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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
87/161

覚悟

人払いをして広いベッドの上で一人、ネグリジェ姿の小鞠は休むこともせず膝を抱えていた。

もう真夜中近いというのにシモンはまだ戻ってこない。


舞踏会で倒れた男性が飲んだ毒物は、人を死に至らしめるものではなかったらしい。

ただし体調如何によっては死ぬこともあったそうだ。

彼は騎士団によって応急処置をされたことと、その後の王宮医師の適切な処置により大事には至らず、一晩休めばよくなるということだった。

とは、彼女の護衛官であるオロフが迎賓塔より戻ってきたときに、「遅くなるかもしれないので先に休んでいるように」というシモンの伝言と共に聞いた。


小鞠は膝を抱える腕の上に頭を乗せて大きく息を吐く。

「なんて馬鹿なんだろ、わたし」

昨日、迎賓塔の探検に行ったとき貯蔵庫に何者かが忍んできたことを、シモンに話すのをすっかり忘れていた。

あの人物が今日の事件に関係あるのかはわからないけれど、シモンに伝えていれば舞踏会で惚れ薬を配ることをやめていたかもしれない。

そうすればこんな騒ぎだって起きていなかっただろう。

(ていうか惚れ薬を配ろうなんて余計なこと言わなきゃよかった)


大広間から王族塔へ戻るときに見た参加者の顔は、驚きや恐怖に歪んでいたように思う。

彼らを楽しませるのが主催者側の王国の務めだとシモンは言っていたのに、自分があんな提案をしたせいで今日までの準備も何もかもを台無しにしてしまった。

下手をすると死人まで出ていたかもしれないのだ。

瞼の奥が熱くなり涙が零れる。

スン、と鼻をすすったところで寝室の扉が静かに開いてシモンが帰ってきた。


「コマリ?まだ起きていたのか。――何を泣いているのだ!?」

涙に気づいたシモンがベッドに駆け寄ってくる。

彼の顔を見て安心したのか、さらに涙が零れてきた。

「シモン、ごめんなさい」

「何を謝る?」

「惚れ薬を配ろうって言って、ごめんなさい」

「今日のことはコマリのせいではない」

ベッドに腰を降ろしたシモンに向かって、小鞠は涙を流しながら首を振った。


「余計なこと、言ったって思う――そ、それに……っ、言い、言い忘れてたこと、が」

嗚咽でうまく話せないのを彼は背中を撫でて「ゆっくりでいい」と聞いてくれる。

「き、昨日、わたし王宮を、散歩してたんじゃなくて、…本当は迎賓塔に行ってたの。……そのとき、見回りに来てた、オロフに見つかりそうになって、わた、わたし、貯蔵庫に隠れてね……そしたら、怪しい人が入ってきて、惚れ薬、の入った木箱を開け、……っ、開けてた」

背中を撫でるシモンの手が一瞬とまった。


「どのような人物だ?顔は見たか?」

「ううん。騎士団の見回りが先、先にあって……っ……わたし、筵を被って隠れてたの。だから見てなくて……。騎士団の人が木箱を開けたとき、き、綺麗な瓶だって言ってたから……てっきり誰か、瓶が欲しかったのかなって……っ、あと……あとで、確認したら……瓶、惚れ薬の小瓶はたくさんっ、あったし、少しくらいって思ってね。……でもやっぱり、シモンに話そうって……だけ、だけど……忘れてたの。――早く言ってたら、今日、こんなこと……なかったかも。ごめ、なさい。ごめんなさい」


ひ、ひ、としゃくりあげる。

言葉足らずだろう小鞠の説明をシモンはちゃんと理解してくれた。

「きっとコマリの話を聞いていたとしても、わたしもさほど気には留めなかっただろう。そう自分を責めるな」

「で、でも――」

小鞠の涙を拭ったシモンが唇を合わせてくる。


「ペッテルの持っていた惚れ薬の入った器に、何者かが手を伸ばすのをクレメッティとヴィゴが見ていた。その者がきっと毒物入りの惚れ薬の瓶を混ぜたのだ」

「だからそれ、が……わたしの言ってる、貯、貯蔵庫に来た怪しい人で……」

「そうだな。犯人と疑わしくはある。だが考えてみたか、コマリ。舞踏会が始まってすぐに惚れ薬は配られた。何人もの参加者が同じ瓶を持っていた。あれだけ人がいる中でなら隠れて毒物を惚れ薬に混ぜ、ペッテルの持つ器に入れることもできたかもしれない。つまり、惚れ薬の瓶を持つ者全員が犯人と疑わしいのだ」

