ちょろい
小鞠が何か変だぞ、と思い始めたのは、明後日まで仕事が休みになったという、シモンと一緒に王族塔の部屋へ戻ってからだった。
部屋にはジゼルが待っていて、ヴィゴの世話はサデだけで大丈夫だから戻ったの、と聞いて友人との再会を喜んだ。
だがそれはほんの束の間で、ジゼルに手を取られ寝室へを引っ張って行かれた。
後にはスサンもついてくる。
何事、と思ったら、ベッドにおいてある空色のドレスに着替えてと言われた。
スカートの前の部分がドレープをつけて持ちあがり、そこだけ白のチュールになっていてふんわりと柔らかな印象を与える。
動きやすさを重視してかスカート丈は短めだ。
他に手首の傷や腕の痣を隠せるよう、ドレスに合わせた手袋があった。
「なんで着替えるの?」
「いいからいま着てるのは脱いで」
ジゼルはドレスの横にあった男性用のテールコートをつかむ。
フリンジや刺繍などで飾られた派手な王子服とまではいかないが、ボタンが金糸でのくるみボタンだった。
礼服の一式がそろっているようだ。
開け放たれたままの扉に向かって「シモン」とジゼルが声を張ると、本人が顔をのぞかせた。
「あなたもこれに。オロフと、えーとパウリだっけ?二人に着替えを手伝ってもらって」
「わたしは一人でも大丈夫――わぷ」
投げらた濃紺のコートを顔面に受けたシモンだ。
ポイポイと残りの服を投げるのを、
「ジゼル、シモン様になんてことを」
と背後に控えていたオロフが咎めると、逆にジゼルが怖い顔になった。
「約束の時間を破ったのはそっちでしょ。女の子はおしゃれに時間がかかるんだから」
すごすごと隣の部屋へ引っ込むシモンたちに、ジゼルはまったくもうと腕を組んで、状況がつかめていない小鞠の側に戻った。
「あの――」
と小鞠が疑問を口にしたのとほぼ同時に、ジゼルが彼女の髪に顔を近づける。
「ねぇ、なんだか少し濡れてるみたい。ワンピースドレスも湿ってるし、そういえばシモンも……二人して一体何をしてたの?」
「え?と……」
口ごもる小鞠の様子にスサンがクスと笑う。
暑さを紛らわすため噴水に足を浸すうち、水の掛け合いになってびしょ濡れになったとか。
(まるっきりバカップルなことしてたなんて言えない)
微笑ましく見守っていくれていたオロフとスサンとは対照的に、パウリのげんなりした顔が小鞠を冷静にして、そのあとどれだけ恥ずかしかったか。
「わたしもちょっと愛魂マジックにかかっちゃったっていうかね?」
「愛魂マジック?ってシモンの目にはCG映像みたく補正がかかってて、コマリが美化されて見えてるって言ってたあれ?じゃあコマリもシモンが素敵に見えるようになったの?」
シモンがカッコイイのはわかりきったことだもん。
とは大好き宣言してるようなものだから口にできない。
そこには触れずに小鞠は答えた。
「んと、周りが見えなくなるっていう……そっち」
「そっちってどっちよ」
にやにやと突っ込まれてもそれ以上は恥ずかしくて言えない。
うぐぐと黙りこんだ小鞠は、スサンが準備してくれているドレスに足を入れた。
ジゼルもドレスを着るのを手伝い始める。
「ほんとシャイよねぇ、日本人て。そういうところコマリとスミトってそっくり。わたしもずいぶん慣れたし、最近じゃ照れてるスミトが可愛くて――態度で見せてくれるくらいには、わたしに近づいてくれてるからいいかしらって。でもコマリ、あまり気持ちを隠さないのよ。シモンが寂しい思いをするわ」
ジゼルにそう言われて、つい小鞠は見栄を張ってしまった。
「隠してないわ。ただ日本人は奥ゆかしさを重んじるの。ちゃんとシモンの前じゃ気持ちをオープンにしてるし、二人きりのときはラブラブなんだから」
口を尖らせる小鞠にジゼルはふふと笑う。
見栄は見透かされているような気がする。
「そのラブラブを人前でやっちゃって恥ずかしいって言いたいのよね。いいじゃない、ラブラブ。わたしは羨ましいわ。スミトは絶対してくれないもの」
「だけど、いちゃいちゃは人によればうっとうしいだけだし――ねぇスサン、今日のわたしたちを見ててどう思った?目障りだからどっか行けとか思わなかった?」
話をふられたスサンはびっくりしたような顔をして大きく首を振った。
