9話:お世話と事件で忙しい
先輩が送ってきたメールに対して疑問に思うところが1つだけあった。
それは『なぜ奏を呼んでいるのか?』だ。もし戦闘中ならみんな来てくれと言った方がいいし奏の能力で勝てる相手だったとしても戦力的にはそっちの方が有利なのに、なんで奏だけなんだろうと、その意味を僕はこれから知ることになった。
「どうしたんですか小雪さん?」
「バトル……じゃあないみたいだね」
3人が口々にそういう中、僕の目に飛びこんできたものは……半裸の中学生くらいの女の子だった。
「先輩、これは長い間出てこれませんよ」
「誘拐じゃない!わけは中に入ってから話すからとりあえずついてきてくれ……」
否定のあと気力をすべて失ったかのようにやつれた先輩を見ながら中に入っていく、そして居間で座りながら話を聞いた。
「この子は俺がバトルの後見つけた能力者の子で、何人かの子供たちに暴行を受けていたんだ。治療とか、あといろいろと気になる情報があったから連れてきたんだけど」
「なんで半裸だったのか教えてください」
単刀直入に大我が言った。
「いや、汚れていたから風呂に入れと勧めたら入り方がわからないとあの恰好のまま俺のところに走ってきて、どうにかしようと女の子の奏を呼んだんだ」
そういうことだったのか、てことはとりあえず奏にこの子を任せておけば問題ない。
「奏、そういうわけだからあの子を風呂に入れてやってくれ」
「わかった、いくよ、えーと……名前は?」
「その子の名前は東雲貴女だよ」
「行くよ、貴女ちゃん!」
そう言って奏が連れ出そうとするが嫌々と首を横に振って動こうとしない。
「どうした貴女?」
先輩が聞くと。
「知らない人……怖い」
どうやらコミュニケーションをとるのが苦手なようで先輩にかなり懐いているらしい。これはちょっと時間がかかるかもしれない。
「もー覚悟決めて小雪さんが入れてあげればいいじゃないですか」
「なにを言うんだ大我、仮にも相手は女の子だぞ」
「小雪さんに懐いてるんだからしょうがないでしょ?」
「貴女、その子は敵じゃない。僕の友達で味方だから怖がらないでいいよ」
大我を無視して貴女をなだめている先輩は、若いお父さんのように見えてちょっと面白い。でも先輩は貴女にかなり信用されているようで渋々といった表情だったがちゃんと奏についていってくれた。
「それで先輩、貴女って子から気になる情報を得たと言ってましたけどなんなんですか?」
「ああ、その話だけど……どうやら彼女は変わった施設の出身らしい。親もいないし兄弟も姉妹もデータのない天涯孤独ってやつだ」
変わった施設?それに親兄弟がいないのなら孤児院とかだろうか、それなら境遇は同じだしあんまり変わっているようには思えないけど。
「青空の花という施設だ。名前だけ聞くと一見して孤児院のように聞こえる施設だけど、彼女が持っていた腕輪型の通信機には被検体Na.04と書かれていた。気になってその通信機をハッキングして調べてみれば狂っているとしか思えない情報を掴んでね」
僕と大我が真剣な顔つきになり情報に耳を傾けると、先輩が情報から得たその施設の本当の名前を口にした。
「『後天的人為変態能力者開発施設』、というそうだ」
ぱっと思い浮かぶようなことではない、だけどその名前だけてわかることが1つだけ確実にあった。その施設は能力者を造っている、ということだ。
「な、なんですかそれは……そんなものがあるなんて」
「考えられないな……」
「俺も最初は疑ったが彼女、貴女はその成功例の1人でモデル・スパイダーの人為変態能力を持っている」
モデル・スパイダー、つまり蜘蛛に変異する能力を持っているということか。
