12話:鬼は水妖と再開する
地下に降りる階段は、想像していたよりもはるかに深く最後の段を僕が踏むころにはもう20分は経っていたかもしれない。風はもちろんなく音もしない、ただの長く広い大広間のような暗闇が広がっているだけの部屋に着いた。
「電灯とかはないのか?」
「ここは人が出入りしてた形跡があるから探せばどこかにあると思う、ちょっと待っててくれ」
先輩が携帯を開き目を閉じて集中すると、僕たちの頭上から丸く広がるように蛍光灯が光り始めた。
「変わった感じの蛍光灯だね、なんか高級そうだよ」
「さあ、ただここを作った奴の趣味かもな、より不思議そうな研究所っぽいところ作りたくてこんなヘンテコな作りにしたとかな」
大我が笑いながら言うのを疑問を覚えていた奏がへぇーって感じの顔で聞いている。
でも確かにここは見ている感じではヘンテコを言ってもいいかもしれない、なぜなら大広間のような場所の天井から床、壁にとかすべての場所に扉がありいったいどこに進めばいいのか全く分からない状況になっている。
「奏、偵察を頼む。ここから先どこに進むかはお前の能力次第だからな」
「わかった、とりあえずどんなところから探せばいい?」
「そうだな……怪しい機械がいっぱいあるところだ」
「わかった!」
なんか巨大迷路のアトラクションに入った時の子供みたいなテンションだな、こういうところは好きなのか?少なくとも僕はここが子供相手に人体実験や改造行為をしている奴らの陣地である限り楽しくはない。
それにしてもこの部屋はなんでこんなに扉があるんだ?しかも天井なんて飛んだり跳ねたりできるような超能力者じゃないと開けることもできないだろうしここの設計者はどんな意図でこんな扉を?
そこで僕の頭によぎった言葉があった。飛んだり跳ねたりする超能力者だ。もしかしたらと思ったその予想は次の奏の言葉で確実なものになった。
「なんかここの扉の先が全部小さな部屋みたいになってる、なんていうか……鳥かごをそのまま大きくしたみたいなやつとか、真っ直ぐ地下彫りしたみたいなやつとかだよ」
「やっぱりそうか、ここは!」
全員が頭に疑問符を浮かべる中僕は床に設置されている丸い扉まで走っていきそこに書いてあるかすれた文字を読んだ。そこに書いてあった文字は――
『被検体4―モデル・トタテグモ』
ここは、被検体だった子供たちの部屋だ。しかもこのつくりということは、この子たちはモデルにされた生物と同じような巣で同じような生活を送らされていたということだ。
「ふざけんなよ……ここの奴らは子供を改造するだけじゃなくて、人としても扱ってなかったっていうのかよ!」
頭に血が上りつい叫んでしまう。こんなことがあっていいのだろうか?年端もいかぬ少年少女を誘拐だか金を使ったか知らないが集めて人体改造を施し、さらに扱いは子供どころか人間のそれじゃない。あとづけされた動物や昆虫と同じような扱いをうけて生きさせられるだなんて……許せるはずがない。しかも中を覗いてみればその中身は普通ではなかった。
「なにが施設だよ、どう見ても拷問部屋だ」
そこには能力を強制的に発動させるようなくらいの生命危機を感じさせる道具があった。
「凪、どうしたの?」
「見た通りだ、ここにいた子供たちは動物や奴隷同然の扱いだったってことだけ」
「え、そんなひどいことをされてたの!?」
「ああ、もう僕は我慢できないよ。もしまだここに関係者が残ってるんなら……問答無用でぶっ叩く!」
だが怒り散らしてしまっては冷静さを失ってしまう。心を落ち着けて静かに怒りを溜める、この怒りを使うのはまだ先の話だ。
「とりあえず一番道が進んでいるのはあそこの扉だよ」
「凪くん早く行こう、ここは貴女には嫌な思い出があるようだ」
そうだった。ここにはずっと貴女もとらわれていたんだ、いい思い出があるはずがない。
「そうですね、僕も早くここから出たいですし行きましょう」
そのあとは言った扉の先は50mほどの通路になっていてその先に会った倉庫のような場所に着いた。
「ここは、倉庫かな?」
「みたいだな、探したら薬があるかもしれないぜ」
大我が問答無用に段ボールとかを漁りだす、もしかしたら危険な薬剤とかもあるかもしれないのになんでこう微妙に警戒心が無いんだこいつは……
