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 あれから6年、俺達は24歳になっていた。


 高校を卒業した俺は、前から決めていた看護師の専門学校に行き、看護師免許を取った。


 本当は介護士になるつもりだったけど、アニのお母ちゃんに相談したら、いっその事看護師になった方が今後の為に良いとアドバイスをもらったから、特に迷いもなく軽い気持ちで進路を決めた。


 高梨は東京の美術大学に行ってしまい、遠距離恋愛になった。

 毎日メールして時間がある時は会いに行ったりしていたけど、専門学校の実習が忙しくなり、高梨の作品制作も忙しくなって来ると段々時間が合わなくなって自然会う事も無くなっていった。


 それでも時々はメールで今なにをしてるとか、こんな事があった、などとやり取りをしていたけど、それも急性期病院の看護師として忙しく働き出し、高梨の卒業制作が始まると自然消滅してしまった。


 それから何人かの女の子と付き合ったけど全員長続きしなかった。忙しい勤務もあったけど、高梨程心をさらけ出せる女がいなかったというのが正直なところだ。俺は今だに彼女を引きずっていた。


 その高梨も無事、大学を卒業して大きな企業のデザイン部に入職したらしい。その頃には何だか後ろめたくて、連絡を入れることすら出来なくなってしまっていたけど。


 今、俺はアニのお母ちゃんが施設長をしているラ・ポール背垣野の看護師として働いている。元々二年間修行として急性期病院で働いたらここに就職する予定でいたから、計画通り行ったという事だ。

 ギャンブラー山口師匠から様々な事を教わりつつ、そこそこ充実した生活を送っている。


 因みに渡瀬は精神保健福祉士になって、スクールカウンセラーになった。心理学を勉強した奴にとっては天職だろう。そしてアニは市役所の職員として福祉課に勤務しているし、弟はラ・ポール背垣野で介護士をしている。

 何故か皆福祉の仕事に就いているのは、アニ母の策略……もとい影響が大きかったからだろう。そこの所は今度ジックリ飲んでアニ母を取り調べしなくてはと思っている。


 そして今、俺は高梨爺の葬式に参列している。自宅で開かれた葬式には何故か沢山の人が参列して、まるで有名人か会社社長の葬式の様だ。


 まあ、柄の悪い参列者は口々に、


「貸した金返せ!」


 だの


「死んだ奴は負けだって言ったのはあんただろう!」


 などと叫んでいるが、皆目を真っ赤に腫らして泣いていた。中には酔いつぶれて寝込んでるおっちゃんもいるけど。


 俺はその人達の介抱が一段落すると、外に出て公園のベンチに一人腰掛けた。手の中には高梨爺からもらった自称人骨で出来たサイコロが三つ。

 家族の方に言ったら、形見分けとして貰ってくださいと言われた。

 黄ばんだサイコロを手の中でコロコロと転がしていると、


「上地君、ありがとう」


 喪服を着た高梨が声を掛けてきた。

 相変わらずサラサラの黒髪が、黒いスーツとあいまって別世界の人間の様に美しい。彼女は少し見ないうちに随分と大人っぽくなっていた。


 お爺ちゃんの死に目に間に合わなかった彼女は、今日の朝、冷たくなったお爺ちゃんと対面したらしい。


「ご愁傷様」


 なんだか久しぶりの会話がよそよそしい。だが、それ以外に家族を失った人間に掛ける言葉は思いつかない。


 ベンチの隣に腰掛けた高梨は、


「なんだか今朝お爺ちゃんの死に顔を見たらホッとしちゃった。あんなに無茶苦茶ばかりしていた人でも畳の上で死ねるのかと思ったら、多少無謀な事をしても大丈夫! って気になるね。不謹慎かな?」


