光の正体
目を覚ました小鞠は、数秒遅れて動き出した頭をフル活動させながら身を起こした。
「えーっと、ここって……」
窓から差し込む淡い光がレースのカーテンを通って暗い室内を照らし、そこに物があるという程度には見える。
程よい反発のある寝心地の良い広いベッドの周りには、向こうが透けて見える薄い布が下りていて、頭の上を見上げれば天蓋があった。
「そっか、カッレラに来たんだっけ」
チェストや鏡台などの調度品と、そして壁には大きな絵画が飾られていて、小鞠にここはどこであるかを気づかせた。
室内には誰もいない。
「明かりを」とシモンの真似をしてみたが、予想通りやっぱり部屋は明るくならなかった。
なんだか心細くなって小鞠はベッドを抜け出ると、見えた扉を開けて中を覗き込んだ。
が、そこも薄暗くソファやテーブル、書棚やキャビネットなどがあるだけで人の気配はない。
「シモン……」
呟いて扉を閉めた小鞠は反対側の壁にも扉をみつけたが、誰もいない気がしたため近づくのはやめた。
かわりにぼんやり明るい窓に目を向け、白いレースのカーテンを開けて目を見開く。
中央の噴水がまず目に入り、周りには視界を埋め尽くすほどの樹木と花が咲き乱れて、宙に赤や青や、黄色にピンクといろんな色の小さな光が飛び交っている。
思わず窓を開けて小鞠が外に出ると、順応無尽に舞っていたはずの光が動きを止め、すぐに樹木の中に消えていくのを見た。
蛍、じゃないよね?
もっと大きかったし明滅もしてないし。
光の中に何かいたように見えたけど……虫じゃなくて生き物?
「あっ、みっけ」
噴水の人工池の淵にオレンジの光を見つけて小鞠が近寄ると、消えそうなほどわかりにくかった淡い光が一気に濃くなった。
そのことに驚いて足を止め逃げた方が良いかと迷ったが、光の正体がなんなのかという好奇心に負けてしまった。
だって木の葉っぱの裏や草の陰にもやっぱり、輝きを落とした光があって、なんだかそれらはこっちを窺っているように感じるのだ。
(仲間の心配してるのかな。もしかしてわたし、怖がらせてる?)
小鞠は目線を低くするようにその場にストンとしゃがみこんだ。
視線の位置が人工池の淵と同じくらいになった。
魔法石を持っているから言葉は通じるだろうか?
というより人以外の生き物に言葉が通じるのかも疑問だ。
「えっと、驚かせてごめんね。何もしないよ」
しんと沈黙が流れ小鞠は再び語りかけてみた。
「あなたは誰?わたし、この世界に来たばかりでここのことよくわからないの。だからあなたへの接し方もわからなくて――怖がらせちゃったのかな?それとも怒ってるとか?」
またしても静寂が広がるばかりで、彼女は自分が独り言を呟く危ない人のような気がしてくる。
人の言葉はわかってくれないのかもしれない。
「すごくきれいだったからつい部屋から出てきちゃったんだけど、んと、部屋に戻るね」
立ち上がりしな、何気なく視線を向けた夜空に小鞠は「わぁ」と感嘆の声を洩らした。
地球の月の10倍はあろうかという大きな三日月と、宝石をちりばめたような色とりどりの星が、空いっぱいに瞬いている。
「こんなにはっきり星の色がわかるなんて嘘みたい。緑の星って初めて見た。あ、あのオレンジの大きな星は、あなたの色みたいね」
言いながら噴水を見つめなおすと既にそこにはオレンジの光はなく、近くの木に向かって一直線に飛んでいっていた――はずが、彼女の最後の言葉にピタと動きが止まる。
(あれ?止まった。なんで?もしかしなくても言葉が通じてる!?)
濃いオレンジの光が淡い光に変わり、また濃くなってすぐに淡くなる。
小鞠はじーっとオレンジの光を観察し、点滅がなんだか葛藤しているようだと感じて、試しにもう一度話しかけてみた。
「もしかしてあなたって星の精?だからあなたも仲間も、そんなにきれいな光を纏ってるの?人に見られちゃダメだったとか?」
慌しく点滅していた光がおさまる。
そして淡いオレンジの光がふよふよと小鞠の元へ飛んできて目の前で静止した。
光を落としてくれたおかげでその姿が見える。
えっとなんですか、この掌サイズの光る生き物は。
光と同じオレンジ色の小さな馬の背中に花びらのような羽があるんですが。
(ていうか、馬、でいいんだよね?)
