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あなたの虜  作者: 七緒湖李
番外編
156/161

エーヴァ編2

名前を呼ばれてエーヴァが相手に目を向けると、温厚そうな青年が自分を見下ろしていた。

相手の琥珀色の瞳と視線があって、あ、と表情を変える。

「ルーカス?」

「はい。俺のこと覚えててくれたんですね」

忘れるわけがない。彼はアロルドの一番上の子どもで、先日の従姉の出産祝いを一緒に選んでもらった一人だ。

エーヴァはアロルドが結婚していたことは知っていたが、まさかこんなに大きな子どもがいるとは思っていなかったから本当に驚いた。

五つ年下のルーカスは父親譲りの色をした瞳を細めてにっこりと微笑む。エーヴァが普段嫌というほど見ている、誰もが振り返るほどの美形たちとはまた違うが、地味ながらも誠実さが滲み出る顔立ちだった。

父親のアロルドは陽気な性格を表すように、どちらかというと派手なタイプで、そんな彼には末っ子の娘が似ていたように思う。


「こんな時間にどうしたんですか?今日は仕事がお休みですか?」

「いいえ、仕事のあと後輩たちと食事をしていたの。もう帰るところよ。ルーカスは仕事帰り?確か細工職人の見習いだったかしら?」

アロルドとは違ってルーカスは料理の腕はからっきしらしい。しかしなにかを作り出すという点では、料理人と職人の違いはあれど似ているのだろう。

細工職人はその名の通り細かな作業をするのを得意とする。とはいえ首飾りや指輪など身を飾る装身具を作ったり、宝石や玻璃を散りばめた美術品を作ったりと、人によって得意分野が違う。

