昔の友 今の友
「おまえ、陰陽師の使役する式というやつか?ではやはりスミトが――あいつ、狐目男しか見せなかったが、おまえのことはわたしたちに隠していたのだな。見たところ闘いを得意とするらしい。君たちの護衛につけていたか」
「コマリ、無事か!?」
後を追ってきたシモンが小鞠を引き寄せ背に庇った。
枯葉が彼の上着にくっついているのは、ゲイリーの魔法で風に舞っていた木の葉の中を、突っ切ってきたせいかもしれない。
「シモン、人が――あ、人じゃないかもしれないけど、女の人がいきなり現れて……」
「スミトにもしものときはと護符を渡されていたのだ。それを使ったらあの者が現れた」
「やはり君たちはスミトを知っているのか」
女と対峙しているはずのゲイリーがちらとこちらへ視線を向けてくる。
「知らぬふりをしているほうが厄介ごとを避けられると思ったが仕方ない。護符を使えばスミトにもわかるよう魔法がかけられているらしい。じきにここへ来るだろう。聞けばずっと追いかけっこを繰り返しているようだし、おまえたち、ここらで互いに話し合ってみてはどうだ?」
「話し合いも何もこちらの言い分は決まっている。協会のトップになるかそれとも……」
「組織を抜けるというのであれば死ねと言うか?めちゃくちゃな選択をさせるのだな。スミトが逃げるわけだ――ゲイリー、だったな。以前はおまえとスミトは友であったのだろう?よき好敵手であったとわたしは聞いているぞ」
言葉を途切れさせるゲイリーの後をわざわざ引き継ぐようにシモンが口を開いた。
背後から見ていてもシモンのその様子は嫌悪感を持っているようだ。
「昔の話だ。スミトは協会の総帥になるのがどれほどの誉れかわかっていない。なぜ拒むのか」
「人質にした女性を操り、相手にいうことを聞かせようとする組織の総帥になど、スミト同様わたしもなりたくはないがな」
「――君たちは協会のことをスミトにどこまで聞いている?内容如何によっては君たちを帰すわけにはいかなくなる」
ゲイリーが顔つきを変えたとたん、ピンクの髪の女が力をためるようにして戦闘態勢に入った。
緊迫した雰囲気の中、シモンは余裕なものでのんびりと腕を組んだ。
斜め後ろからではよくは見えないが、先ほどとは打って変わって笑みすら浮かべているようだ。
「そういきり立つな。目的のためなら手段を選ばない組織だと聞いているだけだ。これくらいのこともおまえたちには知りすぎたとなるのか?わたしはおまえたちの組織に何の興味もないのだがな」
「魔力の塊のような力を首に持っていながら何を言う。わが魔法協会の対抗組織としてどこかの国が新しい魔法組織を作ったのか?スミトを仲間に取り込もうと接触したのだろう。あいつを幹部候補にでも擁立するつもりか」
「想像力が豊かな男だ。それとも独裁にありがちな反逆を恐れての発言か。どちらにせよ取り越し苦労だ。わたしも彼女も魔力などないし魔法使いであろうはずもない。だからおまえたちの対抗組織の人間であるわけがないだろう。首のこれは……まぁ気にするな」
「でまかせを」
「信じぬというのならそれも良い。わたしは嘘は言っていない。ところでゲイリー。スミトの好敵手であったのなら力量も似たようなものだろう。おまえがスミトの代わりに総帥になればどうだ」
シモンの台詞に小鞠はあんぐりと口を開けてしまいそうだった。
いきなり何を言い出すのだ、この男は。
(そんなに簡単に別の人が総帥を務められるなら、澄人さんが追っかけまわされるわけないでしょ~~~!)
