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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
141/161

押しの強さ

糸切狭でぱちんと糸を切ったネリーは、満足げな顔で出来上がったばかりのそれを見つめた。

カンズス鳥の羽毛と金凜豆の綿毛を詰めて作ったクッションだ。

シーアカの蔓で編んだ籠に入れて、ぴったりのサイズだったことに頷き、手で羽毛と綿毛を均すと、緑の守護獣となる花をクッションへ順に並べていく。

このお手製ベッドはネリーの両手で何とか抱えられるほどの大きさだった。

それを日当たりのいい窓の側へ置いて、影を落とさない位置から覗き込む。

「早く生まれてきてくださいね。コマリ様がすっごく待ち望んでいますよ」

ネリーが話しかけると、色とりどりの花弁がつやつやと色を濃くした。

まだ妖精の姿をとれなくとも話は通じているのだろう。


(本当にコマリ様のことが大好きなんだなぁ)

人間は緑の守護獣を厄介者として敬遠し、簡単に駆除できる脆弱な妖精と思っているようだが、その認識は間違いだ。

小さな妖精の姿で世界中に散って、この世界のバランスをとっているのだ。

力が溜まれば吹き荒れ、枯渇すれば死滅する。

例えば大地の噴火や水脈が枯れるといったことを、緑の守護獣のおかげで防げていた。

妖精や精霊はそれを知っているからこそ、彼らに敬意を払う。


ネリーは緑の守護獣が、どうして黙って人間に駆除されているのか不思議に思い、父に尋ねたことがある。

すると父は首を振って静かに言ったものだ。

「どの種族が優れていて、どの種族が劣っていると考えているようなものだ。やめなさい」

父の言葉の意味が今なら少しわかる。

シモンを奪おうとした自分は、コマリを下に見ていた。

我が儘だというコマリに関する噂を鵜呑みにし、ただシモンに守られているだけの女性だと思っていた。


そんな折、シモンは久方ぶりに鉱山に来た。

妖精たちの噂話で、来訪をあとから知ったときはショックだった。

シモンはネリーが赤ん坊のころから可愛がってくれていて、鉱山に来ればいつもネリーはどうしている、と気にかけてくれていたからだ。

なのにあのときは話題にも上らなかったらしい。

シモンはずっと愛魂の相手を探していたというし、やっと見つけたというコマリを伴っていたからだろう。

自分にそう言い聞かせたが、心に芽生えた嫉妬は消えてくれなかった。

 

それからしばらくして、今度はコマリが何者かに命を狙われ、シモンが調査の指揮をとっていると伝わってきた。

カッレラ王国の第一王子は、魂の対となる娘に夢中らしいとの声と一緒に。

なんて耳障りだ。

――シモン様、ネリーが大きくなったら結婚してね。

ネリーの初恋の相手はシモンだ。

子どもながらに真剣だった。

シモンが笑ってくれたから、当時はそうなるものと信じていた。

けれどシモンにとっては幼子の戯言と、本気とは受け取ってくれていなかった。


自身に向けられる優しい笑顔は、微笑ましいとの思いからくるものだ。

何度求愛しても同じ態度に、いつしかそう思い当ったけれど、ネリーは気づかないふりをした。

命を狙われているコマリが、王妃となることに怖気づいて、シモンの前からいなくなってしまうことを願った。

しかしネリーの願いとは裏腹に、事件が一層二人を結びつけてしまった。

睦まじいとの噂に耳を塞ぐネリーは、嫉妬に自分を見失っていたのだろう。

噂なんてあてにならない。

この目で不仲な証拠をつかんでやる。


そう意気込んで王宮に忍んで数日、噂の裏付けが取れたようなものだった。

それでもしつこく嗅ぎまわり、休暇を避暑地で過ごすと知った。

旅先までついてきて、見るほどに幸せそうな二人に悔しさが増した。

あの日、ガゼボから寝室に二人が消えた理由がわからないほど、ネリーも子どもではなかった。

さんざん迷った末に二人の部屋に忍び込んで、シモンの腕の中で眠るコマリを見て愕然とした。

抑えようとしていた悋気りんきの炎が一気に燃え上がった瞬間だった。


コマリのことがただただ妬ましく、あとのことは考えていなかったように思う。

シモンの記憶を操って自分が婚約者に成り代わり、それからどうするつもりだったのか。

コマリを異世界へ送り返し、避暑地に同行していたシモンの臣の記憶を塗り替えて、王宮に戻ったら王宮中の人間の記憶を塗り替える。

舞踏会を開いたはずだから、コマリを知る貴族の記憶も――……それはいったいどこまで?

