迷子になった魔法使い
このお話は、別サイトに投稿したものを転載したものです。色々な方に読んでいたただいて、評価や感想を見てみたいと思っています。どうかよろしくお願いします。
ボクには霊感が無い。
と、今まで信じて生きてきた。
だけど、たった今から改めようと思う。
夜の繁華街。
いつもの帰り道。いつもの人混み。
入社7年目の町工場。そろそろ仕事にも慣れてきて、色々任される立場になってきたけど、元々不器用なボクは、失敗ばかりでいつも怒られてばかり。
今日も工場長にこってり絞られ、かなりヘコんでいる。
家でビールでも飲んでさっさと寝よう!
と、帰っていた矢先だった。
人混みの中を不自然に動くモノが、ボクの視界に入った。
黒っぽいワンピースを着た少女。高校生くらいだろうか。彼女が必死に何かを叫びながら動き回っている。
声は聞こえない。
少女の体は半透明・・・
通り過ぎる人達が彼女の体をすり抜けてゆく。
はい、見えちゃいました。これって幽霊だよね?だってみんな彼女のこと見えてないもん。
何がきっかけで見えているのか判らないけど、こういう時ってどうすればいいのだろうか。
成仏してもらう方法なんて知らないし。
あ、目が合っちゃった。
エェ~、こっちに近づいて来るんですけど。
心臓が信じられない速度で動きだす。
ボクはとっさにショルダーバッグで顔を隠した。
ボクの手に何かが触れた。
「私の声が聞こえますか?」
少しかすれた女の子の声。そして、ボクの腕を両手で掴まれている感触。これは何だ?
「私の声、聞こえますよね?」
うん、聞こえてる。
恐怖感は無い。
ボクはバッグを下ろした。
目の前に少女の幽霊が立っている。腕を掴み、今にも泣き出しそうな顔でボクを見つめている。
「私、とっても困っているんです」
多分ボクの方が困ってると思うんだけど・・・
道行く人が、不思議そうな顔をして過ぎてゆく。彼女が見えないのなら、確かにボクの姿は変に映るだろう。
腕を掴んでいる彼女の両手にさらに力が入る。
「ここは一体、何処なんでしょうか? 私、どうやら道に迷ったみたいなんです」
こういう時、本やテレビの主人公は、持ち前の行動力と的確な判断で、物語をいい方向へ進ませるのだろうが、あいにくボクには何も無い。
通行人達の視線を避けるため、薄暗い路地に逃げ込むのが精一杯だった。
困った・・・
半透明の女の子に助けを求められているが、ボクに出来ることがあるだろうか。
「何故だか判りませんが、ほかの方々には触れることもできませんし、私のことが見えないようなんです。頼れるのはアナタだけなんです。どうか、見捨てないで下さい」
瞳を潤ませ、見つめる少女。
「だけど、何をすればいいの?」
彼女は少し考えて、
「私が元の世界へ帰れる方法を、一緒に考えて下さい」
と答えた。
元の世界・・・
「つまり、成仏できる方法ってこと?」
彼女の表情が変わった。
あれ?
怒ってる?
「誤解があるようなので言っておきますが、私は幽霊ではありません。ちゃんと生きています」
エ? そうなの・・・
じゃあ、何で半透明?
「理由は判りませんが、恐らくこの地球の人間でないからだと思われます」
ちょっと待てよ。おかしな展開になってきたぞ。
これってテレビ番組のドッキリか?
それとも、起きたまま夢を見ているのか?
「いえ、夢ではありません。あなたを騙しているのでもありません」
本当にそうなのか。
「本当です」
じゃあ、君は別の世界の人間なのに、日本語を話しているのか?
