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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
127/161

準備

「なー、どう考えてもボクらだけやと間に合わへんと思わん?」

魔法使い塔の廊下を競歩のレベルで進む澄人が声をあげた。

「仕方ないだろう。テディはシモンの補佐があるし、オロフはコマリの護衛がある。リクハルドは侯爵家の調査で、グンネルは魔法長官の下、王宮魔法使いの日常業務の指揮を執っている。シモンがエーヴァとドリスを寄こしてくれたおかげで、あっちは任せられたんだ。それだけでもましと思え」

ゲイリーがこう言うと、もう一人澄人を挟んで歩いていたトーケルが、思い出し笑いを浮かべた。


「ダメ出しがすごかったなぁ。単調だし美しさも可愛らしさもまるでないって、俺たちの慣れない努力は一蹴された。そういやドリスがいつもと違って気が立ってたようだけど、なんかあったのか?」

「ああ、それパウリ君の名前出したからと違う?ドリスちゃんの機嫌が悪なったから、どうしたんて聞いたら、「あいつは敵です」とか言うてたけど」

「敵?まさか侯爵のところにいたのを知ってるのか?」

トーケルの顔から笑みが消える。

澄人がわからないというように首を傾げると、ゲイリーが代わりに説明した。


「エーヴァが言うにはコマリと親しげなのが気に入らないのではないかということだ。ドリスはコマリがお気に入りだし、急に現われた護衛官がコマリと親しげなのでライバル視したのだろうと」

「あ~、確かドリスは元気で可愛い系の子が大好きだっけな。主のコマリ様と親友のマーヤが特にお気に入りとか……大丈夫か、あれ」

「心配いらんて。ドリスちゃんのあれはただの趣味で、恋愛対象はちゃんと異性にむいとるやろ」

澄人がきょとんとして答えると、トーケルは「え?」とゲイリーから、再び澄人に眼差しを向けた。

「そうなのか?てっきり俺は本気を隠すためにあえて変態じみた発言をしてるのかと」

トーケルが戸惑った様子で言ったため、澄人はアハハと顔の前で手を振った。


「ちゃうて。前にスサンちゃんに聞いたけど、ドリスちゃんはヴィゴ君みたいなんが好みなんやて。真面目キャラが好きなんやなぁ~」

「真面目ってならリクハルドやオロフもそうだろう?」

「真面目やったら誰でもええてわけ違うやろ。ボクから見たらリクハルド君はシモン君とコマリちゃんが第一で彼女のことは二の次になりそうやし、オロフ君は気がきかんで女の子怒らせそうやわ~」

トーケルはへぇと感心した様子をみせた。

「よく観察してる。じゃ、俺はおまえらから見てどんな?」

質問に澄人とゲイリーは目を見交わした。

おまえら、ということはゲイリーにも求めているようだ。


「気安くて話のしやすい女好き――だけやのぅて実は仲間や後輩の面倒をよく見る気遣い屋、かなぁ?」

「ただそのせいでおまえに憧れたり、誤解する異性が多数いる。でも簡単になびく異性には興味がない」

「ああ~それそれ。よう言うたゲイリー。モテる男の思い上がった鼻っ柱、いつかへし折る子が出てけーへんかと楽しみにしとんねんで、ボク」

「思い上がるって……いまは仕事のほうが楽しくてだな」

瞬間、澄人は、ケッ、と白けた目になった。

「ジゼル口説いといてよぉ言うわ」

そして彼の面にニィと恐ろしい笑みが浮かぶ。


「ボクをからかういう名目でジゼにちょっかい出しとるようやけど、あわよくば、いう本音が見えとんねん。悪さしたらちょん切るで。ようよう覚えとき、トーケル君」

ジゼルについている玉響にはトーケルのことは要注意人物として伝えてある。

もしもの時は容赦するな、とも。

トーケルは笑顔を凍りつかせて助けを求めるようにゲイリーを見、返ってきた冷ややかな眼差しに気づいて、えぇ~と正面を向いた。

「なんだかんだ言いつつゲイリーはスミトの味方だったか」

「こいつとジゼルがどうなろうがどうでもいい。ばれないように上手くやれと思っただけだ」


「ちょ、ちょい待ち。俺がジゼルに本気みたいな言い方するなって。スミトが――っわ、スミト違うぞ!確かにあわよくばってのはあった……かもしれないが……い、いや、なかった!下心なんて全くなかった!!今後、ジゼルには紳士的に接する。絶対だ!」