ゲイリーの眉がピクと揺れる。
「きさま、先ほどから馬鹿にするのもいい加減に――」
「ああ、それはいい案だ。ボクの代わりにおまえが総帥になってくれないかな、ゲイリー」
割って入った声に聞き覚えがあって、小鞠が確認するように目を向けると、案の定澄人が歩んでくるところだった。
その後ろにオロフもいて、彼は小鞠を守るようにシモンとともに彼女の前に立つ。
「二人とも怪我はなさそうやな。近くにおってよかった。――玉響、ここはもうええからジゼルのところへ。なんもないとは思うけど、一応ボクが戻るまで朧と一緒に陰ながら彼女を守っててや」
【承知いたしました】
玉響と呼ばれた澄人の式が空気に溶け込むようにして消えた。
いま話した澄人の言葉は関西弁だったため日本語ということだ。
ゲイリーだけがわからなかったのか眉を寄せている。
「式に何を頼んだ?」
「警戒しなくても逃げる算段をつけていたわけじゃない。というより逃げるのはやめだ。ゲイリー、はっきり言うよ。ボクは魔法協会の総帥になる気はない。実力でいうならおまえでも充分に務められるはずだし、そのことを幹部を納得させるために一筆書けというなら喜んで書く。ボクが自殺したふりをしたとき、てっきりおまえが総帥に立つと思っていたんだ。なのにおまえ自身がそれを信じないでボクを探してたなんて――」
「協会の上層部ではおまえが死んだのならわたしを総帥にと推す声もあった」
え?
そういう声もあったんですか?
ならどうしてあなたが総帥になっちゃわないんですか。
澄人の好敵手であるゲイリーは、本当に澄人と均衡するほどの実力を持つ男らしいと気づいて、小鞠は内心突っ込んでいた。
もちろん声には出さなかったが。
「だが死体も残さないでおまえが死んだなどと報告を受けて信じられるわけがない。わたしを騙したければ今度からは指でも肉の欠片でも残しておけ。おまえに譲られるようにして総帥の座についてわたしが喜ぶとでも思ったか?総帥になりたくないというのであればこの場で死んでわたしにその座を譲れ。おまえの首を持ち帰って裏切り者の末路だとみせしめにしてやろう」
あ、なるほど。
男のプライドってやつですかね、総帥にならなかったのは。
天より高く築き上げちゃってるプライドってのは、少しの傷でもつけられると我慢ならなくなるもんですよね。
「ボクは別に裏切ってない。何度も総帥になるのは嫌だと言ってるのに聞き入れてくれないから逃げるしかなかったんだ」
「だからどうして拒むんだ?どちらかが総帥になったらもう一方が補佐にまわる。そう言っていたのに」
「何も知らない子どもの頃の話だ」
「魔法協会のために多少のことは目を瞑るくらい――」
「それが嫌だと言っている!」
珍しく澄人が声を荒げてゲイリーの言葉を遮った。
シモンとオロフの背後で守られていた小鞠は大声に思わず身を竦ませたほど。
「ボクはとっくに人としての道を外れてしまっていると思う……でも心まで失くしたくないと思った。失くしかけていたと気づいたから余計に」
澄人の言っている意味がわからないとでもいうようにゲイリーが眉を寄せた。
「スミトは昔からそういうところがあるな。割り切れないというか。……いつまでも子どものようにぐだぐだと」
情けないことだ、と吐き捨てる。
「スミトは子どもでも情けなくもない。スミトはいたってまともな人間なのだ。おまえと違ってな、ゲイリー」
そう言ったシモンの声音に怒りが滲んでいた。
「行くぞ、スミト」
彼はゲイリーへ一瞥をくれ、澄人に近づくと腕を引き寄せた。
「へ?ちょ、シモン君!?まだボクはゲイリーと――」
「話し合いなど無意味だ。この男とはいつまでたっても話は平行線のまま交わらない。昔は友であったのかもしれないが、いまは対等ではなくスミトを下に見ている。だからおまえのことを軽んじる発言をしたのだ。そのような男におまえの考えを理解させるのは無理だろう」
「君は先ほどからでしゃばってくるな――いい加減、第三者がわたしたちの邪魔をするのはやめてもらおう」
ゲイリーが手を伸ばすのを素早く動いたオロフが払い、拳を構えるのをシモンが制した。
「邪魔をするに決まっている。スミトが困っているのだからな。それが友というものだ」
「シモン君……」
「友?にわかづきあいで何が友だ」
「つきあいの長さで友が決まるのではない。いうなれば心の結びつきだ。おまえとスミトの間にはそれがない。なによりおまえのスミトに対する執着は、気に入りの玩具を手放したくない子どもの執着と似たようなものだ。そして自分の思い通りにならない玩具は壊せばいいと思っている。従わない者は殺せと、そんな恐ろしい考えを植えつけたのが魔法協会なのだろうが、それが果たしてまともな人間の行いであるか一度考えてみればいい。――他人の意見に耳を傾けるだけの器がおまえにあるならな、ゲイリー?」
ふふんと相手の神経を逆撫でするような顔でシモンが笑んだ。
(ぎゃー!シモンっ、なんで喧嘩ふっかけるの!?――ああぁ、怒ってる、このゲイリーって人怒ってるー!)