この前会った時はそこまで突っ込んだ話をしなかったので、ルーカスが得意なものは何かわからない。

が、細工職人を目指すなら、大抵のものは器用に作ってしまいそうな気がした。

「はい。今日も親方にしごかれてきました。昔、王宮で職人として働いていいたとかで、妥協を許さない人なんです」

「まあ、王宮職人だったの?」

「らしいです。病気になったのを機に辞めたってことですけど。――あ、王宮まで送ります」

「え?いいわよ、真夜中ってわけでもないし」


「いいえ。店のある通りは明るいですけど、ここを外れたら常夜灯の明かりだけなんで暗いですよ。エーヴァさんは美人だから男に狙われます……なんですか?」

「やっぱり料理ちょ――アロルドさんの息子さんね。冗談がうまいわ」

真面目な男に見えていても、根っこは父親の陽気さを受け継いでいるのだろう。

好意に甘えて送ってもらうことにしたエーヴァが、くすくすと笑いながら歩き出すと、ルーカスも横に並んだ。

「冗談ではないですよ。エーヴァさんは素敵な女性です」

「ここはありがとうと言っておくわ。でもあまり軽はずみなことを言ってると、誤解してしまう女の子が出てくるわよ?」

「誰にでも言ったりしません。相手は選んでいます」

どうかしら、と笑うエーヴァはルーカスがたすき掛けにしていた麻のカバンを覗き込む。

小さな角灯をひっかけた袋が不自然な形に膨らんでいたからだ。

「仕事道具が入っているの?」

「はい。それと象嵌細工の木箱を……作りかけなんですけど」

「象嵌?」

「ええと、木や金属を彫ってそこに別の木や金属を嵌め込んで模様を作るんです。螺鈿は知ってますか?あれも象嵌の一種です」

王宮の王族塔にはカッレラ王国内でも最高級のものばかりそろっている。もちろん螺鈿の家具や調度品だってあるし、エーヴァも何度も見ていた。

「螺鈿ならわかるわ。貝をはめ込んでいるのでしょう?ああいうのを作っているのね。見せてもらってもいい?」

「俺のはまだ素人の域を出てませんよ?妹に首飾りや耳飾りを入れる宝石箱が欲しいって言われて、練習もかねて挑戦してるんですけど」

言いながらルーカスはカバンを探ると、布に包んだ箱を取り出してエーヴァに手渡した。


ちょうど飲み屋の通りが終わったことで店の明かりがなくなり、ぽつぽつと申し訳程度の常夜灯が城下の街を照らしている。

異世界から戻ったシモンが城下の整備を行いだしたのを機に、常夜灯の数も増えているがまだまだ行き届いてはいないようだ。

乏しい明りにエーヴァが箱をよく見ようと目を凝らしていると、ルーカスがカバンに括り付けてあった角灯に明かりをつけてくれた。

「俺の家の辺りは暗いんで必需品なんです」

「ありがとう、明るいわ」

促されて歩き出しながらエーヴァは手にした箱を見つめた。

濃い茶色の木箱の蓋には蝶が羽を広げていて、羽の細かな模様が木の色の違いや金、銀で色づいている。

蝶の周りには薔薇をメインに小花が彫られていて、ここもまた地の色とは別の色が入るのだろう。

蓋を開けると中は四つに仕切られていて、種類分けして装身具をしまえるようだ。

ルーカスは素人と謙遜しているが、売り物としても何ら遜色はないように思える。

才能はかなりのものだ。


「すごくきれいね」

エーヴァの素直な褒め言葉に、ルーカスはぱっと顔を綻ばせた。

「え?本当ですか?ここに貝を嵌め込もうと思ってるんです」

そう言って指さすのは蓋にある蝶の羽の一部分だ。

「光を受けたら輝くように?素敵だわ。妹さん、喜ぶわね。いいわね、お兄さんにこんなにもきれいな宝石箱を作ってもらえるなんて。羨ましいわ」

エーヴァも少しは身を飾る宝石を持っているが、この箱にしまっていたらきっとそれだけで価値のある物に見えるだろう。

両手に箱を持ち上下左右と眺めまわしたエーヴァは、ルーカスに箱を返そうと真横を歩く彼を見上げた。

「エーヴァさんにも作りましょうか?」

「え?」

「あ、素人作のものでよければ……ですけど」

「そんなつもりで羨ましがったわけじゃないのよ。優しいお兄さんって意味で言ったつもりなの」

言い訳がましいと思いつつも、宝石箱をねだってしまったようで言わずにはおれなかった。

「わかっています。俺がエーヴァさんに作りたいだけですから気にしないでください」

「気にするわ。こんな高価そうなもの作ってもらうなんてできないもの」

「俺の修行のためになるって思ってくれませんか?それならいいでしょう?」

くったくのない笑顔はときに相手の言葉を奪ってしまう。

このときのルーカスがそうで、エーヴァがううと口籠って断る言葉を探していたら、再び彼が話し出してしまった。


「どんな形がいいですか?模様は花?動物?あ、果物もいいですね。四隅を葉っぱと曲線を彫り込んでみましょうか。それとも幾何学模様にするとか」

話すうちルーカスの目が少年のように輝きだす。

エーヴァはその様子が可笑しくて吹き出していた。

「細工職人を目指すだけあるわ。本当に好きなのね。楽しそう」

「え?いやあの……はい」

一人饒舌になりすぎたと思ったのか、ルーカスは照れた様子でエーヴァから箱を受け取った。

代わりにエーヴァが角灯を預かると、彼は宝石箱を布で丁寧に包んでカバンにしまう。

「俺、昔から細かい作業が好きで……料理は全く駄目ですけど、カービング?っていうんですか?野菜や果物を彫って模様や絵を描くやつですけど、そういうのは得意でした。父からもそれだけはほめられてたんです」

「ああ……料理は向いていないみたいだってアロルドさんから聞いたわ」

「味付けが駄目なんです。包丁遣いは基本的なことはできますよ。父は俺に料理人になってほしいのかと思ってたから、細工職人になるのを反対されると思ってたんですけど、思い切って打ち明けたらやっぱりかって笑われて――よくガラクタを集めて弟と妹に玩具を作ってたから、そっちのが向いてると思ってたらしいんです」

箱をしまう間ゆっくりになっていた歩みが元に戻って、ルーカスがエーヴァの手から角灯を受け取った。

オレンジの明かりが二人の足元を照らした。

「それだけのものを作るのだし、親ならあなたの才能に気づいていて当然でしょうね。とても綺麗な宝石箱だったし、それだけの腕を持つなら親方にも見込まれているんじゃないの?」

「どうなんでしょう?俺、王宮職人になるのが目標になったんで、ダメもとでこの冬にある王宮職人試験を受けてみるつもりだって親方に言ったら、思いっきり呆れた顔をされました。一応、試験に必要なレベルまでの技術を叩きこんでくれるってことですけど、おかげで毎日しごかれて、だから今日もこんな時間になったんです」

