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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
41/161

典型的なパターン

いったい何がどうなっているのだろう。


(わたしの部屋にモデルのジゼがいる……しかもわたしの貸した服をパジャマ代わりにして)


女の子に人気のファッション誌モデルのジゼのことは小鞠も知っていた。

クールビューティな見かけだけれど、時おりみせる笑顔がチャーミングで印象に残る。

モデル名はジゼ。

フランス人の彼女の本名はジゼル・ビュケというらしい。


(ああぁぁあ、バイ~ンな羨ましすぎるスタイルの良さ。わたしのトレーナーじゃ胸がきつそうだし……しかもジャージズボンは寸足らずって……うぅ、短足でごめんなさいぃ)


それにしてもすっぴんでも美しい。

お風呂上りなせいで少し濡れた銀髪はキラキラだし、紫の瞳はアメジストみたいだ。


「ジゼルさんの服はいま洗濯しています。明日には乾いていると思いますから。あとこれアイスティです」

小鞠が差し出すマグカップをジゼルは無言で見つめた。

「あ、ストレートだから砂糖は入ってません。……それとも市販の紅茶なんて飲みませんか?」

どこか有名な茶葉メーカーのお茶しか飲まないとかだったり。

小鞠が心配になったところでジゼルはふふと微笑んだ。


「いいえ、ありがとう。いただくわ――あなたとてもいい人ね」

「へ?」

「だってそうでしょ?おとぎ話の世界にしか存在しないはずの魔法使いがいるって聞かされて、それを疑うこともなく信じるし、しかもその魔法使いたちから追われているわたしとスミトを匿うなんて。最初、裏があるのかと思ったけど、あの3人……シモンたち留学生もマンションに住まわせてるくらいだし、コマリはよっぽど人がいいのね」


ジゼルと澄人がこの家に来た経緯は大体聞いた。

そして事情を聞いてしまったら放り出すことなどできない。

魔法使いたちに捕まったら澄人は自由を奪われ、望まないことを強いられるのだろう。

澄人は「望まないこと」の内容を詳しくは話してくれなかったけれど、小鞠も聞かないほうがいいと思ったためあえて触れなかった。


ジゼルにシモンたちのことは周りに説明している通り、彼らは日本の文化を学びに留学してきたと言ってある。

澄人が小鞠たちとジゼルの仲立ちとして異世界の彼らをそう説明したからだ。

彼は自分とシモンの間にはなにやら事情があると察してくれていたし、気を利かせてジゼルにうまいこと誤魔化してくれたのだろう。


(いきなり異世界人ですって紹介して信じるわけないし、仮に信じてくれても驚かせるだけだもんね)


それにシモンたちが何のために異世界からこちらの世界に来たのかと、ジゼルに説明したくない。


(愛魂だとか魂の対の相手だとか……ある意味、乙女な妄想よりイタイ現実すぎる)


そんなわけでこちらの事情はあまりジゼルに話したくない小鞠だ。

リビングのありえない空間の歪みや天井の光る球は、澄人の魔法ということで押し通した。

魔法協会のトップにと言われるほどの澄人なので、そこは彼女も簡単に信じてくれたので助かった。

ただ澄人が自ら魔法使いであることを明かすほど、親しい友人を作ったことが不思議だったようだ。

これまでは魔法協会に見つかることを恐れて、己の痕跡をなるだけ残さないようにしていたらしい。


首を傾げるジゼルに、人命救助を優先してシモンたちの前で魔法を使ったからと澄人が説明すると、彼女は何かに思い当たったように「ああ」と頷いて、ようやく納得してくれた。


「シモンたちのことは成り行きですし、今更二人増えたってそう変わりません。それに一人でいるより賑やかで楽しいです」

「そういえばコマリのパパとママは?」

「父は病死で母は事故死しました。このマンションは両親が残してくれたんです」

「そう……。じゃあ小鞠は寂しかったのね」


ジゼルの言葉にどきりとした。

彼女を見つめると不思議と優しい笑みを向けられた。


「わたしもね、寂しかった。わたしのパパ、ママ以外に奥さんがいたの。わたしはいわゆる庶子ってやつ。わたしのママももういないのよ。だからわたしもずっと愛情に飢えてた気がするわ。でもスミトに出会ってこの人だって思ったときから心が豊かになったの。――ねぇ、コマリのラマンはあの三人の誰?やっぱりシモンなのかしら?」


「えぇ!?シモンとはそんなんじゃ――」


「あら、シモンの片想いなの?あのベッドとか宝石つきの家具とか、付き人がいるくらいの大金持ちでしょう?女の扱いもスマートだしいい男だと思うわ。何が不満?」


「不満っていうか……」


うう、異世界の王妃様になんてなれませーん!!

こう言えたらいいのに。


「庶民とつりあわないです」

「そんなことが理由?」

「へ?」


そんなこと?


