裏切りの砂川崇英
「これが……俺の力なのか!アッハッハッハッハ……!」
普段とは段違いの力で巨木を全力で打ち抜いたその拳だったが、その威力とは裏腹にまったく痛みは無かった。それどころか気分が高揚して笑いすらこみ上げて来る。先程まで崇英を苦しめていた飢餓感も今は何故か全く気にならなかった。
その事を不思議に思った崇英だったが、今はこの力とそれを与えてくれた相棒にただ感謝していた。
「ご主人様スゴイデスー!リンゴの木の精霊さんもちょっと痛かったけど種を適当に蒔いてくれれば実は持って行っていいって言ってますデス!」
「え、そんな精霊もいるの?」
木の精霊に見られていたと知り、崇英は笑うのをピタリと止めた。こちらからは見えぬとはいえ、そこにいるであろう見知らぬ相手に馬鹿笑いを見られるのはちょっと恥ずかしかったのだ。
崇英が冷静になって周囲を見渡すと、空中に何か数字のようなものが浮かんでいる事に気付いた。
数字は一定時間ごとにどんどん減少していっている様子で、2分程ののちにやがてその数字が0になると、急激に体から満ち足りていた感覚が抜け落ち、そして猛烈な飢餓感が襲ってきた。
「ヤ、ヤバイ。餓死する!」
大慌てで崇英は地面に落ちている果実を拾い、齧り付いた。よく熟れたそれは汁を多く含み、崇英の飢えと渇きを大いに癒やしてくれた。
「美味い……こんなにリンゴを美味いと思ったのは初めてだ……」
あっという間に3個を芯だけにした崇英はリンゴ精霊の話を思い出し、感謝の気持ちと共に適当に離れた場所に種を蒔いた。
「なんか袋にでも詰めて持っていくか……おーい、インカム!袋探すの手伝ってくれ!」
「探してきマース!」
食料を確保できた事により、街に向かう目処は立った。器用に頭の上にズタ袋を担いできたインカムと共に果実を拾い集めると、崇英はようやく旅立つのだった。
しばらく街道を歩くと、森の中へと道が続いていた。
リンゴを齧りながら歩いていると、喧騒のような音が聞こえる。
音がした方向を見やると、どうやら子供が猪のような動物に追いかけられているようだった。
「お兄ちゃん……もう走れないよ……。」
「はぁ……はぁ……が、頑張れ……止まっちゃダメだ……!」
2人の兄妹らしき子供がよろよろと膝をつく。兄は妹を叱咤するが、どうやら限界のようだ。このままではすぐに猪に追いつかれるだろう。
「よーしインカム、初実戦だ!助けるぞ!」
「了解デスー!」
武器も持っていない人間が猪と闘うというのは無謀な行為だと言える。ゲーセンでのリアルファイトの経験すらない崇英にはいくら人助けとはいえ撃退する事などできるはずもないであろうが、今の崇英には先程手に入れた能力があり、それを試してみたくもあった。
猪が兄妹に追いつき、突撃の構えを見せた所で崇英は横合いから石を投げつけて割り込んだ。新たな敵の出現に猪が振り返ると、そこにさらなる闖入者が登場した。
「互いを戦意ありと判断します!デュエルの用意はよろしいですか?」
「なんだこいつは!?」
突然の闖入者に驚く崇英だったが、その疑問にはインカムが答えた。
「デュエル精霊ですご主人様!『精霊手』……精霊を持つ者同士が闘う時は必ず立会いを務める立会人ですよ!」
「なんだと……そんなのがいるのか。」
デュエル精霊。それは公平な勝負を行う為にいる審判者である。彼らは闘いの気運が高まるとどこからともなく現れ、勝負を見届けるために存在する。
闘いを持って成長を良しとするこの世界において、神々は闘いに一つのルールを設けた。
いわく、正々堂々と闘う事こそ全て。
不意打ちを禁じたこのルールは、お互いベストな状況での立会いを要求する。
この世界では奇襲や不意打ちはありえない。破った者にはすべからく天罰が襲うシステムとなっているのだ。
「精霊手の準備はよろしいですか?」
「ご主人様!詠唱をお願いします!」
「あっちが待ってくれるっていうんなら都合がいいか……いくぞインカム!多次元干渉プログラムロード、ファイターズインターフェースリライティング、システムチェック!」
