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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
6/161

金ぴかの山

そしてその夜。

「コマリ、マスターキクオはなにか魔法でも操るのか?」

家路につく道々シモンが小鞠に質問してきた。



彼らの服はこちらのものに変わっていた。

仕事が上がったあと小鞠はともかく着替えてと、3人を近くの大型スーパーに連れて行って、こちらの服を3人分買ったのだ。

スーパーでいい。

だってこんなコスプレ外国人連れて電車乗ってショッピングモールとか目指したくない。

それにスーパーの服でも3人分は馬鹿にならないのだ。

おかげで銀行から下ろしたばかりの食費はすべて飛んで、それでも足りなくて新たに数万円下ろした。


それにしてもさすが外国人体系だ。

3人とも足の長さが日本男児のそれじゃない。

長いよ、足。

インポートもののジーンズとかもおいてある店舗で助かった。

その分高かったけど。

おまけにこの人たちけっこういい体をしてらっしゃる。

下手なシャツとか着せるとぴっちぴちってぇ。

くそう、細マッチョ以上じゃないか。

でも筋肉ムキムキのマッチョでもないし難しい体系だなぁもう。


もちろん着たきり雀にするわけにもいかず着替えやら下着やら。

ええ、買いましたとも。

お金に羽が生えて飛んでく絵があるけどまさにそれだ。


「コマリ、このトランクスとボクサーパンツとやらはどちらがいいんだろうか。それにどうやら大きさに違いがあるようだがどれが合うのかさっぱりだ」


知るかぁ、穿いて確かめろ!

と言いたかったけれど。

彼らのキラキラオーラに引き寄せられ、目の色を変えて群がった女性の店員さんにサイズを計ってもらって、最近の男性の好みも伺いました。

ああもうあのスーパーに行きたくない。




「マスターも冠奈さんも普通の人間です」

疲れた表情で小鞠は返事をする。


彼女の自転車はオロフが押して、前カゴと後輪の荷台には大荷物がくくりつけてあった。

シモンたちは自転車を初めて見るらしい。

というかこっちの世界で見るもの聞くものすべてが珍しいのか、いろいろ観察したそうだったけれど気づかないふりをした。

だって自動車を見るために車道に飛び出しかけるし、歩行者用信号機に登ろうとするし、危ないったらない。

人様の迷惑になるからやめてと言ったら、やっとおとなしくなってくれた。

喫茶店に来るまでよく事故にあわなかったよね。


ああ、それにしても明日からの食費どうしようかなぁ。

当分モヤシオンリーとか嫌すぎる。

というかこの人たちの分も食費がかさむんだなと気づいて小鞠は蒼白になった。

ここはもう、駄目元で聞いてみよう。


「あのぉ、うちに居候するんであれば食費とかもらえます?ちょっと今日、散財しちゃったんでお金がですね」

1000万の借金を立て替えて払ってくれたが、その返済方法はまた家でゆっくりすればいい。

とっとと異世界に帰ってもらうつもりだから、こちらから異世界へ送金ができるかとか確かめなきゃ。


「金の心配には及ばない。手持ちは悪党どもにくれてやったので、新たに国から送ってもらうよう手配した。今頃はコマリの部屋に届いているはずだ」

おお、さすが王子様。

お金持ちだ。

ヒャッホウと家に帰った小鞠は、自分の家の玄関の鍵が開いていたことにまずぎょっとなった。


「すまない、コマリ。鍵がわからず開け放ったまま出かけたのだ」

無用心だなぁ。

泥棒さんがいませんように。

恐る恐る玄関を開ける小鞠を制してオロフ、テディの順に部屋に入っていく。

なんだかVIPになった気分。

ってオイ、だから靴を脱いでってば。

小鞠がテディの着たジャケットのフードを掴んで引っぱると彼はウグと息を詰まらせた。

すみません、力が強かったみたいです。


「靴を脱ぐのは眠る時ぐらいなもので失念しておりました」

持ち帰った自分たちの衣類や、買ったばかりの服が入った袋を置いてスニーカーを脱ぐテディの前で、オロフがシモンを振り返る。

「シモン様、人の気配はございません」

「そうか。コマリ、中は安全だ。それにしてもこの暗がりは困る。蝋燭はどこにあるのだ?」

「蝋燭は必要ありません。電気がありますから」


壁のスイッチを押すと廊下に電気が灯る。

それを見て3人は感心しきりだった。

いえ、あの、電気の仕組みとか言われてもわかりませんが。

大学の専攻は経済学ですってば。

それでもしつこく尋ねられ、電気というのはプラスとマイナスがあって雷も実は電気でして、としどろもどろに小鞠が説明すると、雷を閉じ込めて明かりを得ているのかと言い出した。


