狙われているのは
目の前を歩くコマリに聞かれないようシモンは声を潜め従者二人に切り出した。
「コマリが狙われているのかもしれない」
自分を挟むように歩く二人が一瞬、顔色を変えたのがわかった。
「それはもしや……」
「リクハルドの言っていた魔法石を盗んだ輩のことですか?」
「カッレラで何か起こっている様子もないし、わたしに仕掛けてくることもなかったから、盗人は上質の魔法石でより自分の魔力を増幅するためか、それとも高値で売買される魔法石を売った金がほしかったのだろうと思っていた。だが――」
「先ほど何があったのですか?」
赤みを帯びた茶色の目を細めてオロフが尋ねてきたため、シモンはコマリの背中を見つめた。
昨日、コマリが駅の階段から落ちかけたのを二人も見ている。
帰宅者の賑わいに自分たち3人が彼女から少し離れてしまったとき、いきなりバランスを崩して階段から足を踏み外したのだ。
「わたしの目の前でいきなり転びかけたのだ。本人は石に躓いたと言っていたがそんなものは見当たらなかった。――あの勢いで転んでいれば足はズボンで守られても手や顔を傷つけていただろう」
昨日、今日と立て続けに彼女が怪我をするようなことが起こるのがおかしい……と思う。
もちろん不幸な偶然が重なってということもあるが、自分は殊にこういう勘はよく当たるのだ。
もしかするとカッレラ王国内に、愛魂の片割れとはいえ異世界の女性を后に迎えるのに難色を示す輩がいて、あちらの世界からコマリを狙って仕掛けてきているのではないか。
(であれば、わたしが后を迎えにこちらへ来ていることを知っている人間の仕業?)
それは王宮にいる者なら皆知っている。
上層部の者ならば、魔法石を使ってこの世界に干渉できるほど腕の良い魔法使いを、お抱えとして側に置いているかもしれない。
だが魔力のない自分では魔法で何かを仕掛けてこられても全くわらかない。
テディもオロフも魔力はなく同様だ。
異世界に来るときここがどのような世界かわからぬため、首飾りの魔法石にいろいろな守護魔法を施してきたが、魂の対となるコマリが危険にさらされるとは考えていなかった。
そのため何の用意もしていない。
浅はかであったとシモンは表情を険しくした。
そういえば先ほど転びかけたコマリを支えた者がいたがあれは……。
(スミトのように見えた。が――すぐに人に紛れてしまってはっきり顔まで見えなかったな)
あの男、何者だ。
怪我がないようコマリを助けてくれたことはありがたいが、そもそも本当に彼女を助けたのだろうか。
わざとよろけて自分に近づいてきたように、足を引っ掛けるなどでコマリを躓かせ、助けたと見せかけて彼女に近づくきっかけを作ったとは考えられないか。
(じゃあ時間をおいてまたコマリの前に現れるかもしれない)
彼は考えるように拳を口元に当てた。
「テディ、いますぐリクハルドと連絡を取れ。カッレラにいながら魔法でこちらの人間を操ることはできるのか知りたい。それからわたしたちの持つ魔法石と同じだけの守りの魔法をかけた魔法石を急ぎ用意させてくれ。コマリに持ってもらう」
「コマリ様は贈り物は受け取らないとおっしゃられておられました。魔法石は一見宝石のようにも見えますし、わたしたちのように首飾りのようにしては受け取ってくださらないのではありませんか」
テディの言葉にシモンがそうだったと顔を顰めていると、オロフが思いついたように言う。
「「ケイタイ」につける飾りに見せかければどうですか?「すとらっぷ」は安価なものが多いようですし、コマリ様はいつも「ケイタイ」を持ち歩いているようですからね」
「なるほど、それはいい案だ。オロフ、おまえはこれからわたしとともにコマリの護衛についてくれ。ただしおまえは陰からだ。コマリに何かあると気づかせて怖い思いはさせたくない。以前、駅で頭上から物が落ちてきたこともある。四方だけでなく回りすべてに気を配れ」
