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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
42/161

家主のためのお守り

前に外国人に英語で道を尋ねられた時、シモンの言葉が相手に通じてびっくりしたことがある。

小鞠には日本語に聞こえていたからだ。

なのにシモンの説明を聞いて頷く外国人は英語を話していて、どれほど不思議に思ったか。

その後すぐに、どういうことかとシモンに問えば、すべては首飾りのおかげということだった。

彼曰く小鞠の言葉も外国人の言葉も母国語で聞こえていたらしい。


さっき澄人が標準語を話した謎もこれで解けた。

(こんなマジックアイテム持ってたらわたし、政府の怪しい機関に目をつけられる!)

いやそれよりもスミトを追っているという魔法使い集団に、彼同様追われるようになってしまうかもしれない。


「シモン!この石――」

しかし「返す」という言葉は続かなかった。

「コマリっ!今晩からわたしと一緒に寝てくれ」

そのまま駆け寄ってきたシモンの胸の中に抱きしめられる。

「わぉ、シモンったら大胆ね」

小鞠を追いかけてきたらしいジゼルの声が聞こえた。


「えー?そないにボクと一緒に寝るんが――ボクと寝るのが嫌なのかな?シモン君」

途中で澄人の言葉が標準語に変わったのは、フランス語にいい直したからだろう。

(あぁ、ジゼルさんにわかるようにか)

自分やシモンたちの言葉がジゼルにはフランス語に聞こえるのに、彼だけ日本語ではおかしい。

とっさな切替えができる辺り彼はけっこう優秀な人間なのかもしれない。


「当たり前だ。どうして男同士同じベッドで眠らないといけないのだ。おまえはそこのソファで寝ればいいだろうに、なぜわたしとベッドで寝たいと言う!?」


「無茶言わないでくれるかな。ボクの身長はシモン君やテディ君くらいあるんだよ?このソファだと窮屈すぎる。いいじゃないか、シモン君のベッドはこんなに広いんだから」


「絶対に嫌だ。スミトよりわたしはコマリと眠りたい。だからコマリ、わたしと一緒に寝てくれないだろうか?スミトがコマリの部屋でジゼルと共に寝れば、万事丸く収まるだろう?」


「ボクは別にそれでもかまわないけど――うわっ!オロフ君、どうしてボクを睨むの。シモン君の提案だろう!目が怖いよ」


シモンの胸に押さえ込まれたままの小鞠はなるほどと理解する。

(シモンが澄人さんと一緒に寝たくないって駄々をこねてるのね)

そして自分と一緒に寝ると言い切るあたり、彼の男の風上は風前の灯のように儚くなっているに違いない。

(それにしても澄人さんの標準語って似合わないなぁ)

などとどうでもいいことが頭をよぎる中、彼女はシモンを押しのけてきぱきと指示していく。


「わかった。澄人さんはわたしの部屋でジゼルさんが寝るはずだったお客様用の布団で寝てください。で、ジゼルさんがわたしのベッドで――」

「え?わたし、澄人と同じベッドでかまわないわよ?むしろそっちがいいくらい」

「わたしのベッドに男の人が寝るなんてわたしが嫌です」

「小鞠ちゃん、時々グサってくること言うよね」


傷ついた様子の澄人に笑顔を向け小鞠はついでとばかりに忠告した。


「二人とも健全な夜を過ごしてくださいね。でないと追い出します――シモンはいつもどおり自分のベッドで寝て。わたしがソファで寝るから」

「そんなコマリ……ここはコマリの部屋なのだからコマリが充分休まなくては――」

「そう。家主はわたしなんだからわたしの決定は絶対なの!わかったら皆おとなしく寝なさいっ!!」


小鞠の一喝にシモンはしゅんとした様子で首を振って、テディとオロフに彼女の言葉に従うよう頷いた。

すると彼らは心得ていますとばかりに「おやすみなさいませ」、と礼儀正しく部屋を出て行く。


「小鞠ちゃん?寝るって言ってもまだ10時過ぎだし……」

「夜更かしは体によくないんですよ、澄人さん?特に今日はたいへんな目にあわれたんですよね?」

「……ハイ。じゃあ行こうか、ジゼル」

小鞠の冷気すら感じる微笑みに澄人は顔を引きつらせ、ジゼルを伴って部屋を出て行った。


「コマリ、わたしがソファを使う。だからコマリはわたしのベッドで……」

「シモンじゃソファは窮屈でしょ。わたしなら丁度いいくらいだもの。ほら、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと寝る」