小鞠が知る馬より耳が大きく足が寸胴で蹄の先が割れているけれど。
体の中心から外に向かって光ってるんだ。
それにこの立ち姿、なんというかカメラ目線ちっくにポーズ決めてない?
なんだか可愛らしいと小鞠は笑いながら質問する。
「んーと、お星様の妖精さんじゃなくてお花の妖精さん?だってほら、あのオレンジの花、あなたの背中の花びらみたいな羽とも似てるし同じ色よ?」
彼女が指す花を見たその生き物はとたんにくるりと宙を一回転して、小鞠の周りを飛び跳ねた。
あ、なんか嬉しいみたい。
褒められたと思ったのかな?
「ん?あれ?……他の子も出てきたの?」
それぞれの淡い光の中に光と同じ色の馬の姿があって、やっぱりおなかの奥から輝き、背中には花びらのような羽がある。
よくよく観察してみれば鬣や花びらの羽はそれぞれ長さや形が違っているようだ。
「あなたの羽は八重なのね。ホントのお花がついてるみたい。あ、鬣がきれいなストレート。あなたは白い尻尾が自慢なの?」
小鞠は整列している小さな光る馬を順に褒めていく。
(ど、どうしよう。もうこの子たちすんごい可愛いんですけど――お部屋につれてかえりたい。っていうか触りたい)
あのね、と小鞠が声をかけると整列している馬たちが彼女を見た。
「触っちゃ駄目?」
すると彼らは一斉に首を振った。
「えー、駄目なの?こんなに可愛いのに~」
小鞠が可愛いと言ったとたん、馬たちが彼女の腰の辺りに向かって飛んで、興奮したように前足でズボンのポケットを指す。
「え?なに?」
ポケットを探ると魔法石が手に触れた。
小鞠がそれを取り出したとたん、彼らはズザっと一定の距離をあけて後退った。
「魔法石が怖いの?どうして?」
すると彼らは地面に舞い降り、小石の側に整列するとそれに近づいて触れる真似をし、すぐに跳ね飛ばされるかのように後ろに飛んだり、倒れたりをしてみせた。
「えーと、魔法石に触ったらあなたたちが怪我をするの?え?違う?――あ、じゃあ近づけないとか」
彼女が屈んで質問すると、そう、とばかりに全員が頷く。
「だから魔法石を持っているわたしにも触れられない?」
そうそう、と首が縦に揺れた。
「なら魔法石を遠くにおいておけば大丈夫よね?」
その質問に彼らは、うーん、と迷うような仕草を見せる。
オレンジに輝く馬が一歩飛び出てコマリの目の前に飛んだ。
羽の形や尻尾のふさふさ感からして、最初に近づいてくれた妖精だ。
前足で小鞠と自分を交互に指したあと、先ほど魔法石に見立てた小石の側へ行き、それを後ろ足で遠くへ蹴った。
オレンジの馬の前に他の馬が整列し、順に近づいてはオレンジの馬とじゃれあう。
(これ、なんのコントだろ……)
しばらく様子を見ているとオレンジの馬が徐々にぐったりとしはじめ、最後の馬とじゃれたあと地面に倒れてしまった。
(終わりかな?)
オレンジの馬がぴょいと立ち上がって、小鞠の前まで飛んでくると何度も首を横に振る。
「今のはなんのジェスチャーだったの?」
困って他の妖精を見ると、ラインダンスのように一列に並びバタバタと倒れていくのを繰り返していた。
「倒れる……魔法石を遠くに置いたらわたしが倒れるって言いたいの?」
そう小鞠が質問したところで背後から大きな声がした。
「コマリっ!?森喰いに近づいていは駄目だ!!」
鋭く響くそれはシモンの声だ。
彼の大声に妖精たちは一斉に宙に飛ぶと体に纏う光の色を濃くした。
「あ!待って、あの人は悪い人じゃないの」
「コマリっ、無事か!?」
走りこんできたシモンが小鞠を抱き締め、光る妖精を手で払う仕草をしたため驚いた。
「ちょっとシモン!何やってるの!?ダメ」
「森喰いに精気を奪われすぎれば下手をすると死んでしまう」
「え!?」
「今日はこのあたりが彼らの食事場だったか――森喰いは森の妖精で植物の精気を好んで食べるのだ。森や山が育ちすぎないように荒れないように、豊かに保ってくれるが、誤って近づいた人や動物からも等しく精気を奪う。王宮では庭の手入れも兼ねて森喰いを呼び込んでいるが、本来は人に害を成す妖精として、この世界では人里にいれば駆除することになっている」
「駆除!?こんなに可愛くて素直な子たちなのにっ!?」
「確かに姿は翼のある馬のようで可愛らしいとも取れなくはないが――素直?人にはこのように警戒色を向けて威嚇してくるのだぞ?」
「それはシモンがそんな虫を追っ払うみたいに手を振り回すからでしょ!ダメったらダメっ。やめてシモン!」
