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第二章『ゆらり揺らめく灯』-10・11

  10


 現実世界へと戻ってきて、最初に目に飛び込んできたのは見知った人だった。


「お、起きた……。だ、大丈夫、か? ふひひ」


 金髪だけどちょっと不潔感があって台無しで、更にどもっていて気持ち悪い笑い声を出す女の子は、結城が知っている人物の中で一人しかいない。

 藤坂美樹(ふじさかみき)だ。

 どうやら、結城が電脳世界で戦い、プールの温度を元に戻そうとしている最中に、ガーディアンの一同はここに到着したらしい。

 目の前にいる藤坂美樹とリーダーの阿波乃渉、そしてもう一人いた。

 奏多深優(かなたみゆ)

 年齢は結城と同じく一八歳。清楚感漂う黒いロングの長髪。ボディラインは細く、とても女性らしい。ただ、出てて良い所は出ていないという弱点はあるが。

 そんな彼女はその歳にして犯罪組織にいたオペレーターだった。しかも敏腕であり、中々その犯罪組織の尻尾を掴めなかったのは彼女のおかげだという。

 しかし、ガーディアンの奮闘により犯罪組織は壊滅。そして彼女の腕を買われ、牢屋にぶち込まれる代わりにガーディアンとして一生働くことを約束させられた。第二の首都とも言われている七城市のサイバー犯罪の検挙率が良いのは彼女のおかげでもある。


「子供は? プールにいた子供はどうなった?」

「ぶ、無事に保護したんだぜ! てか、自らを犠牲にして子供を助け出すとかカッコよすぎだろ常考。高三なのに厨二病の心を忘れない。さすが結城! 俺たちにできないことを平然とやってのける。そこにシビれる! あこがれるゥ!」


 とある人気漫画の有名なセリフを引用するあたり、やはり根の部分は咲楽と同じなんだな、と思う結城。

 今回のウェスタ戦は体へのダメージが少なかったのだが、その前のアグニ戦でのダメージはまだ残っており、痛みがまだある。だから立とうとしたとき、ふらっと立ち眩んだ。

 それを見た渉はすぐさま結城のもとへと駆けつける。


「大丈夫か榊原」

「なんとかな」

「電脳世界に潜っていたようだが、何が起こっているのか教えてくれ」

「あ、ああ。犯人はここ、オーシャンリゾートのプールの水温管理システムをすべて(いじく)り、沸騰させた」

「その動機は分かるか?」

「犯人は、俺がどの程度の力を持っているのか測っている節がある。最初に奴は言ったんだ。四つのプールをどれだけの時間で解放できるか見ものだ、って」

「つまり、電車の暴走事件との関わりがある可能性があると?」

「あぁ。だけど、今回はボイスチェンジャーを使っていない限り間違いなく女だ。いや、ボイスチェンジャーを使ったような音質でもなかった。十中八九女で確定だろう」

「前回は男、そして今回は女か。これは組織的な犯行か? でも、なぜ榊原を狙う?」

「それは、きっと俺がネクストだからだろう。でもなんでだ?」


 渉は手をあごに添え、少しばかり考えた後に彼女を呼んだ。この手の犯罪には詳しい元犯罪組織組員、奏多深優に聞くのが手っ取り早いのだろう。

 深優は助けた子供とその親をプールの監視員の人に任せ、こちらに駆け寄る。

 相変わらずしかめっ面が妙に腹立たしく感じる。何がそんなに面白くないのか、結城は聞いてみた。


「奏多、そんな面白くなさそうな顔して。どうしたってんだ?」

「もっと、子供と話していたかったのに……」


 この状況下で何を言っているんだこの人はと、結城は思った。

 しかし、これは今に始まったことじゃない。彼女の子供好きは度が過ぎている。彼女は言った、幼稚園なんて一日中見ていて飽きないと。むしろ二四時間営業で幼稚園やっていないかなー、とか言い出す始末。

 そんなこんなで、結城の中でこの奏多深優はショタコンの称号が授けられている。


「この事件が終わったらゆっくりとふれあっていてくだせーショタコンさん」

「だ、誰がショタコンよ!!」

「お前だよ。他に誰がいるってんだ。そんなことより聞きたいことがあるんだってよ」


 先ほどまでのしかめっ面を直し、キリッとした真面目な表情になる。仕事モードの彼女はこんなにもカッコいいのに、なぜ子供を前にするとあんなことになってしまうのか。


「なんでしょうか、阿波乃リーダー」

「奏多、ネクストを狙うような犯罪をお前は知っているか?」

「えぇ、聞いたことはあります」


 一同は驚いた。こんなにも簡単に情報が出てくるとは思わなかったからだ。

 確かに今までネクストが襲われたケースの事件記録を、渉は何度か見たことがあった。

 しかし、それは何ら関係性はなく、それぞれ独立した犯罪だと思っていたから注目することはなかったのだ。

 だが、もしそれらの事件が、組織的犯行だとしたら、今回の榊原結城が狙われている原因がネクストだということだったら、そしてそれが組織的犯罪の延長線上にあるとしたら、これから深優が話す内容に答えがあるかもしれない。


