クソ食らえ
大学祭最終日、小鞠はなぜかシモンにゼミの友人を彼から紹介されていた。
「コマリ、彼らは順にユウタ、マサキ、タクトという」
もちろん知ってます。
というよりあなたより彼らとの付き合いは長いですが。
いつものごとく内心でいろいろ突っ込む小鞠は小さく頷く。
「わたしにはコマリをエスコートするという重大な役目があるが、彼らとも緊急の議題が持ち上がったのだ。なのでしばらくわたしは席を外す――すまない、すぐに戻る」
「おぅ、佐原。ちょっとシモン借りるぞー」
「期待しとけ」
「ばっちり教育してやるからな~」
期待とか教育とか意味がわからないけど。
まあいいや。
友よ、ずっとシモンを連れ去っていてください。
そういえば従者二人、あなたたちは主を追っかけていかないわけ?
小鞠がテディとオロフを見上げれば彼らは一様に目をそらした。
「コマリ様。さ、シモン様が戻るまで大学内を散策いたしましょう」
「大学祭とは賑やかですね」
なに、この明らかに話をそらしました的な雰囲気は。
逆に気になるじゃない。
「あの……シモンは彼らといったい何を?」
「えっ!?いや、なんでしょうね。テディおまえ、知っているか?」
オロフ、嘘が下手すぎる。
小鞠が呆れた目を向けるとテディも額を押さえた。
「オロフ、おまえ後でシメる」
「え?なんで」
「いいです。聞かれたくなかったんですね」
「えぇ?どうしてわかったのですか?」
オロフがそう言ったとたんテディが大きく溜め息を吐いた。
オロフって嘘がつけないんだなぁ。
「うちのゼミの模擬店に行ってもいいですか?今日は当番じゃないですけど様子を見たくて」
二人が頷いたため小鞠が歩き出すと、彼らは両サイドに別れて彼女を挟んだ。
ああ、またこれか。
こんなカッコイイ人たちに挟まれて人様の視線を集めるのはやっぱり慣れない。
「あのぉ、どうしていつもわたしを真ん中に?」
「シモン様より命に代えてもコマリ様をお守りするようにと厳命されておりますので」
テディが教えてくれた厳命とやらに小鞠は嘆息する。
命に代えてもってなんでよ。
「守っていただけるのはありがたいですがわたしは一般人ですし、命を狙われるようなことはありません。仮に事故に巻き込まれることがあったとしても、二人の命を犠牲にしてまで助けられても嬉しくないです。それでもわたしを守ってくださるとおっしゃるのなら、二人とも自分の命もきっちり守ってください」
小鞠は二人が無言なため不思議になって彼らを見上げた。
あれ、二人ともすっごい驚いた顔してますが。
緑と茶色の視線が痛いです。
「わたしどものような従者のことまで考える必要はありません、コマリ様」
「我らが主の后となる方をお守りするのは当たり前のことです」
「そんな当たり前、クソ食らえです」
小鞠が言ったとたん「クソ!?」とオロフが絶句した。
テディは顔を顰めている。
「すみません、育ちが庶民なもので口が悪いんです。で、庶民だからやんごとなき身分の方の立場なんてわかりません。ていうか、他人の命を犠牲にしても自分は守られて当然って思ってる人間の気持ちなんてわかりたくもない。命はその人のものです。誰かのために散っていい命なんて一つもない。わたしは自分の命を大切にしない人は嫌いです。これがわかっていただけないのであれば……ああ、というより最初からわたしに護衛は必要なかったですね。お二人はいますぐシモンのところへ行ってください。あなたたちが守るべきは国の大事な王子様でしょう?」
二人の返答に小鞠はキレていた。
確かに世の中には守られなきゃいけない人はいると思う。
シモンのような一国の王子様がそうだろう。
そのため彼が、守られるのを当たり前に生きてきたのだというのはわかる。
でもだからといって立場ある人間が他人の命を軽んじていいはずはない。
そしてテディとオロフもそれを当たり前に受け入れる必要はないと思うのだ。
「「それはできません」」
二人が同時に言ったため小鞠は立ち止まってテディとオロフを睨みあげた。
「わたしは命に代えてもわたしを守れって命令したシモンの言葉が信じられないと言ってるの。そしてそれを疑問もなく受け入れるあなたたちも。わたしとあなたたちでは生きてきた環境も文化も何もかも違うから、見解の相違があって当然だと思う。でもわたしにはあなたたちの言うことが理解できない。わたしを守るために誰かが死ぬなんて絶対いや。だから護衛なんていらない」
きっぱり言い切って小鞠は彼らの脇を通り過ぎた。
だが腕を掴まれる。
振り仰ぐとオロフが真面目な顔で彼女を見下ろした。
「コマリ様の思いはわかりました。ですが我らには我らの矜持があります。簡単に命を投げ出すのとはまた違うのです。守りたいと思う方だからこそ自分の命をも懸けようと思う。わたしはそのような方に出会えたことを嬉しく思います」
「コマリ様、シモン様はけしてわたしたちの命を軽んじているわけではありません。シモン様はわたしの体調が優れないと気づくと、すぐに休めとおっしゃってくださるようなお優しい方です」
「わたしも訓練中の手合わせで腕を怪我をしたときに、よくきくと噂の傷薬を用意してくれました。たいしたことはないと伝えても、護衛はいいと言って無理やり休まされましたよ」
テディとオロフの顔に当時を思い出すような笑顔が浮かぶ。
それを見て小鞠は気づいた。
(この二人、シモンのことがすごく好きなんだ)
従者だとか護衛だとか臣下だとかそんなものを抜きにして、シモンという人を好きだから仕えているのだろう。
日本では家臣は家に仕えるからそのイメージが強いが、もしかすると異世界の彼らの国では人に仕えるのかもしれない。
小鞠は自分の中にあるシモンという人を思い返した。
王子様だから命じることに慣れた人の言葉遣いではあるけれど、偉ぶったところや傲慢なところはない。
二人の言うように優しいとも思う。
気がつけば街中ではさりげなく車道側を歩いているし、スーパーで買い物をすると荷物を全部持とうとするし、慣れない文化に失敗する彼につい小言を言ってしまう自分の言葉をいつも真摯に聞いている。
(家じゃテディとオロフが止めても率先して家事とか手伝ってくれるし、しかもそれが楽しそうだし……どっちかっていうとわたしの想像する王子様らしくない?)
王子様なんてもっと偉そうにして、庶民と話すのは口をきいてやってると思ってるくらいで……そんな俺様人間を小鞠は想像していた。
(けどシモンってわたしの友達とかとすんなり打ち解けちゃった)
今日なんてゼミの男の子と仲良く4人でどっかに消えちゃったし。
あのときの顔なんだか子供みたいだった。
そう思って小鞠はふ、と笑う。
「深く考えずにすぐに怒ってしまうのは、わたしの悪いところだってわかってるつもりなんですけど――お二人の大好きなシモンを悪く言ってごめんなさい」
「いいえ。わたしはコマリ様をお守りすることができて嬉しく思います」
「え?」
「わたしもオロフと同様でございます。シモン様の愛魂の相手がコマリ様でよかった」
二人ともどうしてニコニコしてるんだろう。
「そこはありがとうと言うところなのかな。あ、でもやっぱりわたしを守るために怪我とか、死んじゃうとかって絶対嫌です!シモンにも命に代えてもって命令は撤回するよう言わなきゃっ。誰の命も大事なの!!」
小鞠がジロと目を向けると二人は顔を見合わせ、次いで吹き出しながら「はい」と頷いた。