筆記もあるんだよなぁと呟き、疲れた顔で溜息をつくルーカスだ。


王宮ではいろんな人間が働いているが、医師や魔法使い、職人などの専門職は冬に試験がある。

職種によって試験日は異なり、筆記と実技で何日もかかる場合だってある。

もちろんエーヴァのような侍女になるにも試験はあるが、専門職よりは簡単だ。

マナーや常識を図り、あとは適正と面接で決まる。

王宮内で雑用をこなす下働きなどは人数が多く入れ替わりが激しいため、もっとも難易度は低く、真面目で最低限身元がしっかりしていればよかった。

今年は騎士団の試験が一番早かったように思うが、職人の試験はいつだっただろう。 

「しごかれてるってまだ新人だからって意味だと思ってたわ。王宮職人を目指すなら確かに妥協できないでしょうけど――そんなに急に王宮職人になるって決めたの?」

「はい、つい先日。エーヴァさんに会った次の日に親方に相談しました」

「え?いくらなんでも準備期間が足りなさすぎない?この冬じゃなくて、来年の冬に目標を定めたら?」

「いえ、俺、できるだけ早く王宮に入りたいんです。試験は一年に一度だからチャンスがあるなら挑戦しないと。あ、城門が見えてきましたね」

ルーカスが前方を見たためエーヴァも前を向いた。

馬車なども出入りできる大きな門はすでに閉ざされているが、人が出入りできる小さな扉は開け放たれていて門兵が二人立っていた。

真夜中を過ぎればこちらも閉ざされて、完全に閉門してしまうのだが、いまはかがり火が焚かれている。

秋になり日中は過ごしやすい。しかし朝晩はとんと冷え込むようになったため、門兵は火で暖を取っているようだ。

厚手のワンピースを着ているエーヴァだが、それでも風が吹くと少し寒さを感じる。

対してルーカスは薄いシャツ一枚だ。

「寒くないの?」

布地を見やってから彼を見上げると簡単に目が合った。どうやらこちらを見ていたようだと気づいて、エーヴァは内心なにかしらと首を傾げる。

それとも気のせい?

「俺、体温が高いんで平気です」

「そう」

前を向いたエーヴァは無言になった。

(やっぱり視線を感じるわ)

どこか変なのかしら。

酒はそう飲まなかったはずだからまっすぐ歩けているし、服と靴も一応は合わせたつもりだからおかしなところはないはずだ。

(それとも髪型?)

仕事の時は一つに纏めてあるが今はおろしている。ブラッシングはしてきたけれど、纏め髪にありがちな変な癖がついているのはどうしようもなかった。

せめて両サイドを編み込んで誤魔化せばよかった。

あっちにこっちにとうねる髪も見ようによっては、ゆるふわだろうかと思ったのが甘かった。

ルーカスにぼさぼさ髪を見せているのか思うと、エーヴァは急に恥ずかしくなった。

女として最低限の身だしなみもできないと思われているに違いない。


「あの……そんなに見ないで」

両手で髪を抑えてエーヴァはうろうろと言葉を探すが、結局は正直に打ち明ける。

「いつもはもうちょっとましな髪をしてるのよ。後輩たちと食事だからって油断してたの。仕事中纏めてたから癖がついてて……」

「癖でふわふわになってたんですか?大丈夫、可愛いです」

「かわ……あのね、ルーカス。さっきも言ったけど軽はずみなことは言わないほうが――」

「だから俺、相手を選んでますって。エーヴァさんにしか言いません」

「はい?」

頭を押さえたままエーヴァは思わず立ち止まっていた。

一歩先に進んでしまったらしく、すぐに立ち止まったルーカスが振り返る。

「あの……なにを、…言っているの?」

「エーヴァさんが可愛いって言ってます」

「だからなんでそんなこと……」

理由がわからないながらもエーヴァはなぜか、気持ちがそわそわとしていくのを感じた。

この感じ。もしかしてと思ってしまう。

(でもルーカスに会うのは今日が二回目だし)

一度目はアロルドに息子として紹介されたときで、店内で少しの時間話をしただけだ。

あのときの印象は丁寧で優し気な青年だと好印象だったけれど、それだけでとくに意識はしていない。

エーヴァの台詞を受けてルーカスは黙り込んでしまった……はずが、やがて「えーと」と口を開いた。

「俺、エーヴァさんに一目惚れしたんで――これでも口説いてんですけど」

話すうち気恥ずかしくなったのか、明後日の方向を見ながら告白したルーカスだ。

しかしエーヴァの反応も気になるようで、すぐにチラとこちらを見てくる。

「年下って駄目ですか?」


「そんな急に言われてもルーカスのことよく知らないし……」

「って言われるのがわかってたから王宮職人になって、会える機会を増やすつもりだったんです。まずは俺を覚えてもらおうって。なのに今日、偶然にも会えてしまって話をしたらやっぱり素敵な人で、それにすごい可愛いし――すみません、ちょっと浮かれて先走りました。でも本気です。俺のこと考えてくれませんか?」