「ネクスト狩り、っていう言葉を聞いたことがありますか? ネクストは異端なモノであり、悪魔の子である。この世から排除しなければならない存在。そう考え、ネクストを殺そうとするんだそうです」


 その言葉なら、渉も、美樹も、そして結城もチラッと聞いたことがある。いわば都市伝説レベルの話なのだ。この世には、ネクストを抹殺しようとしている切り裂きジャックがいる、と。


「ネクスト狩り……それは組織で行われるものなのか? それとも個人で?」

「それは分かりません。ただ、それを追い求めるということは、雲を掴むようなものだと言っておきます」

「正体不明の敵か。榊原、お前はこれからどうしたい?」


 どうする、ではない。渉は結城がこれからどうしたいのか、それが聞きたかった。あくまで彼の意志を尊重しようとしたのだ。


「どうするもこうするも、プールを元に戻すために戦うよ。残りはたった二つ。楽勝だ」

「それでは犯人の思う壺だぞ。四連戦もさせるってことは、お前のことを調べているに決まってる」

「だからって、このまま放って逃げればそれこそ犯人が何をするか分からない。今より最悪な状態にするだなんて簡単にできるだろうさ」

「しかし客の避難はもう済んでいる。人質はもういないも同然だ。だからこれ以上お前が戦う理由なんてないんだ」

「うるせえ! こちとら楽しい時間をぶっ壊されてるんだよ!! それにな……いや、とにかく俺はこの騒動を起こした犯人をぶん殴るまで帰れねぇんだよ」


 咲楽に涙を流させた犯人を許しはしない。

 だって約束したのだから。


(アイツの幸福は俺の幸福。俺の幸福はアイツの幸福。そして、アイツの不幸は俺の不幸なんだ)


 だから、咲楽が悲しんでいるなら結城が笑顔にする。お互いにすべてを背負って、今までも解決してきた。これもその一環でしかなく、いつものことでしかない。ただ、ちょっとばかし最近の不幸はキツイものばかりだ。

 だがそれがなんだ。


「俺が解決する。すべて元通りにするんだよ、この俺がな」

「分かった。だが、協力はさせてもらうぞ。お前の気持ちなぞ知ったことか。俺たちはガーディアン。サイバー犯罪専門のスペシャリストなんだ。どこの馬の骨かも分からん一般ピーポーに事件を解決できるわけがない」

「言ってくれるじゃねぇか。俺だけで二つのプールを解放したってのによ。つーか来るのおせぇんだよ。スペシャリストならもっと早く来いや!」

「仕方がねぇだろ交通にトラブルがあったんだから。きっと犯人が行った時間稼ぎなんだろうが、それでもお前が全部一人で解決する前に到着したんだ。感謝してもらいたいね」

「はいはいあざーす。すばらしー」

「ふ……」

「ふふ……」

『あっはっはっはっはっはっはっはっは!!』


 二人が言い合った後には必ずと言っていいほど笑い合う。いつものことだ。前にも小さな事件で結城が偶然解決してしまったときに、渉と言い合いになったのだが、最後には笑い合って仲を深めていた。

 なんだかんだで仲の良いコンビのようなものだと周りは認識しているが、彼らは否定している。なぜなら、彼らはこういう言い合いのときにお互いをこういう風に呼んでいるのだから。


「いいぜイケメン野郎。勝手にしろや」

「年下の癖に生意気なんだよ不良もどき」


 これもいつものこと。別に(けな)し合っているわけではなく、お互いに分かっていて暴言に近い言葉を吐いている。両者共に汚い言葉をぶつけ合ったときはオーケーサインと同じ意味を持っているそうだが、これも結城、渉ともに否定している。


