急に叫びだしたかと思えば、咲楽は柵をスタイリッシュにジャンプで飛び越えて駆けだした。
彼女の目的は結城に会うことではない。会うなら家も隣同士だし現実世界でもできる。
今回の目的はただ一つ。大人気ネットアイドル、君島海崎、通称ミサッキーの握手会への参加だ。彼女がいるからこそ、秋葉原エリアではなく、この副文町エリアに足を運ぶオタクがいるというのは間違いない。
しかし、なぜ結城が付き合わされるのか、その理由はよく分からない。
「はっはっはぁ!! 待っててね、ミサッキー!! 今から私が行ってあげるから」
咲楽は女の子らしからぬ笑い声を上げながら全力疾走で駆けだした。
結城は彼女の奇行にドン引きしながらも、幼馴染という特別なフィルターのおかげで何とか友達でいてあげられている。もし、彼女が幼馴染でもなんでもない人ならば、きっと近寄ることすらなかっただろう。だって単純に気持ち悪いから。
軽いマラソンをした咲楽と結城はソフトマップという、パソコン製品などを販売しているお店までやって来た。ここではよくアイドルや声優のイベントを行っている。それは現実世界でも電脳世界でも同じだ。
今ここで行われているのは電脳アイドル君島海崎の握手会イベント。
大人気アイドルだけあって、そこはすぐに帰りたくなるほどの人の群れ。男しかいないような場所に誰が好き好んで入って行くだろう。その海崎というアイドルのファンならともかく、結城は別にファンではない。
「おい咲楽、俺はここで待ってるぞ。あんな人の群れの中に入る気にならねぇ」
「え~!? なんでなんで? あのミサッキーの握手会だよ? 整理券だって結城の分まで手に入れてあげたのに!!」
「何で頼んでもいない俺の分まで用意してんだよお前は!?」
「だって、ゆうくんと一緒に行きたかったんだもん!」
「いや、俺じゃなくてあの子と行けばよかったじゃん。えっとなんだっけ? コミマで出会った……う~ん」
「紅炎ちゃん?」
「そうそう! 彼女、こういうの好きなんじゃないの?」
「紅炎ちゃんはコスプレ専門だからね。アイドルは趣味じゃないんだ」
「だからって俺を誘たのか?」
「いいじゃん! 今までもこうして来たんだしね」
結城は頭を抱えながら思わずため息を吐いてしまった。何をするにも一緒にやりたがるのは咲楽の悪い癖だろう。生まれたときからずっと一緒で、今まで引っ付きながら行動してきたのである。それに約束もした。今回の彼女の行いもそれだ。
「……ったく、分かったから。ほら、早く中へ行くぞ」
ぶっきらぼうに言う結城は、なんだかんだで幼馴染に甘い。今までも文句を言いつつ最終的には咲楽の言うことを聞いてしまう。そんな彼のことを咲楽はこう評した。
「ツンデレ乙」
「誰がツンデレだ。聞こえてんぞこのアホ」
実際に中に入って会場まで行ってみると、先ほど柄にもなく、咲楽にやさしくしたのは失敗だったと後悔した。暑ぐるしいその空間。電脳世界でも現実世界と同じように暑く感じるその仕様に、結城はこの電脳世界の開発者を呪った。
(マジでありえねー。何なの? そのミサッキーとかいうアイドルってそんなに可愛いのか? これで大したことなかったら苦労に見合わねぇぇぇ……)
あまりアイドルたとかに興味がない結城は、そのミサッキーこと君島海崎のことをまったく知らないでいた。この握手会場に来ているのに、そのアイドルを知らないのは結城くらいであろう。そして、帰りたがっているのも結城くらいであろう。
「ゆうくん、ミサッキーはねぇ、とっても可愛いんだから。きっとゆうくんもファンになると思うよ! だからこの暑ぐるしさに耐えるんだ! 諦めたらそこで試合終了ですよ」
「別に俺は握手したいわけじゃないからな?」
「あ、始まったみたいだよ。列が動き出した」
どこがどのような列になっているのかも分からない状況で、しっかり人が握手を終わらせて次々とお客が出て行く様子を見ると、しっかりと運営はできているらしい。
「あ、これゆうくんの整理券ね。握手するときに係員の人に渡して」
「お、おぅ」
