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 放課後、帰宅部の俺たちは、しかし直ぐに帰るという事はほとんど無かった。

 自転車置き場のひさしの下、体育館裏の日陰、使われていない理科室、日の当たらない所にたむろしては、何するでもなくぼんやりと夕暮れを待った。


 今日も今日とて俺、アニ、渡瀬の三人で何するでも無く校庭の木陰にボンヤリと座り込んで、遠くのサッカー部を見るとは無しに眺めていた。


「今度さ〜」


 アニが呟く。俺の兄貴では無い、単に昔から年子の弟とも遊び仲間だった為に皆からアニと呼ばれている奴だ。


「ああ?」


 夏場のたるみ切った空気を吐き出す様に渡瀬が視線を送る、こいつは妙に霊感の働く奴で、周囲からは不思議少年渡瀬などとよく分からない屋号を頂き、占いの真似事をしている胡散臭い男だ。


「老人ホームに麻雀打ちに行こうぜ〜、凄腕の雀士が入所して来たってかーちゃんが言ってた」


 アニのお母さんは介護士をしている。そこにはプレイルームがあって、時々お邪魔しては老人と卓を囲む。全自動卓があって、冷たい飲み物も出してくれる。これで相手が呆けてなけりゃ言うことなしだ。


「こないだもそんな事言って、行ってみりゃじーちゃんは殆ど寝てたじゃんか、一打十分ってどんな時間軸の住人だっつーの」


 俺は思った事を口にしたが、そんなに老人ホームに行くのが嫌な訳では無い、単に時間軸などというちょっと色味の違う言葉を思いついたから言いたくなっただけだ。


「かーちゃんがさ〜若い子が来ると年寄りが喜ぶって言うんだよ〜」


 そんな俺の言葉を見透かしたアニが少し下手から言ってくる。


「いーんじゃねーの?どーせ暇だし」


 渡瀬が結論を出した。まあそうだ、こんな俺たちを必要としてくれる人達などそれ程いない。

 呼ばれれば行く、暇を持て余した男子高校生ほどたちの悪いものは無いのだから、暇を潰すのも自己防衛本能の一つだと思った。


「そういえば高梨のおじいちゃんも入所したって?」


 渡瀬の言葉にドキリとする。


 高梨理沙は美術部に所属しているクラスメイトで、普段はとても寡黙な女子だ。

 やせっぽちでメガネを掛けた彼女の事を意識したこともなかったが、去年の文化祭で裸体女性のリアルなオブジェを出品した時は一躍物議を醸した。


 普段は大人しい彼女が毅然と出品を取りやめず、折れた学校側は陰部を隠すという条件で了承したが、絆創膏三枚で隠匿された作品は余計に隠微な風情を醸し出す結果となった。


 唸る校長をニヤリと見る、俺はそんな高梨を意識する様になった。いわゆるギャップ萌えというやつだが、それを知るのはアニと弟、そして渡瀬の三人だけだ。


「あ〜そうらしいよ」


 アニが嫌らしい目で俺を見る、こいつ楽しんでやがるな、と分かっちゃいるが顔が熱くなる。俺は純情な男なんだ。


「お前、好きだって言ったのか?」


 普段恋愛相談なども受ける不思議少年は、専売特許とばかりに上から目線で聞いてくる。


「いや、まだ」


「お前いまいつだと思ってんの? 今度の夏休みが終わったら二学期だぜ? 高梨なんて受験組なんだから今だって怪しいのに、時間が経つ程相手してくれなくなるぞ」


 確かにそうだ、だがこういった事に不慣れな俺は正直ビビっている。クラスメイトとはいえまともに話した事もない奴に言い寄られたら気持ち悪がられるんじゃないか? そうなる位ならこのままの方が良い気がする。そうして気持ちを誤魔化して来た。


「こういう事はスパッと言った方が良いんだ、もしふられても又チャンスは来るから。田中の奴なんてふられてふられて、四度目の告白で吉岡と付き合った勇者だぞ。お前も告白してサムライになれ」


 サムライ、仲間内での行動指針はいつもこのサムライかサムライで無いかという訳の分からん思考回路で決定する。まあ要するに男らしい奴を讃えるというだけの話なんだが。


「そうだな〜、吉岡の胸最高だよな〜。田中はサムライの中のサムライ、将軍だよ」


 シミジミと最低な事を呟くアニに、しかし内心同意する。馬鹿なガキだと思っていた田中が、今やクラスの英雄となって輝いて見える。俺にもあいつの半分ほどの勇気があれば……


 思い悩む俺の目の前に一枚の紙切れが差し出された。


「何これ?」


「高梨の電話番号、この間相談受けた女子から交換条件でゲットしといた」


 ニヤリと口角を上げる渡瀬の手を見つめる、この中に高梨の電話番号が有ると思うと心音がドクドクと早まる。


「悩んでても始まらないから、今告白しちゃいなよ」


 とんでもない事をさらりと言う、だが、不思議と渡瀬に言われると『そうだよな』という気がして来るから不思議だ。だから不思議少年なのか、と埒外な事をボンヤリ思っていると、アニにケータイを強奪された。


「時間はね〜ぞ、大丈夫、ふられて元々、死にゃしね〜って」


 番号を見ながら勝手にダイヤルして、あとは発信ボタンを押すだけとなった電話を押し付けて、ヘラヘラと笑うアニの顔を見ていると、


『やってやろうじゃないか』


 という半ばヤケクソな気分になってくる。確かに残された時間は短い。もし失敗して噂になってもたかが半年の恥だし、高梨に限ってそんな事をするとは思えなかった。


 いける、今日のおれは何だかテンションが違うぞ。


 勢いのついた俺は……発信ボタンを……押した!