「いいえ。私とアナタの言語は全く違います。私の言葉をアナタの頭の中へ直接伝えています。その時、アナタの知識を少しお借りして言葉を変換しているのです」
なるほど。
ボクには容量オーバーのお話です。
お手上げです。あまりにも話が突飛してます。
「お気持ちは判りますが、どうか信じて下さい」
ここで、ようやくボクはさっきから感じていた違和感に気付く。
「君、ボクが心の中で考えていること、判るの?」
「はい」
即答だった。
「私、体を触れている方の心の声を聞くことが出来るんです」
歩きながら、ボクの腕にしがみついている彼女を見る。
うん、見える。捨てられた子猫ような心細い表情をしている。
目が合った。
そうか、触れている人の心の声が聞こえるんだっけ。
どうもやりにくい・・・
これまでに判っている事を整理してみよう。
*彼女は幽霊ではない。別の世界から来た
*今の段階で、ボク以外の人に彼女は見えない。声も聞こえない
*恐らくドッキリではない
彼女に腕を引っ張られる。まだ疑っているのか、という意思表示。
はいはい、スイマセン。
で、そもそも何でこの世界に迷い込んだのか。
彼女の話によると、親からお使いを頼まれ、ナンチャラ星からナンチャラ星に移動中に、昨日の夜更かしが原因でうたた寝をしてしまい、ハッと気づけばここにいた、らしい。
ちなみに、ナンチャラの部分に入る星の名前は日本語に変換できないそうだ。何回か彼女の言語で聞いたが、ボクには発音することすらできなかった。
そして、星から星の移動方法は、SFっぽくて全部理解できなかったのだけど、次元のトンネルというのを使うらしい。目的地を指定して、そのトンネルに入ると、数分で到着するそうだ。
但し、トンネル内で爆発だとか、意識が無くなったりすると、ごく稀に違う場所へ飛ばされる事があるらしい。
その稀に今回当たってしまった。
彼女は突然の事に気が動転。
どこをどう歩いてきたのか。とにかく明るい場所、人がいる所を目指してようやくここにたどり着いたが、体が半透明で、人に触れる事も声を出す事もできない自分にさらに動揺した。
そこでボクに出会った。
ちょっと出来過ぎな出会いだよな・・・
彼女が元の世界に帰る方法は?
今のところ判らないそうだ。可能性として、ボク達の世界に最初に来た場所が、もしかすると次元トンネルと繋がったままかもしれないらしい。そこを目指してみることになった。
こういう時、本やテレビの主人公は、持ち前の行動力と的確な判断で、物語をいい方向へ進ませるのだろうが、あいにくボクには何も無い。
通行人達の視線を避けるため、薄暗い路地に逃げ込むのが精一杯だった。
困った・・・
半透明の女の子に助けを求められているが、ボクに出来ることがあるだろうか。
「何故だか判りませんが、ほかの方々には触れることもできませんし、私のことが見えないようなんです。
頼れるのはアナタだけなんです。どうか、見捨てないで下さい」
瞳を潤ませ、見つめる少女。
「だけど、何をすればいいの?」
彼女は少し考えて、
「私が元の世界へ帰れる方法を、一緒に考えて下さい」
と答えた。
元の世界・・・
「つまり、成仏できる方法ってこと?」
彼女の表情が変わった。
あれ?
怒ってる?
「誤解があるようなので言っておきますが、私は幽霊ではありません。ちゃんと生きています」
エ? そうなの・・・
じゃあ、何で半透明?
「理由は判りませんが、恐らくこの地球の人間でないからだと思われます」
ちょっと待てよ。おかしな展開になってきたぞ。
これってテレビ番組のドッキリか?
それとも、起きたまま夢を見ているのか?
「いえ、夢ではありません。あなたを騙しているのでもありません」
本当にそうなのか。
「本当です」
じゃあ、君は別の世界の人間なのに、日本語を話しているのか?
「いいえ。私とアナタの言語は全く違います。私の言葉をアナタの頭の中へ直接伝えています。その時、アナタの知識を少しお借りして言葉を変換しているのです」
なるほど。
ボクには容量オーバーのお話です。
お手上げです。あまりにも話が突飛してます。
「お気持ちは判りますが、どうか信じて下さい」
ここで、ようやくボクはさっきから感じていた違和感に気付く。
「君、ボクが心の中で考えていること、判るの?」
「はい」
即答だった。
「私、体を触れている方の心の声を聞くことが出来るんです」
だけど・・・
「突然の出来事で、頭の中が真っ白で。アナタと会った場所までの記憶が曖昧なんです」
それでも何か覚えてないのと聞いてみると、
「箱のような形をした乗り物が目の前で止まって、中から人が大勢出てきました。何となくその人達について行くと、ここにたどり着きました」
つまり、駅のホームか。
と、いうわけで今、駅へ向かっていた。小さな街なので近くに駅はひとつしかない。
大きな都市へ行くにはこの駅。
ボクが大学受験の時に利用したのもココ。
結局、受験は失敗して、家庭の事情から浪人せず就職したけど・・・
今でもそうだけど、ボクには将来の目標というか、やりたい事が何なのか、はっきりしていない。こんなボクが大学に行っても、きっと何も変わらなかったと思う。
うん。そうに違いない。
自動改札はボクひとりの切符で通れた。
ま、彼女は見えないんだから当然か。少しの安心と罪悪感。
ホームに立って辺りを見回す。特に変わった様子はない。
「ここですね。確かに先程ここにいました」
「トンネルの入口・・・」
おっと。
声に出さなくてもいいのか。
トンネルの入口はあるの?
