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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
80/161

歓迎

空が夕闇に染まる。

護衛の二人を御者にゆっくりと王宮を目指す馬車の中は、小さな明かり玉のおかげで柔らかな光に包まれていた。


シモンの隣で服のポケットを探っていた小鞠は手に触れたそれを取り出した。

「足になんか当たるって思ったらポケットに――あ、見て、お花がモチーフの首飾り。真ん中の石に光が当たったら星みたいに光ってるし、なんだかとっても豪華だよ。青い石の付いた金の首飾りってこれ、シモンの色ね」

両手で首飾りを目の前に持ち上げうふふと笑う。


「石に六条の光の筋が出ているし、それはスターサファイアではないのか?」

「え!?これ、イミテーションじゃなくて本物なの?そんなのいったい誰が――」

馬車の中の空いた空間は花でいっぱいだった。

シモンの金山で彼女が摘んできたわけではなく、いつの間にか勝手に花が溜まっていったのだ。



最初はシモンの金山で泉に泳ぐ金魚の脱皮を見ていたときだった。

背が破れて出てきた魚は稚魚になっていて、金色の抜け殻が泉の底に触れてさらさらと形を崩し砂金に変わる。

脱皮後現れた稚魚は乳白色に変わっいて、金魚・銀魚・銅魚のどれに育つかは、まだこの段階ではわからないらしい。


小鞠がシモンにそんな説明を受けているとスカートの裾を引っ張られた。

振り返っ手も誰もいなくて足元に花だけ残されていた。

ボーに「ブラウニーが来ていました」と言われ、誰かと尋ねれば妖精だと教えてくれた。

その次はユニコーンを眺めているときだった。

なぜかシモンやボーは激しく威嚇され、小鞠一人でユニコーンに近づくと、木の上から花が降ってきた。

驚いたユニコーンが逃げてしまい、花を降らせたのは誰の仕業かと木を仰ぎ見たが、やっぱり何もいなかった。

「いたずら好きのピクシーでしょう」と言ったボーは、ピクシーも妖精だと教えてくれた。


「どうして妖精がお花をくれるのかしら?」

「カッレラ王国へ来たコマリ様を歓迎しているんでしょう」

「歓迎?嬉しいけど、ならどうして姿を見せてくれないの?これじゃあお礼が言えないわ」

「礼ですか?ではいまおっしゃればいいですよ。聞いていますから」

「え?側にいるの?」

きょろきょろと周りを見回しても三人以外誰もいない。

疑わしく思ってボーを見つめれば、心外なという顔になって小鞠とシモンの後頭部辺りを見上げた。


「ほら、レプラカーンが来てますよ」

瞬間、頭の上からザーっと何かが降ってきた。

「わっ。な、なに!?砂?えっ砂金!?」

日の光に煌く粒が金だとわかって驚きながら、すぐに宙を振り返ったがそこに何もおらず、シモンが笑いながら頭をはたいてくれた。


「確かに一瞬レプラカーンが見えた。ボーの言うとおり周りに妖精たちがいるようだ。森……の守護者の歌の話が広まっているということだし、コマリを見に来ているのかもな。たぶん皆、コマリの驚く顔が見たくてこのようなことをしているのだろう。妖精はいたずら好きだから」

「いたずら?本当そんな感じね」

笑いながら自分でも頭をはたくと金の粒が零れていく。

それにしても太っ腹な贈り物をしてくれる妖精もいたものだ。

などと思っていたら砂金は幻のように消えてしまった。


「魔法で出来た砂金だったのかな?」

「いや本物だろう。金貨が一枚消えずに残っている。レプラカーンは黄金好きで誰かに譲ることはないのだが……薔薇の花が浮き彫りされているな。それによい香りだ」

シモンに手渡された金貨を鼻に近づけると、彼の言うとおり花の香りがした。

小鞠は何もいない空間へ目を向ける。


「えっと、周りにいるんだよね?贈り物をありがとう。それにこんなに楽しいいたずらは初めて。わたしの世界じゃ妖精はおとぎ話の中にしかいなかったの。いま近くにいるなんて夢みたい。お話だといろんなタイプの妖精がいたけど、本物はみんな、とても優しいのね。それがわかったのも嬉しい」

