オロフ編7
「うまくいったんですか?告白」
「だ、誰ですか?どこかでお会いしましたっけ」
知らない女性だった。
それにしてもこの髪そして眼鏡は、あの夜オロフとともにいた女性を思い出させる。
「どこかでって、あれ?やっぱり人違い?こっちの世界の人の顔を随分と見分けられるようになったと思ったけど……えーっと、ほら、惚れ薬のお店で――あっ!今日はわたし、見た目が違うんだった」
「惚れ薬のお店?」
呟くブリッドは記憶を辿っていき、彼女の左手首にある金の腕輪を見て思い出した。
「もしかして惚れ薬を譲ってくれた人?……っえぇ!?髪も目の色も違いませんか?」
あのときはよその国の人かと思ったけれど、今日はぱっと見、カッレラの人間に見える。
「え?……えーっと、髪はカツラで目は××××……いや、ないんだっけ。あの、んと……だから……魔法で変装?――みたいな?」
しどろもどろに言葉を紡ぐ彼女は、やはり大金持ちのお嬢様なのだろう。
人の外見を変える魔法を使える魔法使いがいるとしたら、それは王国に仕える王宮魔法使いレベルのはずだ。そんな人間を雇えるなんて貴族や大金持ちの人間だけだ。
「変装してるんですね。じゃあ今日はお忍びですか?」
「あれ?もしかしてわたしのこと、わかったとか……いう?」
金持ちのお嬢様であることを隠しているつもりだったのだろうか。
こくり、とブリッドが頷くと彼女は頭を抱えてしまった。
「なんで?ちょっと会話しただけでバレちゃうってどういうこと?こっちには×××××なんてないはずなのに。悪評と一緒に特徴とか知れ渡ってたりするの?」
ぶつぶつ言う彼女から一瞬だが、よくわからない言葉が聞こえた。
(カオジャイン?……ってなに?どこの国の言葉だろ。本当、変わったお嬢様だなぁ)
それにしても、この前も今日もどうしていつも一人でいるのだろう。お嬢様ならお付きの人ぐらいいるだろうに。
「あの、一人で大丈夫なんですか?」
心配になって尋ねてみると、彼女はあっけらかんとした様子で笑った。
「うん、平気。前にここのお店の話をしたし、場所もわかってるからたぶんすぐ来ると思う」
「そうですか」
迎えが来るなら安心だ。しかし育ちのせいか、どこか世間慣れしていない感じのする彼女を、ここに一人にするのは気にかかる。
普段、周りに心配ばかりかけている自分が誰かを案じてるなんておかしな感じだ。
「それで?あなたは今日、デートなの?」
くるんと視線を返して無邪気に尋ねられ言葉に、ブリッドは一瞬頭がついていかなかった。「へ?」と間抜けな声を出してしまう。
「だってそんなにオシャレしてるし。ここで待ち合わせとか?じゃああの惚れ薬はまだ使ってないの?」
興味津々と質問してくる彼女に、ブリッドは苦く笑って誤魔化した。
この前といい今日といい、まったく人懐っこいお嬢様だ。
「あ、馴れ馴れしかったね。ごめんなさい」
それに素直なお嬢様だ。
目が合うと、もう言わないからね、と微笑まれる。
(やっぱり可愛い人だな)
自分と違ってかなり人との距離が近い人だけれど、それを不快に思わないのは彼女から滲み出る人の好さそうな雰囲気のためだろう。
「わたしの好きな人、彼女がいるんです」
「え?」
「この前、一緒にこのお店から出てくるのを見ちゃって。今も彼女のためにプレゼントを買いに行ったみたいです」
「二股?」
「じゃなくて、わたしは女友達でしかないんだと思います。だったらわたしも友達でいるほうがいいのかもって、告白する勇気がぺしゃんこで……もうほとんど残ってません」
名前も知らない人にどうしてこんなことを話しているのだろう。
(知らないから言えるのかな)
彼女がうーんと、考えるように腕を組んだ。
「その人、今日はどうして彼女と過ごしていないの?デートしてたくらいだから、彼女は遠くに住んでるってことはないんだろうし」
「それはたぶん、わたしに夏氷を奢ってくれる約束があったからだと思います」