「いいえ。何もありません」
彼女が残念そうに言った。
さて、可能性がひとつ消えた。
ほかに覚えてることはない?何もない街だけど、建物とか音とか、それなりに特徴はあると思うよ。
「音、ですか・・・」
記憶を辿る彼女。
待つしかない。ボクには何の能力もない。ただ彼女の記憶の場所に連れて行くことしかできない。
「波の音がしました」
「波?」
思わず声が出てしまった。
ベンチに座っているおばさんがこっちを見てる。
知らないフリ。
「この場所に来る少し前、多分トンネルとこの世界のはざまにいる時に、波の音を聞きました」
この辺で波の音がする場所と言えば・・・
ここから海がある場所までは車で約30分くらいの距離がある。
このまま電車を利用してもいいのだけれど、ローカル線なので都合のいい時間に電車は来ない。
ボクは駅を後にして自宅へ向かった。
歩く以外の移動手段が必要だ。
車の免許は持って無いけど自動二輪は持ってる。幸い、今バイクを持ってる。
90ccのスクーターだけど。
駅から自宅まで歩いて10分くらい。
自宅から会社まで歩いて15分くらい。通勤はほとんど自転車で、今日に限ってタイヤがパンク。修理に出してそのまま徒歩通勤した。
この時間だと自転車屋は閉まっているけど、小学生の頃からの馴染みのおじさんだから、明日の朝の通勤時間には用意してくれているはず。
しばらく道なりに歩く。
通い慣れた道。
10代の頃は気の合う仲間とバイクで一晩中走り回ったなあ。
いつからだろう。
家と会社の往復だけの生活になったのは。
結婚して家庭を持った奴もいれば、転勤になった奴もいる。
仲間と顔を合わせるのが毎日から週末だけになり、月に一度くらいになり・・・
最近会ってないなあ。
みんな元気にしてるかなあ。
しかし、何で今日に限ってこんなセンチな気分なんだ?
「本当の仲間というのは、会わなくても心が繋がっているものですよ」
ウッ(恥)
心の声が丸聞こえだった。
つか、さっきからボクの腕に掴まったままだけど、話をする時以外は離れていてもいいんじゃない?
「すみません。放してしまうとアナタが何処かへ行ってしまうのではないかと思って不安なんです」
じゃあ、せめて会話する時以外はボクのカバンに掴まっていて。それならボクの思ったこと聞こえないし、不安じゃないでしょ?
「・・・判りました」
彼女の腕が離れた。男として女の子にしがみつかれているのは悪い気分じゃないけど、心の中を覗かれたままはちょっと。
彼女はカバンの肩からかけた紐を持った。
異世界の少女。
色々気になること、聞きたいことはあるけど、まずは彼女の帰れる方法を探すことが先決だ。
それからでも遅くない。
彼女を助けられるのはボクだけなのだから。
彼女をどうにか説得して外で待たせ、ボクは簡単な身支度と親へ適当なウソをつき、家を出た。
「これは乗り物なのですか?」
ボクはスクーターの前で、彼女に説明する羽目になった。
常識だと思ってることを知らないヒトに伝えるって、結構難しい。
では、海へ出発。
しばらくは息苦しいくらい背中に抱きついていた彼女も、慣れてきたようで、時々目にする不思議な物の質問をするまで余裕がでてきた。
目にするモノ、耳にするモノ、すべて知らないって、どんな気分なんだろう。
夜の海。
潮風と波の音。
砂浜はシーズン前なので、打ち上げられた海草やゴミが散らばっていた。
ひと通り町の中を走り回ったけど、ここにもトンネルへの道は無かった。
今更だけど、車で30分もかかる距離を歩いてきたのだろうか。
彼女に聞いてみた。
「次元トンネルの中はとても速く進んでいるんです。そこからこの世界に来たのがわずか数秒でも、バイクという乗り物よりはるかに移動時間が速いので、特定が難しいんです」
なるほど。
しかし、そんな大変な事になるかもしれないのに、寝てたなんて・・・
「返す言葉もありません」
ま、後悔しても仕方ない。前に進もう。
他に何か覚えてない?