「じゃあ、や、やっぱり惚れ薬なんて配んなきゃ良かった。今日まで準備、大変そうだ……だったのに、わたしがあんなこと言ったから、全部、っ……めちゃくちゃになった」

うえぇと声をあげて泣き出す彼女はシモンに抱きついた。


「あの騒ぎでね、昨日の迎賓塔のことおも……思い出して、シモンに言わなきゃって、思った……けど、わたし、王宮で噂あるし……またそこに変な噂、加わっちゃうとか……考えて、い、言えなくて――自分……勝手、わたし最低」

シモンの服を掴んで堪えていたものを吐き出していく。

「あの男の人、し、死ななくて良かった。っわた、わたしのせいで誰か、死ぬかもって……こ、怖、怖くて」

怖いという言葉に小鞠はやっと気づいた。

膝を抱えてうずくまっていた間、胸の中に渦巻く感情がなんなのかよくわからなかったけれど、ただ、怖かったのだ。


惚れ薬を舞踏会で配ったことで、新しい恋が生まれたらいいと思った。 

けれど自分の思惑とは違い、それを利用して誰かを傷つけようと悪意ある人間がいた。

小鞠はぎゅっとシモンの服を握り締める。

「怖かった。すごく、怖かった」

「心細くも一人で耐えていたのか。遅くなってすまなかったな」

髪にキスされ背を叩かれた。

「もう大丈夫だ、わたしが側にいる。大丈夫」

「大丈夫」と繰り返す優しい声に、安心感が体中に広がっていく。

「そのままのコマリがわたしは好きだぞ。今回のことで萎縮してくれるな。なにより「自分のせいだ」と己を責めないで欲しい。コマリは何も間違ったことはしていないのだ」


「う、噂、……また悪い噂が広がったらって、昨日の怪しい人のこと皆の前で言えなかったのに?」

「都合の悪いことを黙っているなど人ならば誰しもしている。わたしもそうだ。コマリに出会うまでのこととはいえ、后候補がいたと言えなかった」

「シモンが狸って言った三大貴族の娘たち?」

「やはり気づいていたのか。他にも何人かいたが互いに潰しあっていたし……コマリを見つけられていなければ、最終的にあの三人の中から選ばなくてはならなかったろうな」

無意識にシモンに回した腕に力を込めてしまった。

それを彼も感じたらしい。


「案ずるな。わたしはコマリのものだ。他の誰も后に娶らない」

そう言ったシモンがまた髪にキスをした。

「コマリは自分勝手であったと気にしているが、昨日迎賓塔に怪しい者がいたと言わなくて良かったのだ。特に今日のような出来事があったあのような場ではな」

意味がわからなくて顔をあげると、「泣き止んだな」と微笑むシモンに目尻に溜まった涙を拭われる。

「王宮はカッレラ王国の中枢だ。そこに不審者がいたと言えばどうなる?」

「あ……」


王宮の警備は不審者を侵入させるほど杜撰であるとか、王宮内で働く人物の中に悪人がいるだとか、他にもいろんな憶測が飛び交うかもしれない。

「不用意な発言は控えなきゃいけない?」

「そうだな。だがわたしや信頼できる臣たちになら、気になることは話してくれて良いのだぞ?」

「うん」

頷く小鞠の頬に、ちゅ、と唇を寄せてくるシモンが、上着のボタンを外しつつベッドから立ち上がった。


「少しだけ側を離れる。湯に入ってきてもいいか?頭の中を整理したい」

「え?整理?」

「昔から湯に浸かってゆったりしているときの方が考えがまとまるのだ。また不安になったらあの扉を開けて入ってきてくれていいぞ」

「入りませんっ。ごゆっくり!」

くすくすと笑う彼は浴室の扉の向こうへ消えた。


(たまに長風呂のときがあったけどそういうことか)

