第二章『ゆらり揺らめく灯』-7・8・9
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蔵慕町、オーシャンリゾートで事件が発生。突如プールが沸騰した。これにより火傷を負った客は一〇人以上。原因は水温管理システムのクラッキングと予測される。
そこで、七城市のガーディアンに現地に行ってもらい、事件を解決、および解明して欲しい。あわよくば、犯人の身柄も確保できれば最高である。
では、健闘を祈る。
――という命令を受け、現在、七城市のガーディアンである阿波乃渉と藤坂美樹、そして奏多深優が車に乗ってオーシャンリゾートへ向かっているところである。
「阿波乃リーダー、この事件、どう思います?」
黒髪の女性、奏多深優が尋ねた。
それに運転をしている渉が答える。
「とても嫌な予感はするな。この前の電車の事件といい、いくらなんでも事件の間隔が短すぎる。もしそこにアイツがいれば間違いないだろう」
「アイツ、というのは榊原君のことですか?」
「そうだ。先の電車の暴走事件。それは榊原結城を狙ったものだった。そして今回もそれなら、アイツはとても危険な目に合っているに違いない」
「ふひひ、いいゾ~これ。渉×結城は最高の組み合わせ。異論は認めない!!」
と、訳の分からない言葉を吐く美樹に、深優はドン引きしていた。
最近になって七城市のガーディアンになった彼女は、その場にいたガーディアン一同を引かせていた。いわゆる腐女子、オタク、それに該当する美樹をどこかしらおかしな人を見る目で見ていた。
だが人間、馴れる生き物のようで一緒に仕事をしていく中で段々と気にならなくなっていた。案の定、渉は美樹に対してのスルースキルが格段に上がっている。そして彼の妹である茜は美樹のことを気にかけている始末。
だが、この奏多深優は一向に美樹のことを好きに――もとい馴れることはなかった。
なぜだか彼女の言っていることが理解できてしまう自分が嫌になってしまったからだろうか。
「藤坂さん、少し黙っててもらえますか?」
できる限り笑顔を絶やさないようにしているが、今回は無理だったらしい。引きつった顔になっているその表情は、美樹を引っ込ますには十分な威力を持っていた。
「さ、サーセン」
「ったく。では急がないとダメですね」
「そうだな――」
そのときだった。目の前でとんでもないことが起きたのである。
交差点で、自動車の衝突事故。フロントバンパーが拉げ、エンジンルームが軽く潰れ、フロントガラスはひび割れて真っ白になり。車内はエアバッグが飛び出していた。
しかし、事故を起こした自動車は交通ルールを破ったわけではない。どちらの車も、信号無視などしていないのだから。
「なんだこれは?」
車から降りて現状を確認した渉は思わずつぶやいてしまった。
「信号機が、すべて青だと!? なぜこんなことになっている!! 奏多、交通管制センターに連絡を!」
「すでに連絡を取っています。少々お待ちください」
深優は取り乱すことなく、常に落ち着いた様子で電話を片手に交通管制センターに連絡を取っていた。表情が少し歪みはするものの、声色は変わらず冷静。
「阿波乃リーダー。この混乱は警察の方で対処するそうです。我々ガーディアンは、当初の任務であるオーシャンリゾートに向かうように、と」
「そうか。しかし歩きでは少々遠いが……やるしかあるまい」
「どうして、こんなことが?」
「おそらく時間稼ぎだろう。よっぽど俺たちをオーシャンリゾートに近づけさせたくないらしい。だが、そんなことをされれば意地でもそこに行きたくなるというもの。奏多、藤坂、申し訳ないが軽いマラソンに付き合ってもらうぞ」
「わたしは大丈夫ですが……その、藤坂さんが」
「こ、ここはわたしに任せて先に行け!」
いったい何を任されたのだろうか。ここは警察が請け負い、自分たちガーディアンはオーシャンリゾートに一刻も早く到着しなければならないというのに。
いや、いかにもインドア派な美樹にマラソンを要求すること自体が間違っている。
でもここで彼女をやる気にさせる魔法の言葉を渉は知っている。
「無事完走できれば、お前が前から欲しがっていた例のクソ高い同人誌、買ってやらんこともないぞ。オークションで落札できるまで入札し放題だ」
「なん……だと……」
