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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
55/161

レターセット

「え?こっちの世界の物は持ってっちゃいけないの!?服は?アクセは?化粧品は!?」


ジゼルのありえないとばかりの大声がリビングに響き渡り、スミトとオロフは耳を押さえたが、テディだけはしれっとした眼差しを彼女へ向けた。


「5人一度にカッレラへ移動させるんだ。どれほどの魔力が必要だと思っている。それにカッレラからこちらへ何かを送るより、こちらからカッレラへ送るほうが魔力を消費すると聞いた。ジゼルはわが国の魔法使いを殺す気か。どのみちこちらの服は奇抜すぎる。身につけていった服も、カッレラでは廃棄してもらうことになるだろう」


「なにその冷たい言い方!ちゃんと説明してくれてたらわたしだってねぇ――なによ、いつもシモンやコマリの前では猫被ってエセ紳士ぶってっ。あんたの本性ばらしてやるわよ!」


キーっとジゼルがヒステリーを起こすのを、側にいたスミトが「まぁまぁ」と宥め、ジゼルの文句にも顔色一つ変えないテディを見て苦笑を浮かべた。

そんなスミトに気づいたオロフが、チラリとテディを見てから首を振る。


「こいつはシモン様第一主義だからな。それにコマリ様はシモン様の大切なお方だし、テディ自身もコマリ様のことを気に入っている。あの二人はテディにとって特別なんだ。あと誤解してるようだが、王族や上官は別として、テディは誰にでもこんな感じだぞ?」


「敵の多そうな生き方してるのね、テディって」


「わたしもそこまで愚かではない。状況に応じたり、公私でも使い分けている」


「いや実際、敵は多いだろうが。おまえの場合、好きか嫌いかじゃなく、好きかどうでもいいかで相手を区別してるだろ?無関心って人によっちゃ嫌われるより堪えるからな」


「ややこしい人間を相手して面倒事はごめんだ」


「なんや~、テディ君。美少年時代にいろいろ学んだっちゅうやつか?」


テディがスミトを睨んだところでジゼルが口を尖らせた。


「ちょっと、スミト。日本語で話されたらわたし、難しい言葉はわからないのよ?それでなくても方言はわかりにくいのに」


「ああ、ごめん。つい――そういやあの二人ちゃんと話はできてるのかな?どこに出かけるのかは知らないけどそろそろ駅に着いたころじゃないか?」


スミトが壁にある時計へ視線を向けたため、残りの3人が同じように目を向ける。


「おい、テディ。もうこんな時間だ。仕事に遅れる」


時間を確認したオロフが慌てたようにテーブル席から立ち上がった。


「コマリが構えちゃうからシモンもつられるんでしょ?ぎくしゃくしててこっちが見てられないわ。両想いなのにうまくいかないって辛いわよね」


「「え!?」」


ジゼルの台詞に出かけようとしていた従者二人の仰天した声が重なった。

テディとオロフのあまりの驚きように、今度はジゼルが戸惑ったような顔になる。


「な、何二人とも?」

「やはりコマリ様はシモン様のことが好きなのか?」

「見ていてわかるでしょう?」

「いや……まあ、わたしたちもそうではないかと思ってはいたが……――コマリ様が強く否定なさったし、シモン様もそれを信じておいでであったから、それ以上はと――」

「俺もだ」


「臣下として主の私情に首を突っ込まないというのは基本。だから見たまま言われたままを素直に受け止め、それ以上の行動や思考は停止させる。……ってところかな?テディ君もオロフ君も、そういう臣下の在り方ってのが染み付いてるんだろうね。ジゼル、二人はシモン君の友達じゃないんだよ」

スミトがジゼルにそう言うと彼女は「そうだったわ」と納得したようだ。


「でもなんだか寂しい関係ね」


ポソリと呟くジゼルの台詞を聞きながら、テディとオロフはリビングを出て行く。

靴を履くオロフがガリと頭をかいてテディへ言った。


「――行くか」

そんなオロフへ目を向けたテディが頷く。

「ああ」

そのまま二人はマンションを後にした。





* * *





電車に乗って買い物に出た小鞠たちは生活雑貨を集めた店の文具フロアにいた。

「この中から選ぶのか。すごい量だ」

陳列棚一面に並べられたレターセットを前にシモンは驚きを隠せないようだ。


いつだったか彼は以前、「コマリの国は物であふれている」と言っていたが、確かにそうなのかもしれない。

レターセット一つをとってもこんなにいろんな種類があるのだから。


「シモンはどんなのが好み?まさかキャラクター物とかじゃないよね」

「そうだな、可愛らしい絵などがないもののほうが……ああだが、このような簡素な模様があるのもなかなか……」

気になるものを手に取っては棚に戻すシモンの表情は真剣そのものだ。


(あの3人のことよっぽど大事に思ってるんだ)

彼を見上げていた小鞠もまたレターセットに目を向けた。

(わたしもシモンにお別れの言葉を書こうかな……きっと口じゃうまく言えないし)


いくつかレターセットは持っているが、女の子っぽくてシモンに贈るには少し違う気がした。

棚を上から順に眺め小鞠はふと淡い色に目が留まった。

和紙で作ったレターセットなのか、白地に桜の花が所々にと描かれた素朴な味わいがあるものだ。


(桜っていったら日本の国花だし、和紙っていうのも日本っぽいよね。シモンってシンプルなものが好きみたいだし――これいいかも)