 そう言う高梨の目も赤い。


「いや、高梨爺なら不謹慎なんて思わないよ、むしろ孫娘を勇気付けたと知ったら喜ぶんじゃないかな? 初めてお爺ちゃんに会った時、覚えてる?」


「ああ、確か皆で麻雀を打ったのよね」


「そう、その時俺爺ちゃんに脅されたんだぜ、理沙をオモチャにしたらただじゃすまさんぞ! って」


 それを聞いてケラケラと笑う、


「オモチャって! お爺ちゃんらしいな」


「あの人は何時も高梨の事を応援していたんだよ」


 そうだね、と呟いた後しばらく静寂が辺りを包む。秋晴れの空は高く、日の陰り出した淡い世界に水墨画の様な灰色の雲が陰影を付ける。


「上地君が看取ってくれたって聞いて、とっても嬉しかった、ああ上地君施設で働いているんだって思ったら昔を思い出しちゃった」


 一看護師として、そして一個人としてあったかいものが入ってくる。この仕事を選んで良かったな、とシミジミ思う瞬間でもあった。


「高校の時、上地君から電話くれたでしょ?でも私、上地君の事を前から知ってたんだ」


 高梨が意外な事を切り出した。


「美術部の課題で良く校内写生をしてたんだけど、行くところ行くところで上地君達を見かけたんだよね。最初は暇な人達だなーって思ってたんだけど、なんだか段々可愛く思えちゃってね、なんだか日陰に溜まる猫みたいな」


 そんな風に見られていたとは、ちょっと恥ずかしくなる。


「だからあの電話をくれた時、あの人だってすぐに分かったんだよ、嬉しかったな〜。そしたらからかいたくなっちゃってあんな事聞いたけど、返しが〝最終的には〟って、ククッ、あれで一気に好きになっちゃった」


 なんだか過去の自分を思い出すと恥ずかしくなる、だけど同時にあの時の愛おしい気持ちが蘇ってくる。

 今日、高梨が来ると知って、俺は一つの決意を持って来た。

 やっぱり俺にはこいつしかいない、ポエムの趣味も高梨以外には誰にも言っていない。

 自分を飾らずさらけ出せる、高梨以外には考えられなかった。


 〝高梨さんもう一度付き合って下さい〟


 そう言いかけた時、


「海外の大学院に行く話があってね、今日くるまでは大分迷ってたんだ。今の仕事にもやっと慣れ出したし、何も冒険しなくても良いんじゃないかって」


 俺は言葉を飲み込んだ。海外、その言葉が胸に刺さる。


「だけどお爺ちゃんの顔を見て上地君に会ったら、あの時の気持ちが蘇って来たんだ。今がやる時なんじゃないかって」


 そう言った高梨の目は赤く腫れながらも強い意志を秘めていた。


 グッと気持ちを堪えた俺は、手にしたサイコロを高梨の前に差し出す。


 覗き込んだ彼女に、


「お爺ちゃんから貰ったサイコロ、天才ギャンブラーの頭骸骨で出来てるんだって、高梨さんが持っててよ」


 へーっと言った高梨が手を伸ばして来る。それをサイコロを持つ手で包むと、


「攻めろ理沙」


 ギュッと握手を交わした。あの時と同じ、高梨の微熱が伝わって来る。


 知らぬ間に俺は涙をこぼしていたが、もうどうでもいい。俺は泣きながら可笑しくなってハハハッと笑ってしまった。


 高梨もビックリした後、笑いながらグッと握り返して来る。


 そして手を放すと、


「じゃあこれは上地君の分」


 と言ってサイコロを二つ返して来た。


「麻雀で使ってあげて、お爺ちゃんも喜ぶと思う」


 ニッコリ笑う高梨、本当に綺麗だ。わだかまっていた気持ちが全て解けていく気がする。


「ポエム、まだ書いてるんだ。今晩家に見に来ない?」


 思わず言った俺の誘いに、


「うん、私も上地君に見せたい物があるんだ」


 と言うと、俺の胸に抱きついて来た。そっと抱きしめた高梨の頭は、あの時の僕たちの匂いがした。


  -------END------


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