 プルルルル……プルルルル……


 高鳴る胸とは反対に一向に出ない高梨、無理もないか……知らない奴からの電話なんて気味悪がられても仕方ない。

 半ば残念、半ばホッとしながら電話を切ろうとした時、ガチャッ!発信者不明の電話は 不意打ちの様に繋がった。


「はい、どちら様ですか?」


 細い女の子の声、高梨だ! 当たり前だ、彼女のケータイに他の何者かがでたら逆にえらい事なんだが、そんな事に心臓が跳ね上がる。


「あ、こ、こんにちは…私同級生の上地と申しますが」


 思わず声が上ずる。


「はあ、上地君、どうして?」


 どうして、この電話番号を知ってるの? 私に電話をかけてきたの? 当惑する高梨の声に焦る気持ちが空回りする。


「あ、あの失礼かと思ったけど、知り合いから番号聞いて掛けた」


 なんだか尻切れになりながら言い訳をかます。もっと流暢に話したいのに、空回る頭はほとんど思考停止状態で、反射的な答えしか出て来ない。


「うん、で、何の用?」


「ぐっ! あの、おっれ……」


 言葉に詰まった俺に渡瀬とアニが口パクで『ス・キ』と攻め立てる。反射的に俺は、


「スキ、です」


 言ってしまった。何の飾り気も無い剥き出しの言葉〝すき〟という単語に発声者である俺がドキドキする。


「はあ、好き? 私を?」


「はい、好きです!」


 緊張が裏返って早鐘を打つ心臓がテンションを上げてくる。


「で、どうしたいの?」


 と聞かれて、ハタと戸惑った。どうしたい?告白で頭がいっぱいで肝心の事を考えて無かった。だが、ここまで愚直に言ってしまった手前、表面を飾る気も失せた俺は、


「付き合って下さい」


 と、単刀直入にお願いした。


「それはわたしとセックスしたいってこと?」


 高梨の返しは遥か異次元を行っていた。そう言われた僕は言葉に詰まり、回らない頭で考える。付き合って何だかんだあったら、最終的にはセックス……したい。

 少し間を空けた俺は、


「うん、最終的には」


 と言った。


「ふ〜ん」


 と言ったきり会話が途切れ、


「じゃあ明日、学校が終わったら近くの公園で会いましょう」


 と言われ電話を切った。


 頭が真っ白になった俺は、どうなった? と覗き込んでくる二人に、


「明日会いましょうって」


 とつぶやくと、


「フゥーッ!」「ヤッター!」


 小躍りする二人を見て、笑顔がこぼれる。告白が成功したのか失敗したのか訳の分からない俺は、しかし、嫌なら会う約束もしないだろうと自らを鼓舞した。

 取り敢えずは告白成功、か?


 翌日、登校して来た高梨を見る事も出来ずに、一日中ドキドキしながら過ごした俺は、放課後待ち切れずに近所の公園に向かった。

 この辺りに公園はここしか無い筈だ。待ち合わせ場所を間違って無いか焦りながら、一向に過ぎない時をヤキモキしながら過ごしていると、遠くの方から高梨の姿が見えてきた。


 肩幅の狭い華奢な体型の高梨は、制服のブレザーがとても清潔に見えてスマートだ。

 遠くからも分かるサラサラの黒髪は肩の辺りまで伸び、日の光を反射して天使の輪を作る。


 自分でも分かっている、恋している俺は今や高梨の全てが好きになってしまっていた。

 薄い唇や切れ長の目、薄い胸、果てはピンクのメガネすら愛おしく感じる。


 完全に恋にやられてしまった俺を見据えて、早足で近づく高梨は、


「待たせてごめんね」


 とこれまた可愛らしい声で謝った。


「いや、俺も来たとこ」


 強張りつつも笑顔で答える。近くで見ると本当に華奢で可愛い。こんな子があんな大胆な作品を発表するとは、近くに感じる高梨の荒い息遣いに心音が又も早くなる。


「昨日の件なんだけど、俺はずっと前から高梨さんの事が好きだったんだ。だから、もし良かったら付き合って欲しいです」


 昨日の電話では余りの展開に言えなかった素直な気持ちを伝える。少し棒読みになったのは練りに練った挙句、何度も練習しすぎたせいで、却ってセリフの様になってしまったからだ。


「フフフッ」


 普段寡黙な高梨が俺の余りの緊張っぷりを見て笑った。

 笑った顔は一気に幼くなり、又もやギャップ萌えにやられた俺は胸がキュンッと痛くなるほど愛おしくなる。


「何で? わたし上地君と余り話した事無いけど、好きになる様なことあった?」


 聞かれた俺は素直に去年の文化祭の件を話す。一度高梨さんの事が気になり出してから恋に落ちるまで、自分で言うのも恥ずかしい程あっと言う間だった。


 しきりに恥ずかしがる俺を見て、


「人を好きになるなんて素晴らしい事だと思う。私も上地君嫌いじゃないよ、優しいし、面白いし。良かったらお付き合いお願いします」


 と言って握手を求めて来た。何だか試合の申し込みの様な態度に可笑しくなった俺は、告白成功のハイテンションと共に少し笑いながら手を取る。


 微笑む彼女はとても綺麗で、握手をした手からは微熱が伝わって来た。

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