「だが問題はここからで、人為変態はできるが理性が保てず暴走する個体ばかりがいるということだ。そのせいで現状の施設は壊滅状態に近く、実験で精神を病んでしまった被検体が数多く町を歩いているらしい、俺が調べられたのはここまででこれ以上のデータは破壊されたか消去したかで残っていなかった」
「でも、それじゃあ町中で急にそいつらが能力を使ったらやばいことになるんじゃ」
「たぶん町中が大混乱だ、死人だってでるだろう」
「どうするんですか、そんな奴ら放っておけば町の人たちが」
「でも解決策はあったんだ、貴女の腕輪を使ってほかの能力者たちを探すことができる、そして能力を使う前に施設にある薬を打つ」
「その薬は一体なんなんですか?」
もし被検体の人たちを殺してしまうような薬なら、僕は他の方法を探すことになるが……
「人為変態の際に入れ替えられる生物因子を殺すための薬だ、たぶんその施設は無理やり違う生物の細胞を体に入れ替えて特定の条件を付けることで細胞が活性化して人為変態を起こすような仕組みにしてあるんだろう、高速で半分くらいの細胞を殺すわけだから寿命こそ減ってしまうけど被検体の人たちはこれからの人生を人として過ごせるようになるだろう」
「そうですか、それなら少しは安心して使えますね」
「それで貴女はどうするですか?あの子にも薬を?」
「それなんだが、あの子は施設での最高の成功例らしくて発動条件をしっかりと満たした上での発動ならば理性があるらしい。試してみないとわからないけど戦力にはなると思う……あまり、戦わせたくはないんだけどね」
「え、今なんて言いました?」
最後の方がボソボソとした声で聞きとれなかった、ちょっと暗い表情になっていたけどなにか考えることがあるのだろうか。まあそれより今考えるべきは町中にいる被検体たちを確保して薬を使うことだ。今すぐにでも施設のところへ行かないと!
「凪くん、先走るのはいいけど君は施設の場所を知っているのかい?」
「知らないんですか?」
「ああ、腕輪の情報やハッキング先にも無かった。そこが一番困っているんだ」
「じゃあ貴女ちゃんは知らないの?」
「ほとんど放心状態でここまで歩いてきたらしいからどうにも……だから聞き込みで青空の花を探すか、貴女の勘でどうにかたどり着く、のどっちかを選ぶんだ」
先輩が指を立てながら2つの選択肢を言う。選択肢が2つで現状数は5人……分担して同時に進むのが合理的か。
「じゃあ2班に分けましょう、聞き込みは奏と大我の2人でどうにかなるな」
「全然いける!」
大我は親指を立てて信用できそうでできないような笑顔を見せる。
「僕と先輩と貴女の3人で施設を探します」
「その班分けの意味は?」
先輩の疑問に率直に答える。
「戦力の分担で僕が入る班は施設を見つける確率が高い方でないとダメだからです」
「それは施設に敵がいる確率があると?」
「正確には敵ではないですが、襲ってくるなにかがいる確率は十分にあります」
そこで先輩はわかったようにため息をついた。
「俺たちは襲ってくるものをかわしつつ薬をとって襲ってくるものを救わないといけないのか」
先輩は察しがよくて助かる、その通りだ。たぶんまだ理性を失って人為変態をしたままの被検体だって近くにいるだろうし貴女が施設を見つける確率は高いと僕は予想している、根拠はあまりないけど。
「じゃあとりあえず……!?」
ガシャーン!と大きな音が廊下からして貴女が下着もろくにつけていない状態で先輩のところに走ってきた。なにがあったのかと廊下を見ると泡だらけでへとへとになって座り込んでいる奏がいた。
「どうした?」
「逃げられた……」
そのくらいみればわかる、なぜ逃げられたのかと聞きたいんだ。
「なんでって聞きたそうな顔だね」
「当たり前だ」
「泡が怖いんだって」
「まったくわからん」
泡が怖いってどんな姦関してるんだ、ていうか施設には風呂が無かったのだろうか?
