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 特別養護老人ホーム〝ラ・ポール背垣野〟の玄関で入館者名簿に名前を記帳した俺は、勝手知ったる我が家の様に、ズカズカと奥に進む。


 ラ・ポールとは信頼という意味合いらしい。その言葉通り、職員さん達はニコニコと笑みを浮かべて、のんびり寛ぐ老人達とホンワカとした雰囲気を作り出している。


 アニのお母ちゃんが施設長を務めるこの老人ホームは評判が良くて、入所待ちが100人を超えているらしい。


「こんにちは〜、よく来たねゆっくりしてってよ〜」


 すれ違い様声を掛けてくるのは、凄腕ギャンブラーの顔を持つ山口さん、彼は年間純利益50万円を越す馬券師だ。もちろんパチンコや麻雀も強く、良くうち筋などを教えてもらう。


 話がそれた、ドンドン奥に進む。と、色紙でカラフルに作られたウサギが持った人参に『プレイルーム』と書かれた看板、その奥から麻雀牌をかき混ぜるジャラジャラという音が聞こえて来た。


「やってる〜?」


 陽気に顔を出すと、アニ、渡瀬、以前に打った事のある入所者の阿部さんの他に、見知らぬお爺さんが車椅子で座っていた。


 眼光鋭く卓を見据えるその老人は、左手をカバーして首に釣っている、アニのお母ちゃんから前もって聞いていた脳梗塞後遺症のお年寄りだと瞬時に把握した。


「よう、遅かったな、まあまだ半荘も終わって無いんだけどね」


 渡瀬が苦笑いで言う、確か二時間前から打っている筈だから、お爺ちゃん達のスローペースも相変わらずらしい。


「上地〜舐めちゃいかんぜ〜、こちらの新顔さんは相当のサムライぜよ」


 アニが言っているのは先程の眼光鋭いお爺さん、靴に貼られた名札を見ると〝高梨〟の文字がデカデカと張り付いていた。


 ん? 高梨? てことは……


「そう、あの高梨理沙さんのお爺さん、高梨健さんです!」


 ニヤニヤ笑いの渡瀬がどうだ! と言わんばかりに紹介する。

 成る程、高梨のお爺ちゃんと凄腕雀士の入所時期が一緒だと思ったら、同一人物だったって訳だ。

 線の細い高梨とはにても似つかないズングリとした高梨爺を見て、隔世遺伝しなくて良かったな、などと不謹慎な事を考える。


 それにしてもこいつら知ってたな、と二人を睨むと、してやったり顔でそっぽを向きやがった。

 紹介も終わり麻雀を再開しようとした所で、アニのお母ちゃんがやってきた。


「上地くんいらっしゃい、それじゃあソロソロ阿部さんは休憩しましょうか?」


 と言って冷たいお茶を置いてくれると、阿部さんの手を取って立ち上がりを介助する。


「高梨さんはもう少しやりますか?」


 優しくきくアニ母に、


「一度卓囲んだら、終わるか死ぬまでやめるもんじゃ無いんだ」


 とボソボソとだが、ハッキリとした意思を見せた。


 俺たち三人が『お爺ちゃんやる〜』と目を見合わせていると、


「早く座れ」


 と指示されて、阿部さんの代わりに卓についた。


 アニ母は、


「それじゃあ頼んだわよ」


 と言うと、阿部さんの腕を取って部屋を出て行く。大丈夫、高梨のお爺ちゃんとは知らなかったが、事前に新顔の情報はアニ母より叩き込まれていた。


 高梨爺には〝左側空間失認〟という右脳梗塞特有の症状があって、左側にあるものが認識できない。つまり上家(高梨爺の前の番手の事)は捨てた牌を宣言してから捨てなくてはならない。