シモンはある意味外国から日本に来たようなものだ。

日本らしいものを贈るのはいいアイデアかもしれない。


「それはなかなか良い感じだな。愛らしい書簡箋だ」

シモンの言う「書簡箋」が一瞬何のことかわからなかったが、彼の目がレターセットに注がれていたことで何を指しているか理解した。


(シモンも気に入ったようだしやっぱり買っちゃおう)


桜のレターセットを胸に抱いた小鞠は、シモンの手にレターセットが握られていることに気づいた。

「シモンが選んだのはそれ?」

青い封筒と白い便箋なんてシンプル好きのシモンらしい。


「少し模様のあるものも良いかと思ったが、結局はこういう飾り気のないものを選んでしまうな。せめて封筒は色のあるものにしてみたが」

「うん、シモンの目の色に合わせてるみたいでいいと思う。きれいな空色。サファイアみたいなシモンの目も明るい光の中で見たらこんな感じに見えたりするの」

「わたしの目は小鞠にはこんな色で見えることもあるのか。――ではこれにしよう」


二人仲良くレターセットを購入したあと、雑貨店を上から下まで順に見て周り、露天で簡単に昼食をすませた。

その間、常にシモンは周囲の視線を集めていて、小鞠は今更ながらに彼の容姿に注目せざるを得なかった。

何しろ異性だけでなく同性ですら彼に目を向ける。

イケメンなうえ長身でバランスの取れた体をしているだけではない。

彼の雰囲気が存在感が人の視線をひきつけるのだ。


「ね、ね、見た?超ヒットなんだけど、あの外人」

「見た見た。すっごいカッコイイ~。モデルかな?」


トイレで手を洗っていた小鞠は、外から入ってきた女の子たちの会話が耳に入って、鏡越しに目を向けた。


「声かけたかったけどさー、英語わっかんないしぃ」

「ていうかさ、男が名刺渡してなかった?あれスカウトじゃない?」


瞬間、小鞠はカバンを肩に引っ掛けトイレを飛び出していた。

(雑誌社のスカウト!?……って勧誘がしつこかったりしないのかな?)


シモンが困っているかもしれないと外に出て、

「あれ?スカウトは?」

誰もいなかったことで周りを見渡す。


「すかうと?とは先ほどの者のことか?興味があればと――モデルだとか芸能界だとか……こちらの世界の職業だろうがよく意味がわからなくて、興味がないと言ったら立ち去ってくれた」


シモンの言葉にホッと胸を撫で下ろした。

こちらの世界に来た当初と比べ随分とうまく立ち回るようになったものだ。

とはいえ都会は芸能プロダクションの関係者がうようよいることを忘れていた。


「シモン、ウィンドウショッピングはもうやめ。観光、うん、観光しよう!日本らしいところ一つも行ってなかったもんね。どこがいいかな。お寺?」

グイとシモンの腕を取り引っ張る。

「昨日も言ったがコマリと一緒ならどこでもいいのだ。わたしを気にせずともコマリの行きたいところでいいぞ?」

「わたしも行きたいの。普段、自分の住んでるところの観光なんてしないもん」


突然腕を引っ張られ驚いた様子であったはずの彼も、やがて楽しそうに笑い出した。

「わかった。そう引っ張らないでくれ。それよりも――」

こちらの方がいい、と手を取られた小鞠の掌に彼の大きなそれが合わさった。 


久しぶりに握ったシモンの手は、その面に浮んでいる笑顔と同じであたたかい。

いつも力を込めすぎないように優しく握ってくれていたことを思い出し、小鞠はシモンの手を握り返して歩き出した。


「お土産物屋さんがいっぱいあるところのほうがいいかな?お店を覗いてるのも楽しいし。ね、シモン」

「ああ、コマリのいいように」


その台詞に聞き覚えがあった。

(初めてシモンに会った日に言われたっけ。……そっか、最初からシモンはわたしのことを第一に考えてくれたんだ)


そのことにようやく気づけた気がする。

シモンの優しさに自分は何を返せるだろうか。


彼が好きだと気づいてからたくさん考えた。

シモンの世界のこと、彼が王子だということ、王妃に望まれていること、自分のいる世界のこと、こちらでの生活を選ぶということ、また逆の決断をするということ……他にもたくさん。

そして考えれば考えるほどシモンと共に異世界へ行くことはできないと思った。


身分や文化の違いなどもその理由として挙げられる。 

だがなにより22年間日本で生きてきた自分を捨てられない。

何度もへこたれそうになって、そのたびに自分を奮い立たせてここまできた。

今ここでシモンについていくのは、これまで頑張ってきた自分を投げ出し逃げることじゃないのか。


「コマリ、どうかしたのか?」

「ううん、どこに観光に行こうか考えてただけ」


我に返った小鞠は暗い思考を振り払うように歩く速度をあげた。

見上げるシモンに笑いかけると同じように笑ってくれる。


(――泣かないで笑って見送ろう)

シモンに笑顔の自分を覚えていてもらえるように。

最後まで……。




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