地球産魔法使い
結局、アルバイトは全員休むことになってしまった。
菊雄と冠奈にはシモンたちが風邪を引いたことにして、看病すると嘘をつくのは心苦しかったが、本当のことを話せるはずもない。
そうして現在、リビングのソファに5人が腰かけているのだが、澄人の視線はまず大きなベッドへ向けられ、テーブルや飾り棚そして天井へと順に移動した。
(ああ、わたしのバカ!なんで家に上げちゃったの)
こんな部屋を見た相手にシモンたちのことを留学中の外国人だと誤魔化せない。
ダラダラと汗が流れる思いのする小鞠は、澄人がどこか感嘆したような溜め息をついたため、シモンの隣でビクと肩を震わせた。
「こりゃまた部屋をありえない状態にしてしもて。あそこが境目か。空間を無理やり広げるなんて魔法あんねんなぁ。この魔法があれば狭い日本も広ぉなんで。で、天井には魔法の光る球か。シモン君の声に反応しよるんやな。ほんまもんやわ」
「本物とはどういうことですか?」
オロフがシモンに通訳しシモンが何事かをテディへ伝える。
それをテディが側近らしく澄人へ伝えると澄人は「ん?」と眉を上げた。
「だってファンタジー世界の住人なんやろ、シモン君ら。映画や小説の中やなくて実在の。そういう意味で本物って言うてんけど。いやぁ、最初シモン君に会ったときは半信半疑やってん。今日訪ねて来たんもそれを確かめるためやってんけど、この部屋とか聞いたこともない言葉を話すシモン君を見たらもう充分やわ。異世界なんてホンマにあるとは思わんかったな~」
どうやら澄人はシモンが異世界の人間だと感じていたようだ。
「オロフ君と……えーときみはテディ君やったな?きみらの首にも、シモン君に感じたようなすごい魔力を感じるし、二人ともシモン君みたく首飾りしてんやろ?で、シモン君の首飾りは昨日壊れてしもたやん。おそらく首飾りが言葉の壁をなくしてくれてたんやんな。あれが壊れてからシモン君と言葉通じんようなってしもたし。はぁ~、すごいアイテムやなぁ。ボクにはテディ君もオロフ君もきれいな日本語しゃべってるように聞こえるのに、シモン君にかて通じてんやもん。君らの世界って魔法に特化した世界なん?みんな何らかの不思議な力を持ってるとか――ファンタジーでありがちやん」
それにしてもよくしゃべる人だなぁ。
普通、異世界とか聞いたら少なからず怯えたり現実逃避すると思うんだけれど、この人はなんだか目が輝いているように見えるのですが。
さっきまでの脱力系男子はいずこ!?
「ファンタジー、というのはこちらの世界の人間が空想した世界のことだと学びました。そしておそらく、あなたにわたし共の世界を理解していただくには、そのファンタジーの世界だというのが一番ぴったりくるのでしょう。大雑把なところは否定をしませんが、わたし共の世界の住人すべてが不思議な力を持っているという点は否定します。コマリ様の言葉を借りれば、こちらの世界の中世から近世あたりのヨーロッパに近く、違いとしては魔法が存在するということですね」
そつなくテディが澄人に説明する。
おおテディ、なんだか有能な秘書みたい。
さすがシモンの側近。
オロフはシモンの隣に膝をつきそのすべてを通訳しているようだ。
こっちもできる男だなぁ。
さすが王子様の護衛を務めるだけはある。
(それにしてもお腹すいてきたなぁ。朝御飯まだだもんね)
まさかキッチンにたって朝食作りなんてできませんよね。
チラ、と台所へ目を走らせていた小鞠は澄人からの視線を感じた。
「異世界人のシモン君らが普通の人ってことは小鞠ちゃんが普通ちゃうの?魔力は感じへんけどなぁ?」
「え?わたしは普通の人間ですよ。ていうか魔力を感じたりするあなたのほうが普通と違うんじゃ――あ、地球産魔法使いさんでしたね」
「あはは~。そう言うた方が通じやすいかと思ってんけど、さすがにボク、彼らが持ってるようなマジック通訳機なんて作られへんよー。どっちか言うたら自然の力を借りて行うもんが多いし、魔法言うより自然の力を使える能力者って言うた方がええんかも」
そう言った澄人の座るソファがひとりでに浮き上がって小鞠は目を丸くした。
そこへ花が降ってきて目を奪われていると、ソファにいたはずの澄人が消えていなくなっている。
どこへ、と小鞠をはじめとする4人が室内を見回したところで、彼女の目の前にいきなり澄人が現れ手にした薔薇を差し出した。