「そうか、わかってくれたらええねん。あ、保管庫見えたで」

ホーと胸を撫で下ろしているトーケルに気づかないふりで、澄人は目指す部屋を指さす。

ゲイリーの顔に呆れが浮かんでいたが、それはすぐに消えた。

きっと見苦しい嫉妬と言いたいのだろう。


(でも、ここにはええ男が勢ぞろいしてんやで)

いまはジゼルの目に窮地を救ってくれたヒーローとして映っているのだとしても、自分のように暗い道を歩いてきた男より、光ある道を歩いてきた者に彼女が惹かれるのではないか。

伸びた前髪を澄人は掻き上げるしぐさで握る。

「しょーもな……」

ジゼルといるとこんなにも小さい男であることが浮き彫りになる。

自嘲じみた呟きは、靴音に紛れて消えた。







* * *

 






会議を終えて執務室に戻ったシモンは、ともに部屋に来たテディへ声をかけた。

「準備は順調か?」

「問題があったと報告は受けていませんからおそらくは。様子をご覧になるのでしたら――」

「いやいい。おまえに任せる。わたしはコマリのもとへゆく。オロフとスサンだけでは心許ないからな」

するとテディは二人の顔を思い浮かべたように笑った。

「あの二人はどちらかというと顔に出やすいですからね。パウリは今日のことはコマリ様を元気づけるためで、まさか自分もとは思ってもいないでしょう。なぜ彼まで?」

「わたしも最初はコマリのためだけであった。が、舞踏会で時節送りの惚れ薬を配ることを思いついたコマリなら、楽しいことは皆でと言うと思ったのだ。だからパウリもだ。こうして秘密にしていれば驚きがあるし、知っていたときより感動が増すだろう?」


「確かにたいていの人間はそうなのでしょうが、ひねくれ者は嫌がります」

「おまえのような、か?人に喜ぶ顔を見せたくないんだろう?」

からかう口調にテディは無言になった後、すまし顔で答えた。

「シモン様の前でなら涙を流しますよ」

笑いながらシモンは執務机に近づく。

「おまえがわたしに涙を見せる?ありえないだろう。――パウリは自ら望んでここへ来たわけでも、ましてやコマリの護衛官になりたかったわけでもない。仲間にと引き込んで、すぐにわたしたちを信用しろと言うのは無理な話だ。だがそれはこちらも同じこと。互いの心に見えない壁があるのだ」

そう言ったシモンの脳裏によみがえる。


――シモン、最初はうまくいかないかもしれないけど、時間をかければお互い壁は消えると思う。

そう言った愛する人の姿は、淡い光の中で幻想的に浮かび上がり、まるで女神のように美しかった。

「些細なことでもこちらが心を見せていけば、きっとパウリも応えてくれるはずだ。いずれは互いの壁は消え、信頼が生まれるだろう」

テディは「そうですか」と返しただけだった。

表情から感情を読むのはテディ相手では難しい。

「おまえとのつきあいは十年……いや十一か?」

「十二年になりますが。いきなりどうなさったのですか?」

そんなになるのか。

出会ったころはお互いにまだ子どもだった。


懐かしく思いながらシモンは口を開いた。

「さすがにパウリに、十二年の時間で培ったものを真似ろというのは無理だぞ」

「真似よとは申しておりません。立場をわきまえよと言いたいのです。わたしはこれからもパウリに容赦する気はございません」

「ならば王宮での心得を教えてやってくれ。重臣やらに煙たがられるとあいつ自身動きにくくなるだろう」

「お任せください。最短時間で仕込んで見せます」

「ほどほどにするのだぞ。コマリがおまえから受けたスパルタ教育のことは、忘れられないと言っていた」

「コマリ様はとても優秀でございましたよ」

しれっと答えるテディにシモンは「本人に言ってやってくれ」と、苦笑を浮かべ首を振った。


「そういえばペッテルの謹慎は解けたか?」

「はい。確か今日から仕事に復帰しているはずです」

「ではペッテルと、それにケビとマーヤも今晩招待しよう。いろいろと巻き込んでしまったからな。なにより見知った顔がたくさんあるほうがコマリも喜ぶ。他にも思いつく者がいれば呼んでくれ」