背もたれに顔を向け毛布を被ってソファに横になる小鞠に、シモンはとうとう諦めたのかベッドに移る気配がした。

「消えよ」という彼の声に反応して明かりが消える。


一分近く沈黙した後、小鞠はやっと口を開いた。


「シモン、わたしにくれた携帯のストラップだけど、これ、マジックアイテムだったのね?ジゼルさんの言葉が日本語に聞こえてるの。もしかしてシモンの首飾りみたいにわたしを守る魔法がかけられてたりする?」


「ああ、ばれてしまったのか。看板が落ちてきたり、階段から落ちそうになったり……あげくに火事だ。わたしはコマリがまた事故にあうのではと心配なのだ。お守りだと思って持っていてほしい」


「わたしのために……?」


小さく呟く小鞠は手に握り締めていた石を見つめる。

石の中を流れる小さな光の粒が暗闇で一層美しく見えた。

こんなことを言われては返すと言いだせなくなってしまった。


「この石、なんていう名前なの?」

「魔法石といってこんなふうに魔法の道具にしたり、魔法使いの魔力を増幅させたりすることなどに使う。美しい石だから装飾品として使う者もいるな」


やはり宝石としても使われる石なのか。

小鞠は両手で石を握り締めて目を閉じる。


なんだか今日はゼミ以降、怒涛のように過ぎたと思う。

昨夜は、今日ゼミで爽に会うことが気になってなかなか寝付けなかった。

寝不足の彼女からふぁと欠伸がもれる。


「おやすみなさい、シモン」

「――おやすみ、コマリ。よい夢を」


耳に届くシモンの声は優しい響きを持っていて、男性と同室で眠ることに少しだけ不安を持っていた小鞠を安心させた。


(シモンが……おかしなこと、するはずないか……)


今日までだっていくらでも手を出す機会はあったはず。

それをしなかったシモンはきっと自分を傷つけることはしないだろう。

瞬く間に小鞠は眠りに落ちた。







* * *






コマリが規則正しい寝息をたてはじめてすぐにシモンはベッドから身を起こした。

「明かりを仄かに」

彼の声に反応して天井の光球がポワリと灯る。

足音を立てないようにソファに近づき彼はそっとコマリを覗き込んだ。


(よく眠っているようだ)

そう思うと同時に溜め息が漏れる。

好きな女性にこうまで安心して眠られるというのはいかがなものか。

(完全に男として見られていないということだな)

今日、少しは自分のことを意識してくれたと思ったのに、あれは思い過ごしだったようだ。

 

身を屈め、シモンはコマリを起こさないよう注意しながら抱き上げると、ベッドへ移動する。

「ん……」

ベッドに横たえたとき彼女が身じろぎしたため目覚めたかと思ったが、様子を窺っていると眉根を寄せただけで、またすやすやと寝息をたて始めた。

そんなあどけない姿に思わず微笑んだシモンは、コマリの右手に魔法石が握られているのに気づく。

魔法がかけられているのを彼女に知られてどうしたものかと思ったが。


(てっきりいらないと言われると思っていたな)

そうしなかったのはもしかして、少しは自分に打ち解け、気を許してくれたということだろうか?

そうであるなら嬉しい。

コマリが自分と共にカッレラ王国へ来てくれることはないだろうが、せめていなくなることを寂しいと思ってくれているかもしれない。


シモンはベッドに眠るコマリの頬に触れ、そのすべらかな肌を指先でなぞった。

静かに身を寄せて両方の頬にそっと口づける。

そのまま身を離しかけた彼はコマリの唇に目を留めた。

本当は柔らかそうなこの唇に……。


(いや、コマリに何もせぬと約束した。いま頬にキスしたのも約束を破ったことになるな)

互いの唇が触れるギリギリで身を起こしたシモンは髪をかきあげ吐息を漏らす。

ベッドから立ち上がって、彼は先ほどまでコマリが寝ていたソファに横になった。


「狭い……」


呟き天井の明かりを消すと毛布を被る。


最初はコマリが眠ったらベッドに運んで共に寝ようと思っていた。

けれど彼女のぬくもりを感じたら押さえがきかなくなりそうだった。


足がソファからはみ出したままシモンは何度も寝返りを打ち、長い時間をかけてやっと眠ることに成功した。



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