お礼を述べた後、隣のシモンを見上げた。

「シモンがカッレラは豊かで住みやすいって言ってたけど、それ以上に面白くて楽しくて素敵な国ね」

彼女の言葉に嬉しそうに笑ったシモンの顔が近く。


だが唇が触れる寸前、

「むっ」

花が割り込んで二人のキスを遮った。

妖精のいたずらだろうか。

小鞠はこれ幸いとシモンを押しのけ素早く離れる。

赤い顔をしている彼女にボーが言った。


「わたしのことは気になさらずに」

「無理。それに見えなくても周りに妖精たちもいるんでしょ?」

「こういう照れ屋なところもまた可愛いだろう」

「さようで」

呆れたのかなんなのかボーは一言で済ましただけだった。


そのあとも姿は見せないが妖精たちは入れ代わり立ち代わりやってきて、夕方、金山を後にする頃にはすっかり花だらけになっていたというわけだ――。


(金貨やお菓子をくれた妖精もいたけど……スターサファイアって珍しいんじゃなかったっけ?)

しかもこんなに大きなもの、すっごく高い気がする。

この首飾りは妖精がどこかで購入してきたんだろうか。

(妖精が宝石店でお買い物?……い、イメージできない)

じゃあどうやって手に入れたのかと考えるのが怖い。


あわわと小鞠が首飾りを見つめていると、隣から覗き込んでいたシモンが言った。

「それはボーからだと思うぞ。花びらに施してあるような細かな透かし彫りが得意であったし、コマリが青色や金色を見るたび、わたしの色だと言っていたのも聞いている。だから金にサファイアの首飾りなのだろう。妖精たちは花で合わせているのだろうが、ボーも花の首飾りを贈ってくるとは意外だな」

「こういうことをする奴だったのか」とシモンがおかしそうに口の端を綻ばす。


「ボーが作ったの?よかった……って、よくない!いくらなんでもこんな高価なものもらえない」

「王国はボーと、守人をしてもらうかわりにあの地で取れる鉱物は好きに使っていい、と契約しているそうだ。だからそう気にすることはない」

「あそこの金銀宝石を好きに?なんて太っ腹な雇用形態。あ、ボーは大魔法使いだから破格の待遇ってやつなのね」

「……その誤解はいつまで続くのか」

そっかと納得していた小鞠には、笑いを滲ませたシモンの呟きがよく聞こえなかった。

「何か言った?」


いいやとシモンが首飾りを取って小鞠につけてくれた。

服の衿を少し広げて満足そうな様子になる。

「ああ、よく似合う。ボーが自作の品をくれるのは気に入られた証拠だ。依頼してもなかなか作ってくれないのだぞ」

「そうなんだ。ボーって工芸技術にも優れてるのね。でもこれ、本当にもらってもいいの?」

頷くシモンが彼女の横髪をかきあげた。

「揃いの耳飾りをボーに頼んでみようか。コマリのものならば引き受けてくれそうだ」

「え!?これで充分だから。ね、シモン。ええとそれよりお礼。うん、ボーにお礼言わなくちゃね。……一体、いつの間にポケットに入れたんだろ?」


不思議がる小鞠のむき出しの耳に、シモンが唇を寄せてくる。

「礼か。またあそこにも連れては行くがわたしも仕事があるし当分先になる。気になるのならばエーヴァに代筆を頼んで礼状を出してみてはどうだ?」

艶を帯びた低い声音が直接鼓膜に届いて小鞠はびくりと肩を竦める。

(や、やばい。馬車って密室だった。しかも花と明かり玉の光がムーディな演出を……)

耳殻を食まれて彼女は手を突っぱねながら身を引いた。


「なんで噛むの!」

「コマリが可愛くてつい。甘噛みだったろう?」

つい、だとう?

