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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
18/161

無精髭と関西弁

「今日、打ち上げあるじゃん。シモン行く?」

「ウチアゲ?」

「んー?飲み会。学祭お疲れ~でうちのゼミの奴らと酒飲みながら語り合いましょうって感じかな」

「コマリが行くなら行く」


大学へ向かう道すがらシモンたちは並んで歩く。

ユウタの質問に彼が答えると3人がそれぞれに反応を見せた。


「ははは、おまえの世界の中心は佐原か。すげーな、俺そこまで彼女のこと思えっかな」

「その熱意に佐原も打たれんじゃねえの?ま、頑張れ」

「や、間違えたらストーカーだぞ。ほどほどにしとけよ」


すとーかー。

また知らない言葉だ。

その言葉を言ったマサキへ尋ねれば、特定の人間、つまり自分の場合は「コマリ」につきまとい行為をすることだと言われた。


「佐原が嫌がってなければいいんだろうけど、おまえけっこう帰れとかついてくるなって言われてね?行き過ぎたら嫌われんぞ」

「そういうものか……ふむ、ほどほど――わかった。参考にしよう」

「えー?じゃあ今日の飲み会こねーの?シモンと飲み比べしたかったのに」


タクトが残念そうな顔をした。

どうやら彼は酒に強いらしい。


「いや、コマリが行くのならば行くというのは変わらない。コマリと距離をとるようにしておけば問題ないだろう?」

「ほどほどをわかってんだかわかってないんだか……参加費、先払いっつってたぞ」


溜め息交じりのマサキの言葉に金が必要だとわかってシモンはまずいと思った。

またコマリに負担をかけてしまう。


(だが何かあったとき側にいなければコマリを守れない)


異世界に来てすぐ、リクハルドより上質の魔法石が一つ消えたと報告を受けている。

誰の仕業か何が狙いかはわからないが、リクハルドによれば腕のいい魔法使いならそれを使って、なんとかこちらの世界に干渉できると言っていた。

その場合自分が狙いであればいいが、もし愛魂の片割れとなるコマリを狙っているのであれば、彼女に危険が及ぶ。

だからいま自分かテディかオロフの誰かが、必ずコマリの側にいるようにしているのだ。



思考に耽っていたシモンだがふと、立ち止まって背後を振り返った。


(いま……なにか――視線?)


気のせいか。


「おーい、シモン何やってんだ?」

「ああ、いま行――」


先を進んでいた友に向き直ったシモンだが、いきなり背中にのしっと何かが乗っかってきたため、とっさにそれを掴んで地面に投げていた。


勢いのまま足で踏みつけかけ、

「アタタ……えろう、すんません」

気の抜けた声に動きを止める。


無精髭を生やした男が地面に転がり、情けない顔でシモンを見上げた。


「風にのってこっちからええ匂いしてくるなぁ思てついふらふらと。でも腹減ってよろけてしもたんや。あんちゃん、手ぇ離してんか。捻られて痛い」

「わー、シモン何やってんだよっ」

「てかおまえすげぇなぁ!何いまの!」

「一瞬で人が投げられるのなんて初めて見た」


友人が駆け寄ってくるのに目も向けずシモンは男を見下ろす。

半身を起こしてシモンにひねられた腕をさすっていた男は、彼の視線に気づいたのか顔をあげてヘラっと笑った。

脱力笑顔にまたしても気が抜けそうになったシモンだが、警戒を緩めぬままに一応謝罪する。


「すまない。暴漢かと思ってしまった」

「ああ、ええよ~。悪いのはこっちやし。にしてもきみ、強いなぁ。柔道でもやってたん?外人さんやのに日本語もうまいし。きれいな標準語やなぁ」

「ヒョウジュンゴ?」


立ち上がって服の汚れをはたいていた男はシモンの質問に首を傾げる。


「標準語でわからん?ほな、関東弁?あ、ちなみにボクのは関西弁な。生粋の大阪人やで。ボケとツッコミの天才県民……や、間違ぉた、府民か。ってこんなん言うたかて、ボク実は10代半ばで欧州行ってもうてんけど。やから英語ぺっらぺらやで。あとぉフランス語とドイツ語もできるし。どぅや?久しぶりに母国語でしゃべってみぃひん?きみ、どこの国の人?ナイスチューミーチュウの英語圏?」


シモンはこの世界はどうやらコマリの話す日本語以外にも、多言語があると彼女と一緒に大学に行くようになって知った。

自分と似た人種の者がいたためコマリに尋ねれば留学生と教えてくれ、話す言葉も違うと聞いた時は言語が統一されている自分たちの世界と違うため驚いたものだが。


首飾りのおかげでどの国の言語も理解できるらしいとは、「てれび」で違う国の言葉を聞いてわかった。

また自分が話す言葉は聞く側の母語に変換されて耳に届くようだ。


コマリとスーパーの帰りに異国の人間に道を聞かれたことがあったが、あのとき後からコマリに、相手の話す言葉は英語なのにシモンの話す言葉は日本語に聞こえ、しかもそれが相手に通じていたのには吃驚したと言われた。


(いま余計なことを言えばまずいだろうな)


おそらくこの男の話し言葉は方言でもあるのだろうが、シモンにはマサキたちの話す言葉もこの男の言葉もすべて同じように母語で聞こえている。

「エイゴ」や「ふらんすゴ」や「どいつゴ」の違いもわからない。


「日本の文化を学びたくて留学している。言葉も日本語で願いたいが」


「そうなん?えらい勉強熱心な人やなぁ。ああ、もしかしてこの先にある大学に留学中?で、こっちの子らは学校のお友達か。な、きみら今日、大学のお祭なんやろ?電柱の張り紙見てん。お店出してる?飲食系やったら嬉しいなぁ。ボクおなか減ってぺこぺこなんや。できればご飯奢ってぇな」


瞬間、シモンは友人たちに腕をつかまれその場を走り去ることになった。


「あっ!待って。逃げんでもええ……――」


男から引き止める声が聞こえる。


「シモン、振り返るなっ!たかられる。あの笑顔に騙されんなよ。おまえ人がいいからな」

「いきなり奢れってすっげぇ図々しい。浮浪者か?パーカーもジーンズも、んな汚れてなかったけど」

「ああいうのは一回奢ったら最後、つきまとわれて骨までしゃぶりつくされるんだ。関わらず逃げる」


いや、何もそこまで言わなくてもいいのでは。

確かに怪しい人物ではあったが殺気は感じなかった。

だがあの場を連れ去ってくれたのは助かったか。



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