6話:好きという覚悟
もう、諦めてしまおうか……。
そんなこと考えていた、言われたとおり私の能力は索敵と攻撃を同時に行えない、索敵中は衝撃波を散布しているから一点に集中できないし散布する衝撃波を強くしたら索敵のために戻ってきた衝撃波で自分がつぶれてしまうからだ。たぶん、もう1つの弱点も知っているんだろうな、あの人は頭がよさそうだし能力も頭を使わない肉体強化だけ。なんで頭の悪い私がこんな能力を持ってしまったんだろう?力加減も下手だしできるかわからないことを考えずにやって失敗してきたことも多い、けど。
「難しいことは……考えない!」
私が今考えるべきことは、『諦めないで最後まで戦うこと』だけだった。
「まだ倒れないんですか、やめておいた方がいいですよ、肋骨が折れてます、それに鎖骨もひびが入ってますし内臓にも大きなダメージが……」
なにか言ってるみたいだけど構わず攻撃する。骨折?そんなこと気にしてる暇なんかないよ。
「肋骨とか鎖骨とか細かく言われてもわかんないよ……だって私バカだもん!」
避けて跳んだ先にはさむように衝撃波を放つ、空中での移動はできないしあれは殴って相殺するしかない。
「ふんっ!」
思った通り相殺してくれた、衝撃波は発生する時微妙だけど音が出るからそれで反応してるんだろうね、たぶん彼女の能力は肉体強化じゃなくて正確には身体能力強化で筋力だけじゃなくて五感も鋭くなってる。
「あなたの攻撃はもう見切っています、それに私を見つけることはできないでしょう!」
ものすごいスピードで走ってる足音が聞こえる。これじゃ索敵をしたって場所が分かったころにはもう別の場所だ、でもソナーでわかんないなら、もうソナーなんて使わなくていい。
「目を閉じた?もしかしてそれで集中でもしてるつもりですか!」
今の足音の近づきかただと、たぶん……左斜め後ろかな?
「え……?」
「ビンゴ☆」
受け流されてスカスカなった彼女の横っ腹に思いっきり衝撃波をこめた拳を打つ、いくら筋肉が強化されてるからってこの一撃はさすがに応えるはずっ!
「ぐ……はぁ!」
彼女は3mほどとんでから地面に落ちる、骨が折れるというよりもなにか袋のようなものを潰したような嫌な感触だった。
彼女も血を吐き出してむせているしこれ以上やったら死んでしまいそうだ。だが、それでも彼女は立ち上がる。
「なんでそんなに戦おうとするの?」
「あなたには……わかり……ませんよ」
またこっちに走り出してくる、さっきよりも速く、強いオーラを纏ったような姿で。
私も避けられまいと構えた時、後ろから何よりも早く迫ってくる何かを感じて振り返るとそこには誰もいなくて、私の前で倒れた彼女を抱える凪の姿があった。
「あ……凪、涙ちゃんは?」
「大丈夫、眠ってる」
それから凪の家に行って大我と小雪先輩を呼んで様子を見た。
大我くん曰く身体強化をする能力者は身体に直接負担がかかる分人よりも回復力が強いらしい、だから大丈夫だって言ってた。
怖かった。あの時みたいに能力が人を傷つけるんじゃないかと思った、また私のせいで不幸になる人が出るんじゃないかって思ってた。だけど、恐怖に襲われている私を知らんぷりするように涙ちゃんは体を起こした。
※※※※※※※
起き上がった涙をみて、僕は質問を始めることにした。
「大丈夫か?」
「問題ない、私は見た目より頑丈だ」
「じゃあ教えてもらえるか?お前が僕を殺そうとしてまで襲ってきた理由を」
「ああ、何一つ隠さずに教えよう。私の能力は『アクセル』、見た通り身体能力を一段階ずつだが上げていく能力だ、発動から10分間はギアが1の状態だな……そこから5分おきにギアが上がって6までで最大になる、そして6から10分で能力がきれる仕組みだ」
「発動条件は?」
「殺意だな、私が相手を殺すために力を欲する時、能力は発動する」
