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あなたの虜  作者: 七緒湖李
番外編
157/161

シモン編1 

執務室にてそれを読み終えたシモンはハァーと長い溜息をついた。

側でシモンが調べ物をするために積み上げていた書籍を片付けていたテディが、気になったようにこちらを向いた。

「どうされたのですか?イェンス様から何か良くない知らせでも?」

イェンスはシモンの二人いる弟の下のほうだ。

昔から石の建築物が好きで、幼い頃から職人塔に通いつめていた。そのかいあってか10代半ばにはカッレラ王国の建築業に携わり、二十歳になった今は王宮職人の匠たちに認められるまでになった。

シモンが城下の街の点検や補修を行うにあたって、イェンスにも力を貸してもらっている。

今は北の国境にある砦の視察に王宮職人数名と出ていたはずだ。老朽化による修繕を必要としているらしく、傷み具合はどの程度のものか確かめるよう、父であるアルヴァーに命じられたのだ。

「フレイゴの砦のほうは問題ないとある。いや、そのことは父上に報告すべきことだ。そうではなく近々王都に戻ると――」

またしてもシモンから溜息がもれていた。

「それがなにか?」

シモンの溜息の理由がわからないというようにテディは首を傾げる。

シモンは顔の前で組んだ両手に額を預けて俯いた。

「帰還する視察団一行にベンノも加わったというのだ」

「ベンノ様が?……確かご公務でしばらく諸国をまわるはずではありませんでしたか?それがなぜフレイゴの砦に?」

「仕事はきっちり終わらせたみたいだ。で、なぜか蟒蛇は絶滅したのかと気になって、寄り道したとかなんとか。最後にまわったトツカ国からなら迂回してフレイゴの砦に行ける」

「カッレラに戻るにはどう考えても遠回りでしょう。北東のヒムの砦のほうが近いですよ」

「だからフレイゴに蟒蛇探しに行ったのだ」

「また物好きな」

テディの声音には理解しがたいとの思いがありありと滲んでいた。

シモンも同感だがベンノには常識が通用しない。


「そこはベンノだからとしか――話を戻すが、フレイゴの砦でイェンスとベンノが酒を酌み交わしたとき、イェンスがコマリを紹介されたと話してしまったみたいでな」

「え、それはまた……ベンノ様にコマリ様を会わせないようにしていることを、イェンス様には話していらっしゃらなかったのですか?」

「ああ。今はそれを激しく後悔している。話していればイェンスも迂闊なことは言わなかっただろう」

「ベンノ様が公務に発たれたのは、シモン様とコマリ様がカッレラにお戻りになられてすぐ、ぐらいでしたか?」

「そうだ。出立までの数日、コマリに会わせろと毎日毎日わたしのもとへ来た」

「そういえばそんなこともありましたね」

苦笑いでもしているかのようなテディの声に、机上の文を見つめるシモンは顔をしかめた。

「なぜあれを忘れているのだ、おまえは。わたしがどれだけコマリがカッレラに慣れるまで会うのは待ってほしいと言ってもきかないし、父上が口添えしてくれてやっとおとなしくなっただろう」

「ベンノ様は明らかに不満そうでしたけれど」

「不満があったからこそ、先にコマリを紹介されたイェンスはベンノに詰め寄られ、八つ当たりされたのだろう。イェンスも一応はベンノを宥める努力はしたようだが、さんざん嫌味を言われてあきらめたらしい。そもそもはベンノにコマリを紹介しないわたしに原因があるのだから、諦めてさっさとコマリを会わせてしまえと文には書いてある……」

嫌だ、とシモンが独りごちるのがテディに聞こえたようだ。


「コマリ様もいつかはベンノ様に会うことになるのですから」

「いつかなどこの先長く来なくていい。テディもベンノがどういう奴か知っていよう。…はあ……カッレラに戻っていたのか……王都に戻ってくるのか……夏中は王国を離れていると安心していたのに……いや、もう秋か……。ならば冒険者のごとく蟒蛇探しを一年ほど続けていればいいものを」