駅のホーム、波の音、その前か後。目覚める時に見たモノとか。
俯いていた彼女の表情は変わった。
「そういえば、広場のような所を見ました。近くに四角い建物と、大きな木があって、その木の側に柵に囲われた場所があって、水槽のような物がありました」
広場と四角い建物と水槽。
それらが揃ってる場所って何処だ?
「出来るかどうか判りませんが、私の見た映像をアナタに送ってみます」
え? そんなことできるの?
「まだ練習中なので自信はありませんが、試してみます」
練習中なんだ。
そっちの方が気になる。君のいる世界の生活事情。
「目を閉じて、私と触れている部分に意識を集中して下さい」
彼女はボクの腕から離れ、手を握った。
女の子から手を握られて、ちょっとドキッとした。
「集中して下さい」
繰り返し言われた。
彼女も少し恥ずかしそうだった。
彼女と出会ってからまだ2時間くらいかな。その間にボクは何度も過去の出来事を振り返っていた。
偶然なのか、彼女の記憶の場所は、ボクの思い入れが深い場所でもあった。
大学受験の事。
そして、さっきまでいた海。二十歳の頃に付き合っていた彼女がとても海が好きで、よくバイクに乗せていった。
3年付き合って、少し将来の事とか考え始めた時、突然別れようと言われた。よせばいいのにボクは理由を尋ねた。
あなたはとてもいい人。だけど、このまま一緒にいてもこれ以上の関係には発展しないわ。
私が理想とする男としての魅力が、あなたには無い。
自分でも自覚があったけど、言葉で聞くとショックも大きかった。
今だに引きずっている。
何度かいいなぁって思う女性に巡り会ったけど、友達以上にならなかったのは、ボクが避けているからだった。
で、次に来たのがココ。ボクが卒業した小学校。
これは自分の歴史を振り返り、何か悟りでも開け、という旅なのだろうか。
ボクはカバンの紐を持つ彼女の手に触れた。
トンネルはありそう?
「まだ判りません。中を見れませんか?」
職員室の明かりが点いている。先生はこんな時間でも学校にいるのか。大変なんだな。
入口の門は開いているし、見つからないように行けば問題ないか。
ボクはスクーターを駐車場の隅っこに停め、校内へ向かった。
何となく、ここが終着点な気がして、彼女の事を聞いてみようと思った。
君のいる世界では、みんな心の声が聞けるの?
「いいえ、全員ではありません。私たちの世界では、生まれてすぐに適正検査を行なって、将来なるべき職種を決めるんです」
じゃあ、君の能力を使う職業って何なの?
「魔法使いです」
真剣な顔で言われると案外ウソっぽくない。
「本当です!」
魔法使いってさ、ほうきに乗って空を飛んだり、人間を動物に変えたりする魔法使い、だよね?
「ひと言に魔法使いといっても、仕事の内容によって、細かく分けられています。確かに空を飛べる方もいます」
・・・いるんだ。
「私は色々な星から草花を集め、薬を生成する職を目指しています」
ああ、魔法使いって薬作ったりしてなあ、本や映画で。
でも、心の声が聞けるのって、何の役に立つの?
「本来は草花の声を聞いて、どういう治療に効くかを見極めるために使うんです。その課程で心の声を聞く訓練があります」
私はまだ見習いなので、と付け加えた。
生まれてすぐ将来進む道が決まっている。窮屈に感じるヒトもいるだろうけど、ボクには有難い世界だ。何をすればいいか、何がしたいか、悩まなくていいから。
「確かにそうですね。でも、私はアナタのような事で悩めるのが少し羨ましいです」
ボクは彼女の方へ顔を向けた。
「色々悩んで、落ち込んだり失敗したり、その繰り返しでも、自由に将来を決められるんですから。自分の努力次第で選択肢が変わるのは素敵なことだと思います」
なんだろう。
心にズシリと重く感じるものがあった。
校舎の東側、プールの側の大きな木の辺りで彼女の足がとまった。
そこは確か『自由の森』という名前の場所で、学校が建てられる前の森の一部が残されている、わりと大きな公園だ。
自然観察や写生会をしたり、よく授業で使っていた。
卒業してから何年も来てないけど、変わってない。記憶と比べて小さく感じるのは、単純に体がデカくなったからだろうな。
懐かしい。
アイツと仲良くなったのは、この森だったな。
4年生の春、転校してきたアイツ。
その頃、何がきっかけだったのか、ボクはイジメにあっていた。最近のイジメほど悪質ではなかったけど、それでも学校に行くのが嫌になるほど困っていた。
