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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
52/161

キーワードは異世界

部屋に一人残されたゲイリーは緩めていたネクタイを解いてソファに深く腰をかけた。

先ほどまでここにいた彼女のことを思い出し、飲み残していった酒の入ったグラスを見つめる。


22歳というにはかなり子どもっぽく、東洋人特有の幼い顔立ちも伴って10代の少女かと思った。

最初は見た目どおり言動に幼さが目立った。

だがそれは別れ際に覆された。


思わずシモンへの気持ちを口にする迂闊さは笑いを誘ったが、そのあと見せた何かを決意しているだろうあの強い眼差しに驚いて、そして気づいた。

シモンを恋慕うはずの彼女が頑なに気持ちを告げないのにはきっと理由があると。


――もう少ししたらまた大事な人と二度と会えなくなると思います。


あの台詞を聞いた直後は何のことだかわからなかったが。

(あの男と二度と会えなくなるのだろうか?)


どういうわけがあるにせよ二人の間に必ず別れが待っているのだとしたら、別れ際に辛さが増すだけだと彼女は気持ちを隠そうとしたのだろう。

シモンという男は話し方や立ち居振る舞いから良家の出だとわかる。 

かたや彼女――コマリは一般人だろう。


(身分違いの恋というやつか)

ならば気持ちのまま行動するシモンより、理性が働くコマリの方がよほど現実が見えている。

地位も財産もあるセレブと一般人などうまくいくはずもないのだから。

もしかするとシモンの家の者がコマリに接触し、彼と別れるよう迫っているのかもしれない。

(奴への気持ちを自覚していなかったのは、無意識に別れの辛さを和らげるため?)

そう思ったゲイリーはわずかに目を細め頬杖をついた。


では自分はシモンへの想いを気づかせてしまうという、彼女にとってありがたくもないことをしてしまったのだろう。

なにしろ気持ちを自覚したはずのコマリは、シモンと生きる決意をしているようには見えなかった。

しかも二度と会えないと言うくらいだから、その間逆である「別れ」を選択しているということだ。


(わたしは何を――他人のことなどどうでもいいはずが……)

我に返ったゲイリーは軽く首を振って、テーブルのグラスから大きな窓へ視線を向けた。

最上階だけあって美しい夜景が見えているが、彼はすぐに遠い目になって思考にふける。


自殺したと思われていたスミトが生きていたことによる処分をどうするか。

そのことを考えるべきであったと頭を入れ替えた。

スミトが逃げた当初、協会より下された命は「捕獲後、再度打診し拒むなら抹殺を」、ということだったが……。


――今日いた人が明日にはいきなり消えてしまうこともあるって言いたいだけです。


そこへまたしてもコマリの言葉が蘇ってきてゲイリーは眉を顰める。

どうして彼女の言葉はこうまで気になるのか。

いきなり消えるというのが例えば突然死のようなものだとして、コマリはスミトが死ぬと言いたかったのかもしれない。


だがそこでゲイリーは直感的に閃くものがあった。

コマリは彼女自身と自分とを重ねて、明日にはいきなり消えてしまう、などと謎かけのようなことを言ったのではないだろうか。


(わたしがスミトに二度と会えなくなるというのか?)

コマリとあの男のように?

(二度と会えないとは……魔法協会が手出しできない、もしくは探しだせないところへ行くとでも?)


そのような場所がこの地球上にあるとは思えない。

いまや世界中に魔法協会の人間がいて、どのような国にも出入りできるうえ、文明の進歩に伴う最新の技術をも利用できる力を持っている。

スミトがどこに隠れ住もうと一所に長くいればいるほど、今回のように見つけ出すことは容易い。


では地球ではないどこかならば?


そんなことが頭に浮かんで、ゲイリーはすぐに思いなおした。

「地球ではない世界?まさか……そんなものあるわけがない」

呟きながらも彼はコマリやシモンたちから感じる魔力の塊のことを思い出していた。


魔法だけでなくスタンガンの電気攻撃まで防ぐ「何か」を彼らは持っていた。

持ち主を傷つけるあらゆる攻撃は効かないのだろうとゲイリーは予想している。

そんな万能の防御ができる「何か」を作ることは魔法協会の誰もできない。

魔法協会とは別組織になる錬金術師や陰陽師にも無理だろう。


それに不思議に思ったことがある。

コマリやシモンがスミトの「式」と会話していたとき、ゲイリーには「式」の言葉はわからなかった。

「式」の話していた言葉が日本語だったからだ。

けれど「式」と話すコマリやシモンの言葉は英語としてゲイリーには聞こえてきた。

おかしな会話の仕方をするとあのときは思ったが、言葉の壁を彼らの持つ「何か」がなくしているのだとしたら?