「コマリ様とシモン様の仲がよろしいのは、もう周知の事実となっていますし、睦ましいお二人を見ているとこちらまで心温まります」
「でもパウリがなんかうげぇって顔をして……」
コマリが萎れて言うとジゼルが隣部屋とを仕切る壁を見つめた。
「パウリっていまいた彼よね――やっとコマリが素直になってきてるのに」
「え?なに?」
最後のジゼルの呟きがよく聞こえなかった小鞠の耳に、チと舌打ちが聞こえたけれど、これは気のせいだろうか。
「コマリ、気にしないのよ。きっと彼、彼女がいないんでしょ。コマリとシモンをやっかんでるだけだから」
「そうですよ、コマリ様。いつまでも仲睦まじいお二人の姿を見せてくださいね」
仲良しに見えてるだけならいいかな。
ほっとした小鞠が促されるまま鏡台に座る後ろで、ジゼルとスサンが目を見交わし、小鞠に聞こえないよう小声で囁きあった。
「奴を締め上げてくるわ」
「お願いします」
二人のひそひそ話に気づいて、ん?と小鞠が鏡越しに首を傾げると、視線を感じたらしいジゼルがポン、と肩に手をやった。
「わたしはちょっとシモンの方を見てくる。コマリはスサンに可愛くしてもらってね」
「――あ」
「そうだ、ちょっとこれ貸して。シモンの髪をいじってみたいの」
ジゼルが鏡台から取った器に入っているのは、こちらの世界の整髪料だ。
植物の実からとれるジェル状のそれは、ムースとワックスの中間くらいで、ほのかに花の香りがして髪にも優しい。
ジゼルが隣の部屋へ消えるのを小鞠は鏡越しに追う。
今日はこのあと何があるのだろうと、彼女に聞きたかったのだが尋ねそびれてしまった。
「スサン、どうしてわたしが着替えなきゃいけないか知ってる?」
かわりにスサンに質問すると、鏡に映る彼女は困ったように微笑んだ。
「わたしも何があるか伺っていないのです」
「そうなの?エーヴァなら知ってるかな?あれ、そういえばエーヴァもドリスも戻ってきてないね。シモンが会議を手伝ってって言ってたけど、あれ、朝だからもう終わってるはずだし……」
「そ、そうですね」
鏡越しに合っていたはずの目をそらされて小鞠は眉を寄せた。
(なんか変?)
じぃーとスサンを見つめてみても、彼女は小鞠の髪を纏めるのに専念しているふりで、視線をあげてもくれない。
まだ少し短いはずが一筋も落とさぬように髪を結い、付け毛で補って地毛とわからなくなるよう纏め上げるその腕は、まるで美容師かというほど手慣れたものだった。
これ以上尋ねたらスサンをもっと困らせるかなぁ。
(ていうかシモンは知ってるっぽかったし、シモンに聞けば――)
突然「やめろ!」と大きな声がしたため小鞠はハッと隣に続く扉を振り返った。
後れ毛を垂らして纏め髪のバランスを見ていたスサンも、ぎょっとした様子で同じ方向に目をやる。
「なにかあったのでしょうか?」
「今の声ってパウリっぽかったよね」
「わたしにはよくわかりませんでした」
「ちょっと見てくる」
「あ、コマリ様、身支度のまだ途中で――」
「きれいにできてる。ありがとう」
チュールを持ち上げて隣の部屋に飛び込むと、オロフに羽交い絞めにされたパウリがじたばたともがいていた。
その前には手にジェルを伸ばしながら近づくジゼルがいる。
「前髪をセンターで分けてちゃんと目を出したほうが男前よ。ほぅら、観念なさい」
「いい!いらんっ。離せ、オロフ――くそ、がっちりキメやがって!解けねぇ。てか傷も痛えって」
「おまえが逃げるからだ。シモン様も印象を変えれば怯えられたり、威嚇されたりしなくなるとおっしゃられただろう。さぁジゼルに爽やかにしてもらえ」
ジゼルが手を伸ばし、嫌がるパウリの髪にジェルを塗り付けわしゃわしゃとかき回す。
「触るな」とパウリが叫んでもジゼルはやめない。
オロフも放す気はないらしく、ジゼルと同じいたずらっ子のような顔をして笑っているだけだ。
「なに、あれ」
「ジゼルがパウリを懲らしめていいかと耳打ちしてきたため頷いたらああなったのだ。なぜ懲らしめたいのかよくわからないのだが――面白いからやらせている」
呆気にとられて三人の騒ぎを眺めていた小鞠は、隣にシモンが立ったためそちらを見上げて、一瞬で目が釘付けになった。
(うぎゃ~~~なにこれ!すんごいカッコイイ~~~!!)
