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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
135/161

気配

ぱちゃぱちゃと水音がして笑い声が響く。

そんな中、パラソルの下でデッキチェアから「なぁ」と声が上がった。

頭の下で腕を組み、プールを眺めているのはパウリとトーケル、そしてリクハルドだ。

「俺、今日ほどコマリ様のいらっしゃった異世界に行ってみたいと思ったことはないぞ」

「あー俺も。夏になったら水辺にあんな格好の女がうようよいるとか。どんな楽園だ」

「おまえとは気が合いそうだ、パウリ」


トーケルの鳶色の瞳が、隣でくつろぐパウリに向けられた。

パウリはニと笑って上半身を持ち上げると、トーケルの向こうに寝そべる男を見た。

「俺はリクハルドみたいに純情じゃないんでね。よぉ、鼻血は治まったか?」

「鼻血など流していない。わたしはあのような過激な姿の女性は直視してはいけないと、こうして離れて――」

「固いこと言うなよ。確かに斬新な水着だが、シモン様なんてコマリ様のお姿に大喜びじゃないか。今までカッレラの水着がどれだけ面白みがなかったか改めて実感したな。ジゼルはさすが男心をわかってる。やっぱいい女だなぁ~」

トーケルが再び水遊びに興じる女性たちへ双眸を向ける。


ジゼルはオロフと共にスミトを水中に沈めて遊んでいた。

淵に腰かけ足を水に浸しながらそれを見ているエーヴァとグンネルが、顔を見合わせて笑った。

そこへ飲み物の乗った盆を手にドリスがやってきて、彼女らと同じようにプールサイドに腰を下ろす。

それを眺めるともなく眺めつつ、

「トーケルってジゼル狙いなのか?スミトの女だろう?」

とパウリが尋ねると、トーケルはプールから視線を外さないまま苦笑を浮かべた。

「スミトにはすでに釘をさされてる」


「へぇ、意外。笑顔で煙に巻いて騙してんのかと思ってたのに、実はジゼルにベタ惚れか。ま、確かにあの体じゃ骨抜きにされるよな」

「体で言えばスサンもなかなか。あれに迫られて落ちないゲイリーってある意味尊敬するな」

トーケルとパウリの視線が動いてプールの端に向いた。

スサンがゲイリーから泳ぎを教えてもらっている。

異世界にはいろんな遊泳方法があるらしく、魚のように早く泳ぐゲイリーにこちらの世界の全員が驚いた。

個人主義の彼に近づく苦肉の策として、スサンが泳ぎを習いたいという口実で近づいたのは明らかだった。


異世界人であるスミトやコマリ、そしてジゼルも遊泳方法を知っているようだったが、スミトにはジゼルがべったりで、だからといって仕えるべき相手のコマリへ教えを乞えるはずもない。

指導者にはゲイリーが適任だったが、泳法を習いたい者たちはスサンを思っていまは身を引いた。

「ゲイリーはあのビキニっての見慣れてるって言ってただろ。気になってあのあとつっこんで聞いたら、異世界にはもっと過激な水着があるらしい。そういうわけだから、あれじゃ何も感じないんじゃないか?」

