第二章『ゆらり揺らめく灯』-4・5・6
4
少し薄暗い一室、そこに人影が二人。どうやら男と女が一人づつのようだ。
「あーあ、妬いちゃうなぁ。彼、女の子二人とプールとか、ハーレムなの? ハーレム系の主人公なの? なら、わたしも付け入る隙はあるよね?」
「知らんがな。にしても、なんで一緒に行かなかったんだ?」
「普通に一緒に居たんじゃダメなの。彼はいつでもあの子のことばかり見てるから」
「だからって見てもらうためにこんなことをするようじゃなぁ……ヤンデレ属性でも目指してんの? アナタが振り向いてくれないから、わたしはこんなことをしたのよ!? ってさ」
「なにそれ、意味分かんない。これは仕事だし。お金はすでに支払われているんだから、期待に応えないと死ぬじゃん、わたしたち」
「まぁ、そうだけどさ」
「てかアンタさぁ、彼にボコボコにされてやんの!」
「うっせー! あれは勝つためのモノじゃなかっただろうが! この前のことは、あくまでアイツの力を見定めることにある。その結果、アイツは間違いなくネクストだということが分かった。そして、その能力が《変質》であることもな」
「で、次はわたしが彼の力の限界を見定める、と」
「そうだ」
「てか、クライアントは何をしたいのさ。ネクスト狩りっていったって、わたしたちだってネクストじゃん? ネクストに協力を求めるとか意味分かんないっしょ?」
「勝ち目が薄い奴を相手にしないだけだろ。しょせん、奴らはそういう連中だよ。都合の悪い所からは目を背けて、都合のいいところだけ見てるんだ」
「勝ち目のある奴だけを狙う、ってことか。いじめっ子の発想だね」
「まぁ、そう言うな。金を支払ってくれているクライアント様だぞ」
「そうだね。変な感情は捨てておかないと。まずは仕事を終わらせることに集中だ」
「そうだ。じゃ、今回は任せたぜ」
「はいはーい。じゃ、いっちょやっちゃいますよ」
5
「どうしたの、ジャージなんか着ちゃって。暑くないの?」
咲楽はジャージを着こんでいる結城を見てそう言った。
「ちょっと冷えちまったんだよ。別にいいだろ?」
その本当の理由は言えない。まさか、海実の爪が食い込んで酷いことになったのでジャージを着て隠してます、だなんて言えるはずがなかった。言えばきっと咲楽は心配する。そしたらきっと悲しい顔をする。そんなことは絶対に許されない。
無論、海実にも言えない。これはお前のせいなんだぞ、と言っているようなものだからだ。そんなことを言えば、この楽しい時間がきっと楽しくないものになってしまうだろうから。
これは誰も悪くない。ただ、ちょっと隠さないと都合が悪いだけだ。
「ちょっと休憩しようぜ。西條も疲れてるだろうし」
「え、いや、その、あぅ、大丈夫、ですよ」
「時間はまだまだあるんだ。休憩しつつ遊ばないと、最後まで持たないぞ?」
「そうだよ海実ちゃん。あ、わたし飲み物買ってくるね。さっきはゆうくんに奢らせちゃったし、そのお返しに」
「そうか、じゃあ任せたぞ」
「あいあいさー」
プールサイドのベンチに腰掛ける結城と海実。二人きりになったその空間は沈黙に包まれ、どことない気まずさが蔓延っていた。結城は海実には分からないくらいにチラチラと彼女を見るが、気づく様子はない。何か話して欲しいな、とは思っているものの、そんな勝手な思いは叶うはずはなかった。
いざ、二人きりになると困る。今になって結城は咲楽の偉大さを感じた。まぁ、そんなことを本人に言うと調子に乗るので口には出さないが。
「あ、あの……」
咲楽がいなくなってものの四〇秒ほどだろうか、ようやくその沈黙が破られた。二人して黙っていた時間は四〇秒とは思えないくらいに長く感じた。それは結城も海実も同じだった。
「……は? お、俺!?」
「はい、榊原せんぱい……です」
向こうから話しかけてくれるとは都合がよかった。結城は安堵し、できるだけ優しい声色を意識して返事を返す。
「なんだ?」
「色川せんぱいと、榊原せんぱいって、いつからの知り合い、なんですか? 恋人、だったりしますか?」
「こ、恋人ぉ!?」
「え、違うんです、か?」
