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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
51/161

開いたフタ

「コマリ、どうしてこの男と――いや、それよりも何もされていないか!?」

「ゲイリーさんは夜道は危ないからってわたしを保護してくれてただけ――え?何、鳥……梟?」


シモンの肩にとまっていた梟が羽ばたいて小鞠の目の前に飛んできたとたん、それは形を変えて人の姿に変化した。

派手な着物を着た男はどこか人間と違う雰囲気があって小鞠は思わず後退りしていた。

それを追いかけるように男は彼女に顔を近づけ間近に目を覗き込んでくる。


(ひー、この人なにぃ?公園で見たピンクの髪の女の人と同じ感じがする~)


そういえばあのときゲイリーが澄人に向かって「式」と言っていた。


(小説や漫画でよくある陰陽師の式神ってやつ?そんなの本当にいるの!?)


男は目尻がつり上がった狐目をしていて、驚いたことに自分を見つめる黄色の瞳の瞳孔が縦に細くなった。

それが小鞠に、やはり彼は人間ではないと確信させる。


(あ、でも綺麗な目……なんか光ってるみたいだし、不思議)

男の瞳は月影を思わせた。


【ご無礼をいたしました】


しばらくあって小鞠から顔を離した男はシモンを振り返った。


【暗示や術にかけられてはいないと思われます】


「そのようなことまでわかるのか。優秀だな「式」というのは」


シモンの言葉に男は笑んで再び形を崩すと今度は空気にとけるように消えた。

ただ姿を消しただけか澄人の元へ行ったのか、はたまた式神の世界へ戻ったのか。

小鞠には判断がつかなかった。


「シモン、お金持ってる?」

よくわからないものは深く考えないでおこうと、彼女は頭を切り替えシモンにそう尋ねる。

「金?それならば少し」

ズボンのポケットから財布を取り出す彼を見て小鞠は目を眇めた。


(いつのまに財布なんか。きっとまた誰かにプレゼントされたんだ)


