ヒモ男
「「トップ!?」」
テディたちが揃って素っ頓狂な声を出したのがおかしかったのかスミトは小さく笑った。
「年齢も一応は考慮されんやけどどっちかいうと実力主義のとこやねん。ボク、魔力強ぉてしかもそう苦もなく魔法使えてな。それがあかんかってんなぁ。日本におったとき力のコントロールしようと思て修行したんが仇になったわ。なまじ小器用になってしもて、気づいたら協会に首までつかって、簡単には抜けらん地位におったんや。ゲイリーはそんときボクと並ぶ実力の持ち主て言われてた仲間。ほんで好敵手やってん。けど魔法協会の総帥が亡くなって、ボクが次の総帥になるのを拒否して逃げたときから関係は変わってしもた。本部は追っ手にゲイリーを差し向けたんや」
「スミトと対等に渡り合えるのはそのゲイリーという男だけだからか」
テディが言うとスミトは苦い顔になった。
そんな彼を見ていたオロフがわからんというように眉を寄せる。
「総帥になるってことはこの世界の魔法使いの頂点に立つってことだろう?どうして拒むんだ?俺でいうなら騎士団長になるのを拒むということだろう?……ないな。むしろそこを目指しているくらいだぞ、俺は」
「あんまり趣味のええ団体とちゃうねん。魔法で人を操ってターゲットを襲わせたりって……そういうのん平気でやるんや。オロフ君は実際見たやろ」
「ああ、彼女がそうか――」
オロフの言葉にスミトは頷いた。
「目的のためには手段を選ばんっちゅう団体なんや。それにいろんな国のお偉いさんとつながっとってがっぽり稼いどる。ボクも協会のためや思て非人道的な魔法使ったことあったけど、それって協会が稼ぐ手助けしてんやってだんだん気づいてきて……やから自分が死んだことにでもして姿くらまそうと準備しててんけど、実行する前に総帥が死んでボクが次期総帥なんて笑えん状態になってしもたやん?正式に総帥にされてしもたら周りにうじゃうじゃ人がついて、絶対逃げられへんようになってまうから、強行突破でトンズラしたんや。そしたら魔法協会のお尋ね者になってもうた」
魔法協会の裏部分を知ってしもてるからしゃあないけど、とスミトは諦めたように首を振る。
どうやらこちらの世界の魔法使いはカッレラ王国の魔法使いのように、国のために働くという意識がないらしい。
そういえばコマリ様はこちらの世界の魔法使いの存在を知らなかったようだし、そもそも社会に対する関わり方が我が国とは違うのだろう。
(秘密裏に存在するのか――もしかして社会の負の部分に寄生するかのように?)
ならばスミトが逃げたのもわかる気がする。
「逃げだしたあとはいろんな国を点々としてなぁ。そんとき追い詰められて自殺って芝居をうってみてん。ほんでやっと生まれ故郷の日本に帰ってきたんやけどこの前、ラブホの火事消すんに魔法使ぉたやろ?バレんようにしたつもりやけど、やっぱさすがにあんだけの火ぃ消して誤魔化すんは無理があったんや。魔法協会て魔法の存在を世間に知られたくないから、魔法が関わってそうな事件には敏感でな。そのせいであの火事が日本支部の網に引っかかって、そっから本部へ連絡いったんや。――今日ゲイリーに会うたとき言ってたけど、あいつはボクが自殺したなんて思てなかったんやて。やから日本支部から連絡を受けたときボクやと思たらしいわ。で、自らボクを探しに日本へ来て現場検証しとるときに、偶然ジゼルを見つけたって……まさかジゼルのことが協会に知られてるなんてなぁ」
深い溜め息をついてスミトがソファの彼女を見た。
眠っていても美貌の持ち主だとわかる女性だ。
「ジゼル……彼女の名か」
「せや。日本に来てモデルはじめてんけど最近売れてきてたし、念のため思てジゼルになんかあったときボクにわかるようにしててん」
「大学でいきなりおまえの様子がおかしくなったのはそのためか」
オロフが思い出したように言うとスミトは頷いた。
「元々はストーカー対策やってんけどな。はぁ~……それにしたかてジゼルのこと協会に知られてたんやったら、遅かれ早かれゲイリーはボクが日本におるって目をつけてたやろな」
「モデル」という耳慣れない言葉はよくわからないが、おそらく彼女の仕事のことだろう。
(仕事がうまくいって彼女の名が世間に通ってきたということだな……たぶん)
こちらの世界は文化も魔法もカッレラ王国と違いすぎて、理解することをとうに諦めているテディだ。
わからない言葉を一から十まで質問することももはやしなくなっている。
腰を屈めてジゼルを覗き込むオロフも、「モデル」という言葉に反応することなく、
「スミトがヒモでいることを許していたくらいだから、たぶんおまえに惚れてるんだよな、彼女?ダメ男好きか?こんなに美人なのに残念な趣味だな」
と哀れむような眼差しになっただけだった。
彼の台詞を聞いて、確かに残念な女性だとテディが思ったところで、スミトが心外だとばかりに声を上げた。
「ちょ……ボクかて好き好んでヒモしてるんちゃうし!でも働くたびに協会に見つかってしもてな!?それでも一人でなんとかして逃げるつもりでおってんよ?おってんけど――」
「けどなんだ?」
テディが問えばスミトは一瞬言いよどみ、迷ったあげく結局は口を開いた。
「可愛いなぁて思てしもたらもうあかんかったんや」
そう言ってぐしゃぐしゃと頭をかきむしりながらしゃがみこむ。