シンプルな普段着から正装に変わり、いつもは適当にセットしているだけの金髪を、片側から持ち上げてゆるいうねりをもたせ、きれいに流してある。
髪型が違うせいか大人っぽさも増しているようだ。
小鞠に見られていると気づいたシモンが、
「どうしたのだ?」
と正面に向き直ったせいで、まともに彼を見ることができず狼狽えてしまう。
「か、髪が……」
「ああこれか。ジゼルがやってくれたのだ。鏡がなかったのでどうなったのか自分ではわからないのだが――おかしいか?」
ううんと大きく首を振った。
同時についさっきジゼルに気持ちを見せるよう言われたことを思い出す。
「すごく、いいです」
「舞踏会のときは格好いいと言ってくれたのだが、今日はそれほどではないのか」
赤くなる小鞠を見てくすくすと笑うシモンの手が頬に触れた。
「コマリはなんとも愛らしい。でもまだ支度の途中ではないのか?髪にも首にも、どこにも飾りがついていないぞ」
「そういえばスサンがまだ途中だって……」
彼の手に仰のかされては顔をそむけることもできない。
というより見つめられるだけでドギマギとして言葉が続かなかった。
小鞠の耳朶を指で挟んでくすぐっていたシモンは、反対の耳に唇を寄せた。
「そのような顔でわたしを見るな。腕の中に閉じ込めてしまいたくなる」
艶を含んだ低い声にゾクとした。
横目でシモンを見ると目が合う。
いつも優しいはずの青い瞳に熱が浮かんでいて、小鞠の胸が大きく脈打った。
そこへ寝室の奥から声がしてスサンが小走りに駆けてきた。
「コマリ様、飾りはどれになさいますか?このサンタマリアアクアマリンが素敵だと――……あ、すみません」
小鞠とシモンが同時にスサンのほうを向くと、彼女は二人の雰囲気を察したのか、装身具を乗せた盆を手に慌てて顔をそむける。
「だ、大丈夫。飾り、飾りねっ。うん、あっちで選ぼう」
「はい」
寝室に逆戻りするスサンを追う小鞠の肩をシモンがつかんだ。
唇が頬をかすめたあと、囁きが届いた。
「いまはこれで逃そう」
寝室に歩みを進めながら、小鞠は思わず頬をなぞって彼を振り返る。
当たり前に目が合って、意味ありげに笑んだシモンが先に視線を切った。
鏡台の椅子についた小鞠は、頭の中でリフレインするシモンの台詞に、ボンとショートして顔を真っ赤にした。
化粧品の並ぶ鏡台に突っ伏す。
「コマリ様!?どうかなさいましたか?」
「負けた~」
「は?負け?」
エロマスターのシモンになんて勝てるわけがないけれど。
(素敵シモンにあんなこと言われたらもうダメぇ!!)
スサンが来てくれなかったら、コロっといってた。
されるがままになってた。
「ううぅ、ちょろすぎる、わたし」
「ちょ、ちょろ?」
スサンの戸惑いをはらんだ疑問声も、小鞠の耳に入っていなかった。
(さっきのあれ、誘われたんだよね?)
シモンはいまは逃がすと言った。
ということは続きは今晩……とか?