「なに!羨ましいな、異世界の男ども」

二人の会話を聞いていたリクハルドが溜息をつきながら、仰向けだった体を横に向けて彼らに背を向けた。

パラソルの影から顔半分がはみ出て、羽織っていたパーカーのフードをかぶると目を瞑って腕を組む。

「淫魔に餌食にされろ」

しかしリクハルドの呟きは二人に聞こえていなかった。


「エーヴァって何気に足がきれいだよな。あの「パレオ」っていう腰布からちらちら見えるのがなんとも。ドリスだって身長が低いだけで他は一人前だ。気づかなかったな」

「だったらグンネルも普段口調は男みたいだけど、髪をかき上げる仕草とか女っぽい。ギャップに萌える奴がいるだろ?」

「そんな奴いないと思うぞ。グンネルのだんなってのがやきもち焼きで有名だからな」

「あ、人妻。それはそれでそそるけど」

「はは、なんでもありか?……そもそもパウリはどういう子が好みなんだ?」

「え?気持ち良くしてくれる女。あと仕事がらみじゃなければどうでも。寝たら饒舌になるっての、男だけじゃないんだよ。そういうのはもういい」

それまでポンポン飛び交っていたはずの会話が途切れる。

「ここじゃ、ないさ」

トーケルがこれまでと打って変わって静かに言った。

「ここではそんなことをする必要はない」


「知ってる」

答えたパウリが表情を崩した。

「俺の主があれじゃあな」

彼らの視線の先にはコマリがいた。

シモンを相手に楽しそうに笑っている。

牢で見たときはいまにも倒れそうな顔色だったが、もうすっかり元気そうだ。

手足の瘡蓋もはがれてしまえば、おそらく傷跡は残らないだろう。


そこにカランとグラスに氷が当たる音がした。

「男三人、こんなところで何をくっちゃべっている」

テディが盆を手に三人を見下ろしていた。

「おー、テディ。気が利くな」

真っ先に手を伸ばしたトーケルにグラスを渡したテディが、リクハルド、パウリと飲み物を配る。

グラスから香る匂いにパウリは気づいた。

「アイスティかと思ったら酒?マジで気が利いてるな、テディ」

「紅茶酒をドリスが作っていたからついでにな」

言いながらテディは均等に並ぶパラソルを寄せて影を広くし、椅子に腰かけつつリクハルドへ声をかけた。


「リクハルド、シモン様とコマリ様がおまえがまったく泳がないことを気になさっていたぞ。どこか具合が悪いのではと」

「え!?いやそのようなことはない」

「刺激的な姿がいっぱいで、下半身が元気になるから泳げないんだと」

からかうトーケルの台詞に、デッキチェアから身を起こしたリクハルドが上着を脱ぎ捨てる。

友を見据える目が笑っていなかった。

リクハルドは無言のまま顎をしゃくってトーケルをプールまで連れていくと、いきなりその尻を蹴り飛ばした。

うわぁとトーケルの情けない叫びが水音に紛れて消えた。


「リクハルドってキレると怖いな」

「シモン様とコマリ様のことになると特に容赦がなくなるぞ。魔法を使える分わたしより脅威だ。せいぜい気を付けろ」

「俺はなにも企んでない」

「違う、欲しがるなと言ってるんだ」

テディの言葉の意味が理解できなくてパウリが眉を寄せた。

「俺がなにを欲しがってるって?」

疑問への返事がないためパウリはデッキチェアから身を起こす。

しばらく視線が交わっていたが、先に逸らしたのはテディだった。


「欲しいものもわかっていないのか」

「だから何を?」

「そのまま鈍感に過ごしてろ。平和でいい」

答える気のないらしいテディにパウリもそれ以上尋ねることはなかった。