ぶつぶつと虚ろに呟いていたシモンだが、文を書いた日付にふと目を留めた。

ちょうど窓から差し込んだ日の光が、見ろとばかりにその部分を照らしていたのだ。

数秒の間があってシモンは勢いよく立ち上がる。

「シモン様?」

びっくりしたようなテディの声が聞こえたのと同時に、ノックもなく執務室の扉が開いた。

「シモン兄上っ」

室内に駆け込んできたのはすぐ下の弟で、イェンスの兄となるオーウェだった。いったいどこから駆けてきたのか、彼はヘイジーブロンドの髪を乱し肩で息をしている。

オーウェは作物の研究をしている。品種改良を行った作物を植えた農地へ毎日のように赴き、水をやったり土を入れ替えたりとまるで農夫のごとく働いているので、シモンより力があり持久力もあった。

そんな彼が息を切らしているなど、いったい何があったのか。

何事かとシモンが尋ねるより早く、息を整えたオーウェが顔を上げた。ダークブルーの瞳が真っすぐにこちらを向く。

「ベンノ兄上がこちらに……今日帰還なさったとかで父上のところへいらしていたのですが、いきなりシモン兄上に怒りだして――」

「もう戻ったか」

「え?なぜご存知なのですか?」

「フレイゴの砦に行ったイェンスが砦でベンノに会ったと急ぎ知らせくれだのだ。共に王都へ帰ることになったとな。文を出した日付から考えて明日か明後日かと思っていたのだが、まさかこんなに早く戻るとは。イェンスは一緒であったか?」

「いえ、途中まで一緒だったようですが、ベンノ兄上は近しい者たちと先に馬を飛ばしたとおっしゃっていました」

ベンノにイェンスがついてきていないのは、もはやシモンとベンノの間を取り持つ気がないからだ。

彼は普段シモンを敬ってくれているはずが、文にさっさとベンノにコマリを会せてしまえと、命令口調で書いていたし、きっと怒っているのだ。

砦ではよほどベンノに絡まれたのだろうか。

「父上に帰還報告していたところにわたしがちょうど出向いたので、そのまま少し雑談を――そこでベンノ兄上がコマリ義姉上のことを話題に上げたため、舞踏会でシモン兄上から紹介されたと話したのです。そのときは笑顔だったのですが、父上が庭園パーティのことをお話になられて、そのうちにだんだんと不機嫌になっていきました」


シモンは頭を抱えたくなった。

(父上はわたしがベンノにコマリを紹介したくないことはご存知のはずだろう?)

だからこそコマリに会うのは待つよう、ベンノに言ってくれたのではなかったのか。なのになぜ火に油を注ぐような発言をするのだ。

これは絶対に面白がっている。

「オーウェはそれを伝えにここまで?いつものおまえなら父上と一緒になって、余計に波風をたてそうなものだが」

弟妹の中でこのオーウェが一番お調子者で豪快だ。騒ぎがあれば煽るような男で、イェンスは無口ながらそれを笑って見ているし、妹のウルリカもワクワクと目を輝かせる。

子どもの頃からそんな調子で、長兄のシモンはどれだけ苦労したか。

弟妹と一緒になって羽目を外すと収拾がつかなくなると、己を律することを早くに覚え、少々のことでは腹を立てることもなくなった。そのせいかシモンは、和を重んじる穏やかな性格と思われがちだ。

しかし最近では認識を改める者が多くいるらしい。

理由はコマリの一件で臣たちの前でも感情を露わにし、怒りも攻撃性も見せたからだろう。

それまで「威厳を持たぬ守りの王子」と、一部の口さがない臣たちが囁いていたようだが、いまは「猫かぶりの凶暴王子」と変化したそうだ。

慇懃に振る舞いながら心の内で見下されるより、震え慄かれるほうがましだろうか。

両親や弟妹などは前のあざなより今のほうがシモンに合っていると笑う。シモンはそれがいまいち釈然としない。


ともかくオーウェならシモンがベンノに苛められるのを、じゃれあい程度と笑って見ているだろう。

なのにこの慌てよう。

もしかしてベンノの怒りはよほどひどいのかとシモンは思った。

「相手が兄上だけならそうだったでしょう。でもコマリ義姉上がとばっちりで、ベンノ兄上に苛められるかもしれないとあっては見過ごせません」

「コマリのためか」

「コマリ義姉上は素直な方です。ベンノ兄上にかかればひとたまりもないでしょう。シモン兄上が最初にコマリ義姉上を隠したりしなければ、こんなことになっていないのですよ。わかっていますか?」