「××あ、違った……夏氷は他の日でもよくない?だって時節送りの日って大好きな人に気持ちを伝える日でもあるでしょう。大切な人がいるんだったら、普通はその人と過ごさないかしら」
「もしかして彼女は仕事なのかも」
「それがあったかー。んー?でも彼女がいるのに他の子と会ったりするってどうなのかなぁ?ちょっと、その彼って大丈夫?もしかして遊び人とか――」
「そんな人じゃないですっ」
大きな声で反論したブリッドは、目を丸くする彼女に気づいて視線を逸らした。
「すみません。でも本当に優しい人なんです」
だからオロフのことを悪く言わないで。
「そっか。大好きなんだね、その人のこと。じゃあ気持ちを伝えたほうがいいんじゃないかしら」
最後の言葉にブリッドは顔を上げた。
「友達でいられなくなるかもしれないのに?」
「だって苦しそうだもの。あふれちゃってるんでしょう?気持ちが」
「それは――っきゃ」
いきなり力強い手に腕を引っぱられ、気が付けばブリッドはオロフの背の後ろに立っていた。
「失礼、彼女に何の用が――……ん?」
「!?オロフっ!?」
「やっぱりコ……」
しかしなぜか言葉を飲み込んだらしいオロフから、ごほん、とわざとらしい咳払いが聞こえた。
「あなたがどうしてここに――」
「え!?えぇ?彼女の言ってた人ってまさかオロフなの?」
「は?彼女って……二人は知り合い?」
目の前に立ちふさがっていたオロフが脇に退いたことで、ブリッドは二人の驚愕したような顔がよく見えた。
(なんだ、あのとき見た彼女って……)
まさか恋敵にオロフの相談をしたなんて笑い話にもならない。
「そっか、ここで二人は待ち合わせてたんですね」
彼女と会うまでの時間、オロフはブリッドにつきあってくれていたのだ。
ブリッドは鞄を胸に抱きしめる。
泣いちゃだめだと思うのに、意に反して涙の膜が張って目の前がぼやけた。
「じゃ、じゃあわたしはここで。っさよなら」
くるりと二人に背を向けてブリッドは駆け出した。
鈍間な自分にしては素早い行動だったと思う。普段ならこんな人混みはうまく歩けないのに、いまは早くオロフたちから離れたくて人をかき分ける。
「いってぇな!」
どん、と太った男の肩にすれ違いざまぶつかった。体格差から跳ね飛ばされたブリッドは、その先にいた人に支えられる。
「そのように脇目も振らず走るのはここでは危ないぞ」
耳に届く低い声は男のものだ。気づいて体が強張った。
「すみません」
顔も上げずに逃げようとしたブリッドは、
「シモンっ、その子捕まえて!」
直後に両肩を強くつかまれていた。
「痛っ」
「おまえは盗人か?それとも擦りか?」
先ほどより数段低くなった声とともに男の指が肩に食い込んで、ブリッドは苦痛の声を上げた。
「違……」
「おやめくださいっ」
そこへオロフの焦ったような声が割り込んで、ブリッドは彼の腕の中に抱き寄せられていた。
硬い胸に強かに顔をぶつけて呻くブリッドを、オロフが放すまいとばかりに腕を巻き付ける。
「彼女は盗人でも擦りでもありません」
「オロフ?今日は早くあがったからどうしたのかと思えば、なんだ祭りに来たのか。ではその娘はおまえの恋人か?」
「ちょっと、シモン。女の子に乱暴しちゃだめでしょう」
「コマリがあのように必死に叫ぶから盗人と誤解してしまったのだ。コマリとはぐれて、危ない目にあっていないかと心配であったから余計にな」
「気になるお菓子を見に行ったらシモンがいなくなってたの。だからこうして約束してた雑貨屋さんに来たのに」
「気がつけばいなくなっていたのはコマリだ」
「シモンだもん」
オロフの胸に押さえつけられながら、ブリッドは二人の会話を聞いていた。
(わたし、シモンとコマリって名前知ってるんだけど……)
知らぬ間に悪事に手を貸していたのかもと悩んだくらいなのだ。
忘れられるわけがない。
いやでも、こんなところにいるはずが――?