「コマリ様が見知った顔でございますか?でしたら王族塔の衛兵や下働きの使用人、それにコマリ様は王族塔の厨房を預かる料理長や調理師とも親しいようですし……」

「すべて招待してくれていい。にぎやかなほうが楽しいだろう」

「厨房から人がいなくなると料理の供給ができません。それに給仕がいなくなるのも――交代で参加するようにいたしましょうか」

「そうだな」


「サデはどういたしましょう。ヴィゴが回復するまで世話をしたいと申しておりましたし、参加できないヴィゴを残していくのは彼女の性格上無理かと思いまして、まだ声はかけておりません」

「話はして、あとはサデが決めればよい。強制ではないのだ。急なことであるし、ほかにも用がある者は無理強いはするな」

「承知しました。では早速皆に伝えに参りましょう」

背を向けかけるテディを、シモンは「待て」と呼び止めた。

椅子の背に手をついて、シモンは少し腰を屈め引出しを開けると、小さな箱を取り出した。

「それは?」

「日本からカッレラに戻るときに、キクオとカンナからもらったのだ。中身はコマリに内緒にとカンナから言われていたので、コマリが目にしないようにここにしまっておいた」


箱からベルベッドのケースを取り出し、蓋を開けてテディに中身を見せた。

薄緑色の瞳が注がれるのに誘われて、シモンもそれを見つめる。

「そのときがくるまで使ってはいけないのだ。……がいま少し先になるだろうな」

パクンとケースを閉じて執務机の上に置いたシモンは、箱と一緒に取り出した手紙をテディに差し出す。

読んでも、と伺うような眼差しに頷いた。

日本語で書かれているが、魔法石を持つテディには内容がわかる。

横に動いていた視線がしばらくあってシモンに移った。


「つまり誓いを守るという証を互いに持つわけですか。重いですね。異世界人はみな喜んで重荷を指に……わたしには理解できません」

「だからおまえはどうしてそう――素晴らしい習慣だとわたしは感動したというのに。コマリとの愛を形としていつでも目で確かめられるのだぞ」

「シモン様がお気に召そうと、わたしは心の底から御免こうむりたいとしか申せません。これはもう個人の好みの問題です」

にっこりと拒絶の笑顔を浮かべているテディには、愛の尊さなどとうてい伝わるまい。

少年の頃、身の危険を感じる経験を何度もしたせいか、どうにも色恋ごとには冷めている。

相手には不自由していないようだが、本命がいるのかどうか。


諦めてシモンが手紙を封筒に戻していると、テディは「しかし」と腕を組んで考えるそぶりを見せた。

「これはいいかもしれませんね。未来の王国の象徴となるシモン様とコマリ様が、愛の証を身につければ、民も真似をするようになる――いや、なるようにしむければ新たな国益につながるのでは?」

顔を上げたテディは、

「シモン様、まずは腕利きの細工職人を集めましょう。きっと金になりますよ」

グ、と拳を握っている。

「おまえは商人にでも転職するつもりか」

「冗談はおやめください。わたしは真面目な話をしているのです」

「わたしも本気だ――そもそも既に装身具として世に広まっている物を、付加価値を付けたところで、専売とできるはずもないだろう」

「ではアイデアを売りましょう。一組売るごとに王国にアイデア料を収めさせればよいのです。国王様にもご相談しなければいけませんね」

はあぁとシモンは溜息をついてしまった。

本当に商魂たくましい商人のようだと思ったからだ。


「好きにしろ。ともかくこれを神祀殿へ持っていってくれるか」

「は?なにゆえ神祀殿しんしでんに?」

「神聖域で太陽と月の光を浴びさせてほしいのだ。キクオとカンナは心だけでもカッレラに訪れ、わたしたちに会いにくると言っていた。二人の思いが強くこもったものと、朝と夜それぞれの大気の力があればもしや可能かもしれないと――なんの根拠もない。だが願ってみるぐらいよいだろう?夢の中だけでもコマリがあの二人に会えたなら、どれほど慰められ力を得るか」