ある日、昼休みに『自由の森』で3,4人くらいからイジメられているところにアイツがやって来た。
口は達者だったが、ケンカは弱かった。だけど、何回倒されてもアイツはむかっていった。最後は向こうが根負けして退散した。
その時アイツはボクに言った。
暴力を振るう奴はキライだ。だけど、何もしないで逃げようとする奴はもっとキライだ
ボクは大声で泣いた。
それからすぐにアイツとは親友になった。イジメてた奴らとも、何度かケンカするうちに親友になった。
それが今の仲間だ。
彼女は何も言わず、ボクの話を聞いていた。
アイツと出会ってからの人生は、何事も前向きに考えるようになった。
17歳の夏、アイツは交通事故で死んだ。
あまりに突然だった。その日は仲間と海水浴に行く計画を立てていた。
アイツが死んだ日からの数日、ボクの記憶はごっそり抜け落ちている。
葬式に行ったことも、アイツを偲んで仲間と一晩中語り明かしたことも、後から仲間に聞いた。
ああ、そうか。
ボクはアイツが死んで、昔の自分に戻っていたのか。
「大丈夫ですか?」
彼女が心配そうに尋ねてきた。
なんでだろう。君といると素直な自分でいられる。まるで、アイツが傍にいるみたいに。
『自由の森』に入ってすぐ、大きな木の近くに、ボクでも判る異質な光景が目に入った。
直径1m位の、乳白色の光の輪が浮いていた。
これがトンネルの入口?
「これです」
そう言って、彼女は本気の笑顔を見せた。ボクも彼女を元の世界へ返せると思うと、本気で嬉しかった。
「ありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げた。礼儀は同じなのか。
ボクは彼女の手を握り、
二度と会うことはないだろうけど、もしまたこっちに来たら助けるからね、と伝えた。
「はい」
じゃあ、とボクは手を離し、2,3歩下がった。
彼女は背を向け、空中で人差し指を揺らした。
不思議な暗号のような文字が、光の輪の上に浮かび上がった。
おお、魔法使いっぽい。
指の動きが止まり、彼女は振り返りボクのところへ戻ってきた。
手を握られた。
「大切なお友達を亡くしたのは、とても辛い事です。でも生きているアナタがそこで立ち止まってしまったら駄目です。その方が羨ましがるような人生を送って下さい」
ボクはうなずくだけで、言葉が出なかった。
「最後に、ひとつ告白します」
え?
「私の今の姿は、本当の姿ではありません」
それを聞いて、ボクはテレビでよく見る宇宙人の姿を想像した。
「アナタには本当の私を見せて帰ります」
では、さようなら。
手が離れた。
違う意味でドキドキした。
彼女の体が光に包まれて・・・ではなかった。
瞬きする間に変わった。服はそのままで、中身が変わった。肌の色が白くなり、耳が頭の上に、口に長いヒゲが生えた。
猫?
そう、まさに彼女の姿は猫そのものだった。
童話のような光景に驚いている間に、彼女と光の輪は消えていた。
始まりも終わりも、まるで夢を見ているかのようだった。
あれから時が過ぎ、季節が変わった。
今までと変わらない生活が続いていた。相変わらず工場長にはよく怒られる。
だけど、少し違っていた。
工場で働くみんなの視線が暖かく感じられた。
そうやってみんな仕事を覚えていくんだ、がんばれ。
言葉じゃなく、気持ちが伝わってくる視線だ。
小学生からの仲間たちは、最近よく連絡を取り合って顔を合わせている。みんなにも言われたが、笑顔でいることが増えた気がする。
彼女に出会ってから、色々な呪縛から解き放たれ、物事を前向きに考えるようになった。
まるで、魔法にかけられたかのように。
仕事帰りのある日、ボクはあの場所で自転車を止めた。霊感どころか五感すら鈍いボクが何かを感じた。
人混みの中、半透明の少女が立っていた。
彼女はボクを見つけると、しっかりとした足取りで近づいてきた。
ハンドルを握る手に、彼女の手が触れる。
やあ、また会ったね
「・・・はい」
また、迷子になったの、魔法使いさん?
彼女は首を振り微笑んだ。
「この星の薬草を集めにきました」
そうなんだ。
「でも、本当の目的は、アナタに会うためです」
しばらくこっちにいられるの?
「2,3日は滞在しようかと思っています。あの、お手伝いして頂けますか?」
もちろん! でもその前に・・・
彼女は首を傾げる
自己紹介するよ。この前はできなかったからね。
「私もです」
ボクの名前は・・・・