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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
33/161

悪評

トーケルとグンネルの表情が強張ったのがわかった。

だが次の瞬間、背中にバンと衝撃が走った。


「痛っ!――ァイっ、テテテ」


トーケルの太い腕で背中を力いっぱい殴られてよろけたリクハルドの赤毛を、今度はグンネルがこれまた引っこ抜くのかとでも言うように力任せに引っ張ってくる。


「グンネル、やめろっ!髪が根こそぎ抜ける!!イテテ」

「らしくないことを言うからだ、馬鹿!おまえが人一倍仲間を大事にする奴だとわたしもトーケルも知っている。それは相手を信じていなければできないことだ」

「そうだぞ~。何年おまえとつきあってると思ってる。顔を見れば問題を抱えてるかどうかぐらいわかるんだよ。鏡見てみろ。大問題抱えて悩んでますって顔してるぞ?」


リクハルドがまさかと両手で頬を押さえると、その様子を見たグンネルがおかしそうに噴き出した。


「お、自ら問題を抱えてると白状したね。トーケルの言葉にまんまとひっかかって。そんなにひょいひょい顔に表れていては、周りに表情を読まれまくりだろう。そんな奴が上司じゃ部下も不安になるよ」

「え?じゃあ――わたしを騙したのか、トーケル」


リクハルドがトーケルを睨むと彼はひょいと肩を竦めた。


「だから何年つきあってると思ってる。おまえの扱い方くらい心得てるっての。ほら、とっとと何があったか白状しちまえ。それとも本気で俺やグンネルを信用できないのか?だったらもう一発、今度は本気で殴ってやる」

「いつまでも友であろうと約束しただろう。あの日に恥じることはしない。わたしたちを信用してくれないか」


自分と同じ緑の目をしたグンネルと、鳶色の目をしたトーケルの眼差しはゆるぎない。

(ああ、昔から変わらない――)

二人は自分にとって大切な友人たちだろう?

その思いをリクハルドは噛みしめる。


「すまない」

コツ、と二人に頭を小突かれるのを甘んじて受けた。

それから一度瞼を閉じ、二人を巻き込む覚悟を決めて目を開ける。


「シモン様の愛魂のお相手――コマリ様が何者かに狙われている。火事に巻き込まれた際、炎が襲ってきたらしい。シモン様によれば、コマリ様は誰かにお命を狙われるような女性ではなく、異世界の人間に狙われている可能性は低いだろうと……おそらくコマリ様を暗殺しようとする輩が、こちら側から仕掛けているのではと予想なさっている。それとシモン様の魔法石が砕けたのは炎からお二人を守ったせいだ」


「暗殺!?一気に話がきな臭くなったね」


「大昔は王様に娘を嫁がせて実権を握りたい貴族が、愛魂の相手を暗殺したりってあったらしいが――今じゃカッレラ王国は世界で一、二を争うほどに平和な国と言われているのにな。まさかまた王族暗殺計画が復活するとは……あ、や、お后候補だからまだ王族じゃないか」


トーケルが訂正するのをグンネルが「そこは問題じゃないっ」と、彼をはたいて突っ込む。

頭をさするトーケルを見つめていたリクハルドは、二人が静かになるのを待って口を開いた。


「シモン様はコマリ様以外お后様に望まれていらっしゃらない。なんとしても犯人を見つけ出せとそれはもうすごい剣幕で……普段お優しいあの方があそこまでお怒りになったところなどわたしは見たことがない」


「お后候補の方――コマリ様、とおっしゃるんだね?シモン様の魔法石に守られて難を逃れたってことは、魔法も使えないんだろうし、炎に襲われるなんて恐ろしかっただろうね」


「「やだーこわぁい、シモン様のお后になるのはもう嫌よぅ~」、とか言い始めたりしないだろうな。これ以上、シモン様のご不在が続くと公務が滞ってしまうぞ」


トーケルが声音を変えて女言葉を話したのを無視して、リクハルドはあっさりと言った。


「嫌もなにも、コマリ様ははなっからシモン様の求愛を拒んでいらっしゃる」


「は!?自分の住んでいる世界にやり残したこととか未練があって、こっちの世界に来るのを先延ばししてるんじゃないのか?」


「王子たるシモン様が女性一人落とせずにいるなど、おおっぴらに言える話ではないし、故意にそんなふうに広めたかもな」


彼らにすべてを話すと腹を括ったのだからもはや隠す必要もないだろう。


「なんだ、ガセかよ。……もしかしてお后候補はすんごい我儘娘なんじゃないかって思ってたぞ、俺」


「いくら愛魂の対となるとしても、そのような女性をシモン様が選ぶはずがないだろう」


「いやぁー、シモン様ってああいう方だから、女の我儘も笑って許すんじゃないかと……」


 確かにシモン様はお優しい方だが愚かな方ではない!

