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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
86/161

これでお開き

オルガは大広間の中央で踊るシモンとコマリを苛々と見つめていた。

両親はいまはおとなしくしているようにと彼女に言い含め、懇意にしている貴族たちの元へ慌しく行ってしまった。

オルガからすれば周りの貴族への根回しより、自分がシモンと結婚できるよう国王に働きかけてくれと言いたい。


(わたしがシモン様に選ばれないなんてあるはずがないのよ!)

ギリ、と指の爪を噛みオルガはコマリを睨みつける。

(我が物顔でシモン様の隣によくも立てるわ)

たいした女でもないくせに。

「許さない、許さない、許さない……」

ぶつぶつと呟く彼女に声をかける者があった。


「オルガ様」

男の声に反射的に笑顔を作って振り返れば短く髪を刈った給仕が立っていた。

先ほどから紳士に何度か声をかけられているが、好みではなくて断っていたオルガだ。

(顔は合格なのに使用人じゃね)

笑顔を消してツンとそっぽを向いた。

使用人ごときが声をかけるなんて身の程知らずもいいところだ。

だが彼はめげずに話しかけてきた。


「惚れ薬はいかがですか?」

「惚れ薬?」

「舞踏会に興を添えるため配られているものです」

「それは知っているわ」

オルガの返事に給仕は「では?」と困惑した顔になった。

機嫌の悪い彼女はキっと男を見据えた。

「おまえ、さっきから無礼にもほどがあるわ。わたしが惚れ薬を使うと思っているの?逆よ、相手がわたしに飲んでくれと言ってくるのよ」

「ペッテルです」

「はっ?」

「わたしはペッテル・ゲッダと申します。オルガ様」

言いながら男は銀の器から小さな瓶を取って差し出した。

「どうぞ。使わなくとも綺麗な小瓶ですから記念にお持ちになってはいかがですか?」


綺麗な小瓶と聞いてつい手に取ったオルガだったが、蓋の部分が花の形をしているだけで、宝石を散りばめているわけでもない。

しかも水晶ではなくただの玻璃だ。

(何が記念よっ。わたしにとっては性悪女に謀られて、シモン様のご不興を買った最悪の日だわ!)

ニコニコとしている男に瓶を投げつけてやろうかと思ったが、貴族や有力者の集まる舞踏会でできるはずもない。


と、そこへ数人の貴族の娘たちが現れた。

「あら、こちらにまだ惚れ薬が残っていますわよ」

給仕の男、ペッテルを囲んできゃあきゃあと盛り上がる。

「もう無くなってしまったかと思っていたわ」

「ええ。最初から二、三本取ってしまわれる方がいたのよ。わたくしも遠慮しなければよかったと思いましたわ」

「やっぱり可愛らしいわ。妹もこういうものが大好きなんですの。お揃いで持つことにしますわ。あ、残りが少ないから一人一本までなんて言わないわよね?」

「いいえ。どうぞ、お持ちください」 

「ではわたくしもいいかしら?男性に頼んでいただいている方もいたけれど、わたくしたちは恥ずかしくって」

ね、と顔を見合わせる彼女らをオルガは冷めた目で見つめた。


こんな玻璃の小瓶で喜ぶなんて貧乏貴族に違いない。

(ドレスも装身具もたいしたものではないし、もしかして全部、以前の物の使いまわしじゃないかしら)

なんにしてもこんな十人並みの女たちがほしがるものを、自分が持っているのが我慢ならない。

(それにあの男、わたしと話をしていながら他の女と話し出すなんて。うちの使用人ならば首にしているところだわ)

貴族の女たちはペッテルと楽しそうに話をしている。

もしかすると惚れ薬をもらいに来たのは口実で、彼と話をしたかったのかもしれない。

そう思ったオルガは丁度近くを通り過ぎた給仕の女の持つ盆から、酒の入ったグラスを取った。

そのままつかつかと歩んで貴族の女たちを押しのけると、ペッテルの前で手にあった惚れ薬の中身を酒に空ける。


「おまえ、こっちに来なさい」

そう言って微笑むと彼は引き寄せられるように後をついてきた。

オルガは去り際にペッテルを囲んでいた娘たちへ勝ち誇った顔を向けた。

とたんに彼女たちの顔が屈辱に歪む。

(そう、これよ。わたしの魅力に男は平伏し、女は敗北を知る。なんて快感かしら)