「ではこれよりオーシャンリゾートの解放作戦を開始する。藤坂、お前はコントロールシステムの監視をして随時情報をよこしてくれ」

「ら、ラジャー。ふ、ふふ、盛り上がってまいりましたー!!」


 情緒不安定にしか見えない藤坂美樹を見て頭を抱える結城に対し、なんらリアクションを取らないガーディアン一同。彼女のこの不可思議なノリはもう慣れているのだろうか。


「そして奏多は俺たちのオペレーションだ。いつも通りの的確な指示を期待しているぞ」

「了解」


 短い返事を返してガーディアンと榊原結城は動き出す。

 次に向かったのは波の出るプール。

 榊原結城と、阿波乃渉は水温コントロールシステムのコンソールに手をかざし、電脳世界へと没入した。



  11



 波の出るプールの水温コントロールシステムに無事パルスインすることができた結城と渉の二人。しかし、入って早々に気分が悪くなった。

 そこは鼻がねじれるほどの異臭が漂っていたのだ。何かが焼け焦げたときの匂いが結城と渉の鼻腔を刺激する。


『あら? 榊原結城だけじゃないわね。あなたは……ガーディアンの阿波乃渉(あわのわたる)ね?』

「そういうアンタは誰なんだ? ネクスト狩りをしている連中なのか?」


 静かだけど強めに、怒気が感じられる質問を犯人へとぶつけた。だが、犯人は笑いながら返事を返す。


『ネクスト狩り? あんなゲスなことやってる連中と一緒にしないでくれる? そもそも私だってネクストよ。ネクストがネクスト狩りなんておかしいじゃない。私は依頼を受けているに過ぎない』

「なに、依頼だと? どこからそんな依頼を受けたんだ!?」

『ガーディアンなんかに教えるワケないじゃない。大事な大事なクライアントを売るなんてことはしないわ。知りたかったら私を捕まえてみれば? ま、まずはカグツチちゃんを倒さないと先はないけどね』


 この瞬間、呼吸ができなくなるほどに異臭が強くなった。周りは火炎に包まれ、その火の中から言葉にすることのできない存在感を醸し出している人が出てきた。その大きさは実際の人間となんら変わらない。ただ、その身体は炎に包まれており、右手にはこれまた火に包まれた剣を持っている。

 結城は今まで戦ったアグニやウェスタよりも、比べ物にならないくらいの強大な力を感じ取っていた。それは渉も同じで、これまでのガーディアン人生の中で最悪の存在だということが分かった。分かってしまった。


『今回は榊原結城だけでなく、阿波乃渉もいるんだもの。そちらが二人で戦うなら、それ相応の相手を用意したの。検討を祈るわ。じゃあねー』


 その「じゃあねー」には『死ね』という意味が含まれていたような気がした。いや、結城たちは確信した。目の前に佇むカグツチとかいう存在には、明らかに自分たちを殺しに来る雰囲気があったからだ。


「榊原、お前はああいうのと二回戦ったんだよな?」

「確かに戦ったが、あんな相手じゃなかった。どこかしらに必ず突破口が用意されていたが、コイツは違う。殺すことに特化させたプログラ――」


 その瞬間だった。

 結城の左腕が――飛んだ。

 データと化している今、血こそ噴き出さないが、それ相応の激痛が走った。もはや声を上げることすら困難なほどに突然のことで反応できなかった。呼吸もできず、その場にうずくまることしかできない。


(立ち上がらなきゃ死ぬ……)


 頭ではそう思っていても体が言うことを聞かない。

 左腕からは壊れたデータの青い粒子がチラついている。そして目の前には死の恐怖がこちらを睨み付け、()()()剣を振り落そうとしている。

 ――あぁ、死んだな。

 半ば諦めかけていたその時、カグツチの剣が弾かれた。

 ふと渉の方を見ると、彼はタブレットのようなゴツいピストルを握りしめていた。

 彼はもう一発、今度はカグツチ本体に弾を撃ち込んだ。

 あれはガーディアンのみが扱える拳銃型の武器である。名称は『ハーキュリー』。基本的には相手を痺れさせる麻痺効果のある弾を発射するようにできているが、許可が下りれば破壊能力のある弾も発射することが可能である。

 今は通常モードであるため、直接的な攻撃にはならない。だが、剣筋を反らすことと、一時的に動きを止めることくらいはできる。


「奏多、見えているな? ヴァニシングモード移行の許可を上に取ってくれ」

『了解。……ヴァニシングモード移行の申請をしました。許可が下りるまでどうにか持ちこたえてください。今、藤坂がそのカグツチの解析を行っています』

「七城のガーディアンは優秀だな。さぁ、榊原から離れろカグツチ。ここは俺が相手だ」

「おい阿波乃、いったいどうやって戦う気だ……?」


 痛みに耐えながら掠れた声で聞いて来る結城に、渉はこう返した。


「怪我人は黙ってろッ!! ここはサイバー犯罪の専門家が出る場面だ」


 しかし、渉には戦うための武器がなにもない。あるとすれば、撃った相手を麻痺させる弾を発射できる()()役立たずの拳銃だけ。こういう場面の為のヴァニシングモードは本部の許可がなければ使用することができず、その許可が下りるまで時間を稼ぐしかない。

 しかしカグツチは目にも留まらぬ速さで移動する化け物。素手で戦えるような相手ではない。

 それは人を殺すことに特化させたプログラムだと、先ほど榊原は言っていた。

 果たしてそうだろうか?