海実は結構思い切ったことを聞いてくる。結城はついオーバーリアクション気味に驚いてしまった。まさか恋人と勘違いされるとは思いもよらなかったからだ。まぁ、いつも一緒に居て、仲良さそうにしていたら、傍から見れば恋人のように見えなくもないだろう。
だが、それは違う。
「ちげぇよ。アイツと俺はただの幼馴染だよ」
そう彼は言った。だが、これも本当は違う。
榊原結城、そして色川咲楽は確かに幼馴染だ。家も隣同士、赤ん坊の頃から常に一緒に居た二人は家族とも言えるような間柄だ。
ここまでの話ではただの幼馴染だろう。だが、その二人の間には、ただの幼馴染とは言い難いモノがある。
そう、あれは小学五年生になった頃の話だ。
榊原結城の母親、和穂が自我境界線損失症――電脳病になった。
彼女の場合、人格が幼児退行した。主婦としての仕事どころか、人としての生活がままならなくなった。専門の病院に入院し、治療を試みたが、電脳病の根本的解決方法は分からず、回復の兆しは見えなかった。
父親の義嗣は仕事をし、それが終われば病院に通う毎日。だから家に帰ることは滅多になくなった。幼児退行した母親の姿は、まだ子供である結城にはショッキングだと義嗣は判断した。だから、それから自分の母親の姿を見ることはできなかった。
結城はおのずと色川家にお世話になることになった。
そこには優しい咲楽のお母さんがいた。とても羨ましかった。元気で、子供のわがままを聞いてくれて、叱ってくれて、ご飯を作ってくれて。
結城が失ったものすべてがそこにあった。
当時の結城は人知れず泣いた。恥ずかしいから、誰にも見られぬように注意して。
そして、それから一年の時が過ぎて――和穂は亡くなった。義嗣が言うには自殺だったようだが、詳しいことはよく分からない。多くは語ってくれなかった。
今でも、本当に自殺だったのか、それとも他殺だったのか、真実は分からない。だから義嗣の言葉を真実として受け入れるしかなかった。
母親が死ぬまでの一年間、家事なども少しずつだが覚えていった。咲楽の母親にいろいろと教わりながら、自分一人になっても生きていけるように。
考えてみれば、そういうことを覚え始めたときから覚悟はできていたのだろう。近いうちに、自分は母親を失うということを。父親は仕事をして、自分は家の家事をして。
少しずつだが、着実に色川家にお世話になることは少なくなっていった。いつまでも迷惑をかけるわけにはいかない。向こうは迷惑だとは思っていなくとも、時が経つにつれて居心地が悪くなってきたのだから、これは自分の問題であった。
一人で生きていける。
それは自分の中での強さだった。いや、ただの強がりだった。
そして、気が付かない内に結城から笑顔は消え失せていた。
その夢も希望もなかったとき、彼女はある約束をしてくれたのだ。笑顔を取り戻す、とってきの約束を。
(だから、今の俺がいるんだ。この恩を返さずして俺の人生は成就しない)
あのときは本当にひどかった。約束をする前は、父親は仕事の忙しさから中々コミュニケーションが取れず、家族のふれあいがまったくなかった。だからだろうか、長い間一人でいることが基本になった結城は目は虚ろになり、喋ることすら困難になったし、学校も行かない日がどんどん多くなった。
咲楽は気にかけてくれていたが、それに答えることもできない状態だった。
だから彼女は強硬手段に出た。有無を言わせず、一方的に約束を押し付けてきた。
それが結果的に結城のことを救った。
そこからはどんどん回復していって、この七城市でもトップの高校に通うことができている。これも咲楽の助けがあったからこそだ。
「そう……ただの幼馴染だ」
結城はもう一回、確認するように同じことを言った。
だけど、その口調から何かがあるのだと海実にはバレてしまっていた。だが、彼女は何も気づいていないかのように振舞った。
「そう、ですか。ただの幼馴染……」
海実は詳しくまでは分からないが、この二人の間に何かがあるのだけは理解できた。二人だけの秘密がそこにある。だけど、それを詮索しようとは思わない。この二人の思い出は、この二人の間だけで完結させるべきだから。