優越感に浸るオルガに「あの」とペッテルが声をかけてきた。

立ち止まり、振り返る。


「なに?」

「オルガ様がわたしをお呼びになったのではありませんか?」

「ああそうね」

オルガは空の小瓶を彼の持つ銀の器へ入れた。

「ではもういいわ。下がりなさい」

「え?」

戸惑うペッテルに彼女はグラスを見せつけ、嘲笑するような眼差しを向ける。

「おまえ、まさかわたしがこのグラスを渡すとでも思ったの?」

「……いえ」

「なら下がりなさいな」

「失礼致します」

オルガは最悪だった気分が少しましになった気がした。


「もしやあなたはオルガ様ではないですか?」

そう言って近づいてくるのは今度はちゃんとした紳士だった。

それが更に彼女の自尊心を満たす。

(まぁなかなかの男ね)

一瞬で上から下までをチェックした彼女は面に笑みを湛えた。

「ええそうですわ」

「あなたのその白魚のような美しい手にあるグラスをわたしにいただけないでしょうか?先ほどは給仕の男に飲ませてしまうのかとハラハラしましたよ」

「あら、このグラスに何が入っているのかおわかりですのね?」

「いただけないのですか?」


オルガはもったいぶるように考える仕草をしてみせた。

簡単に手渡して安い女に見られるわけにはいかない。

何よりこのグラスを手渡したせいで今後恋人面されるのも困るのだ。

「今宵だけはあなたの恋人に……」

「仮初めの二人ということですわね」

向こうからこの場限りと言ってくれたのだから願ったりだ。

オルガはグラスを男に差し出した。

一気にグラスを煽った彼はにこやかに口を開いた。


「…………ごふっ……」


だが声を発する前に咳き込み、手から滑り落ちたグラスが割れて派手な音を立てる。

口から泡を吐いた男がオルガに手を伸ばした。

「ひっ!」

彼女は引きつった声をあげて後退る。

男がばたりと床に倒れこんだ。

異変に気づいた周りの貴族たちから悲鳴が上がった。


「いやああぁぁ!お兄様っ」

絹を裂くような声がして貴族たちの間から一人の女が飛び出してきた。

女は兄と呼ぶ男を膝に抱え上げる。

彼は泡を吹いたまま痙攣して意識がないようだった。

「お兄様に何を飲ませたの!?」

女がオルガに向き直る。

「わ、わたくしは何も――」

「嘘言わないでっ!さっきだってわたくしたちに嫌がらせをしたくせにっ!!」

鋭い目を向けてくる女は先ほどの給仕と話していた女たちの一人だと、オルガはやっと気がついた。


「わたくしちゃんと見ていましたものっ。お兄様に惚れ薬入りのお酒を渡すところ。惚れ薬に何か入れていたのでしょう!?給仕の彼に飲ませるつもりだったのが、受け取ってもらえなかったからとお兄様に……なんてひどい方なの?」

「違うわ」

「違いませんわ。あなた、あのオルガ様ですわよね?ではこれはシモン様がコマリ様と結ばれることへの腹いせですか?このような騒ぎを起こして祝賀も兼ねたこの舞踏会を台無しになさる気だったのね!!」

さざめく貴族たちから「コントゥラ子爵の娘?」、「ではコマリ様を妬んで……」、「恐ろしい」などと聞こえてくる。


ざっ、と貴族たちが割れて王宮の者たちが現れた。

「何事ですか?」

「ああ、お兄様を助けてください」

「これは――おい、すぐに別室へ。それから王宮医師を呼ぶのだ」

ぐったりとしたままの男が、数人の者に抱え上げられているのをオルガは呆然と見つめる。

「ここでいったい何があったのですか?」

「あの方が――」

女に指をさされたオルガは息を飲んだ。

違うという言葉が喉に張り付いて出てこない。

全員の目がこちらに向くのがわかった。


「オルガ様がお兄様に惚れ薬入りのお酒を飲ませて、そうしたらすぐにお兄様はお倒れに……こちらで配られた惚れ薬に、あの方はなにか恐ろしい薬を混ぜたのですわ」

 