米神に青筋を立てているゲイリーをよそに、澄人の腕を引っ張ったシモンは小鞠に目を向け、まるで何事もなかったかのように微笑んだ。
「帰ろうか、コマリ」
「参りましょう、コマリ様」
主に倣いオロフにまで促されてはもはや何も言えない。
澄人もシモンに従うつもりのようだ。
ただ一度、ゲイリーに物言いたげな眼差しを向けただけで言葉もなかった。
ジャリジャリと土を踏む4人の足音だけが聞こえる。
「これで完全にあいつとの仲も終わってもぅたなぁ」
公園の外へ向かって歩く澄人の独り言が聞こえたため小鞠は顔をあげた。
残念そうなそれでいて諦めが付いたような顔をしている澄人から、彼女は次に背後にいるゲイリーを振り返った。
灯りの乏しい公園内に残るゲイリーの顔ははっきりと見えないが、こちらを見ているのはわかった。
(なんだかあの人も寂しそう?)
ゲイリーを気にする小鞠に気づいたのかシモンが声をかけてくる。
「どうした、コマリ?」
「ううん」
怒りを見せたゲイリーは追ってくることもなく、公園を出た澄人がそれを気にするような素振で首を傾げた。
「ゲイリーがボクらを見逃すなんてなんや気持ち悪いわ。人数的に分が悪いて思ったんやろか?」
「それもあるだろうが――どこかで友であったスミトには非情になりきれないのではないか?だからわたしが挑発したら簡単に乗ってきたのだろう。無意識下でスミトを切り捨てられずにいるのではないかとわたしは思うが」
どうやらシモンはゲイリーの反応が見たくて意図的に怒らせたらしい。
そしてその時の様子からゲイリーがまだ澄人を心のどこかで友と思っていると、彼は感じたようだ。
(友達か……あ、だからさっきあの人、こっちを寂しそうに見てたの?)
あれも無意識の態度だったのかもしれないけれど。
「まさか!せやったらボクが死んだふりしたときおかしいと思ても、ボクのために騙されててくれるん違うか?シモン君かて言うたやん。あいつはどっかボクのこと下に見とんねん。同い年やのに昔から兄貴風吹かせてボクに偉そうに――そういうとこ全っ然変わらんわ」
シモンに賛同しかねるのか澄人が否定する。
(澄人さんもあのゲイリーって人が相手だとこんなふうに拗ねた顔みせるんだ)
それはまだ澄人もゲイリーを友達だと思っているからじゃないだろうか。
シモンが澄人の様子を受けておかしそうに笑うと上着に付いた木の葉を払う。
「あの男と友であったスミトがそう思うのならそうなのかもしれないな」
「せや、シモン君の勘違いやて」
「あの、でも……ゲイリーさん、寂しそうな顔をして澄人さんのこと見てましたよ?」
小鞠が気になったことをそのまま伝えると、澄人は目を丸くしたがすぐに首を振った。
「小鞠ちゃんの見間違いちゃう?ボクとゲイリーってな?ちょっとずつすれ違い出していってんよ――で、ボクが魔法協会から逃げる直前の頃はもう完全に意見は合わんようになっとった」
そう言った澄人が遠くを見るような眼差しで夜空を見上げた。
その様子は先ほどゲイリーが見せた寂しげなそれととてもよく似ていた。