そういえば、身分のある人が使用人に体を洗ってもらうのを映画などで見たことがあったから、カッレラでもそうかと思っていた小鞠だが、こちらに来てもそんな気配は全くなくて安心したものだ。

(考えてみればお風呂ってリラックスする時間だもん。他人がいたら落ち着かないよね)

ポテリとベッドに横になった小鞠は睫に残る涙に気づいて自分でも目を拭う。

天蓋を見つめて息を吸い込んでみれば重苦しかった胸が軽い。

シモンが戻るまであんなに気分が沈んでいたのに、心の内を吐き出したいまは胸のつかえが取れたようだ。


自分にとってシモンは頼るべき相手で、こんなにも大きな存在になっている。

脳裏に笑顔の彼が浮かんだ小鞠は両手で頬を叩いた。

「でも依存は違うぞ、小鞠」

自分ばかりシモンに頼るのではなく、彼にも自分を頼ってもらえるようにならなくちゃいけない。

パチパチと更に何度か頬を叩いて気合を入れた彼女は、涙に濡れた顔を洗うべく浴室に向かう。

(シモンはまだお風呂だよね?) 

そうっと扉を開けシモンがいないのを確認すると、いまのうちだ、と脱衣場兼洗面所に入った。


シェル型の洗面台でぱしゃぱしゃと顔を洗う。

地中深くから汲み上げる水は年中同じくらいの温度らしく、夏場は冷たくて気持ちがいい。

柔らかなコットンの布で顔を拭って鏡を覗き込む。

泣いていたせか少し目が赤いがじきおさまるだろう。

「よしっ」

最後の気合注入のつもりで頬を叩くとバチンといい音がした。

「ァイッタぁ」

そこへ。


「コマリ?」

「ん?」

頬を撫でていた彼女は名前を呼ばれて、くり、と声のほうを向く。

浴室の扉が開いていた。

「………」

えーっと、水も滴るいい男がここに。

いやマジで水が滴ってますけどね。

「もう少し待っていれば一緒に入れたのか?」

髪をかきあげる仕草すら妙に色っぽいぞ、こんちきしょうめ。

……っていうかなんだか近づいてきてませんか?


「固まっていないで何か反応してくれ」

顎に指かかかり仰のかされる。

あれぇ?なんだか唇にフニャリとしたものが。

「それともわたしに身を預けるということかな、これは」

おかしそうに笑うシモンの金色の髪から雫が伝い、小鞠の額にポタリと落ちた。

動転して動けなかった彼女に感覚が戻ってくる。

(あ、またシモンの顔が近くに……)

先ほどと同じように唇に柔らかなものが触れ、次の瞬間、口内に感じる生暖かな舌の動きに驚いた。


「ん、ん~!」

逃げるより早くシモンに抱きしめられる。

布地の薄いワンピース型のネグリジェ越しに地肌の彼を感じて焦った。

そういえば今日、キスマークの痕を確認されるんだった。

(シモンにも消えてるってバレちゃってるし)

ともかく引き離そうとして肩に手をかけて彼が裸であったと思い出す。

「されるがままか?この先を続けても?」

胸のリボンを解かれて胸元までを大きく広げられた。


「うぎゃっ、し、シモン」

「そこはもっと可愛らしい悲鳴が聞きたいぞ」

苦笑を浮かべたシモンの目が小鞠の胸へいく。

指先が肌をなぞった。

「やはり消えているか」

「……………」

「覚悟は?」

「……できているような、できていないような――きゃぁ!」

いきなりシモンに抱え上げられて小鞠は声をあげた。

浴室を出て行くシモンが笑う。

「今度は可愛い声だな」


ベッドに横たえられて、小鞠はシモンを見ていられず瞼を閉じると両手を突き出した。

「すすすストーップ!待って待って待って、心の準備がまだです!えっとシモン、先に体を拭いたり髪を乾かして……ね?」

「体の水気は小鞠の寝衣で拭われたし、どうせすぐに汗をかく。恥ずかしいのならいまのように目を閉じていればいい。視界を奪われたぶん他の感覚が鋭くなるがな」

どえぇぇぇぇ!やる気120%!!