 結城はこうも言っていた。

 どこかしらに必ず突破口が用意されていた、と。


(やはり榊原が言っていたことは本当らしいな。犯人はアイツの力を測ろうとしている。今回のシチュエーションは《負傷した場合》なんだろう。おそらく榊原が解放した二つのプールには、また違ったシチュエーションが用意されていたはず)


 渉の予測は的中していた。数々の犯罪を知り、立ち向かってきた彼にとってこの程度の予測は簡単に立てられる。

 そして、目の前に立ちふさがった強大な壁をいかにして攻略するか。

 よじ登るのか。

 力任せに壊すのか。

 突破法はいくらでもある。渉は経験をもとにその方法を練っていた。

 そのとき、渉のもとに一つの連絡が入った。


『か、カグツチの、解析がお、オワタ』

「そうか藤坂。詳細を教えてくれ」

『カグツチは、さ、榊原結城だけを、狙うように作られてる。ま、まさに結城だけを殺す機械かよ! みたいな、デュフフ』

「やはりな。まず先に榊原を襲ったのも頷ける」

『だ、だけどその、か、カグツチのプログラムが現在進行形で、書き換えられているんだお。きっと阿波乃リーダーも狙うように書き換えていると思われ』

「なに!? だから今は音沙汰もないと言う訳か。弱点は?」

『弱点って言う弱点は見当たらない。だから、わ、私は作戦を考えたんだぜ!!』

「どんなだ?」

『作戦名、オペレーション天之尾羽張(あめのおはばり)!!』

「作戦名はいい。その内容を教えろ」

『スマソ。わ、私がプログラムの書き換えに妨害を加えるから、阿波乃リーダーはできるだけカグツチにダメージを与えるんだお。ヴァニシングモードの使用許諾が下り次第、カグツチを破壊する。ど、どう?』

「……藤坂の腕を信じる。妨害して妨害して妨害しまくれ。犯人の顔を真っ青にしてやるんだ!」

『ら、ラジャー!! ふひひ、久しぶりに腕がなるぜー!! 大丈夫、怖いのは最初だけとか言って先っちょだけでも入れたいのは分かるが、この鉄壁なる私に盾突くなんて百億光年早いんだよ!! あ、百億光年は時間じゃなくて距離なんで、デュフフ』


 と意味不明な言葉を残して通信が切れた。

 まぁ、こんな意味不明なことばかり言う美樹だが、プログラミングなどの技術は並大抵の人じゃ敵わない腕を持っている。若干一五歳で数々の事件に貢献してきた彼女は、もうすでにその道のプロと言ってもいい。彼女がこの先一〇年後、いったいどれほどの存在になっているか、渉は楽しみでならなかった。


「さて、このまま動き出さなければいいが……そうも言ってられないらしいな」


 カグツチは結城を狙うようにプログラミングされていると言っていた。

 最初に撃った麻痺弾の効き目が薄れてきているのだろう。しかし、もう一度麻痺弾を撃ったところで、長い時間動きを止めることはできなくなっているはずだ。なぜなら、最近の生物型プログラムは優秀なものが多く、一度当たった麻痺弾の効果を学習することで、人間でいうところの抗体のようなものを作り出すことができるからだ。

 きっと、このカグツチというプログラムも例外ではないだろう。


「まだこっちには有効な対抗手段がないってのに、面倒臭いことしてくれるじゃないの」


 カグツチは一歩一歩、少しずつだが歩みを始めている。体の痺れが抜けてきている証拠だ。そして、それは結城目がけて今にも飛び出していきそうな勢いがある。


「おい阿波乃、あいつ動き出しそうだぞ!!」

「喚くな。どんなことがあってもそこから動くなよ榊原。テメェの肝っ玉見せてみろや」


 そのとき、ついにカグツチは動き出す。ゆっくりではあるが、着実に歩みを結城の方へと進めていく。普通なら恐怖のあまり逃げ出すだろう。だが、結城は渉に言われた通りその場から動かなかった。