精霊果は既に投入済みだ。一度使用するまで権利をプールしておけるとの事である。
「システムREADY……チェックOKなのデス!」
「マニュアルモード起動!プログラムスタート!」
崇英が光に包まれる。猪も同時にブルルといななくと、その姿を緑色に変化させた。心なしか体も大きくなったように見える。いや、明らかにでかくなった。よく見ると緑猪のそばにも精霊がいるようだ。
「デュエル開始!」
デュエル精霊が勝負の開始を告げると同時に緑猪が突進してくる。
普通の人間では簡単に弾き飛ばされるような迫力を感じるが、崇英は防御の構えを取り、その突進を僅かに後退するだけで受け止めた。
「まったくダメージを感じないぜ……いける!」
反撃のために崇英は拳を緑猪に打ち付けたが、猪は多少怯んだ程度で後退すると再び助走をつけて突進をかけてきた。
先程と同じように突進を受け止め、殴る、受け止め、殴る。同じ光景が幾度か繰り返される。
「力は強くなっているみたいだが……あんまり効いてるようには見えないな……。」
緑猪もただの突進では効き目が薄いのを悟ったか、後退し前足を挙げた。するとお供の精霊が緑色に光り、大量の葉っぱが周囲に吹き荒れる。
「うっ、目眩ましか……!?」
崇英がまとわりつく葉を手で散らそうとしていると、回り込んできた緑猪が横合いから突進を仕掛けてきた。防御が間に合わず、まともに食らってしまう崇英。ゴロゴロと地面を転がり、ようやく膝をついて立ち上がろうとした所にさらに追撃に来た緑猪をなんとか受け止める事に成功したが、状況は膠着状態だった。
「ヤ、ヤバイ……ダメージは深刻って程ではないがこのままだと手詰まりだ……!」
「ご主人様ファイトですー!」
「くっそ、応援してるだけのヤツは気楽でいいな!」
じりじりと緑猪に押されていく崇英だったが、突然背中に壁があるのを感じた。
驚いて振り返るも、そこに岩や木等も存在するようには見えず、ただの空間があるだけだった。
「ご主人様そこは画面端デスー!はやく脱出してくださいー!」
「な、画面端かよ!これもデュエル精霊の力か!?」
「イイエ!それはご主人様の能力デスー!」
「マジかよ!くっそ邪魔だなこの壁!」
このままでは壁と緑猪に潰されてしまう。
そう思った崇英は緑猪の頭を抱え上げるように持ち上げ、後ろに投げ飛ばした。
見えない壁に激突しひっくり返る猪だったが、起き上がると距離を取り前足を挙げ、再び葉っぱの目眩ましを展開してくる。
「またこの技か……!」
急いで後退して距離を取る崇英だったが、葉っぱの勢いは止まらず吹き荒れている。どこから来るかわからない突進を警戒して周囲を見渡す崇英は葉っぱが見えない壁に張り付いているのを見て、閃きを感じた。
「そうだ!この画面端を利用すれば……」
大きく後退し、画面端を背にすると崇英は突進を待ち構えた。
「おそらくは正面以外に回り込んでくるはず……右か左の一点読み!こっちだ!!」
崇英の狙い通り緑猪の突進が右方向から来た。突進の勢いを利用し再び投げ飛ばす。
「2択は格ゲーマーの基本なんだよ!」
プギィーと悲鳴を上げて吹っ飛んでいく緑猪に追撃をかけようと思った所で崇英は殴る蹴るというだけでは攻撃力が足りない事を思い出し、何か武器になるような物は無いか考え、昔読んだ格闘ゲームを主題にした漫画で主人公が飛び道具を持っていないため待ちスタイルに対抗できなかった時に編み出した技、それの超必殺技版。確かガード不能だった。なぜか空中ガードはできるのだが―――――を思い出した。
「インカム!筐体姿に変身しろ!」
「ハ、ハイご主人様!」
ドローンと音がするとインカムはゲーム筐体となった。
「いくぞ!掟破りの筐体クラッシュ!」
「エ?ちょっと、ご主人サマ!?ひぃええええぇぇぇ~!!」
ズシリと重たい筐体を持ち上げ、転がっている緑猪に向かって勢いをつけて放り投げる。
鉄塊であるゲーム筐体はたやすく緑猪を押し潰し、地面に減り込んだのだった。
裏切りの砂川鉄塊!