深優は頭を抱えた。だが、これで彼女がやる気になってくれるなら万々歳である。
「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。やります。ボクは走ります!」
なぜか一人称がボクになっているのは気にしない。深優も渉も、スルースキルが身についているからだ。
「いくぞぉぉぉぉぉ!! 全速前進DA!」
なぜか、美樹が一番やる気になっている。パワーの源は同人誌らしい。
なんとも腑に落ちないが、渉たちは美樹の後ろを走る。
目指すはオーシャンリゾート。
その道のりは、とても長い。
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目覚めは最悪だった。
体中が痛い。立つことすら辛い。もうここで諦めて残りはサイバー犯罪専門のガーディアンの奴らに任せた方がいいのではないか。結城の頭にはそういう考えが横切った。
だが、本来の目的はこの事件の犯人をぶん殴ること。それは完全な自己満足で、決して褒められることではない。しかし結城はそれを承知の上で行っている。すべては咲楽を泣かせた奴の報復のために。
「痛くねぇ……こんなもん痛くねぇよ」
自分にそう言い聞かせながら悲鳴を上げる自身の体にムチを打つかのごとく立ち上がる。
競技用プールの水はブクブクと水が暴れていなかった。まだ湯気は出てはいるが、沸騰していないということは着実に水温が下がっているということだろう。
それから周りを見渡すと、未だに逃げていない客がいた。スマートフォンを片手にこの事件の模様を撮影する人がいれば……プールの真ん中の中州に子供が取り残され、それをどうにかして助け出そうとする親の姿もあった。
そこは子供用のプールだった。しかし、オーシャンリゾートの子供用プールはとても大きく、遊具も沢山あるその場所。そこでとても楽しく遊んでいたのだろう。
そしてプールの急激な温度上昇が発生した。違和感を感じた子供は思わず近くの中州に上がってしまった。それで熱湯となったプールに取り残された、というところだろう。
「へ……こんなところ見せられれば、助けないわけにはいかねぇだろうがよ。もし、見知らぬふりをしようものならアイツに怒られちまう」
ここで子供を見捨てればきっと咲楽に失望される。そんなことは彼女が許さない。よって、結城にとってもそれは許されないことになる。
(ま、そもそもここも元に戻さないといけないんだけどな)
そう思った結城はプールに取り残された子供の親と思わしき人の下へと駆け寄った。
その親は子供の名前を叫び、どうにかして助け出したいが、プールの水温が尋常じゃないくらいに上がっていて近づくことすらままならない状況にパニックしていた。
その親に話しかけても時間の無駄だと思った結城は子供の方に話しかける。
「おーい!! そこの子供!! 今からおにーさんがプールの水の温度を元に戻してやるからな!! そこでじっとしてろよ!!」
一方的に子供に声をかけ、大きな声に反応した子供は頷くことで返答してくれた。そのおかげでその子供の両親もちょっとばかし落ち着きを取り戻して結城の方を見る。
しかし、話すことなく結城はすぐさま電脳世界へと入った。
「パルスイン」
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そこは真っ暗で何も見えない空間だった。歩く足音が籠って聞こえるあたり、この電脳空間は何かに包まれているのかもしれない。
これでは水温管理システムがどこにあるのかすら見えないし、先ほどの競技用プールの電脳世界に用意されていたアグニのような敵がいたとしても、これでは視界不良で戦うことは困難だ。
しかし、結城の頭の中には小さいノイズが響いていた。つまり、そこには結城と対峙する何かしらがすでに存在しているということ。
「次は何も見えない中で戦えってか? 冗談キツイぜ……」
『冗談でもなんでもないよ。榊原結城君にはこの見えない空間で戦ってもらう』
「そうかい、そんなに俺のことをいたぶって楽しいか?」
『えぇ、楽しいわよ。キミが痛がって、それでも我慢して戦いに赴くその姿にゾクゾクしちゃうの』
「やっぱドSだなアンタ。俺の好みじゃねぇや。で、次の相手はどんなだ?」
『…………次の相手は、ウェスタ。精々生き残りなさいよね』