そう思ったらわけもなく叫びたくなった。
心臓が暴れてうるさいくらいだ。
両腕に預けた顔がこれ以上ないくらいに熱い。
なのに恥ずかしいだけじゃないと感じて、小鞠は「う~~~~~」とうなりながら強く目を瞑った。
たったいま見たばかりのシモンが頭から消えてくれない。
(エロかっこいいってシモンみたいな人を言うんだよね)
普段はあんなに無害そうな顔をしているのに。
「ほんとタチ悪い」
「え、なんですか?コマリ様、ご気分でも?それとも傷が痛むのですか?」
おろおろと弱り果てていたスサンだが、小鞠がいつまでたっても顔を上げないため、そのまま支度を進めることにしたらしい。
「失礼します」と髪に触れてくる。
顔のほてりがおさまらない小鞠は、この後何があるのかなんてことはすっかり忘れていた。
* * *
扉を開け放ったままの寝室から、マジックドライヤーの音が微かに聞こえてくる。
もうしばらくコマリの身支度はかかるだろうか。
「ちょっと~、見てたわよシモン。いったいどうしちゃったの?人前で迫ってもコマリに逃げられるだけだって言ってたくせに、ずいぶんいちゃいちゃしてたじゃない」
パウリで遊んでいたはずのジゼルが、にんまり笑いでシモンに近づいてきた。
シモンがパウリに視線を向ければ、ぐったりとした様子で壁に手を突き、そんな彼をオロフが笑ってからかっている。
どうやら髪はジゼルによってセットされてしまったようだ。
握る拳を髪にやりかけ、しかし葛藤の末、再び壁に戻して耐えている。
シモンの目線に気付いたジゼルは、ああ、と可笑しそうに手にある整髪料のケースを見た。
「身綺麗にしてなきゃ、主であるコマリが恥をかくでしょって言ったの。スミトが無精髭を剃ったのも、同じようなことを言われたからなんだけど、それを思い出して。強面のくせに案外素直よ、彼」
ジゼルはスミトからパウリのことは聞いているはずだ。
だから彼が何をして、そしてどういう経緯でコマリの護衛官になったかを知っているだろうに。
「ジゼルはそう見るか。ドリスやスサンはあいつのことをすっかり警戒してしまったのだ」
「目付きが鋭いからかしら?」
ジゼルは気さくで面白いことが大好きなタイプだ。
コマリも飾らないが、彼女の場合はあどけなさからくるものだろう。
コマリと侍女たちの間にあるぎこちなさが早いうちから消えたのは、きっとジゼルの存在が大きかったとシモンは思っている。
同じ世界の人間としてコマリとジゼルは互いに支えになったのだろうし、そんな二人の様子を見て、侍女たちは主となるコマリの人となりが知れたはずだ。
ならば今度もまたジゼルと接するパウリを見れば、ドリスやスサンも警戒を解かないだろうか。
「愛想の悪い男ではない」
シモンの返答にジゼルは「そうね」と再びパウリを見た。
「わたしも悪い人じゃないと思うわ。いまだって悪乗りしたわたしやオロフに本気で抗ったりしなかったし、怒ってもないみたい。けっこう冗談だって通じるんじゃないの?」
「ではジゼル。その調子でどんどんパウリの気安さを引き出してくれ。わたしやコマリがいくら周りに言ったところで、主となるわたしたちに不愛想でいるわけがないと思われるだけだろうからな」
「え、じゃあこれからも遊んでいいの!?」
ジゼルがうふふと不気味に笑った。
瞬間、悪寒を感じたらしいパウリがこちらを振り返る。
「なんか物凄く嫌な予感がした」
ジゼルにぐしゃぐしゃにかき回されていたはずの髪は、空気感のある自然な流れに、そして前髪も少し額がのぞくよう分け目を作って、好青年風に仕上げてあった。
オロフもいつの間にか短い髪が立ちあがり、いつもと雰囲気が変わっている。
こちらもジゼルにやられたようだ。
シモンと目が合うとオロフの顔に苦笑が浮かんだ。
「ついでだそうです」
「3人とも似合ってるわよ」
ジゼルが満足そうに頷いている。
「髪型はどうでも――よくもないがとりあえず置いておく。それより王子、あんたいま、その女になにを言った?」
「パウリとさっそく仲良くなったのだなと話していただけだ」
「嘘だ。遊ぶとかなんとか聞こえたぞ」
「聞こえていたのならわざわざ尋ねなくともよいではないか」
「ほんっといい主だよ、王子」
パウリははぁ、と溜息をついた。
人から弄られてるくらいのほうが、とっつきやすくなっていいだろうに。
と思ったが、言えば嫌がると思ったので黙っておく。
「パウリってばまた溜息ついてる。幸せが逃げちゃうから溜息はダメなのよ」
背後から衣擦れの音をさせて近づく気配にシモンは振り返った。
そして目を見張る。
先ほど見たときは頭部で纏めただけであった髪がいまはふわふわと散り、青い花の髪飾りと色とりどりの石を繋いだ玉飾りが、耳の後ろまでを彩り繊細に揺れている。
耳飾りは首に光るアクアマリンと揃いのようで、頭の飾りと同じ花を模しているし、肘まであるレースの手袋も花柄であった。
瞳が勝手にピントを合わせてクローズアップしたかのように、シモンの視界がコマリで埋まる。
「う……」
「う?」
シモンはガバァとコマリを抱きしめた。
「美しい!」
「ひぎゃっ」
腕の中でコマリがおかしな声を上げたが、かまわずシモンは頬を摺り寄せた。
「まるで涼やかな夏の精のようだ。このまま誰の目にも触れさせぬよう閉じ込めたい」
「シモン、コマリを抱き潰してない?ギブって腕を叩いてるでしょ」
落ち着いてとジゼルにコマリを引き離されてしまった。
シモンはもっと抱擁したくて仕方がないというのに、コマリは警戒したままジゼルにひっついて近づいてくれない。
「愛魂マジックにかかってるその目を覚まして」
本当にいつも謎なのだが、愛魂マジックとやらはいったいなんなのだろう?