「じゃ、じゃあ、じゃあ、えっとそう!今日の騒ぎの犯人捜査はどうすることにしたの?」

ネグリジェのリボンを更に解いていたシモンの動きが止まった。


安堵する小鞠だったが、彼が深く息を吐きながら傍らに座ったため、不思議に思って目を向けた。

「やはりコマリは簡単には誤魔化されてくれないな」

「なに?どういうこと?」

小鞠が身を起こすとシモンは片足を立てた膝に肘をつき、視線を避けるかのように頭を押さえて俯いた。

「状況から判断してヴィゴは白だろうう。ただペッテルは……クレメッティとヴィゴの証言があったが、容疑が完全に晴れたわけではないのだ。そのため魔法使い塔の自室にて謹慎のうえ見張りがつくことになった。それから最も疑わしいオルガは今後王宮への出入は禁止と決まった。コントゥラ子爵はカッレラの貴族に対して多大な影響力を持っていたが、今回のことで力を失うことになるだろう」


「皆から事情を聞いただけじゃなかったの?」

「そのあと父上や臣たちと評議し、ペッテルとオルガをどうするのかが決まったのだ」

シモンがこんな時間まで戻ってこなかったわけだ。

「ペッテルの謹慎っていつまで?見張りってなんで?」

「犯人と疑わしき者に自由に王宮内を動き回られては困る、というのが大半の意見だ。このまま秋になるまでに真犯人が見つからなければ、ペッテルは王宮魔法使いの任を解かれ王宮を出ることになる」

「真犯人が見つかるか、王宮を追放される日まで部屋に閉じ込めておくってこと?」

シモンが無言になるのは否定できないからだろう。

「オルガだって疑わしいから王宮に入るなって言うの?」

小鞠からすれば、けして好きなタイプの女の子じゃない。

(でもこんなやり方って――)

拳を握り締める彼女は以前ジゼルに聞いた話を思い出した。


「ジゼルと澄人さんとゲイリーさんが先にカッレラに来たときも、魔法使い塔で軟禁してたって聞いた。ジゼルは手違いって言ってたけど、もしかしてあれも同じ?異世界から来た怪しい人物だから、安全だとわかるまで閉じ込めておけって?」

「……すべては国王を、そして王国を守るためだ」

「疑わしきは罰せずって言うのに、カッレラじゃ疑わしいってだけで人は省かれるんだ!」

頭に血が上った小鞠はベッドを飛び降りる。

その手をシモンに掴まれた。


「どこへ行くつもりだ」

「王様のとこ!さっきシモンに話した迎賓塔の怪しい人物の話をしてくるの」

「こんな真夜中にか!?いくらコマリでもそのように興奮状態であれば、父上に会う前に止められる。話ならば明日わたしから父上に――」

「人の一生が懸かってるっていうのに悠長なこと言ってるな、馬鹿っ!こうしてる間もペッテルやオルガは不安で一杯だってわかんないの?王国の人を守らないで都合が悪いと切り捨てるなんて、それじゃ皆、切り捨てられないようにおとなしく王国のいうことを聞いてるしかないじゃないか。ちゃんと調べて、調べて調べて調べたおしてからどうするか処分は決めるもんだ!!」

「落ち着くのだコマリ。誰も調べないとは言っていない。それにペッテルの見張りにはトーケルをつけた。今頃は酒盛りをしている頃だ」

「はぁ?」


酒盛り?

わけがわからなくて小鞠はぽかんとシモンを見つめる。

「わたしもコマリと同じで、先日の食事会でペッテルを見ている。だから信じたい。早まるなとトーケルに伝えさせたのだ。差し入れを持たせてな」

それがお酒ってことですか。

なんにしてもシモンが簡単に人を切り捨てるような人じゃなくて良かった。


「ごめんなさい。早とちりした」

「気にするな。人のために一生懸命になれる優しさを持つのが、コマリの素晴らしいところだ。それにわたしはいつもコマリの言葉に教えられる」

「?何かすごいこと言ってる?」

「コマリはそのままでいてくれればよいということだ。あとはオルガだが――オルガにも明日一番に使いを出し、励ましの言葉を伝えさせれば良いか?」

手首を握る彼の手に力がこもる。

ベッドから見上げてくる青い瞳に射抜かれて、小鞠は彼が素っ裸であったことをいきなり意識してしまった。

そのとたん目のやり場に困って視線をさまよわせる。


「オルガに「力を尽くして犯人を捜すのでわたしを信じるように」と言うか?」

そんな事をすれば彼女のことだ。

またシモンにちょっかいをかけてくる。

「オルガはダメ。彼女は優しくしたら誤解する。シモンだってわかってるくせにそんな質問ズルイ。それにさっき、シモンはわたしのものだって、シモンが自分で言ったんでしょ」