「犬かっ!このエロ王子っ」

「いつもコマリに「待て」と命じられるし、いっそ犬も良いかもしれないな。コマリだけの忠犬となろうか」

逃げたはずが狭い馬車にいては簡単に腕の中に捕らわれる。

再び耳に彼の唇が触れて、直後に舐められた。


「ちょ、舐めないで、馬鹿ワンコ」

「噛むなと言うからだ。それに犬は大好きな飼い主を舐めて親愛を示すものだ」

笑いを含むシモンの声にゾクゾクする。

耳孔に舌が差し込まれ濡れた音に羞恥が募った。

「耳以外も舐めてみようか」

囁く声が愉しそうで、ん、と覗き込んでくる彼を睨んだのに、動じることもなく指先で唇をなぞられた。

腹立ち紛れに指に噛み付くと、そのまま奥に入ってくる。

「そんな本気じゃない噛み方じゃ逆に誘われてるみたいだぞ?」

「っ……」


シモンの指に舌を撫でられて小鞠は焦って顔を背けた。

「さっきからエッチぃことばっかり!」

「コマリに早くわたしに慣れてもらおうと仕方なく――」

「嘘つけっ!こういうときのシモンはいっつもノリノリじゃない」

そうか、と悪びれもしない余裕たっぷりな態度が憎たらしい。

(この顔~~~。前に見たフェロモンだだ漏れのエロエロシモンだ)

澄人にセミヌードを見られて、同じように体を見たいとシモンに言われたのをつっぱねたら、キスをねだられた。

(そういえばあの時もいまみたいに指で唇をなぞられた……っ、うひゃぁぁぁー!)


彼女の口に含ませた指をシモンが舌先で舐る。

恥ずかしくてたまらないのに目が離せなかった。

エロいのにカッコイイ!……って違ぁう!!

シモンに魅せられ、あうあうと言葉を失う小鞠はこれ以上ないくらい顔が熱く感じた。

きっと今、ありえないほど真っ赤になっているのだろう。

ちくしょおぉぉ、なんかいろいろ絶対見透かされてる。

こっちがあたふたしてるのを見て、楽しんでるようにしか見えないじゃないかっ。


再び唇をなぞられシモンが顔を近づけてくる。

「わ、わたしがシモンの色を見つけるたび照れた素振り見せるけど、あれ嘘でしょ!」

唇が触れる間際、こう言ってやると彼の動きが止まった。

「いきなり何を言い出すのだ?」

「前は誤魔化されたけど、本当はやっぱり周りから賞賛の嵐なんだ。シモンって絶対自分が格好いいってわかってるでしょ!だから自分の見せ方とか、エロカッコイイ仕草とかもわかってるんだ!!確信犯め」

「は?愛するものに口づけるのは当然の行為だと思うが。それと確信犯は何の関係があるのだ?」

「とぼけないでよ。からかってるくせに」


シモンは考える素振りをみせて、

「からかう?……ああ、もしかして故意だと言いたいのか?」

思い当たったのかこう尋ねてきた。

「え?」

「だから、コマリはわたしがわざと――故意にやっていると言いたいのだろう?確信犯とは周りから見て間違いであっても、本人が自らの信念を貫くため正しいと確信して行為をなすことを言うのだ」

