魔法使いの組織
大学を出てすぐに人のいない裏通りへ向かったため、オロフも何かあるのだとは予想できた。
スミトが何事か呟き小さな紙を投げると、ガウンのようなものに派手な腰布を巻いた、狐目の男が現れた。
一目で人外のものだとわかる。
それが鳥に姿を変えて飛び去ったのだ。
カッレラ王国では見たこともない魔法を使う、と驚きつつスミトの様子を窺うオロフは、彼が歩き出したため再び後をつけていく。
(この先は……駅か)
大学祭以降、別行動しているとき困らないようにと、コマリ様より「お小遣い」と称していくらかいただいているが、その金額内で移動してくれるだろうか。
表通りに戻り一定の距離を保ちつつ、オロフはつかず離れずスミトの背中を追う。
スミトは下手に近づきすぎると気配に気づいてしまうという、もっとも尾行のしにくい人間だった。
(シモン様に油断ならない相手だと伺っていたのに一度尾行を撒かれたからな)
あのようなヘマは二度としない。
オロフは慎重に歩みを進めた。
通学路ということもあって疎らに人は歩いている。
この調子なら気づかれることもないだろう。
あとは車通りに出たとき信号にさえ気をつければ、車道を挟んでこちらと向こう側、なんてことにもならないはずだ。
スミトについていくオロフは彼が空を見上げて立ち止まったため、建物の陰に体を潜ませた。
そっと前方を覗き見れば、弾かれたようにスミトが駆け出すところだった。
駅とは違う方向だ。
よく見れば宙に飛ぶ鳥を追っている。
(あれはさっきスミトが召喚した魔物……でいいのか?)
カッレラでは魔の類を召喚することは禁じられているし、自分は魔法も使えないためあれがなんなのかよくわからない。
わき目も振らず駆けていくスミトを見失わないようにオロフが追う。
やがて彼は変わる景色に「あれ」と気がついた。
(このあたりは先日コマリ様たちが祭のあと飲み会をした店の近くか?)
あのときとは違う道を通っていたせいで自信はなかったが、花摘み宿が密集した区画に出たとき、やはりと周りを見回す。
見覚えのある看板にいまいる場所を理解してオロフはスミトに眼差しを向けた。
スミトは何をあんなに慌てているのだろう。
そのせいで周りへの警戒がおろそかになって、尾行に気づかれる心配はなかったが……。
(何をしにここへ?この先は火事になった花摘み宿があるな)
あそこへいくつもりだろうかとオロフが予想したとき、前方を足早に進むスミトの前に人が現れた。
オロフは素早く物陰に隠れる。
(女?……恋人か――?)
盗み見る先で銀髪の女がスミトに抱きついたため一瞬そう思ったが、直後に彼がガクリとくずおれたためオロフは息を呑んだ。
いつも脱力した隙だらけの態度をみせているが、スミトはけっこうな手練だと彼は感じていたからだ。
スミトを投げたことのあるシモンも同様の意見だったため、おそらくその判断は正しいいだろう。
しかも彼はこちらの世界の魔法使いだ。
こんなにも簡単にやられるなんてありえない。
膝をついてうずくまるスミトを見下ろす女に、彼がなんとか手を伸ばそうとしていた。
どうやら意識はあるようだとオロフはホッとする。
しかし思うように動けないだろうことはここから見ていてもわかった。
もしや腹でも刺されたのだろうか。
オロフが助けるべきか迷っていると、黒服姿の男たちがどこからともなく現れスミトを取り囲む。
(あれはスミトがコマリ様のお部屋で消えたのと同じ魔法?)
では奴らはこちらの世界の魔法使いたちか。
(揃いのピンを胸につけている?もしかして魔法使いの組織かなにかか?)