 阿波乃渉というガーディアンを認めているからだ。

 渉は慎重にタイミングを見極めるため、ハーキュリーを構え、照準をカグツチに合わせる。その身を動かし、剣で再び結城を攻撃しようとした瞬間が攻撃チャンスとなる。

 なぜなら。


「おい、攻撃が大げさ過ぎるぞ」


 最初の一撃は目で捉えることが難しいほどの速さで攻撃を行った。そう――それこそ『殺すことに特化させたプログラム』のように。

 しかし、なぜ、結城の左腕を狙ったのか。

 右腕を切り落とせば彼は利き腕を失い、戦闘がままならなかったはずだ。もっと言えば、簡単に彼を殺せた。だがそうしなかった。なぜなら彼に戦闘してもらわなければ困るからだ。これはあくまで榊原結城という男の力を測る目的があっての行い。

 そこから出される結論は、この戦いは《負傷状態での戦闘》というシチュエーションを意図的に作り出したということ。

 だから、それからの攻撃は急に『大きなモーション』を取る様になったのだろう。彼にその状態で戦ってもらうために。

 結城の左腕を切り落とし、その次の攻撃をハーキュリーで弾くことができたのは、その『大きなモーション』のおかげなのだ。

 しかし敵は休みなど与える気はないらしい。すぐに次の攻撃動作に入った。


「阿波乃ばかり戦ってんのは(しゃく)だ。俺も混ぜろやッ!!」


 結城は右腕を硬く変質し、黒く染め上げる。

 その腕で振られた剣を弾き飛ばし、更にそこから顔面目がけて思いっきりパンチをくらわせた。その衝撃で軽く吹き飛ぶカグツチだが、致命傷には足り得ない。すぐさま体制を立て直してこちらに走りながら向かってくる。


「左腕を失ってもなお戦うか。お前の痛覚はどうなっている?」

「メチャクチャ痛いに決まってんだろ。今にも気を失いそうなレベルだよ」

「強いな、お前は」

「うっせ」


 大きく剣を後ろへと引き、大きく剣を振るカグツチ。きっと、一人で戦っていれば苦戦しただろう。しかし、この場には二人いる。阿波乃渉が剣を銃弾で弾き、その隙に拳を叩きつける。正確に行われる二人の連携は、惹かれるものがあった。現に二人をモニタリングしている奏多深優は目を離せなかったのだ。


「おい阿波乃! 剣を弾くタイミングギリギリ過ぎねぇか?」

「そっちこそ、もっと遠くへ殴り飛ばせないのか? 次の射撃までの間隔が狭すぎて敵わん」


 お互いに文句を言いながらも、最低限どころか理想に近い仕事を何度も何度もこなす。

 ついに抜群のコンビネーションによってカグツチは攻撃一つとて行うことはできなかった。


「負傷状態で戦うことを前提に作られているおかげか弱いな。これ以上は何もなしか?」


 鼻で笑いながら言う渉。

 そして、ついに――。


『阿波乃リーダー。ヴァニシングモード移行の手続きが完了いたしました。ハーキュリーを構えてください。モード移行、モードヴァニシング』

「ヴァニシングモード了解。チェンジ」


 すると、タブレットのようなゴツイ銃が赤く発光し始める。

 その危険度を知らない人型プログラムカグツチは、そのまま結城の方へと一直線に突っ込んでくる。


「榊原、下がっていろ」


 結城は無言でうなずいた。

 慎重に照準を定め、確実に当たると確信したそのとき――渉はトリガーを引いた。

 真っ赤な火花が散り、銃口の先に球体が形成される。それは周りの赤い火花と打って変わってドス黒く、すべてを飲み込むブラックホールのようにも見えた。

 それは一直線に飛んで行き、カグツチに衝突。

 その瞬間――空間がねじれた。

 カグツチの体は変な方向に曲がり、どんどんその身体が一つにまとまっていく。まるで粘土でボールを作っているかのように身体が縮こまるその光景は、身を振るわせるには十分すぎるほどショッキングなものだった。

 そのカグツチでできたボールはさらにそこから小さくなり、最終的には消滅した。

 これが電脳世界を守るガーディアンに与えられた平和を守る武器、ハーキュリーの本当の力だ。塵ひとつ残さない破壊の仕方はエグイものがあった。本来は人に向かって撃たないものだが、相手が人型のプログラムだったためスプラッター映画のようなワンシーンが出来上がってしまったのである。


「これで終わり、か?」


 結城は呟く。


「みたいだな。榊原、これでプールは元通りになったのか?」

「あぁ、そのはずだ。だけど、今までと違う」

「なにがだ?」

「いつもは戦闘が終われば犯人が話しかけてきたのに、今回はだんまりだ」

「逃げたか……?」

「まずは現実世界に戻ってからだ」

「そうだな。ログアウトだ」

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