「おまえもイェンスと同じか。わたしが悪いと言いたいのだな」

「臣はともかく身内には先にご紹介いただいておれば――」

「オーウェ、慌ただしく消えたと思ったらなぜここに。シモンに告げ口か?」

開け放ったままだった扉の向こうから声がして、ギクと身を強張らせたオーウェが背後を振り返る。

声に予想はついていたが、シモンは廊下から現れた男の姿を見て思わず名を呟いていた。

「ベンノ」

亜麻色の髪、茶色がかった緑の瞳、細身のすらりとした立ち姿はいつ見ても姿勢よく、実際の身長より背が高く見える。

「ただいま、シモン」


にっこりと微笑むベンノは外套を羽織っていた。

王都に戻って直接王宮へ出向いたのか、剣こそ穿いていないが旅装束から着替えてもいないようだ。

オーウェはベンノにちろりと流し目を向けられ、数歩、壁際に後退った。テディも書棚側に控えている。

ゆっくりと歩んでくるベンノの顔は笑っているはずなのに、こちらを見据える眼差しは笑っていなかった。

シモンは立ち上がった状態のまま微動だにせず、執務机を挟んでベンノと対峙する。

「よく戻った、ベンノ。父上への報告はすんだのか?」

「簡単にご報告してきた。詳しいことはまた後日改める」

「そうか。なら今日はもう屋敷に戻ってはどうだ?新婚なのに長く留守にしたのだからな」

「気遣い無用。妻もわたしの性格は理解しているし、彼女もわたしと同じ自由な女性だ。わたしがいなくとも楽しく過ごしている」

ベンノは薄ら寒い笑みを浮かべたまま、執務机に手をつくと「ところで」と身を乗り出した。

す、と表情が一変して真顔になる。

「シモン、舞踏会とか庭園パーティとか……これはいったい何の話かな?」

「舞踏会は春から夏への時節送りの日に行われた。庭園パーティは夏だったな」

「誰が時期の話をしている。どちらもわたしが王都にいない時を狙って開いたようだと言っているんだ」

「たまたまだ。舞踏会は父上が開催を決めたのだし、庭園パーティは普段世話になっている者たちが暑さバテしないよう、労をねぎらうために開いたのだ」

「誤魔化すな。舞踏会はおまえの愛魂相手のお披露目だったのだろう。イェンスにその日、おまえから婚約者を紹介されたと聞いて耳を疑ったよ。王宮に慣れるまで彼女に会うのは待ってくれと、おまえはわたしにはそう言っていたからな」

「さすがに舞踏会の会場で初顔合わせとはいかないから始まる前に紹介したんだ。おまえに紹介したくとも王国にいなかったではないか」

「仕事だったからだ」

食い気味にベンノは言って執務机に腰かけた。


机上にあった書類を手にして視線を走らせ、興味なさそうに元あったところへ放る。

そして再び眼差しをシモンへ向けた。

シモンが「で?」と先を促すと、その態度が気に食わなかったのか、ベンノがピクと眉をゆらした。

「長きにわたる異国への外交訪問を終え、わたしはやっと郷里に戻ってこれた。フレイゴの砦で弟同然に可愛がっていたイェンスに会って、カッレラに帰ってきたと実感した。なのにイェンスから衝撃の事実を聞いたのだ。それがなんだかわかるか、シモン?」