それっきり犯人の声は聞こえなくなった。変な間があったが、いったい何だったのだろう。それに何だか言葉が素っ気なくなった気がした。まぁ、そんなことはどうでもよく、肝心のウェスタとかいう相手が見つからない。
目を凝らしてその場をグルグルと回りながら敵を探る。方向感覚がなくなっていき、体がふらつく結城は一度立ち止まった。恐ろしい。恐怖で感情が埋め尽くされたそのときだ。
目の前に火がボッと唐突に現れた。その灯は揺れ動きながら辺りを少しだけ照らし、視界を確保していく。光があるだけで全然違った。しかし、黙って安心することはできない。
(あの火を頼りに敵を倒せってか? ……そんな単純な攻略法なのかよこれは)
あまりにも捻りがなさすぎる。
まだ情報が足りず、迂闊に動くことは身を滅ぼすことになり兼ねないためできなかった。ひたすら揺れ動く火の玉を目で追いながら敵を探す。
そして、その火はある場所まで行くとその動きを止めた。
その火によって照らされ、姿を現したのは美しい女性だった。純白の衣服を身にまとい、白い肌をチラリと露出するその姿はあまりにも綺麗で、逆にそれが不気味さを醸し出していた。何も喋らず、ただ目を瞑りその場に立っているだけ。
本当にこの女性がウェスタなのだろうか。大人しすぎるあまり、結城は近づくことができなかった。それはアグニのように好戦的ではない。でもだからこそ、不用意に仕掛けると恐ろしいことになる予感がしてならない。
(だが、このままここに立ち止まってもいても何の解決にならない。子供が一人怖い想いをしているんだ。早く助け出してあげなきゃ可哀想だろ)
ジリジリと、少しずつ近づいていく結城。
プログラムでできているそれはあまりにも無機質だった。そして、人の形をしているがサイズは人間よりも大きい。
しかしそれは何の行動も取らない。いくら近づいても何にもしてこないのだ。ゆっくり近づいたつもりだったが、気が付けば目と鼻の先にウェスタはいた。
しかし、何もしてこない。何も起こらない。何も感じられない。
不気味だ。
そう思った結城は周りをチラチラと、決して見えないのにも関わらず忙しなく見渡した。恐ろしくなったからだ。このウェスタに攻撃を仕掛けてもよいのか。もっと他に、暗い中に別の何かがいるのかもしれない。
(奴は決してこれがウェスタとは言わなかった)
闇に覆われたこの電脳世界と言う名のステージ。それを有効的に使うなら――自分ならどうするか。それを結城は考えた。目に見えるモノ、それだけが正解なのか。いいや、違う。きっと違うはずだ。
(この暗いステージを用意した理由を考えろ……。視界不良の中、唯一の光源であるあの火の玉に気を取られている隙に背後に忍び寄られていたら?)
ふと、結城は振り向いた。目に見えない怪物、そんなものがここにいたとしたら……そう考えただけで身震いしてくる。認識できない命を狩る存在、そんなものがこの暗闇にいるとするならば、常に周りを気にしていなくては精神がおかしくなりそうになる。
暗い暗い闇の中、右も左も上も下も分からぬ世界になったとき、人間はどうなってしまうのか。
人間は暗闇を恐れる生き物だ。結城は宙に浮かぶたった一つの火の玉、その光によってなんとか我を持たせているに過ぎない。もしあの火が消えることになれば目が見えないという恐怖、そしてその精神状態から作り出される妄想による恐怖。
「西條……お前はこんな恐怖を抱いて毎日生きているのか?」
一応、光源があるおかげで正気を保っていられるが、その光源からすこし遠ざかればそこは真っ暗な何もない世界となる。そこは恐怖で自らを追い込んでしまう魔窟。
結城は恐怖から再び火の玉の方を向く。そこは美しい女性が照らされている聖なる地。後ろに広がる黒しかない邪悪なる地とは逆の世界。
結城は悩んだ。このままこの女性に殴りかかってもよ良いのだろうかと。
だが、このままでは何の進展がないのも事実。
ならば、やれることをやるしかない。
「すまねぇな。本来なら何にもしてない女を殴るのは気が引けるが……テメェはしょせんプログラム。人間らしさの欠片もないから遠慮なくいかせてもらうぜ」
結城は右腕を黒く、硬く変質させる。
その腕を思いっきり引き、その拳をウェスタの顔に叩き込んだ。
しかし。
「な……!?」