* * *







大広間に劈くような悲鳴があがったとたん、ダンスを踊っていたはずのシモンはそこにいた誰よりも早く、コマリの手を引いて円舞の場を走り出していた。

テディをはじめ護衛が駆け寄ってくる。

「シモン様、コマリ様、こちらへ」

周りをがっちり守られ、先に王族用の扉に消えた両親や兄弟たちと同じように避難するよう促されたが、最初に大きく悲鳴があがったきりで、貴族たちが逃げまわっていることもないと彼は気づいた。


「わたしは少し様子を見る。おまえたちはコマリを安全な場所へ――」

コマリの背を押し出そうとしたら腕を掴まれてしまった。

「わたしもここにいる」

「何があるかわからない。コマリは避難を」

「じゃあ今晩の約束反故にする」

う、とシモンは言葉に詰まった。

やっとというところまでこじつけたのに、それはないだろうと言いたい。


(しかし何か大事であればそれどころではなくなる……)

いや、でも、と瞬間的に悩む彼に向かってコマリは左手首にある腕輪を見せた。

「危ないと思ったらちゃんと逃げるし魔法石もあるでしょ?」

「それはそうだが」

「それにこうやって騒ぎを起こしてこっちに人を呼び寄せて、実は逃げた先のほうに怪しい人がたくさん潜んでたりするかもしれな――」

「オロフ、トーケル。父上たちの安全の確認を」

彼女の台詞に被せるようにシモンは命じる。


「「はっ」」

返事と共に走り去る二人をコマリが驚いた様子で見送った。

「えっと……」

「コマリは本当になんと聡明で頼もしいのだ。あらゆる可能性を考えてわたしに指し示してくれる」

「いや、今のは思いつきでね。映画とかドラマでよくある手口だし……」

「おまえたちもコマリを見習うようにな」

テディをはじめリクハルドとグンネルが「御意にございます」と頷くと、コマリは苦く笑った。

「まぁ役に立てたなら良かったかな」

「コマリはわたしの側を離れないようにしてくれ。騒ぎがあったのはあそこだったな」

「シモン様、わたしが先に参ります」


危険を回避するために目を光らせるテディが行く後を、シモンはコマリを伴いついていく。

リクハルドとグンネルが左右に分かれ、こちらもすぐに動けるようにと、張り詰めた緊張感が伝わってくる。

貴族たちが大きく割れ、給仕姿の男たちが見えた。

舞踏会の警備をしていた騎士団員だろう。

数人で口から泡を吹く男を抱えあげている。

他に娘が二人いた。

一人はオルガだとシモンはすぐに気づく。

もう一人の娘に指をさされ彼女は言葉を失くしているようだ。


「――惚れ薬入りのお酒を飲ませて、そうしたらすぐにお兄様はお倒れに……こちらで配られた惚れ薬に、あの方はなにか恐ろしい薬を混ぜたのですわ」

倒れた男の妹らしい娘の言葉にシモンはピクと反応した。

毒を盛ったのか?

