便乗
「信じらんない。あんな女のどこがいいのよぅ」
一気に中身を煽った満留は空になったグラスをダンっと強くカウンターに置いた。
彼女の手首で派手なブレスレットが安っぽい音を立てる。
「おーぉ、荒れてんなぁ、満留。つかペース早くね?」
そんな彼女の隣にピアスだらけの男が立った。
深く胸元の開いた服からのぞく満留の豊満な胸を見てから馴れ馴れしく肩を抱いた。
横目で男を見上げた彼女はフンと鼻を鳴らす。
「うっさいなぁ。これが飲まずにやってられるかってのよ。絶ぇ対わたしの方が可愛いのになんでなびかないわけぇ?あンのクソ外人っ」
「へぇ、何?次は外人狙ってんの?」
「だってお金持ちっぽいもん。なんかぁ、よくわかんないけど最初見たとき付人っぽいのがついてたしぃ~、話し方も~。顔だってすっごくかっこいいんだから。わたしにつりあうのはあのくらいの男なの。絶対絶対絶ぇ対っ、わたしのものにしてやる!」
「外人ってあっちはでかいけどガッチガチにはなんねぇって聞いたことあんぜ?俺の方がイイんじゃね?」
「そんな話どうでもいいわよ。なによりこれはわたしのプライドがかかってるの。色白の肌に真っ黒な髪が映えて可憐で笑ったら悶えるほど可愛い~?どこがよっ、あいつ目ぇ腐ってんじゃないの!?髪ののびる日本人形みたいで不気味だってぇの。てか座敷童ぃ?」
きゃはは、と笑う満留はカウンターの奥にいる店員に向かってグラスをもちあげ、「おかわりぃ」と声をかける。
「日本人形?座敷童とかってホラーな話?」
「違うわよ。うちの大学で気に入らない女がいるっつってんの。勉強しかとりえのない真面目ないい子ちゃん。教授や先輩からも気に入られててさぁ。周りのバカも優しいとか話のわかる奴とかいい子とかおもしろいとか――前っから気に入らないのよ、あの女」
「話聞いてりゃ人気者じゃん?――ああ、それで満留は気に食わないわけだ。おまえって自分が一番じゃないとやだもんなぁ?」
「そうよ。わたしは傅かれたいの。男も女も関係なくみんなわたしにメロメロになるのが普通なんだからぁ。なのにあの女、同じゼミになったときこのわたしが声をかけてやってんのに喜びもしないのよ。あったまきたのよねぇ。だからあの子の憧れの先輩にちょっかい出してやったんだぁ」
んふふ、と満留は意味ありげに笑い新しく出されたグラスを手に取った。
「女に人気なだけあってあれもいい男なの。あんたよりうまかったわよぅ?」
「なっ……に言ってんだよ。俺のが――」
「キースぅ。けっこう腰にきたんだぁ」
「なんだ、キスかよ」
「他にもぉ?かーもー」
「やったのか?」
「んー、もうちょっとぉ?」
「もうちょっと?やってねぇのか?」
男が眉を寄せるのを見て満留は満足そうに微笑んだ。
「そうそう、普通はこうよねぇ。わたしの言葉に一喜一憂したりぃ、悩んだりぃ。これが快感なのぉ~。ふふ。あんたのおかげでちょっと気分よくなっちゃった。お礼、したげよっか?うーんと濃厚なやつ。お・く・ち・で」
彼女の言葉に男の顔に下品な笑みが浮かぶ。
「なんだ、結局はここに男漁りにきたのかよ?大学じゃ清純ぶってるみてぇだけど、おまえ相当好きだもんなぁ。満留の本性知ったら泣く男いんじゃね?」
「そぉーんなヘマしないもぉんだ。ていうか、うちの大学のバカっていい子ちゃんが多いから、こーんな店に来ないって」
言いながら満留は男の腰に腕を回した。
「行こっ」
二人してカウンターを離れる。
鼓膜に突き刺さるほどの騒音の中、満留がいたカウンターの隣で頬杖をつく者がいた。
パーカーのフードの奥から楽しそうな笑い声がする。
「やっぱ股のゆるい女。でもあの様子じゃなんか仕掛けるかも――便乗するかなぁ」
声は音楽にかき消された。
フードを脱ぎながらカウンターを離れていく。
満留の残したグラスの中で氷がカランと音を立てた。