シモンの腕を掴んで押さえ込み、小鞠は宙を飛び交う彼らへ目を向けた。
「ごめんね。あなたたちが悪い子じゃないってシモンに見せたいから、言うことを聞いてくれる?」
「コマリ?森喰いが人の言葉を聞くことはない」
「そんなことない。さっきはちゃんと聞いてくれたの。いいから見てて。えーっと、整列してくれないかな?」
ぶんぶんと勢いよく飛び回っている光に呼びかけるが、警戒色と言われる濃い色が薄れない。
コマリは少し考えてから再び口を開いた。
「今みたいに素早い動きは流れ星みたいにきれいだけど、それじゃああなたたちの格好いい姿を彼に紹介できないでしょう?だからここに並んでくれたら嬉しいんだけど」
ぴたと光の動きが止まった。
(なんだか扱いのコツをわかった気がするなぁ、わたし)
数秒あって妖精の纏う光が淡く変わる。
コマリの隣に膝をつくシモンが驚いているのがわかった。
「ここに順番に並んでね。誰が一番?」
小鞠が指で並ぶ場所を示すと、びゅん、と光が集まって一列に並んだ。
最初に並んだ青い妖精が胸を張るようにして前足で地面をかく。
「きれいなブルーの妖精さん。なんだかシモンの瞳の色みたい」
クス、と小鞠が笑うとシモンを見上げた妖精は、羽を揺らして彼の前に飛んだ。
宙を歩きながらじろじろとシモンを見つめていたが、次の瞬間、尻尾を揺らしてキメポーズをとると、フンと彼にそっぽを向いて素早く小鞠の前に舞い戻る。
「なんだか馬鹿にされたようなのだが」
「あんな邪険な扱いをさられたらやっぱり腹が立つだろうし」
小鞠の言葉に彼らがうんうんと頷いたためシモンは目を丸くした。
「本当に人の話を聞くのか?では……こちらに並んでくれるか?」
シモンが自分の前の地面を指差したが、彼らは鬣を手入れしたり体を揺すったりと、思い思いに遊ぶだけで動こうとはしない。
シモンになぜだというような視線を向けられて小鞠は困ったように笑った。
だから怒ってるんだってば。
「えっと、精気を奪われるってシモンの話とさっきのあなたたちの様子からして、もしかしてあなたたちは生き物の側にいるだけで自然に精気を奪っちゃうの?」
シモンのことは無視していた妖精たちが、小鞠の問いかけには一斉に顔をあげて、うん、と頷く。
「じゃあわたしが魔法石を持たなかったら魔法の守護が消えて、気づかないうちにあなたたちから精気を奪われて危険だって、そう教えてくれてたのね?」
うん、とまた首が動いたため小鞠は「ありがとう」と微笑み、魔法石をポケットにしまう。
「ああそうか、コマリは魔法石の防御魔法で守られていたな。――ん?森喰いレベルの妖精でも、魔法石にかけられた魔法のことがわかるのか?というか森喰いがこのようにちゃんと、人の話を聞いてくれる妖精だと思わなかったな」
「あのね、シモン。この子たちの呼び方だけど森喰いってイメージ悪い。森を育ててくれるんだから森の番人とか守護者でしょ?」
小鞠がそう言ったとたん、光る馬たちはピクと反応して飛びはねた。
「ほら、森の番人がいいって言って――あれ?違う?じゃあ森の守護者?」
森の番人で、ううん、と彼らが首を振ったため、小鞠が森の守護者と言いなおすと、一様に首が縦に動いた。
「森の守護者が気に入ったようだな」
「うん、そうみたい。ねえ、さっき言ってた駆除っていうの、やめられないの?」
「いや、さすがにそれは――森喰……森の守護者が危険だと知らない子どもが、捕まえようと追いかけるうちいつの間にか精気を奪われ、意識が戻らぬまま死ぬことがあるのだ。森や山に帰せるようならそうしているが、普通は人が近づいてこのように警戒色を消すことはないし、おとなしく話も聞いてくれない。皆がコマリのように彼らの心を開けるわけではないのだ」
「それって、人間がこの子たちを害虫のように追っ払うからじゃないの?」
「え?」
「シモンもさっきやったじゃない。近づいたらダメって、問答無用で追い払おうとしたでしょう?でもわたしは逆。この子たちのこと何も知らなかったせいで近づこうとしたの。そしたら警戒色を向けるより驚いたように逃げられたわ。だからたぶんこの子たちだって人間のことが怖いんだと思う。だってほら、本当はこんなに人懐っこいのに、追い払われて近寄るなって目を向けられるんだもん。それって傷つくでしょう?だから……うん。見えない壁をお互いに作っているのかも」
小鞠が立ち上がるとつられたようにシモンも腰を上げた。