ふ、と笑う気配と握られた手首を強く引っ張られた。

シモンの方へ倒れこむのを受け止められる。

「コマリは人に優しい分、自分の気持ちを隠すのではないかと思ったのだ」

「シモンのことは誰にも譲らないの」

「ああ、よくわかった。――約束しよう。わたしはコマリのものだ」

「うん」

「では、コマリはわたしのものでいいのかな?」


そう言って顔を覗き込んでくる微笑みに胸が高鳴って、心臓が止まりそうになった。

彼の指先がツツと頬をなぞる。

「はい、と言ってはくれないか?」

さっきまでとは違う甘い微笑と誘う指。

質問しているはずの声まで誘惑していると感じるのだ。

ここで頷けばどうなるかぐらい経験のない自分でもわかる。

ええい、女は度胸だ。

「……はい……」

気合を入れたわりに発した声は小さかったけれど、ちゃんと聞こえていたらしい。


キスと同時にベッドに押し倒される。

強く唇を吸われ舌が絡んで情熱を伝えられた。

「性急すぎたら言ってくれ。自分でどうしようもないほどがっついてしまいそうだから」

ふだん穏和なくせにそっちはがっつり肉食系!?

「い、痛いのはヤダ!」

うわあぁん、何を口走ってるんだこの口は。

「コマリが気持ちよくあるよう頑張るが、そのときだけは初めてのコマリに負担をかける」

そして真面目に返事をするなっ!!

「なんで初めてって知ってる……――」

自分で処女であると暴露して我に返った小鞠は真っ赤になった。

「なんでこんなこと言っちゃってるのぉ~、わたしの馬鹿」

恥ずかしすぎて死にたい。


「こういうことで涙目になるくらい、いつも反応が初々しくて経験がないのだろうと思っていただけだ。ああ本当になんて可愛い……無茶はしないと決めていたのに」

唇が合わさりさっきのキスと変わらないほどの激しさで口づけられる。

何度も、何度も、角度を変えて繰り返される深いキスに翻弄された。

「シモ……きが……息ができな――っ」

訴えたはずが言葉さえ飲み込むように唇を塞がれた。

合わさる舌に唾液が絡み幾度も嚥下する。

長いキスがやっと終わって体を持ち上げたシモンが耳元で囁くよう言った。

「だめだ、理性が消える……――」

「え?……」 


たくし上げたネグリジェを一気に脱がされ、止める間もなくドロワーズも剥ぎ取られる。

体を隠そうとしたが両手をとられて彼の手でベッドに縫い付けられた。

シモンの視線に羞恥を覚え顔を背ける。

「美しい」

聞こえた賞賛の言葉に耳を疑った。

もう何度もした口づけをまた与えられて、そのまま唇が首筋から肩へ移動していく。

覚悟は、した。

すべてをシモンに預けると。


肌に感じる温かな感触にビクビクと反応する小鞠は、ためらいがちに彼の背に腕をまわした。

「……シモン」

名前を呼ぶと顔をあげてくれた。

「好き」

告白に瞳がわずかに見開いて、次いで嬉しそうに笑った。

「愛しているぞ、コマリ」

体中にキスが降ってきた。

恥ずかしかったけれど、小鞠もできる限りシモンにお返しをする。

それが彼に火をつけてしまった。


いつもいつでもいつのときも、後悔とは後に悔やむから後悔というのだ。

ただ、無茶はしないとシモンは己自身に言い聞かせてくれていたようだ。

だからそのときは一度だけだった。

でも――。







 

シモンの腕の中に包まれて小鞠は眠りの中に落ちていく。

まどろみながら擦り寄ると彼の掌が優しく背を撫でてくれた。

こんなにも誰かに自分を愛しまれたことはない。

そして誰かをこんなにも愛おしく思ったことはない。

幸せを噛みしめる彼女の顔は微笑んでいた。



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