混乱するブリッドがそう思ったところで、訝しむようなオロフの声がした。
「そんなことよりお二人とも、なぜ供が誰もいないのですか?まさか皆に内緒で城下に出ていらしたわけではないですよね?」
「え?」
「ん?」
「どうして二人してわたしから目を逸らすのですか。そのお姿をなさってるということは、誰かが魔法をお二人にかけたんでしょう?でしたらリクハルドやトーケルがいてもいいはずなのに……あ、魔法をかけたのはまさかスミトとゲイリーですか!?二人に協力を願ったのでしょう?」
「だってわたしたちに付き添ってたら、みんな今日を楽しめないし」
「だからといって――」
「オロフ、そう長居するつもりはない。見えなくとも護衛もちゃんといる。だから見逃してくれ。そのかわりわたしもおまえが恋人に逃げられていたことは黙っている」
「恋人?……あ!ブリッド、すまん。つい力を。大丈夫か?」
引き起こされて、心配そうに自分をのぞき込んでくるオロフに、ブリッドは茫然と尋ねていた。
「オロフって王宮じゃいったい誰の警護をしているの?」
表情がこわばったオロフが黙ってしまう。
その顔にブリッドは自分の推察が間違っていないと確信した。
ここにいるのはカッレラ王国第一王子のシモン王太子と、その后となられるコマリ様だ。オロフは騎士として二人の警護をしているのだろう。
次期国王と王妃となる人物の護衛など、よっぽど腕が立つ騎士でなければ務まらないはずだ。オロフの騎士としての技量は、ブリッドの想像もつかない域にあるのだろう。
「オロフ、話しても良いぞ。今更隠し切れないだろう」
「ていうか、オロフはちゃんと彼女と話をしなきゃダメよ」
喧嘩していたはずなのに、二人は仲良く隣り合って並んでいた。やっとまともに見た王子のほうは、黒髪に黒い瞳でこちらも眼鏡をかけている。
確か王子は金髪だったように思うが、以前見たコマリが黒髪であったことから考えて、おそらく互いの髪と瞳の色を入れ替えて、変装をしているのだろう。
見た感じ二人とも憔悴した様子はない。
カーパ侯爵の一件で心を痛めているだろうと思っていたブリッドは安心する。
オロフが励ましてくれたのは気休めではなく、二人を知っていたから言えたのだ。
ブリッドの視線を感じたらしい王子たちの眼差しが、同時にこちらを向いた。彼女は一気に緊張してゴクと唾を飲み込む。
「肩に痛みはないか?」
「は、はひっ……ぅえほっ……ぜん、全然っ」
まさか話しかけてくるとは思わなかったので、びっくりして声がひっくり返った。
ちゃんと喋ろうとしたら咳こんで、結局焦りまくって言葉が続かなくなる。
「異変があればすぐに王宮に連絡をくれ」
下手に声を出せばまた失敗すると、ブリッドは無言で頷いた。その態度が誤解させたらしい。
「随分と怯えさせてしまったようだ。すまない」
「っ!」
王子に謝罪させてしまった。
またしても言葉にならないまま、ブリッドはぶんぶんと首を振る。
どうしていつも思うように言葉が出てこないんだろう。
喘ぐように開いた唇から空気だけが漏れ、ブリッドは泣きたくなった。
助け舟をだすように、ポンとオロフが背中を叩いた。
「落ち着いたらちゃんと話せる。俺とは普通に話せてるんだ」
「でも、相手……王子様……話す、む…む、り……緊張、する」
「なんだ、緊張していただけなのか。だがなぜ片言に……」
ふは、とシモンに吹き出されてブリッドは羞恥に顔を赤くした。
いい年をして情けないと思われたのだろう。しかし続いた言葉は彼女の予想を裏切っていた。
「なんとも奥ゆかしい娘だな、オロフ」
「は」
さすが王子様は庶民相手であっても「変な女だ」などと、女の子を不快にさせるようなことは言わないのか。
同意を求められたオロフは、どう返事したものかというような微妙な顔をしている気がする。
(社交辞令ってわかっても嫌みがないなぁ)
シモン王子がカッレラ王国の貴族のお嬢様だけでなく、諸国のお姫様にも人気だというも頷ける。
「わたしたちのことはいいから……オロフ、いますぐ彼女と話をしなきゃ。――ねえ、ブリッド」