「おい貴女、服を着てくれ!」
「……!!」
「凪、とりあえずこれ着させろ!」
大我がタンスから適当にコートのようなものを出して俺に投げつける、どうにも暴れ続けている貴女にはこの服を着せそうにない……しょうがないか。
「……」
「……」
「……」
「……」
「ふう、とりあえず貴女を先輩から引き離さないと」
全員の動きが止まったようにゆっくりと動く……ここはもう僕の世界だ。貴女に服を着せて奏の服を拭いて居間に戻って座る。この能力に欠点があるとすれば、能力停止を自分の意志で出来ないことだろうな、やることをやったら少し暇だ。まああと3秒くらいだろうか、3……2……1……
「あれ?」
「うおっ!」
「……!?」
「うぇ!?」
まあ、そんな感じのリアクションは予想してたけどな、1秒前までの景色と全く違うんだから。
「これは、凪の能力か?」
「そうだ」
「すげえな、本当になにやってるか見えなかったぜ」
まあ当たり前のことだな、こいつなら能力で見えそうな感じはあるけど。
「なんで……ふく着てるの?」
「あのお兄ちゃんが着せてくれたんだよ、貴女」
「いつ?」
「約1秒前かな?」
こっちはよくわからない問答をしているみたいだ。
「わわっなんで服が乾いてるの、さっきまで濡れてたのに」
「俺が拭いたんだよ、感謝しろ」
「え、感謝って拭くとか言ってどこか触ったんじゃないの!?」
それはない、絶対ない。
「100%無いって顔してるけどそれはそれで嫌!」
「どっちだよ」
やばい、これから大事なことをするのにこっちまで変な会話になってる気がする。早く本来の話に戻さないと……。
「とりあえず準備が整い次第行こう、いつどこで能力が暴発するかわからない。あともし僕たち3人が遠い場所まで行ってしまった時町のことは2人に頼む、人数が足りないなら涙も呼んでくれ」
そういって涙の連絡先を2人に渡した。
「奏はまだ完治してないから無理はするな、大我もな」
「OK!」
「わかったよ」
「じゃあ行こう」
それから大体1時間ほど、3人で歩いている僕と先輩と貴女は勘を頼りにどうにか探してはいるがそれっぽいところに着いただけでいっこうに施設的な建物は見つからない。先輩がハッキングでデータを見たくらいだから廃墟までいかないくらいの建物がどこかに建っていると思うんだけど。やっぱり位置がわからないとこんなに難航するものなのか、でもいい感じのところまではついた。もしここに人為変態のした子供でもいればもしかするとなんだけど……というこんな嫌な予想ばかりあたるような体質でどうにも不幸だと思ったことはよくある。まあ嫌な予想が当たるのはこれはみんなそうなんだろうけど。
「シュルルルルルル」
「っ!?」
おかしな鳴き声のような音だ、それに殺気のようなものを大きく感じる。振り向くと全身に鱗がある、4つの足を持った蛇がいて、見た目だけならトカゲにも見える。だけど確実に蛇にしかない体色を持っているから蛇なんだろう、ただ大きさだけは確実におかしいレベルに達している事が一目でわかる。
――人間大の、蛇だ……。
「もうすぐ施設かも、いたよ」
「どうするんだ?薬はないぞ」
「気絶させて、捕獲しかないだろ。かわいそうだけど、助けるためだ」
僕は念のためにと持ってきた模擬刀を構えて一歩前に出る。蛇は目はよくないが全く違う器官を使うことでサーモグラフィーのように見えるとか、臭いと音だけで獲物を捕らえることができるとか不可思議な能力をよく聞くけど、僕はすべての生物の中で……最速!
どれだけ暗いところで見えようと、見えないものを捕えることのできる嗅覚や聴力があったとしても、追いつけなければ意味がないということだ。
「ギャッ!?」
「まあ、こうなるな……」
気絶した蛇の子供を横目に見ると、鱗や目の形、牙などが徐々に無くなり人の形に戻っていく。気絶など意識を失わせたりすると細胞の活性化が止まって人に戻るようだ。でもまた暴走されたら困るしここは気絶させたままどうにか施設まで運ぶしかないか。
「この子は先輩が担いでくれ、そろそろ着くだろうから早く薬を打ってあげないと」
「わかった」
もう少しだ、早くいかないと町が大変になるかもしれないし、今この瞬間あっちのほうで大騒ぎが起こってもおかしくないはずだ。いま見つけたこの子もずっと理性を失って苦しかったはずだ。これから人として生きていかせないと、だからそっちは頼んだぞ……奏、大我。