変わった能力だ、切れる瞬間が完全にわかっているのも珍しいし、発動条件に精神が加わってくるとは、超能力ってのは不思議なんだな。
「なんで僕を殺しに?」
「1ヵ月前、私の携帯に電話があった。電話の相手は君の能力を試そうと話を持ちかけてきた、これから超能力者が近くにいるときブザーを鳴らす、超能力者を倒すことが出来たら報酬をやると」
「お前がそんな話に乗るなんてな、報酬は金か?」
これは冗談だ。こいつが金のために人を殴ることはない。
「いいや情報だ、今の私にとっては金よりも命よりも大事な情報だ」
「僕たちには教え?」
「無いに決まっているだろう、これはプライベートの話だからな」
「なら諦めるか」
「とりあえず私はいうことは言った、今からあいつに負けたと連絡しなければいけないし一旦家に帰る」
家に帰る?そういえばこいつはどこに住んでるんだ、孤児院もそこそこ遠いし近くにマンションかアパートでも借りて
「ちなみに私はまだ鈴蘭の丘に住んでいるぞ、住所も電話番号も変わっていない」
そう言って鈴蘭の丘の住所を涙の電話番号が書いてあるであろう紙を玄関において涙は出て行った。
この瞬間、今週の休日にすることが決まった。
日曜日の朝、みんなに柊木駅に集合してほしいとメールを送った。
「どうしたんだ凪、こんな朝早くに集合だなんて」
「そうだよ、せっかくの日曜日なのに……」
集まったのは大我と奏の二人、小雪先輩は3年の友人との用事があるというので先にメールが来ていたので問題なしだ。
「今から鈴蘭の丘っていう孤児院に行く」
「いやわかんねえって、なんで行くんだよ!?」
「……僕と涙が育った場所だから」
その場に一瞬の沈黙が生まれ、すぐに奏がしゃべりだした。
「つまり里帰りってこと?」
「まあそんなもんだ」
それから電車を乗り継ぎ1時間ほど時間をかけて鈴蘭の丘に到着した。昔とちょっと変わっていて広場の遊具が少し多くなっていたり、壁紙が変わっていたりとやっぱり自分がここをでてからの時間の流れを感じた。
ピンポーン……、チャイムを鳴らすとあちらから応答があり僕の名前を言うと。
「え、あの凪くん!久しぶりじゃない、今開けるから待ってて」と昔から変わらない院長の声がした。
この孤児院はなぜかロックなどがものすごく厳重で普通の人間では開けられない。扉や壁の強度の強く僕がまだいたころ、孤児の連続誘拐犯として有名だった破壊系の超能力者が目をつけ入り込もうとしたが傷一つつかず捕獲されたという話がある。
「どうぞ入って」
扉の鍵が空いた音がして自動的に扉が開く、中はあまり変わっておらず孤児としてこの院に入れられた子供たちが楽しげに走り回っている。
「久しぶりね、凪くん」
院長がわざわざ入り口前まで来て出迎えてくれた。院長には昔は随分と世話になっていて一生頭の上がらない相手だ。
「わざわざお出迎えありがとうございます」
僕は深々と頭を下げてお辞儀をするが、院長は変わらない態度で話しかけてくる。
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ、あなたはいつになっても私たちの家族なんだから……あら、後ろの方はどちら様?」
「あ、紹介します。高校の同級生で今日は僕が誘って来ました、2人ともコミュニケーションの下手な僕に話しかけてきてくれてとてもいい人です」
「市ヶ谷大我です」
「た、立花奏です」
2人とも僕の態度を見て緊張してしまっているようだ、奏なんてどうしていいかわからず目が泳いでいる。
「そう、凪くんがお世話になっているのね。私は鷺ノ森悦子、この孤児院で院長をしているわ」
「よろしくお願いします」
ふと、院長の目つきが変わり目の色が朱色に変化する。
「鬼と蝦、と言ったところかしら?あなた達はいい能力をもってるわね」