「庶民とセレブっ!それが何!?教養がないというなら勉強すればいいだけ。親類縁者一同から庶民と蔑まれるのを笑って受け流せるくらいの根性をつけるのよっ。相手の弱みを握って脅すくらいの気概があればなおいいわっ!!こんな玉の輿!見逃す馬鹿がどこにいるっ」


び、びっくりした。

ジゼルさんってこんなキャラなの?


グと胸の前で拳を握り締めるジゼルに小鞠は引きつった笑みを浮かべた。


「黒いです、ジゼルさん!ていうかわたしがシモンを好きみたいな前提で話が進んでます」


「進んでます、って――だってコマリもシモンが好きなんでしょう?でなきゃシモンとつきあっていない理由は彼が好きじゃないからとか、友達としてしか見れないからって言うはずじゃない?二人で仲良く帰宅してまさか嫌いってことはないわよね。つりあわないってコマリは言ったけど、逆につりあう身分ならOKってことでしょ?」


ジゼルの言葉に小鞠は無言になってしまった。


(あ、あれ?そういうことになるの、かな?)

 ……じゃあ――。


「わ、わたし……え?好きってシモンが?……えぇえ!?」


真っ赤になってうろたえる小鞠にジゼルが吹き出した。


「やだ、自覚なかったの?」


「だって、だって……わたし、大学の先輩がずっと好きで――あ、でもシモンがいたから先輩のことふっきれたし、それを感謝してるってだけじゃ……?」


「失恋したのを慰めてもらったの?あら~、それは恋に発展する典型的なパターンね」


「ぅえ?そうなんですか!?あ、ドラマでもそんな展開何度も観た……まさか、わたしがそんなパターンにはまるなんて――っていうか恋!?シモンに恋っ!?本当に!?」


シモンはお坊ちゃん気質だけれどそのおかげかすごく優しいし、こっちが恥ずかしくなるくらい自分を女の子として扱ってくれる。

しかも実は王子として国のことを考えているし、意外に頼れるし強い。

どうやら城で臣下に守られてぬくぬく暮らしているだけの王子ではないみたいなのだ。

彼が異世界と連絡を取っているのを聞きかじったことがあるが、的確に指示を出していたようだった。

察するに仕事もできるのだろう。


(今更ながらにシモンって完璧な王子様な気がしてきた)


そんな完全無欠なシモンがどうして自分を選ぶのだろう。


(あ、シモンの欠点みっけ。女を見る目がない――って、自分で言ってどうよ……)


自分の考えに自分で突っ込みを入れる小鞠はジゼルの視線を感じて目を向けた。


「恋愛に関してはまだベーベちゃんなのね、コマリって。なら自分の気持ちが育つのを待ってみるのもいいわね」


「待つんですか?」


「そうよ。だって気持ちが育つと相手に近づきたい、触れたいって自然に思うもの。シモンに対してそう思うようになったら、コマリも女になったって証拠」


ウィンクするジゼルの笑顔になぜかコマリは思わず素直に頷いてしまっていた。

だがすぐにあわわと我に返って話題をそらす。


「そ、そういえばジゼルさんって日本語上手なんですね」


「え?普段、スミトとはフランス語で会話してるし、日本語の聞き取りはともかくやっと少し話せるくらいのレベルよ?コマリこそフランス語が話せたのね。きれいな発音。まるでネイティブみたいだわ。そういえばシモンたちもフランス語がペラペラね。みんなわたしに合わせてフランス語を話してくれるのは助かるわ」


「えっと……?」


「ん?どうしたの?」


小鞠にはさきほどからジゼルが日本語を話しているように聞こえていた。

だがジゼルに自分の言葉はフランス語に聞こえていたらしい。

そういえばリビングで澄人がいろいろジゼルに説明しているとき、なぜか標準語を話していて違和感を覚えたが、彼女のためにフランス語を話していたのだとしたら――。


(これってもしかしてぇ~~~~!)


小鞠はパジャマのポケットに突っ込んでいた携帯を取り出し、シモンにもらったストラップを外した。


「あら、きれいな石ね。光ってるわ」

「えーと……蛍光塗料とか混ぜ込んで作ってる人工石みたいです。そ、それよりジゼルさん、わたしが合図したら何かしゃべってくれますか?」

「え?何、いきなり」

「すみません。ちょっと実験……というか確かめたいことがありまして」


石をベッドにいるジゼルとの間に置いて小鞠は彼女に頷いてみせた。


「いったいなんなの?」

「あ、通じた」


シモンに新たな首飾りが届いてからも、日本語を教えて欲しいと彼は言葉とひらがなの勉強をしている。

確か勉強のとき、シモンは少し離れた場所に首飾りを置いていたような……。

それを真似るように小鞠は2mほど離れた距離にストラップを置いた。


「Qu'est-ce que vous complotez?」


首を傾げるジゼルの発した言葉はフランス語として小鞠の耳に届いた。

当たり前だが何を言っているのかわからない。


(やっぱり石に魔法がかけられてるんだ)


そう確信した小鞠はストラップを掴むと部屋を飛び出していた。



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