「おまたせー。飲み物買ってきた――」
咲楽がジュースを持ちながら、小走りでこちらに向かっているときのことだった。
このオーシャンリゾート中から、叫び声が上がった。
「な、なに!?」
怯える咲楽と海実。結城はあたりを見回す、いや、見回さなくても一瞬で何が起こっているのか理解できた。
「なんで、なんでプールから湯気が……?」
ここは温水プールじゃない。そもそも、この暑い日に湯気立つくらいの水温にするなんて明らかにおかしいのだ。いや、湯気立つのは温水になっているからじゃない。熱湯になっているからだ。
ブクブクとプールの水が沸騰している。またも結城たちに非日常が舞い降りた。ついこの間の電車といい、今回のこのプールといい。
――考えてみろ、今回のこの事件の犯人に顔を知られていたんだぞ? それにその犯人は未だ逃走中。この状況で電脳世界をのうのうと歩くのはあまりにも危険すぎる。
父親の声が脳内で流れる。
(んなわけあるかよ。今回の事件も俺が関係してるってんのか? ふざけんな!! 電脳世界だろうが現実世界だろうがカンケーねーじゃねーか。いったい、どれだけ咲楽の笑顔を奪えば気が済むんだよ犯罪者どもは……!!)
結城は怒り心頭だった。
この今の現状を変えるためにも、まずは今の状況を把握する必要がある。
避難のアナウンスが流れるが結城はお構いなし。このプールを元に戻して楽しい時間を取り戻す、そのことだけを考えていた。
「ねぇ、ゆうくん。逃げないの? 危ないよ……」
彼女の目元にはうっすらと涙が溜まっていたのが目に留まった。だから結城は言う。
「大丈夫だ咲楽。西條を連れて先に逃げてろ。俺はさっき見つけた知り合いを助けてから行くから」
「そっか。ねぇ、ゆうくん」
「ん?」
「絶対に一緒に帰るんだからね」
「当たり前だろ」
そして結城は一人走り出す。
(見た限りでは、プールの水温管理はそれぞれのプールの水温管理システムによって管理されている。すべてのプールの水が沸騰してるってことは、何者かがすべてのシステムを弄ったってことだ)
まずは一番近くにあった競泳用プール。その近くに水温を管理しているコンソールがあった。そのコンソールに表示していた水温は摂氏一〇五度。明らかな異常数値だ。
このコンソールはすべてのプールにある。つまり、これを一つ一つ確認して異常を取り除けば、おのずとオーシャンリゾート全体のプールの水温は元に戻る。
調べる方法は一つ、この中を見てくるだけ。
「パルスイン」
6
まず、結城は凄まじいノイズを感じた。次にこれまた凄まじい熱気を感じた。
水温管理システムの電脳世界は溶けるような暑さだった。そこに立っているだけで体力が奪われてしまう。そんな中、彼はプログラムの異常を見つけて直さなければならない。もしかすると、前の電車の様に戦闘沙汰になることも考えられる。
(この競泳用プール、波の出るプール、子供用プール、そしてウォータースライダー。全部で四つか。この暑さをあと三回繰り返すのかよ……チッ、嫌がらせだなまったく)
それが犯人の狙いなのかもしれない。すべてのプールを正常に戻し、体力を使い果たした所で攻撃をしかけてくるのかもしれない。前回の電車の暴走事件の犯人は結城のことを知っていた。咲楽を悲しませるようなことになれば、必ず結城が出っ張ってくる。それを見越した作戦だとしたら恐れ入る。どれだけ結城のことを知っているのだろうか。
いや、もしかすると結城の知り合いなのかもしれない。
「んなことはどうでもいいんだよ。まずは――このプールを元に戻すんだ」
この水温管理システムの電脳は別に複雑な構造をしているわけではなく、すでに目の前にその水温管理システムのプログラムデータが見えている。ただ、一緒に見たくないものがあるのも理解した。
火の柱が檻の様にプログラムデータを囲んでいるのだ。それを発生させているのは何なのか。とりあえずその火の檻に近づこうとしたが、あまりの熱さに近づくことができなかった。
『どう? 私の情熱的なステージは』
どこかしらか声が聞こえてきた。その声は女性のモノで、ちょっとした艶めかしさがある。周りを見渡すが人影はない。つまり、これは外部から音声のみをこの電脳世界に送っているのだろう。