「へ、そうなの?」

「意味を取り違えていたのだな。何を言っているのかと思ったぞ」

「シモンって物知り……あっ!話を逸らして、また誤魔化そうったってダメだからねっ」

「そんなつもりはない。わたしがコマリに触れるのは愛情表現であって、けしてからかってなどいないのだ」


大真面目に言われた台詞がストレートすぎて言葉に詰まった。

「愛じょ……もー、またそういうことを恥ずかしげもなく言う。フェロモン垂れ流して誘惑しないでよ。わかっててもこの笑顔にときめく自分が情けないぃぃー」

シモンの頬を軽く抓って彼女はむぅと口を尖らせる。

「ほっぺ引っ張ってみてもそこまで変顔になんない。ていうかなにしても無駄に煌いて見えるのが悔しいぞ、こんちきしょう!」

頬を放してそっぽを向くと、プ、とシモンが吹き出した。


「勘違いでなければ、わたしはいま、コマリに熱烈な愛の告白を受けているのだろうか?」

「はぃ!?告白の言葉なんて一個も言ってないもんっ」

「いやでも先ほどから、好きだ、好きだと言われてるようにしか聞こえないのだが」

「だから言ってないっ!!」

向きになって言い返すとシモンは笑いながら頭を撫でてきた。

「コマリがわたしの色を見つけてくれるたび、どこかむず痒い気がするのは本当だ。だが嬉しくもある。それだけコマリがわたしのことを考えてくれていると感じるからだ」

ちゅ、と頬に唇が触れ「愛している」と耳にいつもの告白が届いた。


「それに、誘惑はするに決まっている。わたしのほうこそとっくにコマリに魅せられているのだ。同じようにコマリもわたしに嵌まって離れられなくなればいいと、必死になっているのだぞ?」

「余裕な顔してるのに?」

「無様な姿をコマリに見せたくはないからな。格好くらいつけさせてほしいが――それは成功していたということか?」

瞳を覗き込まれた小鞠は甘い微笑みに息が詰まった。

(わたしだってとっくにシモンに嵌まってるわ)

シモンの頬を挟んで引き寄せる。

一度、触れるだけのキスをすると、彼を真似て青い瞳を見つめた。


「成功してるから困ってたの」

「それはよかった。じゃあもっと誘惑されてくれ」

再び唇が重なってすぐに離れた。

「二人のときだけね」

「恥ずかしい?」

「それもあるけど……誘惑中のシモンってなんかすごいんだもん。もし他の女の子に見られたら、きっとモテモテになっちゃう。だからダメ」

「……コマリしか誘惑しないというのに」


惹きあうように口づけたキスは先ほどまでと違い深かった。

シモンに舌をなぞられて、誘われるまま絡めると強く吸われた。

互いの舌が離れ、はぁ、と息をもらす小鞠の頬をシモンが指でなぞった。

「息が苦しかったのか?」

尋ねられた小鞠はどこか呆けたようにふるふると首を振る。

彼から離れがたく思って抱きつくと膝上に乗せられた。

「確かに二人のときにしか手は出せないな。コマリのこんな顔を他の男に見せてやるのは癪に障る」


こんな顔?

どんな顔だと思ったはずが、それもぼんやりする頭からすぐに消えた。

最近シモンとキスをすると、どういうわけか力が抜ける。

そのくせくっつきたくて仕方がないのだ。

「大好き、シモン」

呟いたはずがちゃんと聞こえていたらしい。

体に回された腕に力がこもるのがわかって、小鞠は幸せを感じながら目を閉じた。






* * *






馬車が軽く弾んだ拍子に、ぱた、とコマリの腕が落ちた。

シモンは抱きしめていた彼女を引き起こし苦笑を浮かべた。

(また寝てしまったか)

カッレラに戻ってから毎日、寝る前にコマリにキスするのが日課になりつつある。

キスの余韻からか抱きついてくる彼女は安心しきっていて、手を出すことも叶わず甘やかしていると、最近はそのまま眠ってしまうようになってしまった。


シモンは絹糸のような黒髪を愛しげに撫でた。

最初こそコマリが眠ってしまうのは、男として意識されていないからかと情けなさが募ったが、近頃これは彼女の不安の表れかもしれないと思うようになった。

寝言でキクオとカンナを呼んだのを聞いたとき、笑顔の裏の寂しさを知ったからだ。

「朝が早かったから疲れたな」

眠るコマリに語りかけ横顔にシモンは口づけた。


それから数十分後、王宮へ到着したシモンは、寝ぼけるコマリをなんとか部屋まで連れて行った。

着替えさせることは不可能と判断して、服のまま彼女をベッドに寝かしつける。

見計らったように寝室の扉を叩く者があった。

扉をあければ、今日一日、護衛を務めたテディが立っていた。

オロフと共に今日はもう仕事をあがるよう伝えたはずだったが。


「お邪魔をして申し訳ございません」

「良い、コマリはすっかり夢の中だ」

うーん、と寝返りを打つコマリの声がしたため、一瞬そちらへ目を向けたテディが笑いを滲ませた。

「……何も言うな」

「はい」

「で、何用だ?」

質問するとテディが表情を改める。

「国王様がシモン様をお待ちとのことです」


嫌な予感がシモンの胸に浮かんだ。



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