整理券と言う名のデータが咲楽から送られてくる。それを取り出すと、きっちりとチケットの形をしたデータが具現化した。そこには番号が振られているが、別にこの番号の意味はあまりないだろう。ただ単に何番目に握手の権利を買ったかどうかだ。
と、ここまで来て結城は疑問に思った。
「なぁ、なんで電脳世界での握手会なんだ? せっかくの握手なんだから生の人間とした方が良いと思うんだけど」
「まぁ、ミサッキーは電脳世界限定でアイドル活動してるからね。たとえヴァーチャルでも握手できるだけありがたいんだよ」
「ふーん、そんなもんかねぇ。俺には理解できね。電脳世界で握手して何が嬉しんだか」
現実世界と電脳世界、この二つの世界が存在している現代では、その境界線が曖昧になりつつある現状が社会問題の一つとされている。
つまり、電脳世界と現実世界が人の中で混同し、どちらが現実の世界なのか分からなくなる人たちがいるということだ。そういう人は大抵、現実世界では上手く言葉が発せられなくなったり、表情が作れなくなったり、成長期の子供の場合は発育に多大な影響が出たり、いつでもどこでも無線で電脳世界にアクセスできることが裏目に出て、無意識に電脳世界に再びアクセスしたりする。
それを『自我境界損失症』と呼ぶ。またの名を『電脳病』とも言われている。
あまりにも現実と変わらない電脳世界――もうひとつの現実――が創り出され、新たなる病が発症することとなった。ただ、その病にかかった人は未だ少なく、そこまで一般市民に危険視されていないのが現状だ。
しかし、ここにいるアイドルのファンたちを見て、結城は思った。ここにいる人たちは、その自我境界損失症になりかけているのではないか、と。現実世界の生身の人間ではなく、データによって作り出された人間に会えて、触れることができて、とても満足そうにしているのだ。
「なあ、咲楽。お前はヴァーチャルの世界にしか現れない海崎とかいうアイドルと握手できて満足か?」
結城は思わず聞いてしまった。少し不安になったから。
「そりゃ、満足だなんてしてるわけないじゃん。できることなら生のミサッキーに会いたいに決まってるよ。ファンと触れ合える場所が電脳世界しかないから、だからそこで我慢しているだけなんだから」
それを聞いて安心した。それに、周りを見る目が変わった気がする。そりゃ、電脳世界でしか会えないなら、そこで甘んじるしかない。ここにいる大抵のファンは、実際に会いたいのを我慢して、それが現実だから受け入れているにすぎないはずだ。
「それを聞いて安心したよ。さて、せっかくだしこのイベントを楽しもうかね」
そう思った結城はすぐに検索エンジンを立ち上げて、君島海崎について調べた。
インターネット百科事典の概要によると、彼女はこんな人らしい。
「えーと、君島海崎、十六歳。女性。七月七日生まれ。愛称はミサッキー、うみさきちゃん。電脳世界のみで活動しているアイドルであり、電脳世界に関するメディアには顔を出しているが、現実世界におけるメディアには一切顔を出していない、か……」
さらによく読んでみると、曲も出しているらしい。デビューシングルは『真夏のホワイトシャワー』……なんだか意味深なタイトルである。まぁ、別に狙っているわけではないだろう。極マジメなアイドルソングだ。
「どう? ミサッキーのファンになりそう?」
「まぁ、まだなんとも。実際に会ってみた訳じゃないしなぁ。まぁ、アイドルだから顔は可愛いと思うけど」
さっき見たインターネット百科事典にはご丁寧に顔写真が張られていた。おそらくは彼女の顔は現実世界でもこの通りだろう。
電脳世界では髪型や服装を変えたり、化粧などの行為を除いて、身体を弄る行為は禁止とされている。身分を偽っての犯罪行為を阻止するためだ。いくら電脳世界しか存在していないアイドルだからって、その社会的ルールは守っているはず。彼女だけ特別、ということはないだろう。
「ゆうくんも握手してみたら絶対ファンになるよ!」
満面の笑みを向けてくる咲楽に結城はたじろぐしかなかった。昔からこの無垢で純粋な笑顔の前ではひれ伏してきたのだ。こんな可愛らしくて、太陽のようなあたたかい笑みを向けられれば、たとえ犯罪者でも心を入れ替えて自首するであろうと思えるほどの笑み。
恐るべし、色川咲楽!!