話を聞いたテディが慎重にケースを取る。

つい自分も知るキクオとカンナのことだけが頭に浮かんだが、亡くなった本当の両親のことも、コマリは支えに思っているのだろうか。


シモンはコマリの実の父と母のことをちゃんと聞いたことはない。

しかし時に彼女が口にする話から、何かわだかまりがあるようだと感じる。

特に事故で亡くなったという母に対しては、未だ消化しきれていない思いがあるようだ。

(わたしはコマリのことをまだほどんど知らないのか)

一人で生きてきた時間はどれほど辛く不安だったろう。

コマリ自身が口をつぐんでいることを、安易に尋ねることもできないがいつか知りたい。

共に受け止めてゆきたいと思う。

コマリにそう伝えたことがあったろうか。


「なかったか?」

「なにがないのですか?」

シモンの呟きにテディが反応したため、彼は「なんでもない」と言って、机に残った手紙を引出しにしまう。

「コマリは果樹園であったな」

「もう随分と時間が経っていますから移動なさっているかもしれません。探させましょうか?」

「いや、いい。わたしが愛魂で探したほうが早い」

「では馬をご用意いたいましょう」

「ああ」

少し間をおいて、シモンは部屋を出ていこうとするテディへ言葉をつづける。


「いつも面倒をかけるな、テディ」

「いいえ。このくらいなんでもありません」

振り返る顔は微笑んでいた。

目が合って同じように笑ったシモンは、胸に手をあて青い炎のような揺らめきを取り出した。

流れる光は、廊下へ姿を消すテディの後を追うように揺蕩う。

シモンは愛魂を手に、ふと窓へ顔をむけた。

外の景色を見つめていたが、やがて青空へ視線を移す。

まだ夏のそれだが盛りは過ぎつつある。

遠く雲の切れ間、二羽の鳥が空を羽ばたいているのを目で追ってから、シモンは部屋を出ていった。 






* * *






そろそろ仕事も上がろうかという時分、王宮魔法使い室の一角で三人は額を突合せんばかりに顔を寄せ合って、声を潜め相談していた。

「ねぇ、本当にわたしたち参加していいの?トーケル様たちもいるってことだけど、あのクラスの人たちばっかりなんじゃ……だったらわたしたち絶対浮いちゃうでしょ?」

「じゃやめるか?王族の誘いを断ったってことで、出世の道を絶たれんじゃね?」

「怖いこと言うな、ケビ。ありえそうで笑えねーよ」

「まぁ、俺は最悪もっかい腕吊って、傷が疼いて調子悪いとか言やぁ逃げられる。けどうまいもんを食えるのに、みすみす機会を逃すのもなぁ」

「食い意地の張ったおまえの基準は、俺とマーヤにはあてはまんねぇから」


「もー、二人とも馬鹿話してないでちゃんと考えて」

「俺は超真剣だっての。人生のうちにそう何回もご馳走なんて食えないんだってこと、おまえら肝に銘じろ」

「マーヤ、ケビはもう放っておこうぜ――俺は本音いうと参加したい。シモン様とコマリ様に伝えたいことがあるんだ」

無視宣言をされて不満を漏らしていたケビは、ペッテルの言葉を聞いてぴたりと黙ると、真面目な顔になった。

マーヤは唾を飲んだのか喉が動いた。

二人からの相槌はなかったが、ペッテルは彼らが続きを待っていると感じて話を続けた。


「俺さ、王宮魔法使いになってこれといった目標もなく、ただ漫然と仕事をこなしてたように思う。魔法の修練するのだって、腕をあげれば部屋が良くなるし、下っ端扱いでこき使われることもなくなるって程度の気持ちでやってた。いつだって可愛い子がいないかとか、休みに何して遊ぶかとかそんなんばっかでさ。適当に生きてたんだよ、俺。でももうやめる。じゃなきゃ俺を心配して、謝罪までしてくれたシモン様とコマリ様に顔向けできない」