その拳はウェスタに届く前に謎の壁によって受け止められた。その壁は目に見えない。だが、確実にそこにはこの拳を阻む壁が存在している。
もう一度、握りこぶしを作り、ウェスタ目がけて放つ。
しかしまたも見えない壁に邪魔される。
だが結城は諦めず何度も何度も、拳を叩きこんだ。無駄だと分かっていても、なぜかウェスタに向けて放っていた。その理由は自分でも分からない。でも、とある可能性を自分で否定しているのは深層心理では理解していた。
だが、それを表に出さないようにしていたのだ。それはきっと、恐怖という感情が生み出した目に見えない壁によってある可能性を隠してしまっていたからだろう。
「ハァ……ハァ……何やってんだよ、俺。ホントバカだな」
息を切らせながら呟く。無駄で、頭の悪いことしかしていないことに気付くまで結構な時間がかかってしまっていた。電脳世界の外、現実世界では熱湯によって隔離された子供がいるというのに、自分が苦しまないような、怖い想いをしないような選択肢を取っていることに気付く。
「情けねぇ……それでも男かよ。俺よりもっと怖い想いをしている子供がいるってのにさ。こんな臆病な俺なんてアイツに見せられっかよ……!!」
ここで一回深呼吸。まずは落ち着きを取り戻す。どうせウェスタは攻撃してこない。なら、じっくり考えて、攻略法を見つければよい。
「どうせ犯人のことだ。今回も攻略法を用意しているはずだ。まず舞台設定を吟味しろ」
暗闇の中、ぽつりと輝く火の光。そしてそこに佇む白い美女。それ以外は何も見えず、暗く光のない世界が広がるばかり。
このステージ、結城のもとに入ってくる情報は火の玉と美女のみ。それ以外は知りたくても目に見えず、判断することができない。
「目が見えない暗闇の中で敵を倒せ、なんてクソゲーを犯人が用意するはずがない」
あまりにも無謀で、無理難題を要求するはずはないと結城は考えた。
ならば、目に見える情報の中に突破口があるはずだ。その目に見える情報は二つのみ。一つは火の玉、そしてもう一つは無機質な美女。しかし、ウェスタはいくら攻撃しても見えない壁によって攻撃を防ぐ。それは力任せに攻略できるようなものではない。
ならば、答えは残りの一つしかない。
「この暗闇は、俺に恐怖心を煽る舞台設定だ。その中に灯りができればそれにすがりながら歩みを進めるだろうさ。現に俺はそうなった。闇を恐れ、光を求めるように仕組まれたこのステージの攻略法は……あの火の玉しかない」
普通なら考えられないだろう、自ら視界を奪うなんてことは。
だが、それを実行しなければ一向にクリアできないようになっているのが、このウェスタ戦なのだ。
「試してみる価値はあるよな。っしゃ!!」
気合いを入れ、結城は拳を地面にぶつけて宙へと浮かぶ。目指すはあの灯。あれを消せば、あるいは消そうとすれば何かが起こるはずだ。
そう思った瞬間だった。
結城は何かに引っ張られた。左足に何かが纏わりついている。それはとても熱く、その足首が焼け焦げそうな感覚に陥る。
逃げなければ。
でもどうやって。
頭の中でその方法を考える中、今度は体が不思議な浮遊感に襲われた――スピード感がある浮遊感に。と思えば、次は背中に激痛が走った。この一連の感覚が、何十秒にも長く引き伸ばされたように感じた。しかし実際のところは数秒の出来事。
「…………必死だな」
ウェスタがいたところに目を向けると、無機質な美女が好戦的なポーズを取っていた。
それはまるで、火の玉を消されそうになって焦っているかのように結城は見えた。
「ビンゴか……あれを消せば俺の勝ち。意外と攻略方法はシンプルだったな」
結城はひたすら走る。ただスピードを追い求める狂人のごとく。
そしてウェスタの目の前まで来た。一発殴ってみるが、やはり見えない壁によって防がれる。
「動き出してもシールドはそのままか。やっぱり、あの火が突破口!」
先ほどはただジャンプしてダメだった。ウェスタによって足首を掴まれてしまったからだ。なら、今回はちょっと捻くれた方法を使うだけ。
最初と同じように拳を地面へぶつけ、その反動で宙へと高く飛ぶ。ここまでは同じ。しかし、先ほどとは決定的に違うところがある。
結城の体の向きだ。
彼は火の玉ではなく、ウェスタの方を見ている。イノシシのように一直線に突っ込むだけではウェスタによって捕縛されてしまう。なら、ウェスタの方を見ていたなら?