こんなことがいちいち気に障るくらいまだシモンに素直になれない。

後で返すから、と彼に千円を借りた小鞠はゲイリーにそれを差し出した。


「お弁当とお茶代をお返ししますね」

一万円を借りたが弁当を買ったとき釣りは返してある。

「律儀なことだな」

少し呆れ顔をしていたゲイリーだったが、すぐに口の端を持ち上げて彼女から金を受け取った。


そんなやり取りをシモンたちが驚いた様子で見つめているのが小鞠にはわかったため、彼女は彼らに目を向ける。


「なに、その顔。ゲイリーさんはお腹を減らしてたわたしによくしてくれたの」

「そう、か」

「おかげで愉しい話が聞けた。浮気などばれないようにするものだ、シモン?」


ニヤリと意地悪い顔でゲイリーが笑ったのを受けて、シモンは驚愕の表情で小鞠に向き直った。


「わたしは浮気などしていないっ!あれはマサキたちにもらった物で、使い方の説明を受けた以外誰にも使っていないし、コマリ以外に使う気もない」

「使う?何の話だ?」


話が見えないらしいゲイリーが眉を寄せた。

対する小鞠はシモンの台詞に頬を赤くした。


「こんなところでなに馬鹿なこと言ってるの!?っていうかするわけないでしょっ」

「わかっている。だからあれもいずれ処分せねばと――」

「いずれってすぐに捨ててよ!もしかして使えるかもって思ってんじゃないの?」

「それは――……わたしも男だ、すまない」

「簡単に認めるなぁ!」


ぶ、と吹き出されたため小鞠はそちらを向いた。

ゲイリーと目が合って次の瞬間、彼は再び吹き出して顔を背けた。


「あの?なんでそこで大ウケしてるんですか?」

「いや、君はそちら方面が特に疎いとは思っていたがまさかここまでとは――さすがのわたしも彼に同情する」

「は?ちょ……ゲイリーさん?シモンの味方するんですか?なんで?」

「わたしだけでなく彼の部下もそうだろうな」

「へ?テディもオロフも?」


くり、と従者二人を見れば彼らもまた苦笑いを浮かべてゲイリーに同意するよう頷く。


「マンネリを防ぐために道具を使うのも一つの手だと思うがな。男は女を鳴かせたい生き物だ」

「道、具?――ち、違います!シモンとはそんな関係じゃないです。つきあってもないのにまさかそんな」

「体から入ることなどいくらでもある。お互いに相性がいい方がいいからな」

「相性って」


あうあうと小鞠は真っ赤になりながら言葉を失った。

そんな彼女を抱きこむようにしてシモンが胸に引き寄せた。


「コマリで遊ぶな、ゲイリー」

「わたしも彼女を気に入っただけだ。だから何もしないでおいた。だが次はわからないぞ?」


シモンの腕に力がこもりゲイリーを睨みつける。


「コマリに手を出せば生かしておかぬ」

「同意であれば問題はない――なぁ、コマリ?」


ゲイリーが誘うような笑みを浮かべて小鞠に流し目を送ってきたため、彼女は身を強張らせた。


(なんて甘い顔で笑うのよぉ……うぅ恐ろしい人――)


直後に小鞠は背後に強烈なまでの怒りのオーラを感じて更に体を硬直させた。


「おまえなどにコマリは渡さない」

「それを決めるのは彼女だ。先ほどはわたしのことが好きだと言ってくれたな、コマリ」


ヒイィィィィィ!!

この人本当に性格が悪いぃぃぃ!!!!


「本当か!?コマリ」

「い、言っ、言って――」

「言ったな?」


くせのある栗色の髪を揺らしてゲイリーが更に蕩けるような微笑みを小鞠に向けた。

まるで蛇に睨まれたカエルのように彼女の背筋に冷や汗が滲む。


あううぅぅ、嘘を言えない~~~。


「い、言――……言いました……」

「なっ!?コマリ!?」


背後から小鞠を抱きしめていたはずのシモンが彼女の肩を掴んで180度回転させた。


「コマリはゲイリーのような男が好みなのか?」

シモンの顔がまさかと変化するのを見て小鞠は言葉もないまま首を振った。


前門の虎後門の狼ならぬ目の前のイケメン王子背後のイケメン魔法使い。

(ってなに馬鹿な例えを考えてんの!わたしっ)

受け入れがたい現実から目をそらしてしまう悪い癖が出ている。


シモンに見つめられるうち小鞠は頬が熱くなってくるのを感じた。

好きと自覚してしまったからか、こんなに間近で見つめられるとドキドキと胸が暴れる。


「違、違う……違うから」

「違う?」

「そうつれないことを言うな、コマリ」


近づいたゲイリーが小鞠の側に回りこんで頭を撫でるように手を伸ばしたが、彼女はその手が自分の髪に触れる前に払い除けた。


「もうっ!ゲイリーさん、さっきからシモンに誤解されるようなことばっかり言わないでくださいっ!!ゲイリーさんが好きってそういう意味じゃなくて人として好きってだけです。なんでこんな意地悪するんですか!!」


きぃとばかりにまくし立てる彼女にシモンはホッと息を吐き、ゲイリーはクと喉を鳴らして手の平で口元を押さえた。


「笑うなっ!わたしがシモンを好きってわかってるくせにからかって――」

「えっ!?」

「コマリ様!?」

「――ああ、なんということだ」 


従者二人の驚いた声に小鞠は彼らを見て、次いでシモンに視線を移した。

見る間にシモンが破顔したため目を向けないわけにはいかなかったのだ。


「シモン?なんだかすっごく嬉しそうな顔……」

「コマリ、君はいまわたしへの怒りに任せて、シモンに何を言ったのかわかっていないのか?」

そうゲイリーに質問され、

「は?何って、だからゲイリーさんにからかわないでって――」

そこまで言った小鞠は口を開けたまま言葉を途切れさせる。


「コマリ、いまの言葉嘘ではないな?わたしが好きだと言ってくれたな?」


うっとりとシモンが尋ねてくるのを小鞠はうろたえながら見つめた。


(わたしなんてこと口走っちゃったの?)