するとケビが「あーん?」と顔を歪めた。

「監禁部屋のことはともかく舞踏会のことは、犯人扱いして魔力まで封じた挙句、魔法使い塔に軟禁ってふざけんなって俺だったらキレるとこだけどな。おまえマジで枯れたジジイになったな。いままでの自分ってのを反省してるみたいだけど、それと濡れ衣着せられたことは別だろ?まず怒れよ。慰謝料よこせって俺なら言うね」


「言えるか。つうか俺、シモン様とコマリ様の二人を前にして、なんかわかんねぇけど自分のしてきたことがすごく恥ずかしくなったんだよ」

「恥ずかしい?それ、舞踏会に来てたお嬢様たちに下心まるだしで惚れ薬配りまくったり、遊び半分で監禁部屋に近づいただけなのに、シモン様もコマリ様も大真面目な様子で謝罪なさったから、……てことでいいか?」

「抉るなよ。ていうかおまえだって謝られるのは違うって思わなかったのかよ?ケビんとこにもシモン様とコマリ様がいらっしゃっただろ?」

ペッテルがぶすくれながら言うと、ケビはにやにや笑いを改めた。


「思ったから言った。監禁部屋でのことは俺たちの悪ふざけが招いたことだから、謝られても困るってな。いやぁ、怒らせるかと思ったら二人して笑うんだもんよ。地位にしがみついてふんぞり返ってる奴とは大違いだな。将来カッレラを背負って立つ二人がちっちゃくなくて良かったよな」