「もう少しだね」
咲楽にそう言われ、列の前の方を気にしてみると、何だかんだで列の前の方までやって来たことに気付いた。前に並んでいた人をざっと記憶を頼りに数えてみると、六〇人以上はいたはずだ。それなのに、結城と咲楽の後ろにはまだまだ人の列が出来上がっている。
ひえー、と海崎というアイドルの人気っぷりに驚いていると、結城は変な違和感を感じた。正常ではない、ノイズのようなものが近くにある。
「どうしたの?」
急に鋭い眼光で周囲を見渡し始めた結城に、咲楽は少し恐怖を抱く。彼女にはその違和感を感じ取れていないのであろう。いや、結城以外の全員が気付いていないのである。
結城はなぜだかは知らないが、電脳世界にあるバグや不具合が出てきたときの違和感に敏感だ。これも一種の病気なのかもしれない。
「ちょ、ちょっとどこ行くの!?」
咲楽の言葉など聞かず、その違和感をたどるようにして列を並んでいるファンの中を掻い潜る。ファンから当然のごとく「順番守れよDQN!!」などと罵声を浴びせてくるが気にしない。列の割り込みよりも、もっと恐ろしいことが起きようとしているのだから。
「ちょっとキミ、元いた場所に戻りなさい。それ以上ルールを破るようなら――」
「……あれか?」
「ちょ、ちょっと!!」
スタッフの忠告に耳を貸すことなく、結城はただ一点のみ、違和感を感じ取れるところを必死に探していた。そして見つけたのである。
結城の目に留まったのは細めで、少し不潔感がある男性だった。電脳世界なのだから、もう少し清潔感ある服装をして欲しいものだが、彼はそんなことを気に掛ける気持ちは毛頭ないのであろう。
その男は君島海崎に花束を渡そうとしていた。わざわざ花束のデータを作ったのだろうか。よほど彼女のファンなのだろう。
本当に、たちの悪いファンだ。
「ちょっと失礼、そこのおにーさん。この花束を見せてくれねーかなァ?」
相手を威圧するように、力強く花束を持っている手を掴み、ドスを利かせた声で結城は話しかけた。
すると、その男性は目を泳がせ、口を金魚の様にパクパクさせた。これではまるで、自分は悪いことをしていますよ、と言っているようなものだった。
男性は花束を奪われまいと力を込めるが、残念ながら結城の方が力があった。こんな細い人間と、若くて筋肉質な結城と比べれば結果は最初から分かっていたようなものだ。男性の手から花束が落ち、それを結城は左手で掴む。
「おいおい、ずいぶんと物騒なものを持ってんじゃねーかよ。洗脳系電子ドラッグプログラム。なに、イケナイことをしたかったのかな? マジでキモいなオマエ」
その男性が目論んでいた不埒な思惑に、結城はつい本音が出てしまった。いや、つい、ではなく、わざとなのだが。
「それにしても、よく検出システムを潜り抜けるようなプログラムを作ったな。あんな鉄壁のシステムを欺くようなプログラムを作れるなんて、常人じゃできることじゃねぇ。おいオマエ、これをどこで手に入れたんだ?」
電脳世界の秩序と平和を守っている守護システム、それが『禁止指定プログラム検出システム』、名をEXUSIAという。
このシステムがある限り、人間に危害が及ぶようなプログラムやデータを持ち込めない。持ち込んだ時点でこの検出システムに引っかかり、強制的に現実世界へと返される。そして、速やかに違法なデータ、プログラムを持っていた人物の情報が警察へと流れ、逮捕されるという、簡単に言えばそんな流れである。
「ぐっ……が、あああああああああああああ!!」
彼は何か違法な電子ドラッグでもやっているのかと疑うほどに常人ではなかった。まず、まともなことを喋れない時点で違法な電子ドラッグの症状に限りなく近い、確定と言い張ってもいいくらいだ。