シモンは溜息をつきたくなるのを堪えて辛抱強く返事をする。

「だからコマリを紹介されたということだろう?」

「そうだ」

さっき自分で言ったじゃないか。

内心突っ込みを入れるが口にはしない。

「おまえの婚約者にイェンスは会ったのだ。しかも最近ではときおりお茶を一緒に飲むそうだ。おまえ、わたしには会うなと言ったくせに」

待ってほしいと言っただけで会うなとは言っていない。

話を作り変えるな。

またしても心の中で突っ込むシモンは、ベンノがわざとらしく傷ついた様子を見せるのをうんざりした顔で見つめる。

聞いているのがだんだん疲れてきた。

テディは既に話を聞いていないようで、書棚にせっせ書籍をしまっているし、オーウェも苦笑を浮かべている。


ベンノが王であるアルヴァーの前でも怒りを見せたと聞いたため、本気で怒っているのかと思ったがどうやら違うようだ。

舞踏会だけでなく庭園パーティのことを知って、一時的に怒りをあらわにしてしまったのだろう。

見た感じ怒るというより、文句を言いたいだけのようだ。

「聞いているのか、シモン」

「あ?……ああ」

「いいか、わたしは王宮に戻って更なる事実を知ることとなったのだ。驚愕の事実だ」

「庭園パーティか?」

シモンが溜息交じりに問うとベンノはジロとこちらを睨んできた。

「そう、それだ!おまえの婚約者を中心になにやらゲームもしたそうじゃないか」

「ゲームには父上も母上もオーウェもイェンスもウルリカも……というか王族は誰も参加していないぞ」

「愚か者め、わたしがいればもっとゲームを盛り上げてやったのに。それに聞いたぞ。妖精の音楽で踊ったのだろう。妖精が人間と関わるなんてめったにないことだ。なんという貴重な体験だろうか。ぜひわたしも踊りたかった」

悔し気な顔を見せたベンノはバン、と机を叩いた。

「シモン、おまえはわたしをのけ者にした」

「だからたまたまだと――」

「いいや、おまえはそういうところがある。実の弟や妹であるオーウェやイェンスやウルリカには優しいが、わたしには冷たいのだ。弟と妹には菓子をあげるのに、わたしにはくれなかったり、彼らには手を差し伸べて抱き上げるくせに、わたしのことは見捨てていったり」

話を聞いているシモンは「菓子?」と心のうちで呟いて眉を寄せる。

(もしかして子どものころの話をしているのか?)

ベンノの非難めいた視線を受けてシモンはやってられんとばかりに首を振った。


「いつの話をしている。兄ならば弟や妹に優先的に菓子をやるし、怪我がないよう世話だって焼く。それにおまえはわたしと同い年だろう。なぜ弟や妹と同じように扱わなければならないんだ。いつも三人と一緒になって菓子をせがんできたり我が儘を言ったり……。あの頃、おまえも一緒に下の面倒をみてくれたら随分と楽なのにと、わたしは本気で思っていたぞ」

「おまえのほうがわたしより先に生まれているのだから、わたしより年上ではないか。年下のわたしがおまえに甘えて何が悪い?」

至極当然とばかりにベンノに言われてシモンは脱力する。

だから同い年だというのに。

(わたしのほうが生まれた日が早いといっても、一ヶ月ほどの違いじゃないか)