「どうもこうも、最悪だなお前。ホント、最低で畜生でクズだよ。きっとサドの気質あるぜ、お前」
『お褒めの言葉ありがとう、榊原結城君。そんな口の悪いキミにプレゼント。キミにこの子を倒せるかな? 行っちゃって、アグニちゃん!』
青白い火花のようなエフェクトが目に飛び込んだかと思いきや、目の前には人ではない何かが立っていた。肌は赤く、顔は二つあり、腕は四本あった。それぞれの手に、剣、盾、斧、数珠が握られている。
佇むその姿を見るだけで、まるで悪魔か神を相手しているかのような感覚になる。
とても大きくて、強大な敵が立ち塞がっていた。
ジジジ……ジジジ……というノイズが頭に響き渡る。それは、そのアグニの存在を知らしめる音。
『この子を倒せばプールは元に戻るよ。さて、榊原結城君は一体どれだけの時間で四つのプールを解放できるか、見ものだねぇ。では、検討を祈るよ』
それっきり、その女の声は聞こえてこなかった。
その女の口ぶりはまるでゲームでもしているかのようなもので、結城をイラつかせるには十分な言葉だった。そのような感覚で、咲楽を危険な目に合わせたのが許せない。
それに、まるで高みの見物をしているかのような態度も気に食わなかった。
だから結城は女だろうが必ず見つけ出して拳を一発――いや、気が済むまで入れてやらないと気が済まない。
まずは目の前の強敵である双頭の巨人を倒さなければ始まらない。
結城は右腕を硬化させ、戦闘態勢に入る。しかし、アグニと呼ばれる化け物は一向に動こうとしない。その静けさはどこかしら不気味で、結城は逆に動けなくなってしまった。早く目の前の敵を倒さなければならないのに、不用意に仕掛ければこちらがやられる気がしてならなかったからだ。
硬直し続ける結城とアグニ。そしてその数秒後のことだった。この静寂に耐え切れなくなり、結城は少しだけ足を動かした。それは本人の意志ではなく、本当に無意識の行動。
それがトリガーとなり、アグニはついに動き出す。
咆哮と共に振るわれる炎を纏った剣。その巨大な剣は迷うことなく、正確に、無慈悲に、結城の脳天目がけて振るわれた。
(やっべえ……!!)
体が言うことを聞かなかった。避けなければならないのに、その回避行動すらさせないくらいに体中の筋肉が緊張した感覚に陥る。電脳世界の自分の体はただのデジタルデータと化しているため、実際の筋肉が緊張することはない。だが、意識の中ではそのような感覚に陥り、擬似的な状態になることはある。
まさに結城はその状態になったのだ。
「グ、ガ、ハァ……ッ!!」
呼吸すらままならない中、剣が纏う熱のおかげで反射的に結城は回避行動を取った。
剣は地面に突き刺さり、ゆっくりと力を込めて抜く動作に入る。
その隙を見た瞬間に、走ってとにかくアグニから距離を取る。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ひとまず呼吸を落ち着かせ、振る向いて正面を向き、今の状況を正確に把握しようとするが、そんな猶予はくれなかった。アグニは持っている数珠を前に突き出したかと思えば、火の粉のようなモノが数珠に集まった。そしてそこから火炎が吹き出したのである。
「ウソだろォ!?」
火炎が――結城を包み込む。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
あまりの熱さに失禁しそうになる。電脳世界の仕様によって、実際に体が燃え、火傷を負うことはない。だが、それ相応の痛みは味わうことになる。全身火傷を負ったのと同等の痛みで意識を失いそうになり、目の前がモザイクがかったような光景になった。
意識だけは失う訳にはいかない。ここで意識を失えば、すべてが無駄になる。今まで自分を支えてきたモノが粉々に砕け散ってしまう。
なにより結城を支えてきてくれたモノ――それは咲楽の笑顔だった。
(俺の身に何かがあれば、アイツはきっと悲しい顔をする。それだけは絶対にダメだ。何事も涼しい顔して安心させてやんないと、ダメなんだよッ……!!)