内心首をかしげているシモンをよそに、コマリは気づいたように従者たちを見た。
「あ、オロフもパウリも髪型が変わってる」
「んふふ~、わたしの手にかかればこんなものよ」
「二人とも似合ってる。かっこいい~」
にこにこと顔をほころばせるコマリにシモンはなぜだと呟く。
いつもと違う装いをしたここは、互いしか目に入らないところではないのか?
他の男に目を向けるなどあってはならないはずだ。
(いや、もしかするとわたしにコマリを虜とするだけの魅力がないのかもしれない)
そういえばコマリは渋い大人の魅力とやらに惹かれるのだった。
「父上のような……」
そう思い至ったシモンはコマリの正面に立って彼女の手を取った。
「いまはまだ及ばないが、いつか父上以上の男になってみせる」
「王様?……って何の話?」
「コマリは父上のような男が好きなのだろう?負けられぬと言っているのだ」
「え、それシモンの誤かぃ…――」
「必ずコマリをわたしの虜としてみせる」
決意を表明するために手袋越しの指先にキスをしてコマリを見つめると、なぜか彼女は視線を逸らしてしまった。
逃げるようにひっこめようとする手を握ることで繋ぎとめる。
「なぜ逃げるのだ」
「なんでも!手離して」
「なるほどねぇ、これじゃあコマリが愛魂マジックにかかっちゃうはずだわ」
「ジゼル、その話は――」
ぶんぶんと首を振るコマリに笑って、ジゼルはシモンの注意を引くように人差し指を立てた。
「シモン、友人として一つ忠告するわ。もう少し女心を研究しなさい」
「わかっていればとうにコマリをわたしの虜とできている」
大真面目に答えたら、ジゼルは残念なものを見るような顔になってしまった。
「コマリ、もういっそはっきり言うほうがいいんじゃない?誘惑――」
「わ~~~~~!!」
コマリが大声でジゼルの言葉を遮った。
「言っちゃダメだったら!」
ジゼルが「はいはい」と肩をすくめる。
「誘惑?」
と聞こえた気がする。
見下ろすとコマリが全力で否定してきた。
「ち、違う!シモンの聞き間違いだから。気にしないで」
気にするなと言われると余計に気になるのだが。
(誘惑……されたいのだろうか?)
恥ずかしがりやのコマリに合わせて、小出しに口説いていたが物足りなかったのかもしれない。
考えてみればコマリはゆっくりではあるが、自分に追いついてくる。
最初は手をつなぐのも照れていたが、いつのまにかキスにもこたえてくれるようになった。
いまでは恥じらいを見せながらも肌だって合わせてくれる。
ここまで考えてシモンは納得した。
なんだそうか。
先ほど少し仕掛けみたら逃げたのも、実は本心ではなかったのだ。
もっと惑わせてくれと願っていたのか。
(わたしには恥ずかしくて本音を言えず、ジゼルに相談していたとは)
なんともコマリらしい。
このようなタイプを日本にいた頃覚えた。
「確か……ツンデレ」
「へ?」
そうだ。
コマリはキクオの店の客にそう言われていたではないか。
恥ずかしがりやで天邪鬼な態度をとり、本音を口にできぬ者のことだ。
まさにコマリのことを言っている。
よし、ならばコマリの気持ちはこちらで汲んでやらねばなるまい。
「気づかなくてすまなかった、コマリ。その願い受けいれよう」
「え?願いってなに?シモン、なんかおかしな誤解してない?」
「していない」
「どうして嬉しそうな顔してるの?」
「していない」
「嘘だ~」
「していない、していない」
同じ言葉を繰り返し、シモンは上機嫌なままコマリの手を引いた。
「では行こうか」
「行く?ってどこに?」
「笑顔になれる場所」
きょとんとしたコマリだったが、シモンから周りにいる者たちへ視線を移し、皆がそれぞれに笑っていたため、眉を寄せて再びシモンを見上げてくる。
「着いてからのお楽しみだ」
以前、ボーの守る王宮所有地へ案内したときと同じ言い方をした。
コマリはすぐにあの日のことを思い出したのか、ぱぁと顔を輝かせた。
繋ぐ手を両手で握ってせかすように引っ張る。
「早く行こう」
彼女も同じ言葉を選んで返してくるのが可愛い。
引かれるままに歩き出すシモンの顔に、楽しげな笑みが浮かんだ。