でもその倉庫では薬は見つからず、唯一ここの手がかりとなる地図だけが見つかった。
だけどそれを頼りにいろんなところを探してみたがまったく薬らしきものはみつからず最後の怪しげなコンピューターが立ち並ぶ最深部の部屋に着いた。
「ここが最後か、無かったらおしまいだな」
「でも手がかりはない、たぶんデータの想像から注射器のようなものに入った液体のはずなんだけどそれも見つかってないからね」
だがその部屋にもあったのはコンピューターだけで他には何も見つからなかった。
「どうする……?」
「最後の手段だけど、このパソコンを開いてデータを盗めば薬の作りかたとかがあるかもしれない」
「その手があったか!それなら小雪さんに頼もう」
「ああ、任せてくれ」
先輩が胸を張るように前に出てパソコンの電源をつける。キーボードにも触れずパスワードを解きすべてのファイルの中からデータを探していると目を見開きあるファイルを開いた。
それは被検体の子供たちのデータがまとめられたところだ。
「なんでこのファイルを?」
「もしかしたら俺たちが見つけた子以外にもいるかもしれないと思ってね」
そう言って1人ひとりデータを見て全員の顔と能力が一致していることを確認して取りこぼしが無いことを完全に確認する。
そして先輩がパソコンを閉じようとした時、銃弾のような形をした透明な弾がパソコンの画面を貫いた。
「っ!?」
全員が一気に後ろを振り向く。
そこにいたのは研究者らしき白衣を着た男とその横にいるのは少し若い、17、8歳くらいの仮面をつけた少女が立っている。
だが2人とも銃を持っている気配はない。それにさっき飛んできた弾も鉄や鉛ではなく透明で弾の形をしただけの水のように見えた。まあ単純に考えれば横に立っている少女が超能力者、そしてここにきているということはあの白衣の男がこの施設の関係者ということだ。
つまり……僕の怒りの矛先が向けられている人物ということだ。
「誰だお前?」
呟くような声で問いただす。
すると男はニヤリと不敵な笑みを浮かべ口を開いた。
「名乗るのは君たちの方だ、ここは私の敷地内だぞ? それに人の所有物を勝ってに持ち出しているのもどう説明してくれるんだ」
たぶんこいつの言っている所有物は貴女のことだろう、やはり人だなんて思っていないようだ。
「物なんて僕らは盗ってない、ちょっとパソコンをみたけどね」
「悪い子だ……栞奈、殺してしまいなさい」
「上等だ、簡単に勝てると思うなよ」
仮面の少女――栞奈という名前らしい――と僕が戦闘態勢に入り一歩目を踏み込むその瞬間、2人の動きを静止させる声が入った。
「待ってくれ!」
その声を上げたのは……大我だった。
「栞奈って……言ったよな」
大我はゆっくりと近づく。
「もしかしてさ、栞奈姉か? 栞奈姉だろ、そうなんだろ!」
「うるさいな、栞奈、早く殺しなさい」
人差し指を立て栞奈は大我に向ける。すると指先から透明な液体が流れ出しそれが高速で切り離される。
「まずいっ!」
僕の能力が発動し世界の動きが止まるほどに遅くなる。かなりギリギリで発動できたようであと1コンマ遅かったら水の銃弾が大我の体を貫通していただろう。
それにしても殺すという命令に従順すぎるだろ、狙っている場所が綺麗に心臓だ、動けてよかったと思いながら大我の位置をずらす。これで銃弾は避けることができる、あとはちょっとあの2人は驚くだろうし白衣やろうは殴ってやりたいけど大我の話の続きは聞きたい。
「さあ、動き出せ」
ピシュン、と音がして水の銃弾が空を裂く。
白衣の男は少し顔ををしかめたが超能力者の存在を知っているのだろう、すぐにポーカーフェイスに戻った。
栞奈のほうは仮面をつけているからわからないが多分微妙に指先が震えていることから何が起きたのかわからない。といったところだろう。
「大我、続きを話してくれ」
「ああ、ありがとな凪! 栞奈は俺の姉の名前だ。公開されていない、誰も知らない1人の姉だ」
俺より2つ上の姉、市ヶ谷栞奈は生まれて物心のついたころから自分の能力を扱っていた。