冷静になった今ならわかる。

大好きな人を手に入れたくて、大好きな人の幸せを壊そうとしていたのだと。


(わたしってなんて子どもだったんだろ)

コマリはネリーと全然違った。

精霊の女王からシモンだけでなく、ネリーのことも助けようとした。

そのせいで不興を買って危うく女王に殺されかけたくらいだ。

緑の守護獣が助けてくれてくれなかったら、最悪の結果になっていたかもしれない。

なのにコマリはネリーを怒ったりせず抱きしめてくれた。

言葉は分からなかったけれど、あのとき、優しい声と腕にこじれた心がほどけた。

取り返しのつかないことをするところだったと、コマリのおかげで気づけたのだ。


自分ではコマリには敵わない。

そう認めたら、コマリへの嫉妬心は消えてしまった。

シモンのことを想うとまだ少し胸が痛いけれど、いつか思い出にかわるだろう。

「守護獣様、あの日からコマリ様はわたしの憧れの人なんです。コマリ様みたいに優しくて強い女性になれたら……なんて、誰にも内緒ですよ」

えへへと照れ臭そうに笑うネリーは、何の気なく触れていた籠の強度を確かめた。

それから考えるように首を傾げる。

「籠を背負えるようにしたらどうかなぁ。そうしたら守護獣様を外に連れていけるし。あ、風に飛ばされちゃうかな?ううん、もっとわたしが魔法をうまく使えるようになれば、風の影響なんて受けないようにできるし」


12歳であるネリーはまだ、大人のドワーフのように魔法を自在に操れない。

あの日、護印があったからとはいえ、眠らせたコマリがすぐに目覚めたのも、子どもにしたはずのシモンが、段階を経つつも大人へ成長していったのも、ネリーの魔法が完璧なものではなかったからだ。

騒ぎの後、勇気を振り絞ってフェルトの森へ謝罪へ出向いたが、そんな未熟者の前には、誰も現れてくれなかった。

いつかきちんと謝るとネリーは心に決めている。


そしてもう一つ。

ネリーが第一王子とその婚約者を攫ったことで、父であるボーがカッレラ王国から、鉱山の守人の任を解かれていてもおかしくなかった。

しかし、シモンとコマリの誘拐事件ははなからなかったことにされているのか、王や重臣に報告もされていないらしい。

問題にされなければボーが守人の任を解かれるはずもなかった。


鉱物を採取し、細工師としても優秀であるとされるドワーフだが、良質の鉱物が取れる鉱山はそうありはしない。

カッレラ王国の持つ鉱山は数少ない魅力的な鉱山で、ボーは長年守人を続けるくらい気に入っていた。

「まったく歴代のカッレラ王族の中でも特にどうしようもない二人だ」

父が溜息交じりに漏らしていたが、口調とは裏腹にどこか楽しそうだった。

あの気難しい父が珍しく認めた人間なのだろう。


「そういえば精霊の女王様の魔法、すごかったなぁ」

精霊の森でのことを思い出していたネリーはつい呟いた。

自分では足元にも及ばない。

気づいたときには鳥籠に閉じ込められていて、大声で騒いだら簡単に兎に変えられた。

体を作り変えられた痛みなんてまるでないままに。

(わたしがシモン様を子どもにしたときは、急激な体の変化で痛そうだったな)

まさか後遺症などはないだろうか。

思って慌てたネリーは、すぐに大丈夫と思い直した。


父がシモンの体を念入りに調べたはずだ。

それにネリー自身、数日後に王宮へ出向く予定だった。

その時にシモンに体に不調はないか伺ってみればいい。

「あ、シーアカの蔓ってまだ残ってたかな」

籠に負い紐を付ければ、王宮に緑の守護獣もつれていける。

コマリやシモンだって、力を蓄えて鮮やかに咲く彼らを見れば喜んでくれるだろう。

うふふと笑うネリーは軽やかな足取りで部屋を出ていった。






* * *

 