パウリはグラスから半分ほど中身を空けると、再びデッキチェアに身を横たえる。

「あんたはもう泳がないのか?」

「水に入れないおまえが一人でつまらなくはないかと皆が気を遣ってるんだ」

「傷は塞がってるし大丈夫だって言ってんだけどな。お姫さんが化膿したらどうすんだって怖い顔になるからおとなしくしてる。もうちょいしたら目を盗んで泳ぐさ」

テディがパウリの目線を追ってプールへと目を向けた。


「もういいんじゃないか?シモン様と水遊びに興じていらっしゃる」

「そうだな。にしてもデレデレだなぁ、王子。お姫さんの前じゃほんとしまりのない顔になる」

く、と喉を鳴らすパウリはテディが黙って聞いていることに、あれとばかりに眉をあげた。

「怒らないのか?」

「おまえがシモン様に敬意を払っていなかったら、今頃、頭と体は離れていただろうな」

「やっぱテディも怖いな」

「わたしの後ろに立ったりしなければ攻撃することはない」

「なんだそれ?」

「その程度には信用してやると言っているんだ」

「よくわからないが――あー……どうも、でいいんだよな?」


返事はなく、パウリのほうを向いたテディが口の端を持ち上げた。

まさか笑いかけてくるなんて思っていなかった。

少し面食らったパウリも笑みを返す。

さんさんと照りつける太陽は中天に居座っている。

午後の時間は緩やかに流れていた。






* * *






王宮魔法使いの三人にリクエストして、水のすべり台を作ってもらい、何往復もして楽しんだ小鞠は、ブルと震えがきたことでプールサイドに上がった。

湖から常に新しい水を引いているそうで、プールの水温は少し低い。

頃合いをみてプールから上がるようシモンに言われていたはずが、滑り台に夢中になってすっかり体が冷えてしまった。

「コマリ、どうしたの?」

小鞠と一緒になって遊んでいたジゼルが声をかけてくる。

ふざけて団子になってすべり台を滑ってくるスサンとドリスを、笑って見ていたエーヴァとグンネルが同じようにこちらを向いた。


「ちょっとシモンたちの方を見てこようと思って。いつの間にかパウリがプールに入っちゃってるし。ジゼルたちは遊んでて」

シモンをはじめ男性陣はゲイリーとスミトから、クロールを教わっていた。

泳いじゃダメと小鞠が念を押したはずのパウリまで、プールに入って泳ぎの練習をしている。

近くのテーブルに置いてあった大きな綿布にくるまって、小鞠はプールサイドを回り込む。

ちょうどゲイリーに水のかきかたを尋ねていたシモンが、彼女に気づいて顔を上げた。

「シモン、クロール泳げるようになった?」

「ああ、なんとか。だがゲイリーのように速くはないのだ。水のかきかたが違うのかと思って教わっていたところだ」


「初めて泳いだのに、わたしと同タイムを出されてたまるか」

「あはは、練習あるのみ、なんじゃないの?ゲイリーさん、シモンって筋はいい?」

「わたしは水泳コーチの経験はない。自分の泳ぎ方を教えるだけだ。速く泳ぎたいと言われても、コマリと同じで練習しろとしか答えられない」

「じゃあ澄人さんに聞いてみたら?澄人さんのフォームもきれいだったもの」

するとシモンは顔を顰めつつ首を振った。

「スミトの説明はザバとかガーとか、擬音が多すぎて何を言いたいのかよくわからない。オロフとトーケルとパウリはなぜかわかってるようだ。だからちょうど三、三で分かれて、わたしとテディとリクハルドはゲイリーから教わったのだ」