地面に整列していた光る馬たちが宙を駆け上がって、彼女を囲むように集まってくる。
「おいで」と手を差し伸べてみせれば順に掌の上に飛んで来てくれるが、魔法石の防御魔法を警戒してか、肌に触れないよう宙に浮いたままだ。
「近くにいても触れ合えない。それが人間とこの子たちとの間にある現実だけど、でも見方を変えれば、人間が魔法で守られてたらここまで近づけるってことじゃない?追い払う前に話しかけられるってことじゃないの?ね、シモン、最初はうまくいかないかもしれないけど、時間をかければお互い壁は消えると思う」
小鞠が傍らにあるシモンを見上げると、肩を抱き寄せた彼に突然口づけられた。
唇が離れて、うっとりとしたシモンの顔が間近に見える。
「どうしようか、コマリ」
「な、何が?ていうか何でいきなりキス――」
「森喰……守護者の光に囲まれたコマリが女神に見えるのだ」
「はい?」
また何を言い出すんだ、この男は。
才女、聖女、乙女ときて今度は女神ですか。
(シモンの愛魂マジックってどんどん酷くなってる気がする)
再び近づいてくる彼の顔をペチリと押さえて彼女は呆れたように言った。
「いい加減その濁った目をどうにかしてください」
「濁ってなどいないぞ。コマリの姿は輝いて見えるほど――え?痛っ、なんだ、イッ」
いきなり痛いと声をあげたシモンが振り返ったため小鞠にも見えた。
妖精たちが地面の小石を後ろ足で蹴り上げ彼にぶつけているのだ。
「あいたっ!何をするのだ。待て……コマリにまで当たったら――って、より狙いを定めてわたしに石をぶつけないでくれ。どうして怒るのだ。コマリはわたしの后となる女性だぞ。おまえたちのものではない」
シモンが「わたしの后」と言ったとたん礫攻撃が酷くなった。
イタタともらす彼を見るうち小鞠は笑ってしまう。
「ダメ、やめて。シモンが痛がってるでしょう?この人はわたしの大好きな人なの。だから意地悪しないで」
小鞠の台詞に彼らは顔を見合わせ、羽を揺らし宙を駆って彼女の目の前に整列すると、シモンを指して首を傾げる。
「嘘じゃないってば」
ふーんとばかりに今度はシモンの方へ歩いていき、上から下までをチェックするように眺め回すと、しぶしぶと言った様子で頷いた。
「合格、なのか?」
「たぶん。それより大丈夫?随分石をぶつけられてたけど。あれ、そういえばどうして魔法石の魔法にガードされなかったんだろ?」
「魔法石が防御するのは魔法攻撃と大怪我や命に関わるようなこと、そして持ち主を傷つけようとする悪意ある攻撃からだと聞いている。何もかもから持ち主を守るのは、逆に生活に支障があるだろうと」
確かに風邪を引いて注射しますって時に、針が刺さらなかったら困るよね。
あ、そういえば出会った当初、駅で看板が落ちてきたとき、破片でシモンが怪我をしたっけ。
擦り傷程度の軽傷は普通に負うってことなのか。
「今の彼らはコマリを奪われたと癇癪を起こしたのだろう。わたしを傷つけようというより、腹立ち紛れの八つ当たりだから防御魔法も発動しなかったのだ。――すまないな、おまえたち……いや他の誰にもコマリは渡せない。部屋で一人目覚めて不安であっただろう彼女をこうして慰めていてくれたことに礼を言う。ありがとう」
妖精たちはしばらくシモンを見つめたあと、小鞠に擦り寄る仕草をしてから順に舞い上がって、やがて樹木の奥に紛れていった。
「あの子たち、ここが食事場じゃなかったの?」
「一所にいれば同じ植物から精気を奪いすぎてしまうから少しずつ移動するのだ」
「そっか。今度、いつ会えるかな」
「王宮の敷地内を左回りに移動しているはずだから会いたくなれば追えばいい。それよりコマリ、靴を履いていなかったのだな?」
「え?あ、部屋に明かりを入れようとカーテンを開けたらあの子たちが見えて、ついそのまま。あーあ、靴下が泥だらけ……って、きゃ」
いきなりシモンの肩に担ぎ上げられて声をあげたときには、もう彼は寝室に向かって歩いていた。
「明かり玉はコマリの声でも灯るようにしなければ。コマリの目が覚める前に戻るつもりが、思ったより遅くなったせいで不便をかけたな。それから――今日は腕が疲れているからこの様な抱き上げ方で我慢してくれ。今度はこのくらいの距離なら姫抱きを約束する」
「ひ、姫抱きってお姫様抱っこのこと!?いらない、しない、できない!あんな恥ずかしいこと」
「そうか、それは是非膝抱きとセットで試さねば」
人の話を聞けぇ!