晴れ渡る日差しを受けて明るい部屋の中。

執務机に向かっていたシモンは、目を通していた書類から顔を上げて頬杖をついた。

濃い金髪のはずが日の光を浴びて、髪が淡く輝く。

いつもは意志の強さを秘めた青い瞳が、今は迷うように揺れていた。

ふ、と小さくシモンから溜息が漏れたことで、同室にてたまった仕事を仕分けていたテディが顔を上げた。


「お疲れですか?でしたら茶でもお持ちいたしましょう。一息ついてください」

「いや、疲れたのではない」

「では?」

眉を寄せるテディの緑の眼差しが、先を促していると感じてシモンは、うむと渋い顔で口を開いた。

「コマリがわたしに夢中なのだ」

「は?……それはよろしいことですね」

心なしかテディの目が遠くなり、声が呆れたものに変化していた。

「ああ違う、言葉足らずであった。コマリが昔のわたしに夢中なのだ」

「昔、とおっしゃられましても、お二人は出会ってまだ一年もたっておりません」


「コマリはフェルトの森で、魔法で幼くなったわたしに会ったと言っただろう。王宮に戻ってからも、幼子のわたしがあり得ないくらいに可愛いかっただとか、少年のころはシャイだけれど今より紳士で優しかっただとか、18歳で大人ぶってみせても今ほど女慣れしていなくてワンコだったとか……――コマリは可愛い少年好きなのか?わたしほど育っては駄目なのだろうか?だが時間は戻らぬ。わたしが6つや12の子どもになれようはずもない。それとも犬っぽくなればよいのだろうか。だが犬っぽくとはどうすればよい?」

シモンは真剣に尋ねているのに、話を聞いていたテディはプと吹き出した。

そしてそのままこらえきれないように笑い出す。


「テディ」

「し、失礼を……しかしまさかシモン様が犬になりたいと、真剣にお考えになっているなど可笑しくて――笑うなと言われても我慢できません」

そう言ったテディがまたしても吹き出し、シモンに睨まれてなんとか笑いをおさめた。

仕分けていた書類をまとめて椅子から立ち上がると、笑っていたのは見間違いかと思うほどのすまし顔でシモンに近づく。

「こちらは今日中に目を通して処理なさってください」

分厚い束にシモンはうんざりして、再び頬杖をつくとそっぽを向いた。

「1日半とした休暇を更にもう1日伸ばしたのですから、皺寄せで仕事がたまっているのは当たり前です」


「休暇が伸びたのは不可抗力だ。フェルトの森をさまよって解放されたのが真夜中近くだったのだ。コマリを休ませてやらねば倒れてしまう。コマリは活発であるからテディは誤解しているのだろうが、ああ見えて本当は体が弱いのだぞ」

「そうなのですか?」

意外だという様子を見せるテディに、シモンはそうだと頷く。

「走ればすぐに息があがるし体力もそうない。わたしは本当ならもっとコマリがほしいのだが、少し欲張っただけで次の日ぐったりとしてしまうくらいだ。なのにコマリは普段、自分の体のことも顧みず、あちらこちらと元気に動き回るから、わたしは心配でならないのだ。医師にコマリのため強壮剤を作ってもらおうと思いついたのだが、薬剤を飲み続けるのは苦痛であろうとも思うし、いったいどうしたものか」


「率直に申し上げましてコマリ様のお体のことは、シモン様の取り越し苦労かと存じます」

「いいや。抱けばベッドからしばらく起き上がれないこともあるのだぞ」

それどころか次の日まで影響して、けだるげにしていることだってある。

「それはコマリ様のお体が弱いのが原因ではなく、シモン様に人並み以上の体力がおありだからでございましょう。シモン様はオロフと肩を並べて剣や武術の鍛錬ができるのですよ」

「肩を並べるのはさすがに無理だ」

「だとしても優秀な騎士団員並みに体力がおありでしょう。そんなシモン様に、女性であるコマリ様が付き合いきれるわけがございません。望むままに求めていれば、それはぐったりもなさるでしょう。控えめになさらければ、絶倫かと疑われてしまいますよ」


そういえば時折コマリが「絶倫男」「エロエロ王子」と言ってくる。

テディの指摘で思い出したシモンは、まさかと青くなった。

あれは照れ隠しではなく本気だったのか?