いったい何のためにそんなことを。

運ばれていく男を目で追っていた妹がシモンに気づいて走り寄ってきた。

テディが彼女を抑える。


「シモン様、ああどうか、どうか兄をお助けくださいませ。お願い致します」

「王宮医師に最善を尽くすよう伝えよ」

男を運ぶ騎士団員に命じると、テディの腕の中に崩れるようにして娘が涙を見せた。

「ありがとうございます、シモン様。ありがとうございます」

そこへ貴族たちを掻き分けコントゥラ子爵が飛び出てくる。

「オルガ、おまえいったい何を――」

が、シモンを見つけ蒼白になって立ち尽くしてしまった。

代わりにシモンが続ける。


「オルガよ、わたしも知りたい」

オルガがゆるゆるとこちらに顔を向けた。

「そなたは先ほどの者に毒を飲ませたか?」

彼が「毒」と言った瞬間、周りの貴族たちから小さく悲鳴が上がった。

「わ、わたくしじゃありませんわっ!」

金切り声をあげてオルガが突進してきた。

今度はリクハルドが押しとどめた。


「違います、シモン様。わたくしはなにも――惚れ薬は給仕の男にもらったのですわ。きっとあの男が仕組んでわたくしを填めたのです!信じてください、シモン様っ!!」

「あの男?」

「ペッテル……ええそう、ペッテル・ゲッダと申していましたわ」

オルガがその名を出したことで、シモンをはじめその場にいたペッテルを知る誰もが息を呑んでいた。

「まさか」とコマリの小さな声が聞こえる。

テディの腕の中で泣き崩れていたはずの娘が涙を拭いながら言った。


「いいえ、シモン様。オルガ様はわたくしと友人が、給仕の彼と話をしているのがお気に召さなかったようですし、彼から渡された惚れ薬に混ぜ物をする時間も充分にありましたわ。それにオルガ様は最初、彼に毒物入りのお酒を飲ませようとしていました。わたくし、しっかり見ましたもの」

それを聞いてオルガが彼女を振り返り叫んだ。

「わたくしが使用人に惚れ薬を飲ませるわけがないでしょう!覗き見のような真似をなさるなんてなんて卑しいことっ。シモン様、あんな女の言うことを真に受けないでください。わたくしは無実ですわ」


「違います!給仕の彼が飲むのを断ったから、声をかけてきた兄に飲ませたのですわ。オルガ様はシモン様とコマリ様の仲を妬んで、この舞踏会を台無しにしようと――」

「お黙りなさい!あなた、さっきから聞いていればわたくしを侮辱するのも甚だしいわ。いったいどういうつもりなの?もしかしてあの男と共謀してわたくしを犯人に仕立て上げるつもりねっ。シモン様、あの者もきっと仲間ですわ。先ほど運ばれた男の妹というのも怪しいものです。捕らえてお調べくださいませ」


オルガが言い争う娘を指さしヒステリックに声を張り上げる。

指をさされた娘は「まぁ、なんてひどい」と、またさめざめと泣き出す始末だ。

(これではどちらの言い分が正しいのかさっぱりわからない)

ともかく給仕をしていたらしいペッテルも呼んで事情を聞くしかない。

「シモン様、どうか信じてくださいませ。わたくしは本当に何もしておりません」

リクハルドを振り切って駆け寄ってきたオルガを、シモンはとっさに両手を伸ばして押し止めた。

でなければ抱きつかれていただろう。


「オルガ様、落ち着いてください」

リクハルドが慌てて彼女を引き剥がす。

「わたくしを憐れとお思いならお情けを――」

「あのっ!」

声と共にペッテルがシモンの前に現れた。

彼を見たオルガが目を剥く。

「おまえっ、どういうことなの!?わたくしにいったいなんの恨みがあってこんなことっ」

「俺……わたしは確かにオルガ様に惚れ薬をお渡ししました。でも毒なんて入れてません」

「嘘おっしゃい。あの娘と手を組んでわたくしを陥れようとしているくせに。さあシモン様、犯人が揃いましたわ。早くあの者たちを取り調べてくださいませ」


ペッテルはテディに支えられている娘を一度見てから首を振った。

「あの方にお会いするのは今日が初めてです」

「まぁ、しらばっくれるつもり――」

「オルガ、しばらく黙るがよい」

きんきんとしたオルガの声がわずらわしくなったシモンは、彼女を一瞥してからペッテルに向き直る。

彼は表情を強張らせていたが、しっかり顔をあげて逃げる素振りも見せていない。

そこへまた、見知った顔が貴族の間から出てきた。

ペッテルの同僚であるヴィゴだ。


「シモン様、いまペッテルが持つ惚れ薬はわたしが彼に渡したものです。彼を怪しむのであれば惚れ薬を渡したわたしも同様ということです。ですからわたしのこともお調べください」