「最初はそんな気なかったんやで?ボク、逃げてる身ぃやし。けどジゼルな、へんな男に目ぇつけられてて、そいつちょっと魔力あったんや。誰かがやばい魔法かけられそうになってて、自分がそれを防げるだけの魔法使えたら放っておけへんやろ?けど、助けたらなんかやたらなつかれてしもて……。まずいなぁて思たから黙って逃げようとしてんけど、日本に行くことがばれてもうてん。一緒に行くって言われたときあかんて言えへんかったわ。……ちゅうかむしろ彼女の気持ちを知って喜んでる自分がおったくらいや」
両手で頭を抱えうつむくスミトの顔が心なしか赤くなっていた。
いつもどこか飄々としている男がこんなふうに赤面するなんて意外だった。
「つまりスミトも彼女に惚れていて、だから彼女と一緒にいたかったということか」
「ボクのゴタゴタに巻き込むんはあかんてわかってるねん。魔法協会にジゼルのことがバレてるいま、これ以上一緒におらんで離れるべきやってわかったわ。せやしボクを君らの国に連れて行ってぇや。ジゼルにはボクの気持ち言うてないし、いまならまだ彼女かて引き返せる。魔法協会も異世界までボクを追ってこられへんやろ?」
そこへ引っかかったとばかりにオロフが声を発した。
「ちょっと待て、スミト。彼女に気持ちを言っていない?」
「逃亡者やのに言えるわけあれへん」
「ならおまえが仮にカッレラに行ったとしたら、彼女は片思いの相手に尽くすだけ尽くして、訳も分からぬまま捨てられるのか?」
「捨てるってあんまりな……ボクに関わってジゼルが普通の幸せ手に入れられへんようになるのはあかん。だから離れた方がええねん。それにボクかてジゼルにばっかり世話になってんは悪いと思てるし、せめて体だけは満足してもらえるよういつも頑張って――っァいっタ!」
スミトの頭にオロフの手刀が見事にヒットした瞬間、声があがった。
「この馬鹿者がっ!それらしい言い訳をしてきさまが彼女を抱きたいだけだろうっ」
怒気を孕んだ声音はオロフが部下を叱りつけるときを思い出させた。
オロフは騎士であるが故その精神はときおり聖人君子を思わせる。
カッレラ王国の騎士団はそこまで規律に厳しいわけではないが、それでも禁欲的な騎士道としてテディの目には映り、真似できないと常々思っているくらいだ。
(わたしとしては体だけでもというのはわからなくもないが……。騎士道云々を置いてもオロフはこういうことに真面目だからな)
なによりスミトが彼女を好きな以上、オロフの言うとおり性欲に負けてると言わざるを得ない。
それをスミトが気づいていないところがタチが悪いのだ。
「きさまのような男を助けてやることなどなかったな。いますぐここから叩き出してやる」
オロフがスミトの首根っこを掴もうとしたとたん、スミトが素早く逃げてテディの背後に隠れた。
「わぁ!オロフ君、なに怒ってんの?テディ君、助け――うっ、痛っ!タタタっ!」
そんな彼の腕をねじり上げたテディは、
「あ、つい。どうもいきなり背後に立たれると反射的に……すまないな」
と、さほど悪いと思っていない様子で謝罪する。
「なんや有名な漫画の殺し屋みたいなこと言うなぁ。えらい殺気感じたで。まさか女の子にもこうなん?」
腕をさすりつつスミトが言うのを聞いてオロフがニヤニヤと笑った。
「テディの場合は男限定だ。シモン様以外のな。こいついまでこそこんなだが、昔はすごい美少年で、野郎に狙われたことも数知れずあってだな――」
「オロフっ!」
嫌なことを思い出させる。
女性に言い寄られた場合はいい思いをさせてもらったが、それだけではなく、自分はなぜかそういう趣味の男によく目をつけられた。
身の危険を感じて体を鍛えたのは言うまでもない。
顔を顰めるテディにオロフははいはいとばかりに肩を竦めた。
「Uh……(うん……)」
ソファに眠るジゼルから声が聞こえてテディたちは一斉に視線を向けた。
これだけ騒いでいれば目を覚まして当たり前か。
瞼がふるえスミレのような紫の瞳が彷徨う。
「Où……?(どこ……?)Sumito!(スミト!)」
だがスミトを見つけたとたん、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべてソファを飛び起きた。
(わかりやすいな――これはスミトじゃなくても気づくぞ)
というより「一緒に行く」と言われるまで、彼女の気持ちに気づけなかったスミトは、よほどの鈍感だ。
ちょうどそこへ玄関のほうから扉の開閉音が聞こえた。
「ただいま」
コマリとシモンの声がしたためテディとオロフ、そしてスミトが視線を見交わした。
リビングの扉が開いて先に顔を覗かせたコマリがぎょっと立ち尽くす。
背後にいるシモンは彼女より背が高いため室内が見えているのか、ジゼルを見た後「誰だ?」というように家臣二人に目を向けた。
「アムアムのジゼがいる――」
ポツリ、呟くのはコマリだった。
そして次の瞬間。
「嘘ぉ!ジゼがなんで家にいるのぉぉぉ!?」
驚くテディたちをよそに彼女が叫ぶ。
そんなコマリを見てジゼルはにっこりと微笑んだ。
「Nice vous rencontrer. (はじめまして)Je suis heureux de vous voir.(会えて嬉しいわ)」
そうか。
彼女は「モデル」という仕事をしているため、既に誰もが知るほどの有名人なのか。
大興奮のコマリを見つめテディはそう納得した。