「ちょ、ちょっと待って。ルーカスが王宮職人を目指す理由って……え?えぇ?」

まさか自分に会いたいため、だなんて言っているのだろうか。

「はい。親方にも王宮職人を目指すのは、好きな人に近づきたいからって言いました。もちろん一流の職人を目指すなら、王宮職人になって極めることかもってのが、漠然とあったんですけど。ともかく今のままじゃ俺、エーヴァさんと接点がないですから、無理やりにでも会える状況下にならないとって思ったんです」

告白時の照れはどこへやら。

にっこりとルーカスに微笑まれたエーヴァは、反射的に顔を背けていた。

(天然なの、この子?天然たらしなの!?)

というかルーカスが誰かにダブる。

そう思ったエーヴァの頭の中に金髪と黒髪の主たちの顔が浮かんだ。

(似ているわ)

爽やかに押しが強いのはシモンが得意とするところだ。

その強引さで照れ屋なコマリをいつの間にか陥落しメロメロにしている。

そして天然な魔性はコマリで、彼女は無自覚に人をたらしこんでしまう。

ルーカスは二人が合わさったような爽やかな攻めの無自覚たらしに見えた。

無害な好青年を装った魔性の男、なんて最強じゃないだろうか。


それに年下という点はあるけれど、ルーカスはエーヴァの好きな穏やかで真面目に生きている人だ。

つまりばっちりストライク、好みのタイプだった。

(わたし、恋愛から遠のいて免疫力落ちてるのに)

うっかりしていたら簡単に恋の病に侵される危うい状態だったのだと、エーヴァは今さらながらに気づいた。

恋に浮かれて何も手につかなくなるという、10代の少女のような重篤患者になることはないだろうが、それでも自分が自分でなくなってしまう、あの熱に浮かされた状態になる可能性がある。

以前、恋人がいながらがむしゃらに仕事を頑張ったのは、恋にかまけてしまわないよう気負っていたからだと思い出した。

器用ではないから仕事も恋もとうまくこなせないのだ。

「わたしはあなたより5つも年上なのよ?」

「はい。だから俺、子どもっぽくならないよう努力しますね」

そうじゃなくて。

というか告白しておきながらこんなに落ち着き払って笑顔をみせている人が、二十歳だなんて思えない。

普段、後輩たちにエーヴァ侍女長はいつも落ち着いていると言われているはずが、恋愛免疫力が低下しているせいで告白にこんなにも狼狽えている。

これではどっちが年上だかわからない。

「一目惚れって、あの…よく見て。いたって平凡で取り柄もないし、後輩相手だからっておしゃれも気の抜くような女よ。ルーカスと初めて会ったときだって、普段着でお化粧だって適当だったでしょ」

「エーヴァさんなら素顔も素敵だと思います。いまだって可愛いって言ってるのに、いつまで髪を押さえてるんですか?」

可笑しそうに笑うルーカスにからかわれて、エーヴァは慌てて両手を頭から放した。


「美人で抜けてるところなんてなさそうなのに、仕草とか可愛いですよね、エーヴァさんって。よく見てってことですけどさっき俺、隣を歩くエーヴァさんをガン見してましたよ。……なんか変態っぽくてすみません」

視線を感じたのはただ見つめられていたからだったのか。

それにしても、ああなんとしたことか――。

「ルーカスってモテそうだわ」

「はい?」

目立たず無害な男に見えているのに、異性の喜ぶポイントを押さえている。

しかもそれが自然に出てくるなんて、女の子からの好感度はさらにいいはずだ。

「優しくて親切で、でもいい人ってだけじゃなく気配りのできる褒め上手だもの」

「俺モテないですよ。すぐ振られるし。だからというか……モテない負け惜しみも入ってるんですけど、あまり恋愛に重きを置いてなかったんです。趣味――っと今は仕事になりましたけど、何か作ってるほうが楽しかったんでそっちばっかで。だから地味で面白くないって言われるんです。俺は俺で相手に未練があるわけじゃないし、自分のこと淡泊なのかなーって思ってたんですが、エーヴァさんを見たとき冗談抜きで、周りの景色が鮮やかになったというか――あんな感覚初めてで、どうしてもあなたに近づきたいって思いました」