その動きを見ていれば対処は簡単。
失敗したときと同じようにその手をこちらへ伸ばしてくる。
それを結城は拳を伸ばして攻撃を仕掛けた。
ウェスタの掌と、結城の拳が衝突する。
しかし、その攻撃は見えない壁によって通らない。しかし、それは通らなくて良いのだ。
別にそのパンチはウェスタに攻撃を仕掛ける為ではないのだから。
力一杯に放ったそれは、衝撃によって反動を生み出す。
つまり、それによって結城はより高く飛ぶことになるのだ。
結城は宙に浮かぶ火の玉よりも高く、ウェスタの人間よりも大きい身長を持ってしても届かない高さまで飛んだ。やがてその勢いはなくなり、あとは落下するのみ。
そう、火の玉を目がけて。
「その灯――俺の拳で消し去るッ!!」
衝突した。
彼の拳と、火の玉がぶつかり合う。
その火は呆気なく消え去った。
そして訪れる闇。結城は視界を奪われ、ウェスタがどこにいるのか、このまま落下してどうすればいいのか。ひたすら考えていた。
とにかく、これでウェスタには攻撃が通るようになるのではないか。
しかしどうやって、ウェスタを見つけ出し攻撃をすればいいのか。
(考えれ。考えろ。暗闇の中でどうやってウェスタを見つける?)
結城は地面に激突した。その体を硬質化した腕で受け止める。
すかさず体勢を整えてウェスタを見つけ出そうとする。
しかし何も見えない。これでは見つけ出すことができない。
「このままじゃ……いや、そうか」
ここで結城は思い出す。このステージの特徴は何も暗いだけではない。音が反響しやすい洞窟状になっているのだ。
この電脳世界に入った時、自分の足音が妙に響き渡った。
それは自分だけじゃない。ウェスタの足音なども響き渡るはずだ。
(音はしていない……。なら、まだウェスタは動いていないってことになる)
目を開けていても見えないなら意味がない。ここは目を閉じて耳に全神経を集中させる。
どんな小さな音でもいい。それを拾うことができればウェスタの位置を把握することができる。
そして、耳を足音がした。それは自分のものではない。
後ろの方で確かに足音のような音がしたのだ。
結城は素早く後ろを向き、拳を突き出してそのまま一直線に突っ走る。暗闇で本当に一直線に走れているのか分からない。だが、小さいノイズが徐々に、僅かだが大きくなっているのを感じる。つまり、着実にその距離は縮まっているということ。
「当たれええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
その大声が響き渡る。
やがて、その拳は何かにぶつかるのを感じた。しかし、何も見えないのでいったい何にぶつかったのか、把握することができない。それはウェスタだったのか、はたまた別の存在だったのか。
「…………」
緊張が走る。
ノイズは未だに頭に響いている。
そのとき、はらりと、何かが顔にぶつかったのを感じた。そして、一筋の光の柱が形成される。それは天からできており、この洞窟に穴が開いたのだと理解するまでそう時間はかからなかった。
「勝ったのか……?」
どんどん天井が崩れていく。
ずっと暗い場所にいたためか、目が痛くなるのを感じながら、瓦礫に押しつぶされないようにひたすら逃げ回った。
やがて、洞窟の崩壊を終結する。
目の前には倒れているウェスタの姿。それは青い光の粒子となって散り行く。
『おめでとう、榊原結城君。無事ウェスタを倒したんだね。さっすが!! じゃ、次も頑張ってねー』
あまりにも気持ちが入っていないその言葉に、結城は苛立ちを覚えた。しかし、喚き散らすことはない。むしろ、犯人と出会ったとき、どんな風にいじめてやろうか楽しみでしょうがなくなった。
「待ってろよ。次も俺がちゃっちゃとぶっ倒してお前をぶん殴ってやるからな!!」
そして結城はこの電脳世界から抜け出した。
現実世界の子供は大丈夫なのだろうかと心配しながら。