その男は唸りながら暴れ回る。そして、ここに来ていたファンが何人もなぎ倒されていき、ドミノ倒しのように一人倒れればその後ろの人が倒れ、複数の人間の体重が一気に襲い掛かってくるとっても危険な状況。そして、そこで結城は気づいた。あの人がたくさん倒れた中に、咲楽がいることを。
「オイお前……咲楽の楽しみにしていたイベントをめちゃくちゃにしやがって……覚悟はできてんだろうなァ!?」
結城は右手を勢いよく後ろへと振った。これが、結城がいつも戦う前にやる行為。
すると、その右腕は黒曜石のように黒くなっていき、ゴツゴツとした岩肌のようで、また鎧のようなものに変化したのである。
「これでも食らって警察の厄介になれよクソ野郎がッ!!」
その右手で暴れ回っている男性の顔を思いっきり殴り飛ばした。その変化した右腕はいわゆる硬化状態にあり、その衝撃は通常の拳と比べてはるかに強力である。当然、暴れ回った男性はその拳でノックダウン。ピクピクと痙攣させながらその場に寝っ転がる結果となった。
そしてすぐさま結城は人が倒れてもみくちゃになっている場所から咲楽のことを見つけ出して引っ張り出した。どうやら怪我も負うこともなかったようで安心したが、その最中、奴らが現れた。
「ガーディアンだ。そこの青年、すぐにそのプログラムを停止し、床に伏せるんだ。いいか、抵抗しようとは思うな?」
「は?」
電脳世界を犯罪から守る警察のような組織、ガーディアンが登場した。しかし、そのガーディアンはまるで結城に向かって警告しているように見えた。
さて、この場をよく見てみよう。痙攣しながら倒れ込んでいる男性。左手には怪しいプログラム。普通ではありえない、凶器となりえるような右手には咲楽の手。見方によっては人質のようにも見えなくはないだろう。
だが、やって来たガーディアンは銃口を降ろし、こう言った。
「って、またお前か……」
そのガーディアンの男性は結城と顔見知りの様であった。彼は顔に手を当て、呆れた素振りを見せる。
「あ、あの! その人はわたしを助けてくれた人なんです!」
ちらっとその言葉が聞こえた方へと目を向けると、そこには何とも可愛らしい女の子が必死な形相になりながらガーディアンに訴えかけていた。彼女はこのイベントの主役である君島海崎であった。
彼女は背丈は小さめだが、その小柄な身体に茶髪のツインテールが良く合っていてとてもかわいらしかった。正直、結城は彼女の顔を見ただけで好きに――もといファンになりかけてしまったくらい。
「あ、あの、その……そこの倒れている男性が、わたしに花束に偽装した怪しいプログラムを渡そうとしていたんです。そこに右腕が黒くなっている彼が止めに入ってくれて、あの、その……!」
「あー、大丈夫ですよ。この男とは知り合いなので。ともあれ、一応確認を取ります。その言葉は事実ですね?」
ガーディアンの男が君島海崎に事実確認した。その男はとても有名人で、ここにいる誰もが知っていた。
阿波乃渉、この七城市を守っているイケメンガーディアン。女性ファンが多く、全国のモテない野郎共を敵に回している人である。
「はい! モチロンです」
「分かりました。じゃあ、お前は事務所まで来い。いいな?」
「チッ……。わーったよ。行けばいいんだろ、行けば!」
結城は所詮一般人であるため、このような行為はあまり許されるものではない。しかし、彼がいたからこそ、君島海崎に被害が及ぶ前に事件を解決できたのも事実なのだ。正式なガーディアンとして、渉は今一度結城と話さなくてはならない。それが仕事であるから。
結城が頭を抱えながら落ち込む傍ら、不安そうな表情を向けてくる咲楽に、心配させないよう結城は笑みを作りながら軽く言った。
「まぁ、大丈夫だって。それと、こんなことになっちまってゴメンな」
「ううん、気にしないで! だって悪いのはさっきの変な男なんだから。それに、とってもカッコよかったよ!」
「そっかぁ、そりゃよかった。じゃ、行ってくる」
結城はポートエリアまで歩き、一人この電脳世界を後にしたのであった。