自分はいま、ものすごい告白をされているのではないだろうか。

ルーカスの瞳に映る自身を自覚したエーヴァは、気恥ずかしさといたたまれなさがないまぜになった。

頬がどんどん熱くなるのを感じる。

「俺、あなたのことを困らせてますね」

浮かんでいたルーカスの微笑みが苦笑いに変わった。


「告白するつもりはまだなかったんですけど、なんか言ってしまいました。舞い上がってんのかな、俺。でも言ってしまったものは消せないので、えーと……覚えててください。王宮職人になれたらもう一度、ちゃんと告白します。そのときに返事をください」

ルーカスの真剣な声を前に逃げることはできなかった。

背筋を伸ばし、エーヴァもまた真摯な態度で答えた。

「はい」

その返事にルーカスはほっとした様子を見せ、嬉しそうに微笑んだ。

エーヴァの胸がドクンとはねる。

(やだ、おかしいわ……ありえないくらいに胸が暴れてる)

相手は五歳も年下なのだ。きっと今は気の迷いで告白してくれたのだろう。

このくらいの年の頃なら、可愛い女の子が現れたらすぐに気持ちは移ろうに違いない。

だから惑わされては駄目。

エーヴァは気を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

いきなりスーハーと深呼吸をするエーヴァに、目を丸くしたルーカスも笑って真似をする。

「どうして真似をするの」

「俺も緊張したんで」

「嘘。顔が笑っているわ。――ここまでありがとう。王宮はすぐだしここから一人で帰れるから」

エーヴァは普段から生真面目で責任感が強く、人からもそう見られる。

そのせいか頼りにされることが多いが、言いかえれば冗談が通じないと思われているようだ。

もちろんエーヴァだって人間だし、笑いもすれば冗談も言うのだが、そんな彼女を知るのは身内や幼馴染で親友のグンネルのような親しい者たちだけだった。

見た目から受ける印象でイメージを作られていて、こんなふうにからかわれることはなく、だからこそエーヴァはこういうときどう対応したらいいのかわからなかった。


ただこれ以上、年上の威厳を損なわれてはかなわない。

なるだけ大人の女らしくと気取って歩くエーヴァを、ルーカスが慌てて追ってきた。

「待ってください。最後まで送ります。エーヴァさん、拗ねないでください」

「拗ねてないわ」

「顔が怒ってます。やっぱり可愛い人ですね」

さらりと会話の中に可愛いを混ぜてくるのはやめてほしい。

頬がまた熱くなっているような気がするのは気のせいだ。

(平常心平常心平常心平常心……)

エーヴァが動揺を悟られまいと苦労しているというのに、ルーカスはまるで何事もなかったかのように話しかけてくる。

「そうだ。箱はどういうのにしますか?どんなものを入れるか言ってくれたら、中身もそれに合うように作ります」

「妹さんの宝石箱を作っているのだからそれを優先して」

「わかりました。そっちはすぐに仕上げます。で、エーヴァさんの好きな花は何ですか?っていうか好きなものをいくつか教えてください。俺、箱に彫る図案考えます」

直接的に断っても修行のためと言われたので、妹への宝石箱を優先してと遠回しに断ろうとしたが無駄だった。

ニコニコとした笑顔はエーヴァの意図をわかっていないのか、それとも気づかないふりをされているのか。

やはり無邪気に強引だわと小さく息を吐きつつ、エーヴァは考えるように眉を寄せる。

「お花はなんでも好きよ。あ、カップのように丸く咲く薔薇があるの。コロンとしていて可愛いのよ。華やかな薔薇が多いけれど、わたしはそういう可愛らしい薔薇のほうが好き。ああでもどちらかというと花束の主役となるお花より、庭先に植えるような小さなお花が可愛いって思うかも」


「なるほど。じゃあ花の模様がいいんですね?」

「え?そういうわけじゃ。動物は実家に羊と犬がいたからどっちも好きよ。果物は葡萄とオレンジ。神祀殿の壁にあるような不思議な模様も素晴らしいと思うし……でもこの全部を一編に彫ったら、まとまりがつかなくなりそうでしょう。わたしには美的感覚とか才能はないし、絵柄はルーカスにお任せしていい?」

