あなたを腕に眠りたい
魂の片割れとなるコマリは少々変わった女性だった。
異世界というまったく自分とは違う世界で生きてきたのだから、文化も何もかも違うのは理解できるが、贈り物は嬉しくないと断言された。
金貨のことだがあれは他意はない。
ただ今後、金に困らねばいいと思ったのだ。
そう思ってしまうような出来事が昼にあったからだ。
魔法使いと神官の協力を得て、なんとか魂の対となる女性の世界に降り立てたと思った矢先、コマリは悪党どもに脅迫されていた。
扉にはめ込んだ玻璃から様子を窺えば蒼白になりながら果敢に悪党と立ち向かっていた。
なんという勇敢な女性だろうかとその美しさに一目で目を奪われたがすぐに気づいた。
膝の上できつく組んだ指が震えていることに。
ともかく助けねばと乱入し悪党を追っ払った自分に、彼女は晩餐のあと感謝の意を述べてくれた。
もっと早くに礼を言わねばならなかったが、昼間は気が動転していたと謝罪までしてくれた。
何年かかっても働いて返すと言われ、それには及ばないと告げるとコマリは、申し訳なさそうなそれでいてホッとしたような、また困ったような、そしてそのどれでもない不思議な表情になった。
どうしてそんな顔をされるのかがわからない。
「施しを受けているとお思いになったのでは?」
早々に自室で休んだコマリのことをテディとオロフに尋ねれば、テディからこんな返事をされた。
「コマリ様はわが国の貴族のご令嬢とは違い自立心旺盛な女性に見受けられました」
とはオロフだ。
確かにコマリは今日、給仕の仕事に励んでいたし、来年の働き口も見つけてあると言っていた。
労働し給金を得ることを美徳としているのだろう。
なるほど、そこへ好意ではあっても何かを贈るという行為は、彼女にとっては施しと映り、自尊心を傷つけることになるのかもしれない。
身の丈に合わぬ贅沢は堕落や破滅を導くと言うくらいしっかりとした女性だ。
民が飢えて苦しんでいるのに見向きもせず、毎日遊び暮らして国を傾けた愚かな后の話を聞いたことがあるが、コマリなら后となっても贅の限りを尽くして遊びほうけることはないだろう。
何しろ堅実安定が座右の銘らしい彼女だ。
ともすれば吝嗇で面白味のない人物とも取れるがしかしコマリは違う。
暮らしぶりから見てもけして裕福ではないだろうに男3人分、こちらの生活用品を揃えてくれた。
彼女の自尊心を傷つけるような無粋な真似をした自分に、一瞬怒りを見せたがそれを見事に抑える自制心を持ち、過ぎる金は要らぬと毅然と言い切る。
わが国の民の生活をよりよくするために、またわが国の将来のためにその金を使えと、まっすぐに意見する瞳は曇りなく美しかった。
コマリとはなんと心優しく機智にとんだ才女たることか。
そして慈愛に満ちた素晴らしい女性だろうか。
后には彼女しかありえない。
あのとき感動と興奮でコマリを抱きしめてしまいたかった。
けれどどうも彼女はそういったことに少し内気であるらしい。
何度かつい抱きしめてしまったが、そのたびに硬直して顔を真っ赤にする。
それも可愛らしいが困らせるのは本意ではないのだとぐっと我慢した。
いつかこの腕の中に閉じ込め思う存分可愛がりたいが、どうすればコマリは自分に対して硬く閉じた気持ちをゆるめてくれるだろうか。
彼女は実父を病気で実母を事故で亡くしたらしい。
更に聞けば親族に縁が薄いということで、彼女にはマスターキクオとカンナ以外頼る者はいないのだ。
そしてそんな二人に対しても実父の友人であるだけだから、という遠慮があるよう見受けられた。
コマリはきっと強くあらねばと己に課しているのだ。
だが少し肩の力を抜いて人に頼ることを覚えてもいいのではないか。
「その相手がわたしであればいいのだが、今はまだ無理だろうか」
シモンの呟きに従者二人は顔を見合わせたが何も言わなかった。
休む旨を伝えると彼らは部屋を出て行った。
テディとオロフはコマリの両親が使っていた寝室で休むことになっている。
シモンが「消えよ」と言うと天井の光彩は消えた。
魔法で作られた明かりの玉は自分の声に反応するように作られている。
それをコマリに説明した時は不思議そうな顔で、けれどどこか楽しそうに話を聞いていた。
このようなあどけない顔もするのかと微笑ましく思って、ますます彼女から目が離せなくなったほど。
ああやはり、自分は彼女の虜となっていく。
だがそれすらも今の自分には心地よい。
コマリはここでの共同生活を一ヶ月と区切った。
その間に彼女の気持ちを自分に向けなければいけない。
贈り物を喜ばずしかも触れれば硬直する。
あれでは愛の言葉も囁けない。
まるで難攻不落の砦のような彼女をどうやって陥落させればよいだろう。
自分という人間を包み隠さず見せるしかないだろうか。
小さく息を吐いたシモンは、それにしても、と暗がりのなか広いベッドで寝返りと打った。
こちらの世界の魔法は素晴らしいものだった。
雷を閉じ込めてデンキなるものにして使ったり、炎を貯めておけるのかつまみを捻るだけで火がついたり、一瞬で水を湯水に変えたりする。
コマリの住むこのニッポンという国は水が豊富らしいのだか、湯殿では湯船から湯が減ると勝手に増えていた。
湯殿の狭さには難ありだがあの魔法はすごいものだ。
湯船から無駄に湯を捨てることもない。
ものすごい速さで黒い道を走る鉄の箱は危険だが、ジテンシャという乗り物は馬車より気軽に移動できる。
それにシンゴウというものもわが国でも作れば、馬車の事故も減るだろう。
夜道に明かりを灯すのは犯罪を防ぐためとコマリが言っていたが、確かにそうかもしれない。
そこも検討してみなければ。
これらすべてを実現しようとすれば魔法使いたちにかなり負担をかけるだろうか。
ウト、と瞼が落ちてきてシモンは目を閉じる。
せっかくコマリが買ってくれたスウェットという寝衣だが少し暑い、と彼は寝ぼけ頭で思う。
城では薄手の寝衣かもしくは何も着ないで寝ていたのだ。
ここはコマリの部屋だ。
そこを間借りしている手前、彼女の前で不敬な態度は取れまいが、上ぐらい脱いでも問題はないだろうか。
ベッドの中でもぞもぞとした彼は少しあって満足そうな深い息を吐いた。
ああコマリ、この腕にあなたを抱いて眠りたい。
そんなことを思ううちシモンは緩やかな眠りに落ちていった。