(そういえば身内で英語を話す人間がいるのかコマリに尋ねた時、結局答えはなかったな)


あれは簡単に口を割らないだろうシモンより、コマリの方が素性を簡単に聞き出せそうだと思ったから矛先を変えただけだが、もしかして彼女が返答を拒んだのは「何か」の秘密に気づかれたくなかったからではないか。

そして、そんな魔法の道具を作る技術が、この地球上に存在しないのならどこにあるのか。


さっき否定した非現実的な言葉がゲイリーの脳裏に浮んだ。

それをもう一度「まさか」と打ち消した彼は、けれど否定しきれなくて考えるように顎を支える手で頬をなぞった。

仮説であれば立ててみてもいいだろうとうまい言い訳を見つけて自身を誤魔化す。


(コマリやあの男は異世界の……――いや、違うな)

しばらく話をした感じからしてコマリはたぶん日本人で間違いない。

異世界の人間なのはシモンと二人の部下たちだ。

そう考えると妙にしっくりくるとゲイリーは感じた。

シモンから育ちの良さと同時に只者ならぬ雰囲気を感じていたが、あれはどこかの組織に身をおいて培ったものではなく、住む世界が違うために身についたものだったのだろう。


ああそうか、と彼は腑に落ちたことがあった。


コマリが大事な人と二度と会えなくなると言ったのは、シモンが異世界に帰ることを指していたのだとしたら?

そして彼女は異世界に行かないと決めているのだとしたら?

(いくら好きでも異世界に行く勇気はないといったところか……なるほど、だとしたらあの頑ななまでの恋愛感情はありません発言も頷ける)

逆にスミトはシモンたちが異世界の人間だと知って、彼らの帰還に同行するつもりだろう。

「明日にはいきなり消えてしまう」とコマリが言っていたのは、つまりそういうことだった。


仮説と言いたかったはずが、「異世界」というキーワードが出たことですべて繋がってしまった。

(そうまでして協会から逃げたいのか、スミト)



彼とスミトはお互い10代の頃より魔法協会に所属していた。

ゲイリーのほうが数ヶ月先に魔法協会にいて、出会った当初は彼の方が魔法に長けていたが、スミトはすぐに頭角を現した。

ただスミトは昔からのほほんとしてどこか緊張感に欠け、ゲイリーはそんな彼の世話を焼くのが常で、好敵手でありながらまるで兄弟のようだった。


子どものままであれば二人の関係はうまくいっていただろう。

けれど年齢を重ねるにつれ自我が育ち、周りの言いなりではなく己で考えるようになる。

考え方が食い違い始めたとしても仕方がなかった。

最初こそ衝突していたがそれすらなくなり、いつの間にか次期総帥に推されるほど、スミトのほうが自分より実力が上になっていたのだ。



ゲイリーが溜め息交じりの吐息を漏らしたところで携帯電話の呼出音が響いた。

非通知と表示された小さな画面を見つめる。


(協会からか)


もしもの場合に備えて番号は通知しないためすぐにそれとわかる。

スミトが生きていたとまだ上層部に報告していないから、おそらくは早く本部へ戻れという内容の電話だろう。


正式な発表こそしていないが、次の総帥候補者は自分であると決められていることを、ゲイリーは知っていた。

今日まで強行にスミトを探し続けてきたが、もう1年近くも総帥の座は空白であるし、魔法協会としては対外的にもいい加減トップを据えておきたいのが本音だろう。

これ以上自由に動くのは限界だ。

おそらく帰国後、有無を言わさず自分は総帥にされる。


(だが実力主義の魔法協会で誰もがその実力を認めるスミトが生きていた)


この事実を伝えたら本部は騒然となるはずだ。


通話ボタンを押してゲイリーは携帯を耳にあてる。

広い室内に彼の声が事務的に響いた。



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