いきなりコマリに名前を呼ばれてブリッドは背筋を伸ばした。
「はい」
「あなたの誤解は解けた?」
どうやらコマリには、彼女をオロフの恋人と誤解したことに気づかれてしまったようだ。
「……はい」
「さっきも言ったけれど、わたしはちゃんと伝えたほうがいいと思う。でないと逃げてばかりにならないかな」
そう言ったコマリの目がブリッドの鞄を見つめ、再びこちらを向いた。
「持ってきてるんでしょ?」
なにをと問わなくとも、惚れ薬のことを言っているのだと分かった。
オロフとシモンは何のことがわからないのか、二人してブリッドたちの会話に眉を寄せている。
友達でいるのがオロフとずっと一緒にいられるための方法だと思った。
(でもきっと、オロフの恋人を目の前にしたら冷静でいられない)
それはついいましがた思い知った。
「持っています」
ブリッドはまっすぐにコマリの眼差しを受け止め答えると、覚悟を決めてオロフに向き直った。
「オロフ、今から二人になれますか?」
何かを感じ取ったらしいオロフがシモンへ確認するよう言った。
「護衛がいるというのは本当ですか?」
「ああ」
「では――申し訳ありません。お側を離れます」
「もちろんかまわないぞ。というか、おまえがいては邪魔だ」
「テディの心労を増やすことはしないでください」
「だから長居はしないと言っただろう。ほら、さっさと行け」
追い払うしぐさをするシモンの横で、コマリが待ってとオロフを呼び止めた。
「さっきの雑貨屋で、この前わたしと何をしていたかブリッドにちゃんと話してね」
「?はい、わかしました」
いまいちわかっていない様子でオロフは頷くと、二人に目礼してブリッドの手を握る。
引っ張られるブリッドは、シモンとコマリに「失礼します」とだけ伝えることに成功した。
王族を前にした作法は知らない。
おそらくは無礼であっただろうに、シモンはわずかに口元を笑ませ、コマリに至ってはニコニコと手を振ってくれた。
人を避け、歩みを進めるオロフはいったいどこへ向かっているのだろう。
メイン通りを抜け喧騒が遠のいたところで、歩みを遅めたオロフはやっと口をきいた。
「ブリッドはいつ、俺とコマリ様が雑貨店にいるのを見たんだ?」
「一昨日。オロフがコマリ様に手を引かれて、雑貨店から出てくるのを見たんです」
「ああ……」
そうして無言になってしまう。何か考えている様子に、ブリッドは話をするきっかけを見つけられなくて、黙って彼についていった。
着いたのはワヌヌ川だった。石探しを行っている場所より少し上流で、川原には木の枝で組んだ脚に角灯がぶら下がり、淡い明かりが幻想的に辺りを照らしている。
川の流れに冷やされた風が心地よく、涼を求めて人が集まっていた。
水辺で遊ぶ家族連れもあれば、恋人同士、石に腰を下ろしていちゃいちゃとじゃれあっていたり、仲間で水切り遊びをしていたりと様々だ。
「けっこう人がいるな。あっちに行ってみよう」
オロフが川上を指さした手に紙袋が握られているとブリットは気づいた。
雑貨店で何か買ったようだ。
「はい」
しばらく歩くとちょうど川原から立ち去る家族があったため、入れ替わるようにしてブリッドとオロフはその場所を陣取る。
腰を下ろすのにちょうどいい石が並んでいて、ブリッドはワンピースが汚れないようにハンカチを敷いて腰を下ろした。
また沈黙が続くのかと思たが、オロフはブリッドが腰を落ち着けるのを待っていたようだ。
「さっき、どうして逃げたか聞いていいか?」
川を見つめてそう尋ねてくるオロフの横顔を窺っても、ブリッドには表情を読むことができなかった。
「あれは勘違いして……」
「勘違い?」
「オロフとコマリ様がつきあってるって」
「はぁ?」
目を丸くしたオロフがこっちを向いた。どうしてそんなことを思ったんだと突っ込まれ、ブリッドは誤魔化すこともできずに正直に話した。
「だから一昨日、雑貨店から出てきたのを見ちゃったって言ったでしょう。二人がすっごく仲好さそうに見えて、まさかコマリ様だなんて思わないから、てっきりオロフの彼女だと……」
