実力と信用
カッレラ王国の城内では大勢の人間が働いている。
リクハルドのような魔法使いたちもそれは変わらずに――。
「おい、リクハルド。これ以上カッレラ王宮で働く魔法使いを扱き使っていたら、みんな倒れてしまうんじゃないか?」
執務机にドンと腰を下ろす男の出現にリクハルドは書類から目を上げた。
薄茶の髪と鳶色の瞳を持つ男が太い腕を組んでリクハルドを見下ろしている。
「なんだ、トーケルか。そんなことはわたしもわかっている。それよりおまえは消えた魔法石の行方調査の指揮を任されたはずでは?つまらない泣き言を言うためにここへ来たのならとっとと仕事に戻れ――ペッテル、次の資料を持ってきてくれるか」
リクハルドが資料作りに格闘していたらしい部下の青年に声をかけると、トーケルはわずかに目を眇め、組んでいたはずの腕をゆるめて右手を差し出した。
「シモン様と未来のお后様専用の魔法石ができたからもって来た。異世界と連絡を取り合ってるおまえが過労気味なせいで、こっちにお鉢が回ってきたんだよ。大至急ってことだったろ?つかシモン様の魔法石追加ってお后候補のいる世界って、どれだけやばい世界だ?」
「ああ、そうだったか。悪い。ではすぐにこれを異世界へ送らねば――トーケル、おまえはわたしと来てくれ」
「げ、もしかして異世界に魔法石を送るのに俺の魔力も使う気か」
「おまえは体力が人一倍有り余っているだろう。協力しろ」
シモンへ渡した魔法石が砕けてしまった理由を、テディから聞いて知っているリクハルドだが、ここではあえてそれに触れないようにした。
神祀殿でテディとの会話を聞いていた魔法使いと神官にも硬く口止めしてある。
リクハルドは椅子から立ち上がり室内を見回した。
その瞬間、部屋にいた魔法使いたちは一斉に机にうつむく。
それを見たトーケルが苦笑いを浮かべた。
「こっちの世界と異世界を繋いだり連絡を取り合うたび、魔法石で魔力を増幅しても、俺ら魔法使いはごっそり魔力を奪われるからな~。シモン様たちがこちらへお戻りになるとき、城中の魔法使いが倒れてしばらく使い物にならなくなるんじゃないか?」
「わたしは皆がそこまで自分をヤワだと思っているとは思わないが?」
「俺らを高評価してくれてどうも」
高評価は当然だ。
ここにいる連中はカッレラ王国でも選りすぐりの魔法使いたちなのだ。
簡単にへばるような奴らじゃないだろう。
リクハルドはトーケルの苦笑が深まるのを不思議に思いつつ、再び周りに目を向けた。
「せめてあと一人くらいいたほうがいいな――ペッテル、資料はあとでいい。おまえもわたしたちと共に神祀殿へこい」
リクハルドが声をかけると、予想をしていたのか彼は大きく肩を震わせた。
「前回も魔力を奪われてまだ完全に回復していませんし無理です……マーヤみたく倒れていいですか?えーと、ヴィゴ。おまえどうだ?」
資料を手にしたペッテルが青い顔で首を振って、同僚を生贄にするかのごとく名前を呼んだ。
「わたしも前回、ペッテルとマーヤと共にご協力いたしました。それにわたしは先日から病欠となっているクレメッティの分の仕事も行っております。これ以上の負担がかかりますと、明日から長期休暇をいただくことになるやもしれません」
眼鏡を持ち上げ律儀に返答するヴィゴだが、彼もまた暗に「嫌だ」と言っているようだ。
「ならわたしが手伝ってやろうか?」
明るい声と共に背後からリクハルドとトーケルの腕を掴んでくる者がいた。
焦げ茶の波打つ髪を持つ小柄な女性が、二人を見上げ緑の瞳を細めて笑った。
彼女の右耳に緑色の石がついた耳飾りが揺れる。
「グンネル。ありがたい申し出だがちょっと――」
「おまえに手伝ってもらうと後でうるさい奴が出てくるからなぁ」
困ったようなリクハルドの言葉を引き継いでトーケルは頬をかきつつ言う。
グンネルはリクハルドとトーケルの同期で飲み友達でもある。
最近結婚したばかりで夫が彼女にベタ惚れなうえとても心配症なのだ。
