金髪碧眼の王子様
お引越しをご理解くださった皆様。
本当にありがとうございます。
そんなことはテレビドラマの中だけだと思っていた。
だけど現実らしい。
「佐原小鞠さん。死んだ母親の残した借金1000万、きみが払ってくれるんだよねぇ?」
一昔前のチンピラ風な風貌ではなく眼鏡にスーツ。
インテリ青年実業家みたい、と小鞠は男を見てそんなことを思う。
だけど口調がなってない。
死んだ、ではなくそこは亡くなったというべきだ。
払ってくれるんだよねぇ、ではなく、払っていただけますよね、とかなんとか言うと良かった。
これでは外見だけ繕ったおバカさんに見える。
「なんでわたしが払わなきゃいけないんですか?男と蒸発した母とはもう2年も会ってませんし、死んだのだってもう一ヶ月も前でお葬式も何もかもすんじゃったんですよ。来るならもっと早く来るもんじゃないですか、借金取りって。はっきり言って胡散臭いことこの上ないんですけど本当に母が借金してたんですか?」
築25年のマンションのリビングに一見インテリだが、あっち系のやばい人と対峙している。
なのにやばい人相手にどうしてこんなことが言えたのか小鞠にも不思議だった。
突然ふってわいた借金話に頭がついていってないんだ、きっと。
男の舎弟、もとい部下らしきチンピラ、もとい平社員が生意気な態度に気色ばんだが彼女は怯むこともない。
「へぇ、なかなかに肝の据わった姉ちゃ――娘さんだ」
うっかりボロが出てるぞと小鞠は内心突っ込む。
誰が姉ちゃんだ。
ここは飲み屋じゃないっての。
どこのオッサンよ、と胸中で悪態をついていると、男はスーツから一枚の紙を取り出して小鞠に見せた。
紙には「借用書」とある。
内容を目で追っていた彼女は最後の連帯保証人に自分の名前があったことで目を見開いた。
「はぁ!?なんでここにわたしの名前があるのよっ。って言うかこれわたしの字――」
「おや、自分で書いたって認めたね。綺麗な字だ。書道でも習ってたかい?」
小鞠は借用書の日付を確認し、それが2年前の母が蒸発する前の日だとわかって、閃くように思い出した。
『小鞠ちゃん、ここに署名してほしいんだけどいい?お客さんに増税反対の署名運動に名前書いてって頼まれたのぉ。ね、お・ね・が・い』
父が病気で亡くなってから生命保険を食いつぶして生活していたが、いつかは尽きるとわかっていた。
そのため専業主婦だったはずの母親は水商売に飛び込んだのだ。
一番手っ取り早く金が稼げると。
元来寂しがり屋の母はそこでいろんな男に入れあげ、そして最終的には男と蒸発してしまった。
それが小鞠の20歳の時だ。
もう成人したから一人でも平気だと思ったのだろうか。
それから2年音信不通で、やっと連絡が来たと思ったら警察からだった。
雨の日にトラックと正面衝突して同乗していた男と一緒に死んだらしい。
母の亡骸を見ても涙も出なかった。
ただ死んだのかと他人事のように思っていた。
自分の娘を見捨てて男と楽しく暮らしていた人に同情もない。
そして怒りも憎しみももうない。
――はずだったが、小鞠はたったいま思い出した過去にメラっと怒りが湧き上がるのを感じた。
(あれかぁ!やけに分厚い署名用紙だと思ってたけど二重になってたんだっ)
2枚綴りの伝票や書類のように1枚目に署名すれば、残りの2枚目にも文字がうつるようになっていたのだろう。
1枚目はちゃんと増税反対の署名用紙だったため油断した。
くっそう手の込んだことをと歯軋りしたい思いで、小鞠は男の持つ借用書を奪い取ろうと試みた。
けれど男がひょいとそれを持ち上げ懐にしまう。
「さて、署名がきみのものだと判明した以上、金は払ってもらわないといけないねぇ」
「お金なんてないわよっ」
「大学4回生のきみは奨学金をもらってる苦学生ではないようだけど?それにこんな広いマンションに一人暮らしだ。いいご身分だねぇ」
「返済義務のない奨学金を狙ったけど駄目だったの。奨学金って言う借金を背負うより父の残り少ない保険金で大学に行くことにしただけよ。このマンションだって父が遺してくれたものよ。母が亡くなって相続税とかかかったしおかげでもうすっからかん。来年から社会人だしその給料で生活費やここの管理費なんかをなんとかまかなえるかなって思ってるところなの。まさかここを売れとか言う?たぶん二束三文で1000万なんて大金に替わることはないと思うけど」
「ま、でも借金の足しにはなる。猶予は10日あげようか。すぐ引っ越してもらおう」
決定事項かと小鞠が相手を睨みつけたところでいきなり第三者の声が割って入った。
「借金?わたしの后となる女性がそのような苦しい立場にあったとは。その借金はすぐにわたしが支払おう」
リビングのドアを開けて廊下から現れたのは金髪碧眼の男だった。
その後に茶髪の男が二人続く。
あんぐりと口を開けたのは小鞠だけではない。
目の前の男と舎弟も同じだった。
見た目がばりばり外国人の男が流暢な日本語を話しているのは全くもって違和感がある。
いや、それ以上に違和感があるのは彼らの服だ。
特に金髪碧眼男。
それはなんのコスプレですかといいたくなるような、きらっきらの衣装を着ている。
たとえるならそう、あれだ。
マリーアントワネットなどが出てくる映画の衣装。
靴がブーツであったり剣を携えていたりするし、デザインに少しファンタジー要素も加わっているようだが、中世とか近世の貴族様と表現するにぴったりだ。
誰、と言いかけた小鞠だったがはたと気がついた。
(え?ブーツ?ってこの人たち土足)
金髪碧眼の男が小鞠に向かって微笑んだ。
笑顔もキラキラだなぁ、とどうでもいいことを思いながら、彼女は室内に響く男の艶やかな声をまた聞いた。
「で、姫。1000万とはいかほどのことですか?あいにく持ち合わせはそうありません――おい、そこの無礼者。これで1000万とやらに足りるのか?」
金髪男が背後に控える淡緑の目をした男に目配せをすると、付き人のようにしたがっていた男は懐から包みを取り出し広げた。
そこには金貨がたんまり入っている。
「ちょ、あんちゃん。その妙な服装といいこの金貨といい。どこの仮装パーティの帰りだい?こんな偽物の金貨で俺たちが納得するわけ――」
「誰が偽物など渡すか。カッレラ王国第13代次期国王シモン・エルヴァスティを愚弄するか、この悪党どもが。我が国の金貨は他国のように混ぜ物などせず純金でできている。ゆえに世界でも我が国の金貨は価値が高いのだ」
へぇ王子様。
まさに型にはめたようだと小鞠は男を観察した。