仲間の台詞にペッテルが「なんで出てくんだよ」と顔を顰める。

その言葉から彼はヴィゴのことを話すつもりはなかったとシモンは気づいた。

余計な疑いをもたれないようにするためだろう。

仲間を庇うペッテルがオルガを填めたとは考えにくいが――。


「他にこの件に関わっている者はおらぬな?」

しんと静まる大広間を見回したシモンは給仕姿の騎士団員へ目を向けた。

「関係者全員から事情を聞くしかないだろう。彼らを第一来賓室へ連れて行け」

「は」と騎士たちはそれぞれに散って、関係者とする者たちの腕を取った。

「シモン様っ、わたくしは被害者ですわ。これでは犯人扱い――」

「オルガ、わたしは先ほど黙っているよう言ったはずだ。ここから先、尋ねるまで口を開くな」

オルガの顔がわずかに歪んだ。

屈辱だったのかわなわなと震え、顔が真っ赤に染まっていく。


「お、おやめくださいシモン様!娘にこのような仕打ちはあんまりでございます」

立ち尽くしていたコントゥラ子爵が騎士に連れて行かれる娘を見て我に返ったのか、懇願してくるのをシモンは一蹴した。

「そなたの娘が深く関わっていることは事実だ。話を聞かなくてどうする。安心しろ、わたしも同席する」

そのまま後ろに控えていたコマリを振り返ると、グンネルに守られた彼女は何か言いたげな様子をしていた。


「ここより先、コマリは王族塔へ戻っているようにな」

「シモン、ペッテルは違うと思うの。ヴィゴももちろん――」

「コマリ、私情を挟むことはできない」

悲しげな顔になったコマリはそれ以上何も言わなかった。

彼女の頬に優しく触れると弾かれたように見上げてくる。

「だが、わたしもそう願う――グンネル、リクハルド、おまえたちはコマリを王族塔へ。二人に護衛は任せる。テディはわたしと共に来い」

歩き出すシモンの後ろにテディがつき従う。


大広間を出る間際にゲイリーが現れた。

「ゲイリー?どうした?」

「この舞踏会はおまえとコマリの祝宴も兼ねていたのだろう?そしてわたしはコマリの専属魔法使いのはずだ。彼女に関わりがありそうなことが起こったなら、事態を把握しようとして当たり前だろう。同席させてもらうぞ」

「頼もしいことだが、もう一人はどうした?」

「ジゼルと共にコマリの側につくと言うから任せた。人を和ませるのはあいつの方が向いている」

仲が悪いくせに互いのことはよくわかっている、とシモンは常日頃から彼らを見て思っていた。

そしてコマリという存在が二人の衝突を緩和している。

以前とは違うかもしれないが、また新たな形で関係を築いていっているようだと感じた。


「お待ちください、シモン様」

廊下を歩くシモンを呼び止める声が背後からして、振り返れば色白の青年が立っていた。

お仕着せの給仕服を着たその顔もまたシモンは知っている。

「クレメッティか。なんだ?」

「はい。シモン様にお伝えしたいことがございます」

「申してみよ」

「ペッテルの隙をついて誰かが彼の器に手を伸ばしているのを見ました。惚れ薬を取っているのかと思っていましたが、もしかして第三者が毒入りの惚れ薬を器に入れたのではないかと――」


「なんだと?相手は見たのか?」

「いいえ、そこまでは。なにぶん人が多すぎましたから。ですがペッテルならば無意識にでも怪しい人物を見ているのではないでしょうか?」

これは有力な情報を得たのかもしれない。

「よし、クレメッティも共に来い」

「はい」


舞踏会はこれでお開きになるだろう。

このような事件が起こっては、自分とコマリの仲を認めない輩がいると、今日の出席者に周知してしまったことになる。

(これもコマリを狙う者の仕業か?)

それとも別の者か。

どちらにしても頭が痛いことだった。

再び歩き出すシモンは続く廊下を厳しい表情で見つめた。

 


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