関西人はやたら擬音が多いって聞くけれど本当だったらしい。

苦笑いを浮かべるしかない小鞠は、ゲイリーを師匠にプールを泳ぐテディとリクハルドを見た。

二人もなかなか様になっているから、教え方がいいのだろう。

シモンがプールから上がってきて、今度は小鞠が彼を見上げることになった。

濡れた髪をかき上げたシモンの顔を、包まっていた綿布で拭う。

「泳ぎの練習は?」

「コツはつかんだ。あとはコマリとゲイリーの言うように練習しかないだろう。それより少し散歩しよう」

肩に手を回され、二人して歩き出す。

オロフが逸早く気づいてプールからあがろうとしたのを、シモンが制した。


「良い、魔法石もあるしな。それよりコマリと二人にしてくれ」

デッキチェアにあった水色のパーカーを通り過ぎる際に手にして、シモンは袖を通す。

「あっちにガゼボがある。湖が見渡せるのだ。そこへ行こう」

プールサイドから草地に変わり、ゆっくりと景色を楽しむように二人は歩く。

低木が垣根のように連なり、小さな花が導くようにガゼボまで続いていた。 

八角形の灰色の屋根を持つガゼボは柱が白く、柱の1/4の高さの壁が周りを囲っていた。

中には壁に沿って腰かけられる椅子と、中央に屋根と同じ八角形のテーブルが備え付けてある。

ムルジッカ湖が正面に見えるよう椅子に腰かけた小鞠は、隣に座るシモンへ顔を向けた。


「いいところね」

「気に入ってくれたか」

「とても」

言いながらシモンの肩に頭を預ける。

「連れてきてくれてありがとう」

離れたはずの腕が肩に回って、シモンが髪にキスしてきた。

肩にもたれたままの小鞠に、コツンと頭を寄せてくる。


「どうして綿布で体を隠しているのだ。ここにはわたしだけだというのに」

「ちょっと冷えたから。っていうかそんなこと言われたら余計に脱げないし」

「冷えた?……ああ、少し頬が青いか。ならばわたしがあたためよう」

言うが早いかシモンが小鞠を引っ張って、膝を跨ぐように座らされた。

「ちょ……なにする気」

「黙って」

シーと言いながらシモンは小鞠を引き寄せる。

唇が重ねられたため後ろに逃げたが駄目だった。

引き戻されてまたキスをされる。

それはすぐに熱が入り、シモンは唇だけでなく頬に首筋にと顔を寄せた。


「シモン、や、ダメ」

「本当だ。肌が冷たい。あまり長く水に入っていてはいけないと言ってあったのに」

「こ、こら、どこに手を」

「このビキニとやらは良いものだな。こうしてずらせば簡単にコマリに触れられる。ただ他の男の前ではあまり着てほしくないが」

「シモン、ダメだったら。誰か来たらどうするの」

「ならば綿布で覆っておけばいい」

「そんなの無理……っあ」

体を覆っていたはずの綿布が指から滑って床に落ちた。

胸元にシモンの息がかかり熱い舌を感じる。

逃げたくとも背中に腕をまわされて無理だった。

どうしてこんな急にやる気になってるのだろう?


「こんな刺激的な恰好をされて平静でいろというほうが無理なのだ。ここまで自制したわたしをほめてくれ」

「……あ……っ……ふ」

思わず両手で口をふさいだ。

そうしなければ声が出てしまう。

気づいたシモンが唇を求めてきた。

絡む舌に息が上がる。

離れるシモンを見つめると彼は甘く笑った。

「可愛いな、コマリ。もう蕩けてきた」

シモンの手が今度はボトムに触れ、布を寄せて露わになった中心を撫でる。

ビク、と小鞠が震えたのがわかったようだ。

強引に続けることはせず目を覗き込んできた。


「指でするか?」

ふる、と首を振った。そんなことをしたら我慢できなくなってしまう。

「ここじゃ、ヤ」

シモンを押しのけようとする手を取られ、それを触れさせられた。

触れた感触に、なんなのかわからないはずもない。

「コマリの奥まで入りたい」

唇が耳朶を撫で、直に届いた熱い声にぞくぞくした。

引き合うように見つめあって口づける。

額を寄せ合う。

さっきまで冷えていたはずが今は彼を求めて火照っていた。


「シモン……体、熱い」

床に落ちた綿布を拾ったシモンが小鞠の体を覆った。

「部屋へ移ろう」

「みんなの前通る?」

「通らずに戻れる――おいで」

伸ばされた手を握ると指が絡んだ。

美しかったはずの景色も、今の小鞠は目に入っていなかった。

歩幅を合わせて歩いてくれるシモンの体に身を寄せる。

二人が立ち去ったガゼボ側の低木から離れていく影があった。






* * *






スミトに教えてもらった泳法でプールを往復していたオロフは、シモンとコマリがなかなか戻ってこないことで泳ぐのをやめた。

二人が向かったのはムルジッカ湖のほうだ。

ガゼボがあったはずだがそこで仲睦まじく景色を眺めていらっしゃるのか。

「なに、ぼさっと突っ立ってるんだ?」

そこへ水をかいて泳いできたトーケルが両手で顔をぬぐいながら話しかけてくる。


「いや、シモン様とコマリ様がお戻りにならないから少し気になって」

「なぁに言うてんの、オロフ君。そんなん二人っきりでいちゃいちゃしてるに決まってるやん」

後ろから背中を叩かれてオロフは振り返った。

泳ぎ方を教えてくれていたスミトがニヤニヤとした顔で、二人が消えた方向へ目を向けた。

「あっちって湖あるんやろ。他に水車小屋とかあるん違う?やったら今頃よろしゅうやってんかもよー。シモン君、小鞠ちゃんの水着姿に悩殺されとったやろ」

傷が疼くと泳ぐのを休んで水に浮いていたパウリが、スミトの台詞にへぇと声を発した。


「お姫さんってそっちのことかなり晩生そうだけど」

「そこはシモン様が頑張ったに決まっているだろう」

「トーケル君の言う通りや。二人きりで消えるなんてみんなにどんな想像されるか。以前の小鞠ちゃんやったら絶対ここにおったはずやのにな~」

ああそれは確かに。

オロフは声には出さずにスミトに同意した。

「あっそ。てか側近にばればれってのも」

パウリが呆れ顔になる。

「シモン様が上機嫌でいらっしゃれば嫌でも気づくさ。まぁ、隠すような方でもないが」

トーケルが「な」とオロフに言ってきたため、彼は曖昧に笑っておいた。


本当にスミトの言うような展開になっているかもしれない。

今日までシモン様はコマリ様の体を気遣っていた。

だから労りこそすれ手を出すことはなかっただろう。

そこへきて過激な水着を着たコマリ様を見ればどうなるか。

(俺がシモン様なら理性が吹っ飛ぶ)

