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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
19/161

言語の違い

人で賑わう大学内を駆けぬけて模擬店に辿り着いたときには、友人3人はゼエゼエと肩で息をしていた。

シモンは彼らに礼を言う。


「すまん、助けられた」

「やー。別に……ってかおまえ超人?息切れてねぇじゃん」

「柔道の達人だし鍛えてんじゃね?あれ1本背負いだろ。あー、疲れた」

「実は脱いだらマッチョか?」


「ジュウドウ」とはなにか武術のようなものだろうが、「まっちょ」とはなんだろうか。

この世界の言葉は本当によくわからない。

母語にない言葉はそのまま変換せずに聞こえてくるから困りものだ。


曖昧に笑ったシモンは店内を見回しコマリたちの姿がないことを確認する。

祭をどこかで楽しんでいるのだろうか。


シモンに気づいた小鞠の女友達が、

「シモン君。コマならテディ君とオロフ君と買出し~。ごめんね、ずっとこっちを手伝ってくれてるんだぁ。一緒に学祭まわれないよねぇ」

と申し訳なさそうに伝えてきた。


買い物か。

迎えに行こうかとシモンが意識を集中し呼び合う対の魂を探しかけた。

と、そこへ――。


「見ぃつけたぁ」


気の抜けた声に振り返ってシモンは反射的に身構えていた。

先ほどの男が立っていたからだ。

タクトとユウタが「ぎゃあ」と声をあげる。


「おーいぃ、マジでヤバイ奴かぁ?」


シモンの隣でマサキが構えるのをシモンは手で制した。


「皆には手出しさせない。――何用だ?」

「だぁかぁらぁ~。ご飯食べさしてって言うたやん。おでん屋さんかぁ。たこやきちゃうねんな。まぁええわ。大根とこんにゃくと卵は絶対入れてな。好きやねん」


「マサキ、彼に食べ物を」

「あぁ?でも」

「それを食べたら帰るよう説得する」

「……はいはい。わかった」

「悪いな」


シモンがマサキの肩を軽く叩くと彼は笑って肩を竦めた。




マサキからおでんの入った器を受け取りシモンは男を目で呼んだ。


「あっちへ行こう」

「ほんまにおでんくれるん?やー言うてみるもんやな。持ち合わせがあんまりなくて……助かるわ。ありがとう」


二人で少し歩きモニュメントの下にある石垣に腰を降ろすと、シモンは男に器と割り箸を差し出した。

彼は笑顔で受け取り「いただきます」と手を合わせ、ほくほくと大根を頬張った。


「うまぁー。腹に染み渡るぅ。朝も昼も抜きやってん」


「そうか。それを食べたら帰ってくれ」


「Nein.Ich komme nicht zurück.(いやや。帰らへん)」


「食べ物がほしいと言ったからこうして渡しただろう」


「J'aimerais vous parler.(きみと話したいねん)」


「わたしと話?」


「そう。でもその前にぃ~、もぅ一回やってみよか。Hören Sie es bitte.……Dies ist deutsch.(聞いてや……これドイツ語な)C'est français.(これはフランス語)――ほんでいま話してんのが日本語の関西弁。さっきも三ヶ国語混ぜて話してみてんけど全然、普通に聞いてたなぁ。So,This is English.(で、これが英語)Do you understand all languages?(きみ、全部の言語わかってるみたいやね?)あんちゃん、いったい何者や?ボクみたいに語学堪能やねんっちゅうボケはなしやで。こんなけ覚えるんけっこう苦労したんやし、外人がいくら耳ええいうても、同じような奴がごろごろおったら自信喪失してまうわ」


ずずーっと男は器からおでんの汁を飲みうまそうな溜め息をつく。


(しまったな。言語の違いなんて全くわからなかった)


シモンの耳には母国の言葉で聞こえているのだから。

 

だがこの男に自分が異世界人であると話してしまっていいのだろうか。

どういう人物か探りたいのが本音だ。答えるはずもないだろうが、とシモンは質問を試みた。


「わたしに誰かと尋ねる前にまず自分が名乗って、何者であるか話してはどうだ?」

「ああ、せやなぁ。人に尋ねときながら自分が名前も名乗らんのは失礼やったわ。ボク、西方澄人いいます。ニシカタ・スミト」


あっさり名乗られて驚いた。

彼の真意が全くわからない。


「あ、けどスミちゃんって呼ぶのは勘弁してや。女の子みたいやろ?スミトでええわ。で、何者ってことやけど……んー?その日暮しの根無し草?あ、けど人の家やけど住むトコあるしー、ヒモ、かなぁ?ボクいま無職やねん。ちょっと逃げてきてな」

「逃げてきた?罪人か?」

「罪人って……さっきも「何用だ」とか言うし、また古風ななぁ。犯罪者ちゃうよ。とある団体から逃げた、……というよりとんずらしてんよ、ボク。で、もうずっと隠れてんねん――あー、おいしかった。ごちそうさん」