「仕事に口出ししてくるようなら別れてやる。ほら、つまらないことを言っていないで神祀殿へ行こう」
廊下に引っ張りだされて、結局はグンネルにも力を借りることにしたリクハルドだ。
3人並んで神祀殿へ向かって歩いていると、グンネルはリクハルドの持つ魔法石を見て首を傾げた。
「首飾りの方がシモン様の分でもう一つが愛魂のお相手の分だね。なぜ首飾りにしていないの?」
「テディによれば魔法石は宝石にも見えるし、首飾りにすればおそらく受け取ってくださらないだろうと――シモン様の愛魂の対となる方はとても堅実な女性なのだそうだ。贈り物はいらないとシモン様におっしゃったそうだしな」
「でもこんな紐と房をつけたものをどうする?持ち歩かねば意味がないのに、これでは部屋に飾られてしまうのじゃないか?」
「向こうの世界の人間が必ず持ち歩くものがあるらしい。それにつけていただくそうだ」
ふうん、と納得しかねる様子でグンネルが頷く隣で、トーケルが「魔法石のことよりだ」とリクハルドに眼差しを向けた。
「リクハルド、さっきおまえがペッテルを指名したときあいつ、明らかに指名されるのを予想してましたって感じだったけどなんでだ?ペッテルがヴィゴに自分の代わりを頼んだら、あいつも嫌がってただろう。マーヤは過労で倒れたってことだが、考えてみれば先日の異世界との連絡で、魔力提供したあいつらの様子がおかしい気がする――リクハルド、前回の連絡で何を聞いた?今回もその話が出ると踏んで、魔力提供の相手に前と同じペッテルを指名したんじゃないか?」
率直に尋ねられてリクハルドは額を押さえた。
「誰の耳があるとも知れない場所でおまえは……」
「ちょっと待って。そういうことならわたしに任せてくれ」
グンネルが二人を立ち止まらせた。
彼女が耳飾りの緑の玉を取ってポイと宙に投げると、玉が揺らいで大きくなり人型になった。
緑の髪をした白目のない深緑色の瞳を持つ美しい女性が、地面の上に浮いて微笑んでいる。
向こう側が透けて見えるわけではないが人間より存在が希薄で、風もないのに髪やローブを纏ったような服が揺れていた。
「おー、そういやグンネルは精霊憑きだっけなー。俺らが人避けの魔法使うより完璧か」
トーケルが「やあ」と精霊に手を上げると彼女は真似をするように手を上げて笑う。
「そういうことだ。――モア、わたしたちの会話を人に聞かれないようにしてくれるかな?目晦ましでも人避けでもなんでもいい。唇を読まれるのも困るんだよ。面倒かもしれないけど頼むね」
グンネルがそう言うとモアと呼ばれた精霊は頷いて空気に溶けるように消えた。
「よしこれで大丈夫だ。リクハルド、異世界にいらっしゃるシモン様たちに何があったのか、わたしたちに話してくれるよね?」
「おまえの親父――魔法長官とさらに神官長官までが揃って王様の元へ出入りしているし、実はカッレラの一大事か?」
こう尋ねてくるトーケルに続いてグンネルも深刻な顔で口を開く。
「そういえばシモン様の魔法石が砕けたって聞いた連中の中には、そのような危険な世界に住む女性は得体がしれないと、お后様にするのはどうかと疑問視する声もあがっているようだよ。愛魂の相手をお后候補として認めないなんて、こんなことは前代未聞だ。それに未だ異世界からご帰還なさらないシモン様がご無事なのか案じている者も多いしな」
「人手が必要になればいずれ魔法長官から話があるはずだ」
リクハルドが返事を避けるとトーケルが「おいおい」と片眉をあげた。
「まさか俺とグンネルをペッテルたちのようなひよっこと一緒にしてんのか?一応、隊を組んだら俺らは指揮官になるくらいの実力はあるんだぞ」
「そうだ。水臭いぞリクハルド。わたしたちの仲じゃないか」
トーケルと同意見のグンネルが笑顔になる。
自分を見つめる二人の目に、偽りを口にしているような曇りはなかった。
だがリクハルドはあえてそれを口にする。
「実力は認めている――が、信用はできない」