「はいどぉぞ。女の子にはやっぱり花やろ?」
「いま、消えて――」
ピンクの薔薇を受け取りながら小鞠が呆然と尋ねると彼はにっこりと笑った。
「そう見えるように光の屈折率を変えただけや。水の中に手を入れたら短く見えたりするやろ。それの応用やと思といてな。だからボク、ほんまに消えたわけちゃうねん」
「じゃあこの薔薇は?」
「えーとこのマンションの下にあった薔薇の樹の力を借りたんとあとは召喚術の応用や。小鞠ちゃん、陰陽師とか知ってる?式を召喚したりするやろ。黒魔術で言うたら魔法陣描いて悪魔を召喚するとか。ボク、ちっちゃい頃から魔力強くてな。日本におったころは密教学んだり陰陽道学んだりして、そこそこ術の使い方もうまかってんけど、なんや違うなぁ思ておもいきって西洋魔術を学びに外国行ったんや。そこで白魔術や黒魔術や錬金術や……まぁいろいろ勉強してこういうことできるようになってん。どないして魔法使うんて言われても、基礎知識ない小鞠ちゃんには難しいやろしこういう説明でええかな?」
「地球産魔法使い、で納得しておきます」
とにかくこの人は世界中の不思議を学んだ人らしい。
澄人が指を鳴らすと床に散っていた薔薇が纏まって小鞠の膝に落ちてきた。
「お近づきの印にあげる――で、シモン君らもボクのこと少しはわかってくれたやろか?」
再びソファに腰を落ち着けた彼はシモンに尋ねるような眼差しを向けた。
「小鞠ちゃんがシモン君らを召喚したわけやないんなら、きみら何しに地球へ来たん?まさか異世界からの侵略があるとか一気にSFな展開になるん?」
オロフの通訳を聞いたシモンが即座に首を振って何事かを澄人へ言った。
心なしかシモンの顔が不機嫌そうに見えるのはどうしてだろう。
「コマリ様を誘惑するなとシモン様はおっしゃっております」
事務的に内容を伝えるテディの台詞に小鞠はポカンと呆け、澄人は一呼吸おいてから爆笑を始めた。
「あぁなんや~!シモン君の運命の恋人探しにこっちに来たんか。恋愛ファンタジーやったか。もしかしてシモン君て異世界の王様とか言うん?せやったらお約束って感じやねんけどなぁ」
「シモン様はカッレラ王国の第一王子であらせられる。そしてコマリ様はシモン様の生涯の伴侶で愛魂の対となられるお方だ」
「アイコン?運命がさだめた相手とかそういうのん?へぇ~、じゃあいつかは小鞠ちゃんつれて異世界に帰るんやな?」
澄人の質問に微妙な沈黙が流れる。
あれ、と澄人が首を傾げるとシモンは静かに何かを言った。
それをテディが訳す。
「わたしはいま、コマリの側にいられるだけでよい。それにどこにあってもわたしの気持ちは生涯変わらぬ、と――」
それは澄人にではなく自分への言葉のように小鞠には思えた。
顔をシモンへ向けると笑ってくれる。
(もしかしてわたしがミネ先輩に失恋したことわかってる?)
シモンの言う「どこにあっても」とは、約束の一ヶ月が過ぎたら二人の臣下と共に、自分を残して異世界へ戻るということなのかもしれない。
(――じゃなくて戻っていっちゃうんじゃない。だってわたし、断るんだから)
そしてまたこのマンションに独りになる。
小鞠はほんの半月ほど前の暮らしを思い出した。
おはようもただいまも言わない生活。
大学やバイト先から帰ると暗い部屋。
静寂を消すためにテレビをつけてぼんやりと眺めるだけだったように思う。
シモンたちがいなくなるということはあの生活に戻るということだ。
(違う!あの生活に戻りたかったんでしょ。堅実で安定した生活がわたしの夢!夢夢夢)
なんだか寂しいと感じるのはただ単にシモン達に情がわいているだけだ。
子犬を拾って情がわくのと同じこと。
「なんか事情ありそうやなぁ。ま、それはええとして――シモン君、頼みあんねんけど」
オロフの通訳を受けてシモンは澄人に問うような目を向けた。
対する澄人はニコニコと笑顔のままそれを口にする。
「シモン君らが異世界に戻るときボクも一緒に連れて行ってくれへんやろか?で、王子様の権限でシモン君の国に住まわしてくれへん?」
シモンだけでなくその場にいた全員が瞠目した。
小鞠は柔和な笑みを浮かべたままの澄人をまじまじと見つめる。
この人、今まで生きていたこの世界に未練とかないんだろうか?