シモンへの気持ちは隠したまま彼と別れるつもりだったのに。


「もう一度言ってくれないか?コマリ、わたしが好きだと、もう一度――」


そう請われて、彼女は反射的に大きく首を振った。


「いまのはそういう意味じゃないっ。シモンにはいろいろ助けられたりとか、お世話になってるし、だから優しくていい人で好きだなって意味でっ!!恋愛感情とかじゃ全然ないから!」


「コマリ、君は何を――」

「もーやだな、ゲイリーさんもっ!誤解ですってば。深い意味はなかったのになんで皆して「好き」って言葉に敏感なの?」


ゲイリーの言葉を遮った小鞠は、眉を寄せた彼が更に何かを言いかけるのを眼差しで黙らせた。

そしてシモンと距離を取るように一歩足を引く。


「ごめんシモン。そういうわけだからもう一度なんて言えない。……いつまでも騒いでちゃ迷惑だし帰ろ」


明らかに落胆の色を見せたシモンを前に、小鞠はキリと胸が痛むのを感じた。


(そっか……わたし、こんなふうに嘘をつきたくなくて、無意識にシモンへの気持ちにフタをしてたんだ)

だってきっと少しずつシモンに惹かれてた。

だから爽への失恋からもすぐに立ち直れたのだと小鞠は気づく。


(せめてあと一週間、シモンへの気持ちにフタをしておきたかったな)


異世界には行けない。

それが約束の一ヵ月後の答えとしてあるのなら……。


「お邪魔しました、ゲイリーさん」

言うだけ言ってゲイリーの返事も聞かずに小鞠は歩き出した。


(――シモンが好きだって気づきたくなかった)


エレベーターのボタンを押したところでシモンや従者たちが追いついてくる。

さっきはめちゃくちゃな誤魔かし方をしたように思う。

それでもシモンは疑うことなく信じた。


(好きって言ったとき、シモンすごく喜んでくれたのに、わたし力いっぱい否定しちゃった……)

きっととても彼を傷つけてしまっただろう。


チンと音がしてエレベーターの扉が開く。

中は誰の姿もなかった。

無言のまま小鞠がエレベーターに乗り込むと、付き従うようにシモンたちが乗り込んで、テディとオロフが主と彼女をガードするように、二人の前面に立つ。


「コマリ、疲れたのか?」

「うん、少し」


簡単に会話が途切れてしまうのが気まずい。

が、いまは何を言っても空々しい気がして言葉が出なかった。


「今日はすまなかった。こちらの世界では男性がすべて用意するもので、女性に気づかせるべきではないと教わったはずが――不快にさせてしまった」

「そのことは、もういい」


再び会話が途切れる。

早くロビーに着いて欲しくて小鞠は電子表示パネルを見上げた。


「それからコマリ、さっきのことは気に病まないでくれ。コマリからの告白かと早とちりをしたわたしが悪い」


チンという電子音のあと磨き上げられた扉が開いた。

オロフが周りを気にしながら最初にエレベーターを降り、テディが扉を押さえて振り返った。

「シモン様、コマリ様」

シモンは頷くと優しく小鞠の頭を撫でた。


「だからもうそんな思い詰めた顔をするな」


ハッとして小鞠がシモンを見上げると、いつもの優しい笑顔がこちらを見下ろしていた。

一度髪をかき混ぜるようにして離れる彼の手が小鞠の背中を押す。

彼女はなぜか涙が出そうになってとっさに俯いた。


それから一言も話さないまま4人はマンションへ帰った。



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