硬化させた黒い右手を握りしめ、その拳で自分の顔を殴りつけた。
「いてえな……いてえけど……これでアイツの笑顔を見られるってんなら苦じゃねぇよ。さぁ、ここからが本番だ。テメェはしょせんはプログラム。こちとら人間なんだよ。人間がプログラムごときにやられるワケにはいかねぇだろォ!!」
結城はアグニへと向かって突っ走る。また前に突き出した数珠に火の粉が集まっていき、そこから火炎が吐き出されたが、今回は少しばかり距離があったし、正面からだったため、はっきりとそれが見えた。そうなれば回避は容易。
その火炎放射を右へとかわす。体の左側に火傷したのではないかと思えるような酷い痛みが走ったが、直撃でなければ問題ない。まだまだ体は動く。
その痛みを我慢しつつ、結城はもう一度全力で突っ走る。
アグニへ攻撃できる範囲まであともう少し。
(距離を詰めれば、きっと攻撃を仕掛けてくる。その時がチャンスだ)
結城の予想通り、アグニの間合いに入った瞬間にアグニは斧を降り降ろした。
それをしっかりと目で追い、できる限りの小さな動きでそれをかわした。
斧が地面に突き刺さる。それを引き抜こうとするその一瞬の隙を結城は狙っていたのだ。
「今だ!!」
結城はその斧に思いっきり拳をぶち当てた。
すると、その斧にヒビが入りバラバラに砕け散る。それはデータの破片となり、青い粒子状のエフェクトを出して消滅した。
まずは一個。
このアグニという敵は、四本の腕にあるそれぞれの武器を用いて戦っている。それを失えばどうなるか――攻撃手段がなくなるのだ。ここまでの一連の攻撃すべてが手に持った何かしらを使って行っているのは明白だった。最初の攻撃は剣、次は数珠による火炎放射攻撃、そして斧。
(きっと、ゲーム感覚の犯人は完全無欠の敵を用意するわけがない。どこかしらに攻略法が用意されているに決まってる)
先ほどまでの四回の攻撃には不可解な共通点があった。それは――。
(なぜ剣と斧が縦に、地面に突き刺さるようにくりだされたのか。なぜ数珠をわざわざ突き出して使ったのか。それも、まるで攻撃してくださいと言わんばかりの隙を見せて)
つまり、そこから求められる答えは。
「それが攻略法だってことだろ!」
次にアグニは剣を振り下ろす。しかし、その攻撃も結城は見えていた。避けることなど造作もない。結城の横を落ちていった剣は、地面に突き刺さっていた。その剣を抜き、再び構えようとするモーションに入る。
「ここだろ! 分かりやすいんだよ!」
その引き抜く瞬間、力を込めるような動作があった。それが明確な隙となり、それが攻撃ポイントとなる。結城はその瞬間を見逃さず、タイミングを合わせて拳を叩きこんだ。
またも剣は青い粒子状になり粉々に砕け散る。データは壊れ、アグニの腕からはまたも武器が失われた。残りは数珠と盾のみ。
ここでアグニは動きを変えた。近接武器を失っただろうか、結城から距離を取ろうと後ろへと大きく跳躍した。そして、数珠を前に突き出して構える。これは火炎を放射するモーションだ。
「こんなもん近づけばいいんだろ!? それくらい簡単だ……」
ふぅ……と深く呼吸をした。その次の瞬間、アグニの数珠からは火が噴きだす。
目の前に迫る火炎には目もくれず、結城は自分の拳で力の限り地面を殴り、その勢いで空中へと飛ぶ。火炎は彼の下を通過。弧を描く様にして結城の体は落下し、アグニに近づいていく。
そして地面に着地した場所はアグニから約一〇メートルほどの距離があった。これでは拳がアグニに届かない。しかし次にすべき行動を考える暇など与えられず、更なる火炎が結城を襲う。
