布一枚の温もり
「グリーンワイルドボアを戦闘不能と見なし、勝者『砂川崇英』!」
何故か名前を知っているデュエル精霊が高らかに勝負の決着を告げると周囲から光が集まり、崇英の体の中に吸収されていく。それを見届けるとデュエル精霊は何処かへと消えていった。
「ご、ご主人様ひどいデス……台への暴力行為は出禁ものデスよ……。」
「悪い悪い。でもあれくらいしか思い浮かばなかったんだ。」
目を回しているインカムを宥めながら筐体を拾い起こす。下敷きになっていた緑猪はどうやら気絶しているだけで息絶えてはいないようだった。
「まだ生きているな……これ、どうしようか?」
平和な日本に暮らし、生身での生死を伴う戦いをたった今初めて経験したばかりの崇英にとっては生命を奪うという行為には忌避感があった。野生の中にあっては勝敗とは非情なものであり、本来は負けた側は”食われる”というのが必然だ。だが崇英は子供を助けたかっただけであったので緑猪にトドメを刺す事をためらっていたのだ。
常日頃からゲーセンにおいては血で血を洗うような愛憎渦巻く格闘ゲーム業界に身を置いていたとはいえ、あれはあくまでフィクションの世界の代理闘争である。実際にその手を血で汚す覚悟は崇英には無かった。
すると、緑猪のお供精霊らしき緑色の小さな妖精が心配そうに緑猪に寄り添い、こちらを見てきた。
「どうするデスかご主人様?」
「いや、こいつらにも俺達のような絆があるんだよな……。それを奪うのも寝覚めが悪いし、やめとくよ。」
「お優しいのデスねご主人様は~!」
緑色の妖精がペコペコと頭を下げている。やがて気がついた緑猪は普通の色に戻り、フラフラとした足取りでその場を去っていった。
「おうアンちゃん、強いんだな!助かったよ!」
「あ、あの、ありがとうございました……。」
助けた子供達が礼を言いに話しかけてきた。話を聞くとどうやら子供達は食料を探しに森の中に入っていった所、猪の縄張りに入ってしまったらしく追いかけられていたらしい。名前を聞かれたので本名を名乗ると苗字持ちの貴族様かと驚かれたので、崇英は昔先祖がそうだったけど今は没落した等と言って適当に誤魔化した。
「アキヒデって言うのか。俺はサーク!で、こいつがフレイ。よろしくな、アンちゃん!」
と、その時盛大に腹の虫の音が鳴った。崇英が音のした方を見ると妹の方がが顔を赤らめていた。
「なんだ、腹減ってるのか。これ食うか?」
そう言って崇英はズタ袋からリンゴを差し出す。妹は少し迷ったような素振りを見せるが空腹には勝てなかったか、おずおずと手を伸ばして受け取り赤い果実に齧りついた。
「お前もいるか?なに、コレならまだ沢山あるしな。」
こんな街から随分と離れた森の中にまで食料を探しに来たというだけあり彼らの服装は薄汚れ、身体は痩せこけており見るからに貧しそうだった。
飢えの苦しみを先日自らをもって味わっている崇英は大きく同情を禁じ得なかった。
「いいのかアンちゃん!恩に着るぜ!」
「沢山あるから慌てずに食えよ。」
大喜びでリンゴを貪る兄妹を見て、崇英の心は久しぶりに安らいだ。苦労の多かった異世界転移だったが、ようやく力を使う目処も立ったし、初戦闘も勝利する事ができ、こうして人助けをする事もできたのだ。あとは街に着けば一段落といった所になるだろう。
「なぁ、お前等は近くの街の方向ってわかるか?」
「アンちゃん街に行きたいのか?なら礼の代わりに案内するぜ!フレイ、お前もそれでいいだろ?」
こくこくとリンゴを頬張りながら頷く妹。(もう2個目だ)こうして崇英は旅の供を得、街にへと足を進めるのだった。
道中、実をつける木を発見すると崇英に許可を得てサークはするすると器用に木に登っていき実を落としていき、妹のフレイはワンピースというより貫頭衣のような服のスカート部分を使ってそれを受け止め、持っていたカゴに移し替えていた。崇英のズタ袋のレパートリーが梨、柿などに増えた事から今の季節がおおよそ秋なのであろうという事が伺える。先日の夜に野宿した時は背中の冷たさに難儀したものだが、これから更に寒くなる事を思うと崇英は野宿以外の就寝方法を模索する必要があると考えていた。
「サーク、街までどのくらいだ?」
「大体夕方にはつくよ。」
夜にはならないとわかって安心したが、寝る場所が無いのには変わらなかった。その事を兄妹に打ち明けると彼らは自分達の住処に来るといい、と快諾した。
「よっしゃ、寝る場所確保!」
「ご主人様、ボクにもご飯くださいなのデス〜。」
「ほいほい。そういえばお前は寝る時どうしてるんだ?」
「ボクですか?ボクはどこでも寝れるのデス!20年間たっぷり寝たベテランスリーパーデス!(えっへん)」
精霊果を投入されながらまったく誇らしくない気がする発言をするインカムだったがそれは別にいいとして、浮いて寝るより筐体姿になった方がどうも寝やすいらしい。精霊の感覚はよくわからないな。と、崇英は思った。