それ以上続けていられなくてブリッドは言葉を濁す。
頬が熱い。耳も熱いし首まで熱い。
これではオロフが気になっていると言っているようなものだ。
いや、好きだと気づかれただろう。
話を聞くオロフの顔が疑問符を浮かべたものから、驚きのそれへ変化していく。
恥ずかしさに耐えかねて、今度はブリッドがワヌヌ川へ視線を向ける番だった。
「一昨日はブリッドが喜びそうなプレゼントを、コマリ様に教えてもらっていたんだ」
「…………え?」
沈黙を破るオロフの台詞が信じられなくて反応が遅れた。
「彼女に贈りたいと思うものをプレゼントしろと言っただろう。おかげでどれだけ悩んだか。一昨日は前に話した後輩の快気祝いがあったんだ。シモン様とコマリ様もお忍びで参加なさっていた。それであの日、俺がテディにプレゼントの相談をしていたのを、コマリ様にも聞かれてしまってな。面倒見のいいお方だから俺のためにひと肌脱いでくださったんだ。祝いの席を抜け出して、一緒にプレゼント選びに行った。ブリッドが俺たちを見たのはちょうどそのときだろう」
オロフからガサガサと紙袋を探る音がして、ブリッドの目の前にリボンのかかった箱が差し出された。
「さっきあの店に行ったのはプレゼントを預けてあったからだ」
ほら、と手のひらに置かれた箱には、ローズピンクのリボンがかけられている。
「本当に用意してくれたんだ。ありがとう――開けていい?」
「ああ」
リボンを解いて箱を開けると中にクッションが敷かれ、手のひらサイズのフクロウの置物が入っていた。
桜色に染まるフクロウの頭には小さな王冠が付いていて、色のついた玻璃で羽が飾られている。
ぽってりとした腹は淡い白色で、実際のフクロウより丸々として太っちょだ。
「わ、お腹が開く。小物入れになってるんですね。可愛い~」
愛らしいフォルムにブリッドが顔を綻ばせた途端、オロフがはーと大きく息を吐いた。
「よかった、気に入ってくれて。店にはぬいぐるみや装身具、雑貨に文具まであって、まずはどれがいいのかと……俺にはそこからだったんだ」
肩の荷が下りたという顔をするオロフは、本当にプレゼント選びに骨が折れたようだ。
フクロウをよく見れば小物を入れる内部分に「ブリッド・マルムロース」と、飾り文字で名前が書かれていた。
「わたしの名前が入ってる」
「ああ、サービスで名前を入れてくれるというから、今日に間に合うようにと頼んであったんだ」
そうか、雑貨店へ行ったのはこれをもらいに行ったからだったのか。
一度名乗っただけのフルネームを覚えていてくれたことが嬉しかった。
ブリッドはお腹を閉じて、もう一度じっくりとフクロウを眺めた。
角灯の弱々しい明かりでも、フクロウを飾る色とりどりの玻璃が美しく煌めいている。
「コマリ様には「女の子はクマやウサギのほうが好きだ」とか、「どうしてフクロウなんだ」と散々言われて、フクロウはやめるべきだったかと思ったんだが……」
「他の動物のもあったの?」
「クマ、ウサギ、リス、ハト、んー?あと何だったかな。あ、ブタだ」
「そんなにいっぱい。オロフがフクロウを選んだ理由はなに?」
「俺にはどれも一緒に見えたから、店側が書いてあった説明文で決めた。夜目のきくフクロウは「見通しが明るい」「未来を切り開く」とされているらしい。この先ブリッドの将来が明るいようにと。色は他に、白とすみれ色があったんだが、なんとなくピンクがブリッドに合う気がした」
オロフが雑貨店でいろいろ悩んでいる姿が見える気がした。
女の子の好きな物がわからない人だろうに、一生懸命選んでくれたに違いない。
(これ絶対宝物にする)
ブリッドは両手で大切にフクロウを握った。
「わたしフクロウがいい。本当にありがとう、オロフ。すごく嬉しい」
お礼の言葉と一緒にブリッドの笑顔がはじけた瞬間、オロフが息を呑んだ。
そして唸るように何事が呟くと、再び紙袋を探って拳を差し出した。
大きな手に何か握っている。