「それからお忘れのようですが、シモン様もコマリ様のアルバムをご覧になった折、幼女のコマリ様に鼻息を荒げていらっしゃいました。ですから幼いシモン様に夢中のコマリ様を責められないかと」

そう言ってにっこりと微笑んだテディは、手にした書類を執務机に置くと、止どめとばかりに続けた。

「いっそここへコマリ様をお連れいたしましょうか?犬になってコマリ様と睦みあいたいとおっしゃってみてはいかがでしょう。案外受け入れてくださるかもしれませんよ」

なぜ特殊なプレイの話に変わっているのだ。

それに笑顔を浮かべているはずが、目は笑っていない。


「……いやいい」 

シモンが断るとテディはそうですか、と机の書類を指さした。

シモンの補佐だけでなく護衛も兼ねるため時に剣を握るはずが、綺麗な指をしていてあまり節くれだっていない。

長い人差し指が持ち上がって、書類をトンと叩く。

「ではまず、今日の分の仕事をきっちりなさってください。そのあとでならば、いくらでもお悩みくださって結構です」

仕事をしろ、という威圧感が冷やかに伝わってきて、シモンはアドバイスを受けることは諦めた。

テディが置いた書類を一旦脇に置くと、先ほどまで目を通していた、学び舎建築に関する決裁書にサインをする。


真面目に仕事を始めたのをよしとしたのか、テディが満足気な顔で背を向けた。

が――。

「ああそうだ、コマリはわたしをずいぶんと頼ってくれていたと知ったぞ」

シモンの話は終わったと思っていたのだろう。

テディが眉をひくつかせて振り返った。

シモンは気にせず笑いかける。

有能すぎるテディには、実は笑顔のごり押しが有効なのだ。


「フェルトの森では幼子になったわたしを守るため、コマリは随分と頑張っていたのだろう。繋いだ手を何度も強く握られたのだ。成長するにつれ、強張ったコマリの表情も、己を奮い立たせているからだと気がついた」

森での出来事は近臣らに話している。

シモンの話を聞いていたテディは、なにやら気が付いた様子で尋ねてきた。

「そういえばシモン様を幼子にしたのはドワーフの娘でしょう。人より強力な魔法を使えるはずが、シモン様はなぜ元に戻っていったのですか?」

「ネリーが未熟で魔法が不完全な状態だったのだろうと、ボーが言っていたな。だからわたしの思いに反応して体が成長していったのだと」


「思い?」

「ああ。思い返してみれば、コマリに対してわたしの気持ちが大きく動いたときに、体が成長していったように思う。最初はコマリの笑顔に惹かれたのだ。幼子のわたしよりずっと大人であるはずのコマリが、どうしようもなく可愛く思えた。そしてわたしに不安を抱かせぬため、怯えながらもそれを見せまいとする健気なコマリを守りたいと願った。だが気持ちだけでは守れぬとわかって、更なる力がほしいと渇望した。そんな風に気持ちが動くたび、合わせるように体が育って、いつの間にか元の姿に戻れていたのだ」