「え、なんでわかったんですか!?」
不意を突かれて驚いたように奏が声を上げる。
「院長も能力者で見たものの名前と用途がわかるんだ。人を見ると名前だけなんだけど超能力者を見ると能力を使った姿が見えるらしい」
「『鍵の目』って呼んでるわ、この孤児院では隠し事は無しだからね。今だから言っちゃうけど嘘とかも見抜けるのよ」
「え、じゃああの時の!」
「ちゃんと覚えてるわよ」
ニッコリとした院長の顔が逆に怖い。
「本当にすいませんでした!」
世の中の営業マンの頂点に立てるんじゃないのかというほど綺麗な土下座が決まった。その時、大我と奏の顔は笑いをこらえすぎて頬が赤く腫れているように見える程だった。
院長への挨拶(さっきのことはもう昔のことだと許してもらった)をすませた後、僕たちは奥の方にある個室へと向かった。個室番号007、それはあの時からずっと涙が使っている個室で今でも変わっていないいと聞いた。
コンコン
「はい」
ノックをすると昨日聞いた声が返ってくる。どうやら休日などはここで子供の面倒を見ているようだ、それにしても暇じゃないんだろうか?昔は同じ年の子が3人いてよく遊具などで遊んでいたが高校生くらいの年になったらみんなが自立をして孤児院を出た。僕もその1人だし3人も帰ってきたことはないと院長は言っていた。いつも何をしているのかちょっと気になる。
「誰ですかって……本当に来たのか」
「お前が誘うようなことをしたからだ」
はっきりと言ってやる、あんなことを言っておいて今さら来るなはないだろう。こっちだって休み返上して来たんだ。
「俺たちもいるけど?」
「遊びに来たよー」
僕の後ろから2人も顔を出す。大我はともかくつい最近殺し合いをしていた奏は対応が軽すぎると思ったが。
「はあ、まあいいわ。とりあえず中に入って」
意外とすんなり受け入れてくれた。
中に入ってみるとあの時とほとんど変わらない机やベッドの配置、変わっているのは制服とバッグや参考書が置いてあるだけだ。
「変わらないな」
「そうじゃないわ、変えたくないの」
「どうしてだ?」
このくらいの年ごろなら部屋の模様替えとかも楽しんだりしてもいいと思うけど。
「時間の無駄よ」
確かに涙の性格を考えるとそんなことする奴じゃなかったな。でも少しくらい青春時代を楽しんだ方がいいだろうな、涙の頭は固すぎる。
「まだ何個か理由はあるのだけれどこれから仕事なのよ、着いてくるなら止めはしないけど」
「涙ちゃんバイトしてるの?すごいね」
「バイトってもんじゃないわよ、ここの孤児院で子供の面倒を見るだけ」
「時給とかは出るのか?」
大我がちょっとおちゃらけた質問をする。
「そこそこいい額がもらえるわ、子供の面倒の見返りとしては多いくらい」
「へぇー、そんなことなら俺も働きたいけど」
「やめておいた方がいいわよ、ここの子供たちは扱いが難しいから」
「どういうことだ?」
「頭が悪いのに馬鹿だなお前は、ここは孤児院だぞ」
大我が「あっそうか!」みたいな顔をして手をポンと打った。そう、ここは孤児院だから保育園や幼稚園とはわけが違う。触れられたいくない過去やトラウマになった光景や言動を持つ子供がほとんどで生まれながらにすでに親がいない僕や涙みたいなケースは少ない。いつも楽しそうに遊んでいる子供たちだが、ふとした言動が思い出したくない傷を蘇らせてしまうということがある。そのことに関しては院長の能力は孤児院の者として最適だろう。
「そういえばあの白髪の人は?」
「小雪先輩は用事でいない、それがどうした?」
「いや、なんでもない……」
※※※※※※※
ピー……
最悪のタイミングだ。
俺は友人とファーストフード店で昼食を摂っている時、なってはならないブザーとともに人生で一番最悪の状況に突入することになった。