馬車と永久使用権と竜民と
彼はこの大陸で、手に入る全てを持っていた。富、権力、地位・・・。
彼、ガロンの父は、この大陸を支配する王国に仕え、近衛部隊の総大将を勤めている。
ガロンの母は、商工会を牛耳る男の娘である。
将来を約束されたも、同然のガロンは自分の頭上を覆う赤い実のなる果樹を見つめる。
ここは、この大陸でも、一部の限られた「商人」しか入れない「果樹楽園」といわれる年中、果物が生っている場所である。
ガロンはここで、あるものと決別しようとしていた。
「本当に、いいのか?」
男が言う。父だ。
「お前が望めば・・」
ガロンは首を振った。
「世界を見たい」
それだけ言うと、用意されていた荷馬車と馬を見る。
「・・・」
約束された轍を踏めば、確かに型にはまった幸せな人生は送れるだろう。しかし、ガロンには将軍の座も、大商人の後釜も興味が無い。
ガロンは全て持っているようで何も持っていなかった。
「ま、帰りたくなったら帰るさ・・・」
そう言ってガロンは馬車の運転席に座る。馬が嘶くと、ゆっくりと果樹楽園の出口に向かっていく。
これが、行商人ガロンの誕生である。
この行商人は、異様だった。皮製の羽織に黒の袴姿、笠を被った出で立ちは商人というよりは武芸者のような・・・そんな感じである。
その彼が、馬車を操りながら、果樹楽園を出て行く。
この大陸には、三種類の人間がいる。
自国を守るための戦士。
自らの天下を目指さんとする商人。
そして、戦火で行き場を失い、親を亡くし・・・世からあぶれた奴隷。
この三種類である。ガロンの父は、この大陸でも屈指の実力を持つ「王都バロック」で王直属の近衛部隊の将軍を務める大人物である。母は、バロックを代表する大商人の一人娘であり、祖父はよくガロンを甘やかそうとしたものだった。
「・・・」
だから、出世も思いのままである。
この大陸は、他の国に比べ、様々なものが集まる。ガロンが扱う品物も珍しいものではあるが、一応は流通している。ガロンが扱うのはこの地方では珍しい「薬草」をあつかっている。
実はガロンはかねてから、薬学に興味があり、自ら調合、製薬をしていた。その腕は宮廷お抱え薬師として、推挙されるくらいである。
当然、これには親は両手を上げ、喜んだものである。が、当の本人が、拒んだ。
薬学としては、ガロンが使うものは、宮廷薬師たちが毛嫌いするものだからだ。まして、自分は若輩であり、未だ研鑽を積まねばならない身ゆえ・・・と丁寧に文句を並べたが、ようは行きたくないだけである。
ガロンが向かっているのは、港街シャイロックである。この街には祖父が経営する商工会がある。
「ひさしぶりだのぅ・・・ガロンや」
商工会に入るなり、白く立派なヒゲを生やした祖父アントニーが手を広げていた。いかにも好々爺な面構えだが、これでいてかなりの古狸である。
が、ガロンは笑うと、アントニーの抱擁を甘んじて受ける。
そうでもしないと、後で拗ねて、「証明書」をもらえなくなってしまう。それが無いと、商人として認めてもらえないし、旅の道具もそろえられなくなってしまう。
道中は魔物がウロウロしているところを通らねばならない。その時に必要なのが傭兵である。
武芸に秀でたもや、戦いなれた傭兵なら何の事も無いだろうが商人になると勝手が違う、鍛錬なぞ無縁の職業である。
「さて、ガロンや?」
「あぁ」
アントニーの言葉にガロンはうなずくと、アントニーに案内され、執務室に通される。
豪華な漆喰で塗られた執務机にすわると、アントニーは、ニコニコ顔である。
「1つ、頼みがある・・・お前の武術を見込んでなのだが」
ガロンは頷き、笑った。
「そうでなくても、無理を聞いていただいたのです。私に出来得ることなら、何でも」
