恥ずかしい合言葉
「あのテディがシモン様のお相手にふさわしいと認めている。わたしもお会いしてみたいと思う。それにどうやらシモン様に迫られて赤くなる、なんていう可愛いところもある女性のようだし、シモン様がコマリ様とうまく纏まってカッレラに連れ帰られたなら、わたしはシモン様をお守りするようにコマリ様もお守りするつもりだ」
「へー、おまえとテディが認めるお后候補――コマリ様に俺もちょっと興味がでてきたなぁ。型破りな姫君ってところか。いいじゃないか。そういうお姫様なら今あるおかしな噂に負けない強さもありそうだし、逆に立ち向かっていきそうだ」
「うん。わたしもお会いしたいな。なんだか気が合いそうな気がするし」
トーケルが気合を入れるように右の拳をパチンと左手に打ちつけた。
「おし、リクハルド。コマリ様を狙った犯人を見つけるぞ」
「半月ほど前に魔法石が一つ消えただろう?それと今回の件は無関係だと思うか?シモン様はご自分が異世界についた直後から、コマリ様の周りで不可解なことが起こるとおっしゃっているのだが」
リクハルドが気になっていたことを二人に尋ねると、トーケルが腕を組みつつ答えた。
「んなぴったりのタイミングで事が起こりだしてるなら、関係があると思うほうが普通だろ?闇市に盗まれた魔法石が流れてもいないし、犯人が手元において使用してる可能性が高いな」
「わたしもトーケルと同意見だね。上質の魔法石を城から盗んだのは、購入資金がなかったのか、販売元から足がつくことを恐れたのか、はたまた両方か。ともかく城にある魔法石に近づける人間は限られている。特にわたしたち魔法使いと神官は魔法石を使用する側だし、保管室に近づいてもあやしまれないよね」
グンネルの話にトーケルが顔を顰めて、チ、と小さく舌打ちした。
「まさか同じ職場に犯人がってか?あー、だからリクハルドは俺らを疑っちまったのか。どっちかっつうと神官より俺ら魔法使いが犯人有力候補になるもんな。腕がありゃ異世界に向けて魔法を使えるし、神官じゃ護力で魔法使いの負担を軽減する補佐役しかできないから」
「じゃあ魔法使い以外の人間が魔法石を盗んだとしたら複数犯ってことになるよね。必ず異世界に向けて魔法を使う魔法使いがいなきゃならないし」
「だなぁ~。組織的なものか?けど娘をシモン様のお后にって思う貴族や有力者なら、お抱え魔法使いだっているだろうし、王宮魔法使いや神官を仲間にする必要はないよな」
「ああ。それにそういう連中なら上質の魔法石くらいもともと持っているんじゃないか?わたしたちに知られないルートから、大量に魔法石を手に入れることもできるだろうし、わざわざ城から盗む理由がない」
リクハルドが顎に手を当てて考えを口にする。
「やっぱ貧乏組織か?んで?そういう連中がコマリ様を暗殺してなんのメリットがあるんだ?」
トーケルが疑問を口にしたとたん、今度はグンネルが宙を見据えて言った。
「単独犯、複数犯に関わらず、相手はシモン様に恨みを持っていて、シモン様の大切な者を奪いたい……とかかもね。恨みのあるシモン様を直接痛めつけるより、精神的に追い詰めたいっていうさ」
「うーわー、性格悪すぎだろそれ」
「わたしに言われても困るよ。犯人の心理なんてわかるはずもないからね」
「恨みか――シモン様が誰かに恨まれるなどわたしは考えられないが」
お優しい人柄からか臣からも民からも好かれている方なのに。
「そりゃ俺たちもおまえと同意見だけどな。人気があると逆に妬まれるってこともある」
ああそれは強烈な光であるほどできる影は濃いというやつか。
そして確かにシモン様は温かな光のような方だ。
「シモン様が誰かを娶ること自体、嫌な者だっているかもしれないね。誰のものにもならないで欲しい。いつまでもわたしたちのシモン様でいて欲しい……みたいな?」
「だから相手のお后候補を殺してしまえって?怖っ。恨みや妬みよりそっちのが怖いぞ、俺。好きなら相手の幸せを願うもんだろうが」
「うん、普通はトーケルみたく健全な思考回路をもってるよね。でもこういう歪んだ愛だってあるんだよ。そういう人は幸せにはなれないだろうけどね」
そうか、歪んだ愛というものもあるのか。
シモン様を好きな者がシモン様を悲しませることはしないだろうと思っていたが、これは考えを改めるべきだ。
だがこれでますます誰が犯人でもおかしくない状況になってしまったのではないか?