しかし、地面に着地した瞬間だっため回避行動に移れなかった。その瞬間は心臓が止まるような感覚に陥る。格好は悪いが、結城はそのまま左に体を転がす。それが現状で唯一取れる行動だった。
(危ねえ……油断したらバーベキューにされるぞオイ)
結城は寝転がった自分の体を起き上がらせた。間一髪だったため、心臓はバクバク高鳴り、呼吸が荒くなる。
もう勝負は大詰め。数珠を破壊すれば残るは盾のみ。
ようするに結城の勝利が確定する。
「次で……決める!!」
結城は身を屈め、拳を地面に叩き付けることで宙へと浮く。
目標は数珠。炎を吐き続ける不可思議な武器。
落下の勢いを込めた拳を突き出す。もう少しで数珠にヒットする、その瞬間の事である。
アグニは盾を使ってきたのだ。
「ここで盾かよォ!?」
今までなぜ使わないのかと疑問を抱いていたのだが、ようやく合点がいった。アグニの武器はパンチ一発で壊れてしまうような脆いモノだった。ならば、その使うタイミングがとても重要なのである。
そして、アグニの武器で一番強いと言えるものはなにか。
それは数珠だろう。このアグニと戦ったならば誰もが口をそろえてそう言うはずだ。
案の定、盾は結城の拳一発で砕け散った。
だが、その一発を防げれば問題ないのである。なぜなら、盾を破壊すること自体が多大な隙を生み出すのだから。
バラバラになった盾が粒子となって消滅する。その先に数珠があった。そこから炎が吹き出す。何もかもを焼き尽くす業火が結城を襲うことになる。
予測可能、だが体は宙に浮いていて回避は不能。
まさに絶体絶命。
だが――榊原結城という男はどこまでもバカで、アホで、目標に一直線で、自分のことを省みない奴らしい。
数珠から吹き出す火炎を回避できないなら仕方がない。そう、回避はできない。でも、このまま落下しつつ数珠を攻撃することはできる。
ならば答えは決まった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
雄たけびを上げながら、気合いで火炎の中に飛び込んでいく。
熱い――いや、熱すぎて逆に熱さを感じなかった。熱さを感じるよりも先に激痛が走ったのである。だが、そんな痛みなど関係ない。ここは電脳世界、死ななければ現実世界の体は何ともないのだ。ただ、それがフィードバックされるだけ。
炎の中を拳を前に突き出しながら落下する。その先には数珠。
「これで終わりだ!!」
そして、その拳が数珠へとたどり着く。それはこれまでと同様、青い粒子となって霧散する。
そのまま結城は地面に激突し倒れ込んだ。
アグニは戦意を喪失したように四つの手で二つの頭を抱えてその場に倒れ込んだ。
そして、本体も青い粒子となって消滅する。
水温管理システムの周りに渦巻いていた炎の檻は消滅し、電脳世界の温度も正常なものへと戻った。
勝った。
そう思ったのはアグニが消滅してから一〇秒ほど経ってからだった。どうも目の前に起こったことがすんなりと自分の中に入ってこなかったらしい。なぜなら、意識が朦朧としていたから。
『おー。アグニちゃんを倒せたみたいだね。おめでとう、榊原結城君。ステージワン、クリアだよ。さて、残るステージは三つ。そんな状態で身が持つかな? 健闘を祈るよ』
犯人と思わしき女は一方的に話し、そして去っていった。
その正体を掴むにはどうやら残り三つのプールの電脳世界に入り、またアグニのような怪物と戦わなければいけないらしい。
結城は全身に痛みが走るのを我慢し、電脳世界から去った。
「ログ……アウト……」