能力名は『水妖』、珍しい人為変態系能力者で自分の体を水態を操る化物に変える能力だった。だがそれを知っていたのは俺だけで親や5つ上の兄は知らない、俺にだけ見せてくれた。最初はなんでだろうと思っていたが今になってやっとわかる。栞奈はそのころから知っていたんだ、俺が『鬼』の人為変態能力者であることを。
だがある日、小学校の時に喧嘩していた俺達は行き過ぎたことをして相手がナイフを持ち出してきた時、栞奈が俺を守って刺された。能力で刺された部分を修復して全く怪我をしていなかったが、治すのが早すぎた。
ナイフで人が刺されれば血が出て時には死んでしまうことくらい小学生なら余裕で知ってる。なのに血が出ない、倒れもしなければまったく何事も無かったかのように立っていることに子供たちは恐怖した。
その噂はすぐに広まり不死身の化物だと言われ俺たち家族は周りから軽蔑された。
そうした日々が続いたある日、遺言のようなものを置いて栞奈が家から出て行方不明になった。小5の冬だった。親も兄も俺も探した、大雪が降っている中の捜索でもう死んでいるかもしれないと完全に諦めてたけど探してた、その途中だった。
俺がスリップした車に轢き逃げを食らったのは。何km出てたかわからない、でもその時の俺を見ていた兄が言うにはフロントガラスを突き破る勢いで吹き飛び電柱にひびを入れる程の衝撃で頭突きをし、首から氷の板に叩きつけられたという。
血まみれで倒れて気絶している俺に駆け寄ってきた兄は携帯ですぐに救急車を呼び病院に担ぎ込まれた俺に下された診断、それは打撲と貧血だった。
普通なら成人男性でも絶対に即死するくらいの事故だった。それが小学5年生、11歳の少年が打撲と貧血なんかで済む筈がない。
その事故がその程度で済んだ理由は簡単だった。
――俺も化物だった。
轢かれた瞬間生命の危機を感じたのか、それともたまたま発動条件を満たした状況だったのか俺の能力は発動し硬化しか体が骨折や内臓破裂を防ぎ、異常な回復力が失血症になるまえに体中の血液を造りだした。
そのかわりに俺も化物の扱いを受けることになった。あの姉と同じ血を受け継いでいる俺、さらに兄も陰湿ないじめ行為を受けていることを風の噂で知った。
能力覚醒に伴い異常に発達した俺の力は5つ上の不良6人相手に怪我1つなく勝利はしたが、それも俺が化物である噂を一層強めただけだった。
そんなことを続けた俺のせいで町から引っ越すことも考えていたが中学入学を期に能力の使用や異常発達した身体能力を使わず姉のことも忘れて勉強をした。
それで高校に行ったらいろいろな惨事に巻き込まれて今に至るわけだ。
「そして行方不明になった姉、栞奈が今ここにいる」
「そういうことか、じゃあとりあえずその仮面をとってもらわないと……なっ!」
僕は能力を使って仮面を獲った、その下の顔は――大我と同じ茶髪に明るい黒色の目をした少女だった。
「ひどいな、私の玩具のパーツを勝ってに盗むなんて。君たちはどれだけ私の物を盗ったら気が済むんだ」
「玩具、だと……! いま栞奈をおもちゃって言いやがったなてめぇ!」
大我の額から角が生える、腕や足も変化しそれはをみた奴は100人が全員声をそろえてこういうだろう。
――鬼がいる、と。
「姉貴はお前らの道具じゃねぇぇ!」
「栞奈、助けろっ!なぜ動かない!?」
「おらあああぁぁぁぁ!」
「や、やめろ!うわああああああ!!」
大我の本気パンチが男の顔面をとらえる、キレた鬼の本気パンチだ。これに耐えられるようなやつがいるのかどうかわからない……まあ簡単に言えば、味方である僕たちでも恐怖を感じる程の衝撃が起きたということだ。
「あ、ああ……」
白衣の男は捕獲して一緒に鈴蘭の丘につれて行き院長が持つ超能力者の裏ルートから専用の警察のような人へ送られた。
「ていうかなんで最後に栞奈は動かなかったんだ?」
「いやーね、勝手にだなとは思ったけど僕が貴女に言ったんだ」
あの時先輩は、栞奈が動かないよう貴女に能力で縛るよう言っていたらしい。確かに栞奈が動いて男を守れば攻撃はできなかっただろう、いい判断だと思った。
「もし洗脳されているのなら栞奈は鈴蘭の丘につれて行こう。機械的な脳や精神の異常を治せる人がいるからな、それに助けることはできないけど、力の使い方を教えてあげればいいんだ」
「そうだな」
こんな話し合いをして、僕たちは施設をでることにした。