「誰が味方で敵はどんな奴かわからなくなってきたな」
リクハルドが溜め息混じりにぼやくと、トーケルとグンネルがぐいと拳を突き出した。
なんだ、と彼が目を向けると二人はニと笑う。
「俺らは味方だ」
「だね」
その言葉を受けたリクハルドが順に友を見てから右手を持ち上げた。
3人の拳をコツリと合わせ親指を立てる。
「「「友の名に恥じぬように」」」
声を揃えてから拳を離したリクハルドは掌を見つめ、少し考えて切り出した。
「そろそろこの恥ずかしい合言葉はやめないか?」
「えー?俺、もう慣れたぞ」
「やめるぅ?これほどいい言葉はないのに。リクハルドの裏切り者!」
そういえばこの合言葉を言い出したのはグンネルだった。
当時嵌っていた青春小説の言葉らしいが、さすがに20代半ばも過ぎた自分たちが使うには青すぎると思う。
なのに――。
(ああ~、グンネルはまだお気に入りなのか)
熱血な女性だったがそれは今も変わらないようだ。
「あ、いや……裏切るつもりは――」
「ふーん?でもわたしたちのこと信用してなかったよね~?その程度の信頼しかされてなかったんだ、わたしたち」
ぷりぷり怒り出すグンネルにリクハルドは困ってトーケルを見つめるが、彼はわざとらしく肩を竦めて知らん顔をしている。
「それは悪かったと思ったから謝ったじゃないか――……わかった。合言葉をやめたいともう言わない。これでいいか?」
彼女は喧嘩をすると意固地になる。
そして時間が経つにつれて言い過ぎたなどと自分を責めてへこんでいって、どんどん暗くなるのにそれでも謝れないからまた悩んで、どつぼにはまってしまうのだ。
それを知っているためリクハルドはさっさと折れることにした。
すかさずトーケルも「俺も言わない」と頷くあたり彼は要領がいい。
するとグンネルはすぐににっこりと笑顔になった。
「うん、リクハルドもトーケルもいい奴だ。やっぱり二人ともわたしの親友だね。大好きだ」
「そういうことはラーシュに言え。グンネルが気安くそんなことを言うから、俺らがあいつに目の仇にされるんだぞ。なぁ、リクハルド」
「笑顔でも目が笑っていないときがあるな、そういえば」
「わたしたちの間には友情しかないと言ってあるよ。それにラーシュのことは「愛してる」だからね」
「あーはいはい。のろけは聞き飽きた。んじゃ、ま、犯人探しを頑張ろうってことで」
「ああ。とりあえずこの話はここまでにしよう。早くシモン様に魔法石をお送りしないと。コマリ様と言葉が通じなくて困っていらっしゃるはずだ」
「コマリ様にお渡しする魔法石にも通訳機能をもたせてあるの?」
「一応――だよな、トーケル?」
「もちろん。それにシモン様の魔法石と同じだけの守護魔法もかけさせていただきました」
トーケルがおどけるように胸に手を当てて言うのをリクハルドたちは笑う。
「モア、ありがとう。もういいよ」
グンネルが声をかけると空気に色がつくように宙に精霊が姿を現した。
「今日は天気もいいし少し自由にしてきたらどう?フェルトの森で仲間に会っておいでよ。わたしに何かあったら感じれるよね?」
グンネルの言葉にモアは微笑んだまま頷くと、まるで風に乗って飛ぶ鳥のように、空へ舞って見えなくなった。
「守護精霊が側にいなくていいのかぁ?」
「自分の身くらい自分で守れるよ。モアとは友達だって思ってるしね」
精霊に守護される人間は珍しい。
「精霊憑き」と呼ばれるのは古くは畏怖の対象であった名残りからで、いまでも気味悪がったり忌み嫌ったりする者もいるくらいだ。
そのせいでグンネルは何度もいやな目にあっている。
それでも笑っているのは彼女の強さだろう。
コマリ様がカッレラ王国にいらしたとき、いまある噂にそのお心を痛めることがあるだろうが、心無い噂話の辛さを知るグンネルが近くでお慰めできないだろうか。
(……いや、まずはシモン様がコマリ様をモノにするのが先決か)
未だシモン様ご本人からうまくいったとは聞いていないのだから。
モアが見えなくなった空を見ていたリクハルドは、神祀殿へ続く回廊へ眼差しを戻した。
他愛ない話をしながら神祀殿へ向かうリクハルドたち3人を見た城の若い者たちが、憧れのこもった目を向ける。
魔法使いの中で実力者となる彼らはやはり目立つのか、その人柄も手伝って城内で人気があるのだが本人たちは自覚がない。
「リクハルド様たちだ」
「いつ見ても仲がいいよね」
「何を話してらっしゃるのかしら?」
顔見知りの者がこぞって彼らに挨拶をするのに笑顔で応え、それがまたファンを増やしていくのだと知るよしもない。
異世界の暗殺騒ぎをよそに、このときカッレラ王国の城内は平和であった。