ちゃぷ、と水を揺らしてオロフはプールサイドに上がった。

「オロフ」とパウリの声がしたのを、来なくていいというつもりで手をあげて答える。


短い髪から流れる滴を椅子にあった綿布で押さえた。

遠くからでも一度様子を窺おう。

もちろん邪魔すると判断したら即座に回れ右するつもりだ。

上着に手を通していたら、ゲイリーから泳ぎを教わっていたはずのテディが、プールから上がってきた。

「お二人の元へ行くのか?もしかしてということもある。シモン様に見つかったらどうするんだ」

「そこまで近づかないし、まさか野外でおおっぴろげになさっているはずもない」

「そうか?青姦が好きな奴もいるだろ。まぁ王子がそうなのかは知らないけど。でもあれ、開放感があるからな」

会話に割って入ったのはパウリだ。

追ってきたらしい。

護衛官としての職務を疎かにはしないのか。


意外に真面目だな、とオロフはパウリを見直した。

パウリは二人に近づいて、水気を切るように頭を振った。

飛沫が飛んだのか、テディがオロフの手から綿布をつかんで、パウリの頭に投げつける。

「先に頭を拭け。それから直接的すぎる下品な言葉は使うな」

「はいはい」

乱暴に頭を拭くパウリの軽い返事に、テディは彼を一睨みして答える。

「コマリ様の恋愛スキルはそう高くないはずだ。屋外という難易度の高い展開は無理であるとシモン様もお考えだろう」

「テディの予想は部屋に戻ってからか?だったらここを通ってくだろ」

「いや、遠回りになるが湖側から戻れる。景色を楽しむためのルートがあるんだ」


「なら、二人が部屋にいるか扉の前で聞き耳たてて確認しろって?悪趣味だな」

「魔法がかかっているから中の声は聞こえない」

「ってことは確認は部屋に入るしかないってことか。もし真っ最中だったらどうする?それこそ王子に殺されるだろ」

俺はごめんだと首を竦めたパウリはオロフへ視線を向けた。

「ここは魔法使いたちがいろんな魔法かけて、王族塔なみに守りは完璧なんだろう」

「まぁそうなんだが」

オロフが言葉を濁すとパウリより、テディが気になったように眉をあげた。

「何かあるのか?」

「何か」と問われてはっきりと確信をもって答えられない。

ただ時折違和感を覚えるのだ。


それは数日前からだった。

最初はシモンの側にいたときだ。

仕事の合間にコマリを見舞うシモンと共にいて、なにか気配を感じた気がした。

暗殺事件の片はついたが、まだどこかで気を張っているのかと、その時は気のせいだろうと思った。

だがその気配をコマリの警護中にも感じた。

気のせいですましてはいけないのではと思い直し、昨日は神経を尖らせていたが、結局気配は感じられず何事も起らなかった。

勘が鈍ったのかそれとも疲れているのか。


「少し妙な感じが」

「妙?」

質問するテディだけでなくパウリも顔つきを改める。

「気配を感じるんだ。でも人ではないような……」

言ってオロフはそうだと思い至った。

(何かいるように思えるのに、どこか気配が変なんだ)

オロフはプールを振り返って、水に戯れて遊んでいる二人を呼んだ。


「スミト、グンネル。精霊を呼び出してくれないか」

「はぁ?いきなりどないしてん」

「なにかあったのかい?」

そう、野や山などといった自然あふれる場所でなら、あちらこちらで感じられた。

ここでもムルジッカ湖や、その向こうにあるフェルトの森やザズザ山に多くいるだろう。

オロフの中で符号が合致した。

きっとあれは人ではないものの気配であったのだ。



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