聖地巡礼
「食べ物が…無い…!?」
あわてて崇英は自分の身体をまさぐるが、どうやら身に着けている衣服以外には後ろポケットにあった財布くらいしか持っていない事に気付いて表情を凍りつかせた。
崇英が一度死ぬ前に持っていた手荷物はどうやらこっちの世界には持ってきていなかったらしい。
異世界転移という異常事態を前に崇英が多少舞い上がっていた事は否めないが、現代社会においては腹が減った時は金さえあればその辺のコンビニなり牛丼屋にでも行くなりすればどうとでもなるし、ゲーセン内にも飲料自販機は完備されている。
だがことこの人の気配すら無い平野において金で解決できるような問題ではなかったし、そもそも日本の金が異世界において通用するかどうかも考えに至らなかったのには仕方の無い事だろう。急展開すぎるのだ。
「人間はご飯を毎日食べなくちゃいけないから大変デスね…ボクら精霊は食べる必要とかないんデスけど」
本当の問題は食料ではなく水だ。1日くらいなら飯を食わなくてもまだ我慢はできるが、人間の体内の60%を占めると言われている水分は体重の5%を失うと頭痛や熱を感じ、8%を超えると身体的動揺や痙攣を起こすと言われている。
水の確保も急務の問題であった。
「あれとか食べられるかな…」
ふと動く気配に目をやるとウサギのような動物がいたが、崇英の視線に気付いたのか素早く巣穴の中に潜っていってしまった。
「もし捕まえても生き物殺して捌いて食うなんて無理だわ…。やったことないしな…。」
現代社会人にとって肉とはすでに精肉されてトレーの上に並べて置いてあるものであり、毛を毟り皮を剥ぐなどの行為は食品関係の仕事でもしない限りなかなか縁の無い話だ。切羽詰まれば試してみる事もあるかもしれないが、その点では崇英にはまだ余裕があるのだろう。
「なぁインカム、この辺に飲める水場とか食べられる果物とかはないのか?」
「ゴメンナサイッ!わかりませんデス!」
即答であった。
なら自分で探すかと辺りを見回してもそこにあるのは草と岩のある平野だけ。地平線の向こうまで何も無いのは明らかだった。
「まいったな…補給も無しにこれから歩き通すのか…」
苦難の道程を考えて崇英が悲嘆に暮れていると、インカムが目に見えない何かと話し込むような仕草をしていた。
「え…なになに…ふんふん…ご主人様!近くにいた風の精霊に聞いた話なんですけど、ここから近くに村があるそうデス!」
「おお、でかした!」
「こっちデス!ついてください!」
新たな方向にしばらく進むと踏み固められた車2台分ほどもある道があり、道沿いに立看板が建っていた。
『←この先 VISION村』
「おお、確かに村があるみたいだな!文字も普通に読めるし、ここらへんは神様のおかげかね?」
「ちゃんと言語も通じるように格ゲー神様が調整してくれてますよ〜。そういえばボクの記憶が正しければこのVISION村は多くの名のある強者を生み出したとされる武芸者達が集まる村でして、しょっちゅう武闘大会とかをやってたりとかでここで名を上げようとする人達にとっては聖地と呼ばれてたりするんデスよ〜!」
「ほほー、武の聖地か。楽しみだなー。」
神からの恩恵に感謝を深めつつ、足取りも軽く道なりに進んでいくと日が暮れてきたあたりの頃に木造の柵が並び、家屋等の建物が並んでいるのが目に入った。
「お!村が見えてきたぞ!まずは喉が渇いたから水が飲みたいね!」
文明の気配に喜びを感じつつ、今夜泊まる場所とかはどうしようかなぁ等と考えている内に村の入り口に辿り着いた。
アーチ状になっている門をくぐり中に入るとどこか不思議な感覚を受ける。
生活感が無いのだ。落葉等は地面を隙間無く覆い、掃除された形跡も無い。
夕暮れともなれば夕飯の準備等で料理の匂い等も漂っているのが普通だろうが、やはりそれも無い。
そして何よりも、静かすぎるのであった。
「こ、これは…まさか…廃村ってやつなんじゃあ…!?」
聖地VISION村は潰れていた。
しばらく行ってなかったらいつの間にかゲーセンが潰れていたって事、ありますよねぇ…