あの日のことを思い出すシモンはペンを置いた。

精霊の女王に襲われているコマリを助けたときに、今のこの姿に戻った。

同時にネリーにかけられた魔法が解けたのか、コマリのことを思い出した。

愛魂に導かれ迎えに出た異世界で彼女に出会い、恋に落ちたのだと。


だが不完全な魔法で子どもにされたためか、シモンに不思議な現象も起こっている。

コマリとは大人になってからの出会いであったはずなのに、幼子にされた6歳から6年毎に、コマリと出会った記憶が残っているのだ。

いまではシモンの初恋は6歳で、相手はコマリとなっている。

フェルトの森でコマリはよほど気を張っていたのだろう。

大人に戻った自分を見たとき、心底安堵した様子をみせた。

ずっとコマリから頼ってもらいたいと思っていたが、あの瞬間わかった。

これまでも、自分が思う以上に彼女から頼りにされていたのだ。


口に出すことが苦手なコマリの気持ちを察するなら、態度を見ればいいと知っていたはずだった。

けれど以前より言葉で表してくれるようになって、いつの間にか、わかりやすく彼女を読み取れる言葉を重視していた。

これではだめだ。

どんどんコマリに鈍感になってしまう。

シモンは椅子を鳴らして席を立った。

「テディ、やはり少し休憩する。茶はコマリと飲みたい」

日本にいた頃のようにいつもコマリと過ごせる、などというようなことはここではない。

だからこそ時間を作って二人でいるようにしなければ。

シモンが望みを口にすると、テディは苦笑いを浮かべて頷いた。


「無理やり仕事をしていただくより、そのほうが後々仕事がはかどりそうですね」

「よくわかっているな」

すでに部屋を出ていくため歩き出していたシモンは、テディの肩を軽く叩いて促す。

ドアノブに手をかけたところで、ノックの音が響いた。

シモンに代わってテディが分厚い扉を開けると、魔法長官であるマッティが立っていた。

彼はテディの背後にシモンがいることに気付くと、おやという顔をする。


「どちらかへお出かけでしたか?」

「ああ、ちょっとな。それより先日のコマリの快気祝いのパーティにはよく来てくれた。コマリも喜んでいたぞ」

「わたしのような年寄りが顔を出してはと思ったのですが、愚息に説教臭い話をしなければ良いと言われまして、王様と王妃様のお供として出席させていただきました。まさか妖精の音楽で踊れるとは、年甲斐もなくはしゃいでしまいましたよ」


シモンの両親と弟妹はパーティの途中から顔を出した。

最初はゲームをすることになっていたし、初めから王族が勢ぞろいしていては使用人や臣たちが恐縮してしまうだろうと、遅れて来てくれるよう伝えてあったのだ。

酒が入り、パーティが盛り上がっていれば、王族にそこまで畏まらないだろうと考えてのことで、大方は思惑通りだった。


「あの妖精たちはモアが連れてきたそうですが、なんとも珍しいことだと思っておりました。きっと大昔は、あのような交流も日常だったのでしょうな」

笑みを浮かべるマッティがシモンを見上げた。

濃い緑の目は息子であるリクハルドとそっくりで、パーティがよほど楽しかったのかご機嫌だ。

「そういえばコマリ様は森喰いに懐かれているとか。音楽の妖精もコマリ様のために、演奏をしに来たのではないですかな?」

「さぁ、そこまではわたしもわからぬ。ただコマリは種族を超えて愛される女性ということだ」


「ええ。わたしは最初、コマリ様のことを、楚々としたおとなしい女性と思っておりました。けれど少しずつ耳に入ってくるお人柄であったり、お見受けするご本人の様子に、それは誤解であったと気づきました。ただそのように認識を改めたわたしでも、パーティで使用人に交じって、元気に飛び跳ねていらっしゃるコマリ様には驚きました。飾らないお方なのでしょうな。――しかし臣の者のなかには、お元気すぎるコマリ様に顔をしかめる輩もおりましょう」

最後は声を潜めて告げられ、シモンは浮かべていた笑みを消す。

これはただの忠告か、それとも忠告を装った悪意か。

探るつもりでマッティの表情を読むが、さすが長官の座に就くほどであると言うべきか。

簡単に真意は悟らせなかった。


「おまえもその一人か、マッティ」

「いいえ。わたしはコマリ様の周りに、いつも笑顔があふれているのは、素晴らしいことだと思っております。人から愛されるお方なのでしょうな。王妃となられる方には必要な資質です。ましてや人以外の種族からも愛されるとなると、コマリ様はいまは断たれた異種族間を繋ぐ唯一のお方かもしれません。お二人はとてもお似合いでございますよ」