その楽しそうな声はなんなんだ。
「おなかがすいただろう?食事を持ってきた。食事の後はゆっくり湯に入って疲れをとり、色いろなことは明日に回して今日はもう休もう」
「休もうって、ちょっと待って。もしかしてシモンとわたし同じ部屋なの!?」
ちょうど庭から寝室に入ったことで小鞠は過剰に反応してしまう。
「明かりを」というシモンの声に天井に明かりが灯るなかベッドに座らされた。
明るいとこで見たら本当に大きいんですけど、このベッド。
うう、なんかいますぐダッシュで逃げたい。
自分で靴下を脱ごうとする彼女を制し、膝をついたシモンが片足ずつ脱がせながら笑った。
「コマリは将来わたしの后となるのだ。同じ部屋であるのが普通だろう」
「そ、れはどうでしょう?」
隣に腰を降ろす彼に手を取られ「ひ」と引きつった声を洩らしてしまう。
小鞠の指先を持ち上げて唇を寄せたシモンはチュと口づけた。
「男の風上にもおけぬことはしないと言ったのだ。強引に奪うことはないと約束する」
「だけど、マスターは婚前交渉禁止って――」
「それは守れない」
守れないって言い切った……。
握られた指を思わず引っ込め絶句する小鞠の様子に、シモンは困ったような顔になった。
「わたしも男であるしいつまでも待ち続けるのは正直厳しい。だからコマリには早くわたしに慣れてほしいのだ。先ほどのようにキスに照れて顔を叩くのではなく、もっと応えてくれたらわたしは嬉しい」
「照れたんじゃなくてあれは呆れたの。わたしは普通の人間なんだし、女神だとか言われたらわたしじゃないみたい。だから、シモンがああいういたたまれないこと言うのを控えてくれるなら……――わ、わたしも頑張ってみてもいいかも」
「うん?何を頑張るのだ?」
あ、通じない。
一瞬言葉に詰まった小鞠は、うーとシモンを睨んでから思い切って自分から動いた――ら、勢いが過ぎたらしい。
「イタっ」
「つぅ」
唇がぶつかったようなキスにお互いが口を押さえる。
「が、頑張るって昨日シモンに言ったでしょ。やっぱりまだ照れるしこんな風に失敗するかもだけど、わたしだってシモンに喜んでもらいたいもん。……って、けど今のは本当に大失敗~。痛ぁ、シモン、ごめんね。唇、切れてない?」
「痛い」
「うん、ゴツって感じだったもんね。血は滲んでないみたいだけど……」
「だがきっと小鞠からもう一度してくれたら治る」
え?このエロ王子ってばいま何を言いました?
小鞠が自問しているうちに、なぜかシモンの膝の上に抱かれてしまう。
「また膝抱っこするー。もぅ、これ恥ずかしいからヤダってば」
「コマリ、キスして」
微笑むシモンに小鞠は頬を染めた。
だめだ、この笑顔には弱いんだもん。
「い、一回だけだからね」
「はい、コマリ」
う、犬耳と尻尾が見える。
しかもここで敬語って、この人もう絶対確信犯……くそぅ、猪口才な!
でもわかっててもやっぱり可愛いじゃないかぁぁぁ。
シモンの肩に手をかけて今度はゆっくりと近づく。
触れる唇の柔らかさに胸がドキドキとした。
唇を合わせただけで小鞠がシモンから離れようとした瞬間、彼に抱きしめられて項を押さえつけられる。
「んっ、……んーー!」
彼の舌が唇に触れたと思うと、ぐ、と一気に口づけが深くなった。
強引に奪わないって言ったその口でなにしてんのよぅ。
シモンの広い背中を叩いてみたが無駄だった。
一回って言ったから唇を離さないつもりね。
そう気づいて逃げようともがいても、シモンに力で敵うはずもなく、結局小鞠は彼が満足するまで逃れることはできなかった。
何が惜しみなく協力すると約束したよ。
キスで腰砕けにさせるなんて、こんなエロエロ王子絶対手におえないぃ~。