両手を合わせたスミトは空になった器を脇に置いて、シモンの鎖骨の辺りを指差した。


「きみの首にぶら下がってるんやと思うけど、えらい力秘めたもん持っとるねぇ」


シモンはギクとしながらも顔に出さないよう平静を装う。

しかしスミトへの警戒心を強めた。

何も答えない彼にスミトはほにゃんとした顔で微笑む。


「顔に出せへんかぁ。訓練されてんかなぁ?じゃあボクがきみに、どこの団体の人?って聞いたところで素直に教えてくれへんか。ここまででわかるんはぁ、ボクのこと知らんから、やっぱりボクが逃げてきた団体の子とちゃうよな。それにボク、昔いろんな団体に顔出したたせいか、そっちの筋ではちょっと有名やねんけど名前知らんかったみたいし。もしかしてあんちゃん、無所属?」


「やっぱり?話から察するに、最初わたしにのしかかってきたのは故意だったと言うことか。あの視線はスミトのものだったんだな」


「あはは~、なかなかええ推察力やわ。ちょっときみの首のもんに興味があってん。で、シモン君にお近づきになろうと思て」


名前を言われてシモンが目を眇めるとスミトは口角を持ち上げた。

ヘラリとした笑顔に敵意は見えない。


「お友達がそう呼んでたやん。で、シモン君。質問の続きやけど――きみ、ボクがしゃべった言葉の違いわかってへんのん違う?あんなけころころ言葉変えてんのに、何の反応も示さへんて逆に不自然やねん」


沈黙を続けるシモンにスミトはさすがに笑顔を消して腕を組んだ。


「黙秘権行使されてもうたな。こうなったらズバリ訊くほうがええかなぁ?シモン君、きみ――」


「あー!シモン君だぁ」


スミトの声は舌足らずな女の声に遮られた。

視線を向ければミチルが大きく手を振っている。


こちらの服装は自分たちの国とは全く違うが、ミチルの着る服はいつも男を誘うような体の曲線を強調したものだ。

今日は昨晩の冷え込みで肌寒いのに、どうしてドロワのようなズボンを穿いただけの、太腿から足を出したあられもない格好をしているのだろう。

靴はブーツだが寒くないのか。


そういえばコマリも男のようにズボンを穿くが、彼女曰く「動きやすい」ということだった。

コマリの場合ミチルのような男を誘うような衣服は身につけていないように思う。

さりげなく可愛らしい。

こちらの衣服を見慣れて思うがそんな印象だ。

自分はコマリのような服装の方が断然いい。


スミトがミチルを見てからシモンに目を向ける。


「あの子きみの彼女?」

「違う」

「そこは即答するんや。迷惑してるってことかな?可愛い子ぉやん。邪険に扱ったりなや――やけど邪魔入ったなぁ。しゃあない。また会いにくるわ。この大学におんねやろ?ボク、勝手に見つけるし……じゃ、またな~。あ、それからおでんご馳走さんってお友達に言うといて」


パーカーのフードを被り、ズボンのポケットに手を突っ込んだスミトが、軽い足取りで人に紛れていく。

ほ、と息をついたシモンの元へミチルが走りこんできた。


「いまの誰?お友達?」

「おでんを買ってくれた客だ」

「お客さんとお友達になったのぉ?シモン君っておもしろぉい」


腰を折って石垣に座る自分をのぞきこんでくるミチルの胸元が際どい。

これはわざとだろうと予想のついたシモンは、溜め息をつきたくなるのを堪えて立ち上がった。


「すまない、用があるので失礼する」

「あ、待ってよぅ。シモン君、今日の打ち上げ行く?」

「コマリが行くのであれば参加する」

「行くんじゃないのぉ?ミネ先輩行くしぃ~」


シモンは思わずミチルを振り返っていた。


「ミネ?ソウのことか?」


コマリからは先輩だと聞いている男だ。

彼の視線を受けてミチルは微笑んだ。


「だってコマちゃんミネ先輩のこと好きでしょ?」

「コマリがソウを?」

「やぁぱりぃ、気づいてなかったんだぁ。わたし、そういう勘はいいんだよ?ミネ先輩もまんざらでもなさそうだし応援したげよーよ」


「応援?」

「だって二人が両想いならシモン君の入り込む余地なんてないでしょ~?男なら好きな女の子のために身を引いて――」

「できない相談だ」


他の男にコマリを譲るなどできようはずもない。

ミチルの言葉を遮りシモンは言い切る。


「教えてくれて感謝する」

「え?あっ……」


ミチルを残しシモンは足早にその場を立ち去った。


ここでの暮らしが楽しくて忘れがちだが、コマリとの約束の期限まではあと二週間ほど。

今日まで彼女に好きな男がいると考えなかった自分はなんと間抜けであったことだろう。


(せめてコマリに男として意識されなくては)


既にコマリに想われているソウとは違い自分は随分と出遅れている。

だからといって彼女に無理強いはしたくないのだ。

強引にカッレラ王国につれていくよりも、自分を好きになってもらえるように。

だが、これまでのようにありのままの自分を見せているだけでは駄目なのだろう。


(ならばどうすればいい?)


好きだと言えばいいだろうか。

こちらでできた友もガツンといけと言っていた。

恋愛に内気なコマリが困らないようにと、愛を告げるのは控えていたが、もはやなりふり構っているときではないだろう。


シモンは意識を集中して愛魂の示すコマリの元へ急ぐ。

自然足は走り出していた。



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