そう気がついたオロフは、複数の魔法使いを前にしたスミトが、不快そうに顔を歪めるのを見た。
苦しげな様子のまま口を開くスミトが彼らに何を言っているのかはわからないが、やがて、魔法使いたちの中から栗色の髪をした男が前に進み出て、かけていたサングラスを外した。
癖毛らしくくるくるとした巻き髪を持つ、女性が騒ぎそうな甘い顔立ちをした男だった。
男はスミトに何事かを話しながら銀髪の女の肩を抱き寄せた。
「やめろっ!」
大声はスミトのものだった。
オロフの元にまで声が届くほどの叫びには怒りが滲む。
そんなスミトを見つめる男は口元にニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりと左手を女の喉元へ持っていった。
指先が女の白い肌へ触れる寸前、男に向かって鋭い爪を持つ鳥が襲い掛かった。
スミトの呼び出した魔物だ。
バシっ!
男が手を振ると音とともに鳥が消え、小さな紙切れが真っ二つに裂けてひらりと地に落ちた。
ぎりとスミトが男を睨みつけ、それを見た男は周りの魔法使いたちを見回した。
よく見れば魔法使いたちはスミトを中心に円になり、ブツブツと何事か唱えているようだ。
(あれでスミトの魔法を無効にしてるとかか?)
これでは多勢に無勢だ。
男が愉悦に満ちた表情でスミトを見つめ、肩を抱いたままの銀髪の女を引き寄せると、彼に見せ付けるように頭を撫でた。
スミトはどうやら組織がらみで追われているらしいとシモンより聞いているオロフだ。
ではこいつらがそうだろう。
「……ってことにしておくかっ」
オロフは身を潜めていた建物の陰から飛び出し風のように駆けると、円を組んで呪文らしきものを呟いていた魔法使いの一人を殴り飛ばした。
突然のオロフの乱入に魔法使いたちの形成が崩れた隙を突いて、彼はスミトを助け起こす。
「大丈夫か?」
「なんでここに……!?っああくそ、スタンガンのせいでまだ体が痺れてるわ」
よろけるスミトに肩を貸し、
「説明は後だ。逃げるぞ」
と彼を引きずりかけたところで「あかん」と静止の声がかかった。
「助けな」
スミトの視線を追ったオロフは、銀髪の女のことを言っているのだと気づいた。
「こいつらの仲間だろう?」
「ちゃう。利用されたんや。それボクのせいやし」
肩を貸しているはずのオロフを押しのけスミトは癖毛の男へ向き直った。
「スタンガン」なるもので体が痺れているらしいが、なんとか動けるようになったようだ。
オロフがスミトから女に視線をずらせば、彼女は無表情で男の横に立っている。
女の様子はどこかおかしい。
いきなり自分が現れたのに驚いてもいない……というより反応がない。
「Gary, she is unrelated.(ゲイリー、彼女は無関係や)Release.(離せ)」
「Unrelated?(関係ない?)……Don't make it laugh.(笑わせないでくれ)I know that she is your――(彼女はきみの……――)」
スミトと男の会話を妨げるようにオロフはスミトの尻を軽く蹴りあげた。
「わっ!……ちょぉ、何するん?」
前によろけながらも転ぶことはしなかったため彼の痺れは回復したと判断する。
場の空気を読めとばかりに振り返るスミトの首根っこを引っつかみ、オロフは息を吸い込んで彼の耳元に唇を寄せた。
「逃げると言ってるだろうが、このボケっ!!」
ありったけの声量をふりしぼったせいかスミトだけでなく、魔法使いたちも耳を押さえたり、しかめっ面をしている。
それを見逃さずオロフは銀髪の女を肩に担ぎ上げた。
「スミト、走れっ!」
「いきなりかいっ!!目配せとかサインはないんか。あー耳がキンキンするっ」
文句を言いつつも遅れることなくついてくるところが優秀だ。
「Wait!(待て!)」
「って言われて待つ奴がいるかっ」
手を伸ばした癖毛男の指先がオロフに触れる前に弾かれた。
相手がぎょっとするのを目の端にとらえながら、彼はスミトとともに魔法使いたちの間をすり抜ける。
(あいつ、このとっさの状況で魔法を?)
男の手が弾かれたのは首飾りの守護魔法が発動したからだろう。
「Giselle(ジゼル)」
男の声が背後で聞こえた。甘い顔立ちに見合った声は中低音で色気がある。
「あかんっ!」
スミトが叫んだそのときオロフはバチバチという音を聞いた。
肩に担いだ女の右手に握られたスタンガンが彼に押し当てられたのは次の瞬間だった。