昼を回った頃になると森を抜け、その先には刈り取りの終わった後の麦畑等が並ぶ穀倉地帯が広がっていた。
さらに何時間かかけて進むと水を湛えた用水路と野菜畑になっており、サークとフレイは水路から直接水を手で掬いゴクゴクと飲み始めた。崇英は生水を何も処理せず飲む事に躊躇を覚えたが、二人が平気そうな顔で飲んでいるのを見て恐る恐る口にした後、特に問題なさそうだと感じると今までの水分の渇きを満たした。
夕方になった。果物を逐一食べていたため腹は減っていなかったが、いかんせんかなり長くの距離を歩いたので崇英はとても疲れていた。
おかげでようやく見え始めた城壁に囲まれた街並みが見えてきた時は小躍りしてしまったものだ。
「やーっと街かー!遠かったなー!」
「アンちゃんが猪を追っ払ってくれたおかげで果物がたくさんとれたよ!あんがとな!」
「おう、それくらい気にすんなって。今日寝る場所を提供してくれればチャラでいいよ。」
「任せとけって!まぁ、豪華なトコじゃあないけどな……。」
なんとなく不安にさせるような言葉が聞こえたが崇英は贅沢を言える身分ではないのであえてスルーした。やがて段々と街並みが近づいてくるとそこそこ大きな門があり、兵士らしき人が数名立っているのが見えてくる。崇英がそちらに進もうとすると、ストップがかかった。
「あ、あの……アキヒデさん、そちらは入場の時に検問や滞在証明の発行等でお金がかかるんです……私達はこっちからです……。」
街の人用の出入口でもあるのだろうか、崇英は子供達に導かれるままに進んでいくと、サークは街を取り囲む壁に覆いかぶさっていた木板をずらした。するとそこには壁の一部が崩れ穴が開いている箇所があり、中に入っていった。
「こちらです……どうぞ……。」
フレイが膝をついて穴を先導していく。子供達にとっては余裕だが、大人である崇英が通るには狭さに苦労しながら進まなければならない。膝立ちで前を進むフレイのパンツが見えそうだったので少々気まずく思い目線を逸らした結果、穴を抜けるまでに子供達の倍以上の時間がかかった。先頃の果物をスカートで受け止めていた時と言い子供は無防備すぎて困るな、と崇英は思った。
「ご主人様もオトコノコデスねー♪」
インカムがアホな事を言っていたので後ろ足で蹴りを入れておく。30過ぎたオッサンにとっては小学生くらいの子供相手はストライクゾーン圏外だ。格ゲー仲間の身内にはちょこっとだけお胸の出はじめた(重要)女の子萌えな私。などと公言してるとんだロリコン野郎もいたものだが、気がついたらそいつはアッサリと普通の年齢の女性と結婚していて驚愕した覚えがある。
「だ、台蹴りはノーマナーなのデス……ご飯を増やすのを要求しますデス……!」
インカムは精霊果に味を占めたのか何かあるにつけ食事を要求してくるようになっていた。精霊果召喚の度にかなり腹が減るので余裕のある時にしか与えていないが。
「みんなー!ご飯持ってきたぞー!!」
サークが周囲に声をかけると、他の子供達がバラバラと集まり始めた。およそ15人くらいはいるだろうか。どの子もあまり清潔な服装とは言い難い。
サークとフレイはこの子達の食料を集めるために街の外に出ていたのだろう。カゴの中一杯にあった果実がみるみるうちに無くなっていく。
まだフレイが持っていたカゴには果実があるが、これは明日の分だ、とサークは言い、子供達の集まりは解散となった。
「アンちゃん待たせたな!俺達のアジトに案内するぜ!」
そう言ってサークは近くの建物の中に入って行く。普通の家屋より結構大きい邸宅だが、建てられてから相当経ったのだろう。壁面には蔦が覆い茂り、歩く度に床は軋む。窓は穴が空いているものもあった。
「ここは昔孤児院だったのですが……経営が上手くいかなかったらしくて……住んでいた子供達ごと捨てられたんです……。」
フレイが簡単に語るにはヘヴィな事情を教えてくれた。
「アンちゃんはこの部屋を使ってくれ!ここなら窓に穴とか無いから寝やすいだろ?」
「お、おう、ありがとな。」
布団とか無いのか。雨風がしのげるだけマシか……。と崇英が思っているとフレイが窓のカーテンを取り外し、床に敷いてくれた。これで寝ろって事だろう。
旅の疲れもあり、崇英はカーテンに丸まるとすぐ眠りについた。
昨日と比べても布がたったの一枚あるかないかの差でしか無かったが、そのたった一枚の優しさが木枠だけのベッドよりも格段に心地よく感じさせていたのだった。
自分も床で寝る事がありますが、超寒いです。
体痛くなるし。
布1枚あるだけでかなり違いますね。
昔拳児という漫画で読んだ鋼体術の修行では就寝スタイルが布1枚から木板直寝、石畳直寝へとレベルアップしていくのですが根性が無くて真似できません!