アントニーに近づくと、一枚の紙を渡された。
「違法市場の殲滅」
「随分、前から取締りを強化しておるんだが、ワシの子飼い連中でも、どうにもならん連中でな」
アントニーは少し、困った顔をして、ガロンを見る。
ガロン自体は気づかないふりをして、聞く。
「違法市場とは・・・」
「気づいておろうに・・・奴隷市場じゃよ・・・特殊な、な」
「特殊?」
昨今、小競り合いがあった訳でないのに特殊な人種・・・エルフなんてものが、集まるのだろうか
「奴隷達の処分は、ガロン、お主に委託しよう・・・なんなら、うちの連中を使ってもかまわん・・・」
アントニーの顔ががらりと変わっている。老練の頭が回る策士のようなその顔は、父よりも将軍の名が似合う気がした。
「規模は?・・・それくらい爺様なら、把握してんだろ」
ガロンも、かしこまった口調からいつもの言葉に戻る。
「ざっと、三十ってとこかのぅ・・・」
「奴隷の人種は?それによっちゃ、傭兵なんぞ雇わずにすむんだが?」
「おぬしの思ってるとおりの人種じゃ」
アントニーはにやりと笑う。
この古狸の子飼いは、みな1つの種族で形成されている。
龍族とよばれる、戦闘特化のエルフである。
「ほぅ・・・」
「あまり、商品のほうには傷をつける出ないぞ?ガロン・・・」
ガロンは笑うと、「約束をたがえるなよ?」と口だけでいって、部屋を後にした。
そこに広がる風景は、まるで、サーカスのようだった。
巨大な極彩色に彩られた大型のテント。
人買いの特殊な馬車。
それに群がるようにぽつぽつと止まる貴族の馬車、それを守る傭兵。
ガロンは、むせ返るような独特の雰囲気と匂いが苦手だった。
嫌悪し、蔑むべき存在である。
「・・・」
宿に荷物を置き、よそ行きの着物に着替え、普段差している刀を置き、職人に特別にあつらえさせた、朱色の仕込み杖を片手に、いざ件の奴隷市の前にはきた。「おや、旦那も奴隷市へ?」
いざ、入るかためらっていると、横からいかにもな小柄の男が話しかけてきた。
「あ、あぁ」
「さ、ささ、どうぞ」
小柄の男に付き添われ、ガロンは中へと入っていく。
「ところで、旦那は東国の出身なんで?いえ、この辺じゃ見かけない服なもんで・・・それにこの杖の色も」
「ようも、ぽんぽんしゃべる男だのぉ・・・おぬしは」
これ幸いと、ガロンは笑った。
「聞きたいのだが、ここには竜人とよばれる商品を扱うそうだな・・・。」
ガロンはそういうと、男は一瞬、おどろいた顔をするが、卑屈ないやらしい笑みを浮かべる。
「へぇ・・・どこで、それをお聞きなさいました?旦那」
「ふん、どこでもよかろう?」
そう言うと、ガロンはにたりと笑ってみせる。
「確かに,竜人はあつかっておりますが・・・上客の限定で」
「金なら、有り余って困るほどにあるが?」
そう言って、歩を進めるガロン。
馬車の止めてある方で大声が上がったのは、その後、すぐだった。
何事かと、ガロンに従者のようについてきた案内人が外に出てみると、他の貴族の馬車に混じってまばゆい光を放つ一台の馬車があった。
日の光にさらされ、まばゆいばかりの光を放つ馬車は金・銀で作られ豪華かつ悪趣味なほどの絢爛に飾られていた。
そのすごさは、自らの財力を誇示したがる貴族の馬車すら凌駕するほどの光を放って、そこに存在している。
「こ、これは・・・どなた様の馬車にございますか?」
案内人もこれ以上の馬車を見たこともないといったように、ふらふらと、その馬車に歩み寄る。
「気安く触るでないわ、下郎!」
案内人ははっとなって止まる。
「この馬車は、先ほどお前が案内していた我が主人の持ち物だ。」
それを、聞いたとたんに、