「似合う……本当にそう思うか?」

お似合いと言われて顔が綻んでしまうシモンだ。


「はい。ですからシモン様。お早くコマリ様とのご婚礼をあげてはいかがでしょう」

いきなりマッティが、ずい、と一歩踏み出したのを受けて、シモンは反射的に一歩引いた。

けれどマッティの勢いは止まらない。

「シモン様がご心配なさっていた暗殺者は消えました。今はご婚礼をあげることに何も問題はないはずです」

さらに踏み込まれ、シモンは同じだけ後じさった。

テディがすばやく部屋の扉を閉めて、廊下に会話が漏れないようにした。


「い、いや、コマリがもう少し王宮に慣れるまで――」

「先日のパーティであのように馴染んでいらっしゃったのにですか?」

「カッレラのことももっと学んでから――」

「まさか学び舎で教えられる基礎学力程度のことをとお思いですか?子どもたちが何年もかかって学ぶことですよ?いくらコマリ様が才女でいらっしゃっても、一年はかかるでしょう。そんなに待てません」

「コマリの国では交際期間を経て婚儀を行うのが普通なのだそうだ。コマリを焦らせるのは――」

一つ一つ言い訳をしていくシモンに、マッティはくわっと目を見開いた。

「シモン様!わたしは今、シモン様のお気持ちを伺っているのです。シモン様はコマリ様とご結婚なさりたくはないのですか!?」


質問にシモンは言葉を詰まらせる。

シモンとて一日も早くコマリと夫婦になりたい。

しかしコマリの気持ちも汲まねばと、今日まで己に言い聞かせていたのだ。

それがいま、マッティに本音を突かれてしまった。

「わかった」

「シモン様!?」

まさか承諾すると思っていなかったのか、テディがぎょっとした様子で声を発した。

マッティはシモンの返事に何度も頷く。


「そうですか、そうですか。やはりシモン様もコマリ様と早く一緒になりたかったのですね。ではさっそく王様と王妃様にご報告申し上げ、ご婚礼の準備に取り掛からねば」

「待て、マッティ。婚礼準備はコマリも頷いてからだ」

「ならばわたしが今からご確認に参りましょう」

すぐさま部屋を飛び出していきそうなマッティの肩をつかんで、シモンは首を振る。

「コマリにはわたしから伝える。少し時間をくれ」

華やいでいたはずのマッティの顔が、とたんに疑いを孕んだ渋いものになった。

「そうおっしゃってわたしを安心させ、放置なさるおつもりですね。その手は食いません」

「そのようなことはしない。わたしとコマリのことであるから、二人で話し合いたいのだ。第三者に介入してほしくない」


譲らぬというシモンの強い意思がマッティに伝わったようだ。

しばらくあって吐息を漏らすと、マッティは苦く笑った。

「そのお顔には覚えがございます。シモン様に愛魂のお相手を探すことは諦め、ほかの女性とご結婚なさるよう勧めたときに、同じ顔をなさって、頑として頷くことはありませんでしたな」

「今になって責めるか?わたしはちゃんとコマリを見つけたぞ」

「はい。ですから今回もシモン様を信じましょう。快いお返事が伺えると信じております」

最後に笑顔を残し、マッティは部屋を去って行った。

シモンははーと嘆息して髪をかき上げる。

さすが現王と現王妃の幸せを第一に考えるマッティだ。

なんという押しの強さ。


マッティの言う通り、暗殺問題が片付き憂いはなくなったのだから、婚儀を先延ばしにするのは無理だ。

マッティが騒がずとも、いずれ重臣たちの中で婚儀の話があがっただろう。

なによりマッティに詰め寄られたことで、シモンは胸の内に押し込めていた、自分の本音に気づいてしまった。

「行くか、テディ」

「かしこまりました」


少し寄り道をしてから王族塔へ出向くと、コマリのもとには護衛のオロフとパウリだけでなく、王宮魔法使いやスミトとゲイリー、ジゼルまでがいた。 

何か相談ごとをしているようで、シモンが姿を見せるとコマリは嬉しそうに手招く。

陽光すらかすむほどの眩しい微笑みに、シモンはいつものごとくふらふらと彼女に吸い寄せられるのだった。





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