シモンの疲れた様子に気づいていないのか、ベンノはそれからな、といきなり胸を張る。

「今はわたしのほうが先輩だ」

「先輩……いったい何の先輩だ?」

あまり気は進まないが一応尋ねる。

無反応でいるほうがあとあと面倒くさいと、付き合いの長さからシモンは知っているからだ。

「しょうがないな、先輩のわたしが妻を娶る心構えを伝授してやろう」

質問の答えにはなっていないが、言いたいことはわかった。

ベンノは昨年妻を娶ったのだが、シモンより先に妻帯者となったことで先輩風を吹かせたいらしい。

「いらん」

「夫婦円満の秘訣はな、まず互いを気遣うことから始まる」

「だから心構えも秘訣もいらないと言っている。わたしはなにがあろうとコマリを守ると決めているし、下手なアドバイスをもらわなくとも円満だ」

シモンがこう言ったとたん、ベンノはおやと首を傾げた。


「無理難題をふっかけておまえを困らせたりしないのか?」

「コマリは我が儘など言わない。恥ずかしがり屋で最初は素直になれなかったようだが、今では出会った頃とは比べものにならないほど、愛らしい笑顔をわたしに向けてくれる」

以前のコマリは恥ずかしさが勝っているうちは、天邪鬼なことばかり言っていた。しかしそれも随分とましになったのだ。

二人きりであるのが前提だが甘えてくることも増えて、シモンはそのたびにコマリを抱き潰したくなるのを必死で我慢している。

シモンの返事にベンノは考え込む仕草をして、すぐに何やら思い当たったように頷いた。

「さすがシモン。やはりわたしが見込んだ男なだけはあるな」

「なんの話だ?」

「なに、つまらない話だよ。おまえの婚約者はかなりの悪女だというし、わたしはまさかおまえが手玉に取られたりしないだろうかと案じていたのだ。でもどうやらわたしの取り越し苦労であったらしい。逆に相手を骨抜きにするとは」

そう言ってベンノは快活に笑うと机から腰を上げた。

悪女?

もしかしてリクハルドの嘘から生まれたコマリの悪評を信じていたのか?


「久方ぶりに戻ってみれば、王宮の者たちがやたらとおまえの婚約者を擁護するから、どんな魔法を使ったのかと恐ろしく思っていた。――なんだ、心配はいらなかったかな。ではシモン、今度こそわたしをおまえの婚約者のところへ連れていけ。どれほどおまえにメロメロになっているか見てやろうじゃないか」

「ちょっと待て、ベンノ。おまえがコマリに会いたがっていたのは……?」

部屋を出ていくべく歩き出しかけていたベンノが、シモンの問いかけにきょとんとした顔で振り返った。

「次期国王となるおまえが性悪女に唆されているなど、将来王国が傾く一大事ではないか。とはいえ愛魂が導いた相手だ。おまえとの相性は良いのだから、根っからの悪人ではなかったということだな。安心したぞ」

「いやあのな、コマリは悪人などでは――」

「あ、シモンがわたしだけのけ者にしたことは別の話だ。そっちは当分許さないから覚悟しておけ」

黒い笑みを向けられてシモンは、う、と言葉を詰まらせる。

ベンノをのけ者にしたつもりはないが、いないなら好都合と思っていたのも確かだ。

悪い男ではない。

愚鈍どころかむしろ有能なので、父であるアルヴァーもベンノの働きに随分と助けられているようだ。諸国をめぐっての外交をベンノに任せたのも信頼の表れだろう。

シモンもベンノの能力の高さは認めていた。

だがプライベートは別なのだ。突然わけのわからないことを言い出し、とっぴな行動にでる。

思うままに動き回る子どもがそのまま大きくなったようで、幼い頃より彼を知るシモンでも、時々理解できないことがあった。


「おい、なにをぼさっとしている。シモン、早く婚約者のもとにわたしを案内しろ」

腰に手を当てて急かすベンノは、シモンが当然来るものと疑っていない様子だ。

(まったくマイペースで偉そうなところは昔のままだ)

シモンだけでなく弟妹にもこの調子で、シモンたち兄弟はそろって彼に振り回された。

「オーウェ、おまえも一緒に来い」

「え!?わたしはこの後、農地で作物の育ち具合を――」

途端にオーウェは逃げ腰になる。シモンにベンノの帰還を知らせたのを、「告げ口」と言われたせいで報復を恐れているようだ。

「おおっ!おまえが品種改良をして作ったオレンジは甘酸っぱくてとてもうまかった。今度はなんだ?林檎か?それとも葡萄?」

「いえ、痩せた地でも育つ芋を作ろうと思いまして」

「そうか。それはいい。肥沃な地ばかりではないし民が安定して食料を得られるようになれば、王国の基盤も盤石のものとなる。いいじゃないか、大いに励め」

ばしばしとオーウェの逞しい背を叩くベンノを見るうち、シモンに苦笑ともつかない笑みが浮かんだ。

嵐のような男。

ベンノを知る誰もが彼にそのような印象を持つ。

さて、ベンノを紹介すればコマリはどのような反応を見せるだろうか。






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