「ちょっとケビ、お二人のことをそんなふうに……」

マーヤに窘められてケビはきょとんと答える。

「最大級にほめてんだけど」

そうなの!?というような顔でマーヤは額を抑えた。

ペッテルも胸中で、もう少し言い方をどうにかしろよ、と突っ込みを入れていた。


「なんだよ、二人とも。俺だって場所ぐらいわきまえるっての。おまえらだから言ってんじゃん」

鼻の頭を掻いたケビは話を元に戻した。

「俺もペッテルと同意見だな。今日のは参加ー。浮いてもいいじゃん。マーヤも行こうぜ」

「そうそう、トーケル様だっているしな」

「そ、そうね。トーケル様たちもいるものね」

わざわざ「たち」と言い直すマーヤにペッテルとケビが目を見交わした。

気づいたマーヤが「なによ」と首を傾げたため、二人して「別に」と首を振る。

参加を決めた途端、服をかえたほうがいいかしら、とマーヤが気にしているのにケビは興味がないらしく、全然違うことを言い出した。


「俺、シモン様とコマリ様になら仕えてやってもいいなー。お二人のこと気に入ったわ」

「なんだ、その上から目線。おっまえそれ、リクハルド様に聞かれたらどやされんぞ」

「まだカーパ侯爵家だろ。事件の調査と魔物の汚染を浄化できたかの最終確認だっけ?」

ケビが侯爵家の話をしたため、ペッテルとマーヤが黙り込む。

そんな二人の様子にケビが目を眇めた。

「おいこら、いちいちへこんでないでいいかげん受入れろ。コマリ様を狙っていた首謀者はカーパ侯爵と娘のアンティアで、手先となっていたのがクレメッティだったんだろ」


クレメッティは侯爵家で魔物を召喚し、屋敷にいたすべての人間を惨殺したのだそうだ。

王宮側は以前からクレメッティを怪しんでいて、それを知った侯爵がすべてをクレメッティに擦り付け切り捨てようとしたため逆上したということだ。

クレメッティを追って一足遅れで侯爵家に到着したシモンたちが、魔物をもとの世界へ帰還させ被害は屋敷内だけに食い止めたという。

そして屋敷を捜索中に自害しているクレメッティと、かろうじて息のあったアンティアを発見したらしい。

けれどそのアンティアも王宮に連れ帰ったあと亡くなってしまったのだそうだ。


今朝、王宮魔法使いの長であるマッティから、魔法使いたちはそう説明された。

以前から王宮では「コマリ様の命を狙う輩がいるらしい」との噂があったが、噂は事実であったと王室は認めたのだ。

隠し切れないことだったとはいえ、こうして事件の内容が明らかになったいま、王宮ではその話題で持ち切りだった。


「わかってるよ」

ペッテルとケビが話していた通りカーパ侯爵が黒幕だった。

安直だと思われた推理だったが、事実など実際はこんなものなのだろう。

「――ねぇ、クレメッティはわたしたちのこと友達って思ってなかったのかな」

マーヤがぽつと寂しげに口にした。

ケビがはぁ?とばかりに言う。

「クレメッティが認めてた奴はヴィゴぐらいだろ」

「てか、俺は思いっきり嫌われてたし。……あ、へこむ」

「嫌われるってことは意識させれてるってことでもあるじゃん。俺なんてあいつの眼中にすらなかったぞ」

バン、とケビに背中を叩かれたペッテルが、痛みに眉根を寄せて彼を睨むと、腕の傷が痛んだらしいケビもまた顔を顰めていた。


「わたし、クレメッティがはっきり物を言ったりするのは嘘がないことの裏返しだと思ってた。確かに嘘はなかったのかもしれないけど、どうでもいい相手だから何を思われても構わないってことだったのね」

悲しげなマーヤの瞳が潤んで煌めく。

ぎょっとしたペッテルの側で、ケビは欠伸を噛み殺してこたえる。

「まぁーそーなんじゃねぇのー?いまさらどうでもいいわ、俺」

「ぅおい、ケビ、そこは否定しろよ」

「わたしのマーヤを泣かせてるのは誰っ!」

ペッテルの声にかぶさって女の声がした。


同時にケビがいきなり壁に吹っ飛んで、ぐへ、とへしゃげた声が漏れる。

ケビを背後から蹴り飛ばしたのはマーヤの親友であるドリスだ。

乱れたスカートを整え、マーヤへ向き直る。

「クサレ外道はわたしが始末したわ。さぁわたしの胸でお泣きなさい、マーヤ」

「ドリス~」

「まぁ、なんて可愛い。このまま部屋に連れて帰りたい」

部屋の隅で隠れるように話していたはずが、この騒ぎで注目に的になっていた。

「なに?泣いてるんだけど」「痴話喧嘩か?」「え?四角関係!?超修羅場じゃん」などと周りで囁かれている。

ペッテルは関係ないことをアピールするためにも、距離をとるよう後退った。


「痛ぇな、ドリスてめぇ、この暴力女!」

腰のあたりを押さえながらケビが振り返る。

「わたしの可愛いマーヤを苛めるからよ。しっかりと見たわ。あなたが何かを言ったせいでマーヤが泣き出したのよ」

「ちゃんと話を聞いてたんじゃねぇのかよ。だったら口出しすんな。てかなんで一方的に俺が悪いみたいになってんだ。思ったことを言っただけなのに」

「デリカシーのない男に限って自分は悪くないって言い張るのよね。さ、マーヤ行きましょう。ペッテルはそこのバカの首根っこをつかんで引っ張ってきて」

マーヤの手をドリスが掴んだ。


「え?ドリス、わたしたちまだ仕事中で――」

「大丈夫よ、こっちも仕事だから。人手が足りないの。もちろんマッティ長官にもご了承いただいてるわ」

王宮魔法使い室にいた魔法使いたちの視線を集めたまま四人は部屋を出た。

小柄なくせにどうしてそこまで早く歩けるんだというくらい、速度をあげて歩くドリスを魔法使いたちは必死に追う。

「ドリス、どこに行くの?」

「仕事って何するんだ?」

「ついてくればわかるから」

「俺を置いていくな。アタタ、腰が……」


廊下に響く声が遠ざかる。

陽光を受けて伸びる柱の影が長くなり始めていた。




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