(トーケルめ!シモン様のどこを見ているっ)

リクハルドがジロリとトーケルを見据えると彼は背筋を伸ばした。


「すんません。俺がシモン様をわかってませんでしたぁ!!」


わかればいい。

うむとばかりに頷くと、「リクハルドってテディ並みにシモン様命だからな~」とブツブツとトーケルから聞こえた。

そんな彼をなだめるように、グンネルが優しく背中を叩いてリクハルドに大きな瞳を向けた。


「その噂だけどね。まんまコマリ様の悪評に変わっているよ」


「悪評?」


「さっき言ったろ。守護魔法を施した魔法石が砕けるほどの危険がある異世界の女性は、カッレラ王国のお后様には向かないって声があるってさ。危険な世界イコール危険に対応するだけの攻撃性を持った女性と思われてるんだよ。トーケルがコマリ様を我儘娘だと思ってたように、そういう連中もコマリ様のことを、シモン様を振り回す悪女だって思い込んでるんだろうね。シモン様が異世界にずっとご滞在なさっているのは、その悪女がシモン様を誘惑して腑抜けにしようと企んでるからだとか、実は男を誑かして食い物にする魔物や悪魔じゃないかとか――」


「なっ……!そのような馬鹿なことがあるわけないだろう。シモン様が女性で国を傾けることなどなさるはずはない。それに魔の類から守るためにも、魔法石の首飾りをお渡ししてあるのだ!」


「俺たち魔法使いなら守護魔法を施した魔法石を持ってりゃ、魔物が近づけるはずもないってわかってるけど、そうじゃない奴らは魔法に関しちゃ素人だしなー」


トーケルが仕方ないだろうとでも言うような顔になる。


「いや、魔法使いの中でも異世界なのだから、こちらの魔法が通じない魔物がいてもおかしくないと言ってる奴がいるそうだよ」


「あーん?んな魔物がいる世界ならシモン様たちが異世界についた瞬間、餌にされてるだろっての。あ、だから誑かされて食い物にされるって発想がでてくんのか。もしかしてお相手は淫魔だとか思われちゃってるのかね~。この世界じゃ魔の類とは既に世界が隔絶してるからな。淫魔なんて男としちゃ一度は会ってみたい魔物だけど、魔物に魅入られる可能性が大きいし、魔物召喚がばれたら首が飛ぶから無理だよなぁ」


あー残念だ、とトーケルがぼやく。


「おまえなど淫魔に精気を吸われつくしてしまえ」

「トーケルってこういうところ、バカだよね」


リクハルドとグンネルが呆れ顔になっているのに、トーケルは明るく笑ってまったくこたえた様子はない。


(ったく、こいつらと話をしていると深刻な話もなんだか違って聞こえてくるな)


リクハルドの頬の筋肉が緩んでフと笑ってしまったのを、友の二人は気づいたのか彼らもまた目を見合わせて笑いあう。

だがリクハルドはすぐに現実問題を思い出し、

「シモン様の名誉を守ろうとしたせいでコマリ様の評判を落としていたとは――この失態、シモン様になんとお詫びすればよいだろうか」

と弱り果てると、グンネルは難しい顔になって腕を組んだ。


「シモン様は老若男女問わず人気者だからね。誰もがシモン様のお后様になる方に完璧を求め期待してる。優しく美しく明るく可愛く聡明で機智に富んでしおらしく……そんな夢幻のようなありえないほど完璧な女性がいるわけないんだよ。だけどコマリ様がこの国にいらしたらきっとそれを演じる羽目になる。悪評を覆すためにもね。なぁリクハルド、テディから聞いてるコマリ様は実際どんな感じの女性なのかな?」


「シモン様が夢中になるくらいだし、傾城傾国の美女とかか?」


「さあ?容姿は詳しく聞いたことはないが、話を聞く限りおそらく淑女とはいえない女性だろう。テディが男前な方だと言っていた。なにしろ王子であるシモン様に従うどころか意見するそうだし、たまに怒鳴りつけるらしいからな」


怒鳴りつけると聞いた二人は驚愕のあまりか絶句してしまった。

(わたしもテディから聞いたときは同じ反応をしたな)

そしてそんな無礼千万な態度を笑って話すテディにも目を疑ったが。

テディ曰く「最初はなんと無礼なと思ったが、近頃はその突き抜けっぷりが見ていて面白いんだ」と、とても楽しそうで、彼がコマリ様をとても好意的に認めているのだと感じた。


違う文化で生きてきたため、こちらの世界の常識と違った考え方をするらしいが、自分の信念を持って生きておられるようだ。

そういう一本筋の通った人間をリクハルドは好きだった。

だからテディから「コマリ様」という人物の人となりを伺い知るたび、自分も好感をもっていったのは確かだ。



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