「はい、じゃあやっぱり図案を描いて見せますね。妹と同じで首飾りとか、装身具を入れる宝石箱ってことでいいですか?」

「ええ」

宝石箱と決定してルーカスからいろいろ尋ねられるうち、城門に着いてしまった。

ここからは王宮に出入りできる身分証を持つ者しか入れない。

「送ってくれてありがとう」

「一緒にいられて嬉しかったです。また会ってください。図案持ってきます」

「だからわたしのは時間のあるときでいいから」

「いいえ、最優先です。俺がエーヴァさんに会いたいんで」

さっきからいちいちルーカスの言葉に反応して赤くなってしまう。

が、しかしすぐに我に返るとエーヴァは唇を引き結んだ。

赤面ばかりしていては、意識していることをルーカスに気づかれる。

「仕事もあるんだからあまり根を詰めてはだめよ」

努めて大人の女性らしく振舞ったせいで上から目線になってしまった。

しかしルーカスは気にしていないのか素直に頷いた。

「はい。心配してくれてありがとうございます。あ、図案持ってくるとき、エーヴァさんの仕事の邪魔はしたくないんで、いつもだいたい何時くらいに仕事が終わるか聞いていいですか?」

「いろいろだから朝のほうがいいかも……どうしたの?」

ルーカスが破顔したため、エーヴァは何事とばかりに尋ねてしまった。


「え?あ、本当に俺と会ってくれるつもりなんだと思ったら嬉しくて」

「だ、だって断ろうとしても強引に約束にこぎつけそうだし」

「はい、その通りです。エーヴァさんに気に入ってもらえるような図案を真剣に考えるんで、一週間時間をください」

一週間後の朝の早い時間に待ち合わせることを約束して、エーヴァは城門をくぐるために後ろを振り返った。

とたんに門兵がサッと視線をそらしたのがわかって、今までの話を聞かれていたとエーヴァは狼狽える。

ルーカスも門兵の態度に気づいたらしく、エーヴァのほうに顔を寄せて小声で言ってきた。

「聞かれちゃいましたね」

「大丈夫よ。このくらい」

距離の近さにぎょっとしながら虚勢を張って大丈夫と伝えたが、いったい何が丈夫なのだろう。

自問するエーヴァにルーカスが、く、と喉を鳴らした。

「ほんと、可愛いなぁ」

「っ!」

顔が近かったために耳元で直接囁かれたみたいに思えた。

ズザザと後退る。

「エーヴァさん?どうかしましたか?」

「いいえっ、なんでも!」

「?」

首を傾げているルーカスは無自覚なのだろうが本当にたちの悪い。

押しの強い天然タラシが相手なんて、蟻地獄にはまってしまったようだ。

もがけばもがくほど深みにはまっていつかは捕らえられてしまう。

「え、ええと……じゃあ一週間後に――さよならっ」

「あっ!エーヴァさん!?」

くる、とルーカスに背中を向けて、エーヴァは身分証を見せて門の中へ入った。

振り返ることもせず、足を速める彼女の背中に声が飛んでくる。

「一週間後、楽しみにしてますね!」

ルーカスの大きな声がエーヴァの顔を熱くした。

両手で頬を抑えてエーヴァはむずむずする胸に唇を噛む。でないと奇声を上げてしまいそうだった。

(ダメだわ、恋愛免疫力がないんだもの。これじゃ――)

 完全に恋の病にかかってしまう。


またしても心の中で「平常心」と繰り返しエーヴァは使用人塔へ歩く。

サデのところへ行くつもりだったが、こんな状態では無理そうだ。

火照る顔を夜風に撫でられても、まったく冷やされる気配はなかった。

木を組んだ脚に等間隔に灯る常夜灯の明かりを頼りに、エーヴァは急ぎ足で歩いていたが、徐々にゆっくりとしたペースにかわる。

そのころになってやっと落ち着きを取り戻した。立ち止まって振り返る。

城門はとっくに見えなくなっていて、エーヴァはそのまま視線を空へ向けた。

極彩色の砂が夜空を覆ってキラキラと瞬いているようだ。

風に巻き上げられた髪を耳にかける。

(星空も好きって言えばよかったわ)

それとも一週間後に会ったときに伝えてみてもいいかもしれない。

しばらく星空を見るため佇んでいたエーヴァはやがて前を向き歩き出した。

その顔はどこか楽しそうで足取りも軽やかだった。




<エーヴァ編 END>





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