 それ以外は、比較的軽度な障害の為、牌を配る時だけ手伝えば良かった。

 そして高梨爺は本当に凄腕の雀士だった。多分本気の山口さんともためを張る位の腕を保っている。


 これは相当凄いことで、アニ母によると右脳を破壊されると感性に影響を受けるらしい。つまり、今まで積み重ねてきた勘が全く働かないという事だ。


 80を超えたお爺ちゃんが理屈だけで若者を打ち負かす。その眼光の鋭さとあいまって、俺たちは段々真剣勝負に移行して行った。


「あれ〜?サイコロ振れない」


 古い全自動卓は良く故障するが、サイコロボタンまで効かなくなるとは、相当のオンボロだな、と思っていると、


「お前さん俺の首から巾着とっとくれ」


 と言って俺を見て来た。


 高梨爺に近づくと確かに首から紐が伸びている。それを引っ張ると巾着が出て来た。


「その中にサイコロが三つ入ってる筈だ、二つ取って使っとくれ」


 言われて巾着を開けると、少しおおぶりの黄ばんだサイコロが三つある。その内二つを取り出すと、


「そいつは人骨で出来たサイコロよ、博打の天才と呼ばれた奴の頭骸骨で出来てるのさ」


 と言ってニヤリと笑った。


『さすが高梨の爺ちゃん、おもしれ〜っ』


 とワクワクしていると、


「お前さんが理沙の彼氏って奴だな」


 と眼光鋭く睨みつけて来た。こいつら要らん事吹き込みやがって! と二人を睨むと、


「いいか、理沙をオモチャにしやがったら唯じゃすまさんぞ」


 ドスの効いた声で釘を刺された。


「はいっ!もちろんです」


 俺が即答すると、見事スルーされて、


「早く振りな」


 とアニに催促する。


 勿論その日俺たちはケチョンケチョンに負けた。






「ふーん、おじいちゃんと麻雀うってきたんだ」


 高梨は公園のベンチで隣に座る俺を面白そうな目で覗き込んで来た。


 内心ドキドキしながら、


「うん、高梨さんのおじいちゃん渋いね、俺が女だったら惚れてる所だ」


 高梨は嬉しそうにケラケラと笑うと、


「あの人は相当曲者でね、家の財産を食い潰した張本人なんだけど、一族の誰からも恨まれてないんだ。私だって大好きよ」


「分かる、何か不思議な魅力が有るよね、あれがカリスマ性って言うのかな?」


 高梨爺の率直な印象にウンウンと頷いてくれる。


「文化祭の作品、結構揉めたでしょ?」


 俺が惚れたキッカケの全裸女性像の話だ。


「あの時絶対引くなって後押ししてくれたのがおじいちゃんだったんだ。あの作品のタイトル覚えてる?」


「たしか〝温かみ〟だったよね」


 忘れる筈もない、卑猥な視線を送る男子に交じって、食い入る様に見つめた作品から影響を受けた俺は、ある作品を作ったのだから。


「あの作品には女子高生という私の全てを詰め込んだんだ、弱くて、好奇の目に晒されて、迷って、不条理で、でも子宮があって、子供を作れる優しい力を内包した自分」


 分かる気がした、あのオブジェから感じ取った柔らかさ、好奇の目を集めつつも全てを柔らかく包み込むような強さを感じた。


「あの時じゃないとダメだったの、あの時の自分をあの場で出す事に意味があったんだけど、学校にはチョット刺激が強すぎたみたいね」


 ペロッと舌をだす、その赤さにドキリとした。


「その時におじいちゃんがね、そこは攻めだろう! 引いたらあかん、攻めろ理沙! って言ってくれたんだ、だから私、出品まで頑張れた、おじいちゃんには勝負時を見極める不思議な力があるのかもね」


 確かにあの老人なら他人の勝負時など手を取る様に分かるのかも知れない。


「私ばっかり話してるね、普段あんまり他の人と話さないんだけど、上地君といるとなんだか話し易くてペラペラおしゃべりしちゃうな」


 嬉しいことを言ってくれる、浮き立つ心で自然と笑みがこぼれた。


「上地君は何か趣味とか無いの?」


 その言葉を聞いてドキッとする、俺には誰にも……渡瀬やアニ達にも内緒の趣味、ライフワークがある。


「誰にも言ってない趣味がある」


「何、何?」


 好奇心一杯の目でこっちを見てくる高梨を見て、決心する。

 本当は最初から言いたかったけど、恥ずかしすぎて言えなかった事をカミングアウトする時が来た。


「ポ、ポエムを書いてるんだ」


 恥ずかし過ぎて耳まで真っ赤にしながら俺は高梨に第二の告白をした。

 高校生男子にとってポエムを書いている事を知られるという事は、ある意味素っ裸を見られるよりも恥ずかしい。


「高梨さんの作品を見て作ったポエムもあるんだ、笑わずに聞いてくれる?」


 真っ赤になって問いかける俺に、高梨は真剣な顔で頷く。ああ、やっぱりこいつはこういう娘なんだな、と思うと嬉しくなってきた。


 恥ずかしさと感動に震える声で俺は自作のポエム〝あたたかみ温もり〟を空んじる。





  『あたたかみ温もり』


 工場に咲く 花の匂いを


 海岸に打ち上げられた 海藻の温度を


 ヒビ割れた爪に塗る オイルの浸透力を


 丸くなってねる犬の 丸の中を


 あたたかみ 温もりというなら


 知らぬ間に始まる ライオンのごきげんようや


 においで思い出す 幼い頃の記憶や


 あの時の僕の 風船の影や


 あの時の君の 夢の話は


 あわいろ やさしさとしよう



 言い終わった俺は恥ずかしさに目をつぶると思わず顔を覆ってしまう。


 その時、パチパチパチと可愛い拍手が起こった。

 目を開けると、喜色満面の高梨が小さな手を叩きながら、


「あははは、ごきげんようって、最高」


 とちょっと笑いながら褒めてくれた。


「高梨さんの作品を見て、俺は優しい力を受け取ったんだ。そして俺の中にある淡い優しさを言葉にしてみたら、こんなのが出来たんだよ」


 俺の必死の説明を真顔になった高梨はウンウン頷いて聞いてくれた。


「他にもまだあるの?」


 高梨の言葉にカバンを探ると一冊のノートを取り出す。表紙にはP-8と書いてある、八冊目のポエムノートの意味だ。


 それから俺たちは秘密のポエム帳を広げて、あーでもないこーでもないと批評を繰り広げた。


 受験生に自由な時間は限られているけど、そんな短い時間が二人にはとっても嬉しくてとっても貴重な物だったんだ。


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