すごい魔法だと話すのを横目で見つつ彼女は溜め息をつく。

もういい、それで。

中世だか近世だかのヨーロッパのような世界からきた彼らには、科学の結晶も魔法のように見えるんだろう。

ともかく4人分の夕食を作ろう。

堅実安定を目指す上で健康な体は必須。

コンビニ弁当とかカップ麺なんてもってのほかだと、小鞠は自炊を心がけている。

腕前はプロ級といいたいがおそらく並だと自分の料理を食べて思う。


料理の前に洗面所で手洗いと嗽をと扉を開けた小鞠は、中からザバァと金貨が雪崩てきたため度肝を抜かれて立ち尽くした。

「ああ、やはり届いていたようだ。コマリ、食費には足りるだろうか?」

ええ、そりゃもう充分すぎるほど。

っていうかこの金貨をどこで換金しろというのか。

たかだか20歳そこそこの小娘が大量の純金金貨を持っていけば、あやしまれることこの上ないと思うのですが。

ちょっと足が金貨に埋もれて身動きが取れないぞ。


いやいやそれよりもよ。

こんなに金貨を送ってきてお城のお金がなくなりませんか。

小鞠が質問するとシモンは笑顔でのたまった。

「心配には及ばない。これはわたしの金だ」

つまりあれですか。

ポケットマネー。

いわゆる小遣い銭。

いま、ちょっとシモンの首を絞めたくなったのは仕方ないと思う。


「こんなにいりません」

「遠慮は要らない。わたしの持つ金山から取れるものだ」

金山。その名のとおり金ぴかの山だったりして。

浮んだ冗談は冗談に思えない。

小鞠はすっかり疲れた笑いを浮かべ足元を見下ろした。

この金貨10枚くらいでしばらく遊んで暮らせると思うけどなぁ。

彼女はきっちり10枚金貨を手に持ってシモンを見つめた。


「10枚いただきました。後はそちらで必要な枚数を取り分けて、残った分は送り返してください」

「いや、これはコマリにと――」

「いりません。こんな大金をもらえるはずないでしょう」

「だが――」


ああもうしつこい。


「だったらあなたの国の貧しい方々に分け与えるとか、生活保護制度でも何でも敷いて国民が豊かになるようにしたらどうですか?町の整備とか医療の充実とか知識を得るための学校とか、将来国のためになることにお金を使ってください。ともかくいらないったらいらないのっ、とっとと送り返せぇっ!」


そのときぼそりとテディの声が聞こえた。

「もらっておけばいいでしょうに」

うんうんと頷くオロフも腕を組む。

「金はあっても困るもんじゃない」


困るんだってば。

堅実安定が根底から覆るほどの金はいらない。

そもそももらういわれもないし。

小鞠はじろりと従者を見てからシモンへ目を向けた。


「わたしは生活に必要な分のお金をいただきたいと言ったつもりです。そしてその分はいまいただきました。誤解があってはいけないので先に言っておきます。わたしは高価な服や宝石といったプレゼント攻撃は嬉しくありません。そういったものでわたしの心を得ようと思うのであれば、いますぐ異世界に帰ってください。時間の無駄ですから」


ズボと金貨から足を引き抜き小鞠はシモンたちを残しリビングへ進む。

ちょっときつく言い過ぎたかと思いながら彼女は扉を開けた。

「明かりを」と背後でシモンの声がしたと思ったら、電気のスイッチを入れていないのにいきなり室内が明るくなる。

小鞠は目の前の光景に自分の目を疑った。


だってそこは別世界。

ええっ、うちのリビングどこいったの。

奥行きがありえない。

もともとあった家具が消えて宝石が埋め込まれたテーブルやソファがあるし、見たこともない美術品が並ぶ飾り棚とかってなんの冗談ですか。

しかも中央に鎮座するでかいベッドはなんなのよ。

そのうえ天井に光る玉が浮いてる。

なにこれ、魔法の明かりとか?


「あああの、ここ、こここ――ここって何がどうなって……?」


「小鞠の部屋に男3人も増えれば窮屈だろう。だから国の魔法使いと連絡を取って空間を少し広げてもらった。外からの見た目にはなんら変わりはないし、他は手をくわえていないので心配はいらない」


思わず小鞠はリビングと続くダイニングへ視線をめぐらせた。

ありえないリビングの空間が途中で一気に萎んだようになり、そこにはこじんまりとしたダイニングキッチンが残っている。

ああよかった。

晩御飯が作れる……って違ぁう。

うちんちのソファやテレビはどうなったんですか。

質問したいことは山ほどあれど、ともかく最初にこの確認をしておこう。


「えーと、つまりここはあなたの部屋になったと。そういうわけですか?」

「わたしとコマリの部屋だ。だからベッドも特別上質のものを用意した」

もう本当、男の風上はいったいどこに。

小鞠ははぁと溜め息をついて首を振った。


「わたしは自分の部屋で休みますから、ここはあなたと従者の方で使ってください。まず食事を摂ってその後いろいろ話しましょう。今後のこともありますし」

人間腹が減っては戦ができぬと言うからね。


その後、小鞠が作った和風料理はシモンたちの口にあったのかどうかわからない。

ただ、買い置きしてあった漬物を出すとおかしな顔をしていたから、あれは口に合わなかったのだろうことは彼女にもわかった。



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