「あれもコマリ様を狙って――?」
「あれ以来あのような派手なことは起こっていないからなんとも言えない。だがその可能性もあるということだ。あと、妙な男が一人いる。無精髭を生やし、気の抜けた顔で笑う害のなさそうな男だが油断ならない相手だと思う。わたしに接触してきたがコマリにも接触しようとするかもしれない」
スミトの真意がわからないし魔法で操られていないとも限らない。
警戒はすべきだろう。
「了解しました。ではわたしは陰にまわります」
オロフは頷いてすぐに人ごみに消える。
騎士団の中でも精鋭の隊長を務めるほどの腕を持つ。
気配を消すくらいわけなくやってのける男だ。
ただこちらの世界では自分たちの姿は外国に多いらしく、日本では顔立ちや肌の色が違って目立ってしまうため、いつもよりやりにくいだろう。
(変装用の道具を揃えられるように金貨を渡せばよかったか)
いや、だがカッレラの金はそのままでは使えない。
一度コマリとともに換金所らしい場所へ行ったが、金貨を金に換えるには身分証明書が必要らしかった。
もちろん異世界からきた自分たちに身分証明書などあるはずがない。
おかげでシモンは金貨をこちらの世界の金にかえることもできないまま、コマリの世話になりっぱなしという状態だった。
それに彼女が純金の金貨を持っているのを換金所の者がかなり不審な目で見ていた。
「見たこともない金貨だしいろいろ疑うよね。もう売りにいけないかなぁ」とコマリがため息混じりに言っていたから、換金所の者に偽物を持ち込むかもしれないと目をつけられたのだろう。
(やはりコマリに今日の打ち上げの参加費をもらうのは忍びないな)
シモンの思考がまたそこへ戻りかけたときテディが彼に呼びかけた。
「シモン様、わたしもこれよりリクハルドと連絡をつけ、その後はマスターキクオの元へ仕事に向かいます。オロフがコマリ様の護衛につくのであれば、日中マスターキクオの元で働くのは無理ですので、適当な理由をわたしから伝えておきます」
「ならばテディ。マスターキクオに給金の一部を前払いしてもらえるか聞いてもらえないか?今晩、打ち上げとやらに参加するには金が必要らしい」
「いかほどでございましょう?」
「おそらくマサキたちがいくらか知っているはずだ」
「では彼らに尋ねてみます」
テディもまた側を離れていくのを見送りシモンはコマリの隣に並ぶべく歩みを速めた。
自分が傍らにいればコマリに危険が迫ったとき、自分に発動する守護魔法で彼女をも守れるはずだ。
「あれ?二人は?」
「わたしがコマリと二人きりがいいと言ったから気をきかせてくれた」
「……あ、そう……ですか」
一呼吸あとのぶっきらぼうな返事は照れているからだろう。
二人きりを喜んでくれないのは残念だが、男慣れしていない反応は初々しくて本当に可愛らしい。
シモンは思わずコマリの肩を抱き寄せたくなったのをなんとか堪える。
不用意に触れるのは彼女に警戒心を抱かせるだけだと思ったのだ。
(わたしを好きになってくれたならそのときは存分に可愛がろう)
この愛しい存在を腕に抱き、余すところなく愛してどうしようもないほど甘やかしたい。
普段、力を抜けないまま懸命に生きている彼女だからこそ、自分の前だけは力を抜いて甘えてほしいとそう思う。
「コマリ」
「なんですか?」
柔らかそうな唇から発せられる、耳に心地よく響く愛らしい声はいつまでも聞いていたい。
見上げてくる目は瞳が大きめでパッチリとし、よく見ると黒ではなく濃い茶色をしているのだ。
どこまでも美しい彼女の眼差しが自分だけを見てくれるようになればいいのに。
「わたしはコマリが望んでくれるなら一生隣にいたい。だからどうか、真剣にわたしのことを考えてくれないだろうか?」
沈黙してしまったコマリは困ったような顔になった。