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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
126/161

初対面の印象

朝、目覚めて侍女たちが現れる前に、小鞠はシモンからパウリのことを言われた。

パウリの素性はもちろん明かせるわけもなく、そのため彼は以前からシモンがその腕を見込んでいた武芸の達人で、今回小鞠が命を狙われたことでシモンが新たに護衛官に熱望した人物、ということになったそうだ。


「じゃあパウリがクレメッティのお兄さんって知ってるのは、一昨日、カーパ侯爵のお屋敷に一緒に行った人たちだけってことよね?」

寝衣姿のままベッドの布団を整えていた小鞠が確認すると、寝衣のボタンを外しつつ枕側に腰を下ろしたシモンに首を振られた。

「ジゼルとマーヤも知っている。コマリのことを案じていたジゼルに、スミトは昨夜までのすべてを話すと言っていたし、ジゼルも大事なわたしたちの味方だからな。マーヤはコマリが鎧に閉じ込められたあの夜、魔法使い塔に現れたパウリの話を聞いているのだ。詳しいことを話すわけにはいかないとした上で、あのとき見聞きしたことは他言せぬよう口止めをしてある。リクハルドたちによると藪をつつくような愚かな真似をする娘ではないということだ」


マーヤはなんでもペラペラ話してしまうような子ではないと思う。

状況を察して分別ある行動をとるはずだ。

食事会でシモンも会っているのに。

小鞠がそう思ったのが顔に出ていたのかシモンが苦く笑った。


「マーヤを疑っているのではない。上官となるリクハルドやトーケルたちのほうが、マーヤをよくわかっているだろうから確認しただけで――だからそんな非難めいた目を向けないでくれ」

あれ、おかしいな。

そこまでジト目を向けていなかったつもりだけど。

ただカッレラは起きてもいない事柄を用心して、先に原因となるものを排除するから、もしかしてマーヤに監視をつけたりしないかなって頭をよぎったかも。


「監視?そのような者をつけなくとも、他言すれば王宮魔法使いとしての道は絶たれるとにおわせておけばよい」

「それって脅しじゃないの?」

今度はまちがいなくじっとりとした目を向けてしまったせいか、シモンが慌てて首を振る。

「待った。本当には言っていないぞ。そういう手もあるが、マーヤ相手ならトーケルが頼めば良いのだからな」

「あ、マーヤってやっぱりトーケルのこと?一緒にご飯食べたときの様子から、もしかしてって思ってたの。シモンも?」

するとシモンは笑いながら頷いた。


「以前、グンネルがマーヤはとてもわかりやすいと言っていた」

「グンネル?何人もそう思ってるんだったらきっと間違いないね」

「いや、その話をしたときリクハルドもいたのだが、あいつは何の話かわかっていないようだったな。だからわたしたちが深読みしすぎているとも……」

「ううん!マーヤは絶対そうだと思う。だからリクハルドが鈍いの。リクハルドって女の子の隠れファンがいるって聞いてたけど、恋愛事には疎かったんだね。それとも彼女がいて他の子は全く眼中にないとか?」

「恋人がいると聞いたことはないな。いつも仕事ばかりしているぞ。だからときどきトーケルが城下に引っ張って行っているらしい」

仕事が楽しくて異性に目を向けてる暇がないってところか。


「そうだ、トーケル。当の本人のトーケルはマーヤのことどう思ってるっぽい?」

「んん?それはなんとも言えないな。自分が役に立つのなら喜んで口止め役を引き受ける、と笑顔で言われただけだ」

「たぶんトーケルは気づいてるんじゃないかなぁ。恋愛マスターっぽいもん」

「なんだそれは」

「だってジゼルがたまにデートに誘われるって。本気じゃないみたいだけど、彼氏いる女の子にそういうこと言えるのって、恋愛に手馴れてる人って感じでしょ」

「コマリから見てトーケルは遊び人なのか?あれはあいつのコミュニケーションの一つで、女性限定という括りはあるが誰にでも言っていると思うぞ」


そうかなぁ。

だったらマーヤだってトーケルのノリに便乗して、デートの一つくらいこぎつけてても良くない?

なんとなくトーケルは気づかないふりで、マーヤの気持ちをかわしてる気がするんだけどな。

(あれ?だったらマーヤはこのままいってもうまくいかないのかも……)

余計なことに気づいてしまった小鞠は一人悩み始めてしまう。

うーんと唸って俯く小鞠は、額を突かれて顔を上げた。

そのまま眉間を指で擦られて、皺が寄っていたと気づいた彼女は、後ろに逃げながら両手で額を抑えた。

「わたしたちが気を揉んでいても、結局なるようにしかならないだろう」

見守ろうと言っているのだとわかって、小鞠は「だね」と同意した。 


「そういえばシモンはわかりやすかったな」

無意識にそう呟いて、「ん?」とシモンに聞き返された。

カッレラに来て王子様のときのシモンを見て知ったが、彼は王子として培った鉄壁の笑顔で相手に本心を読ませない。

だけど自分には、出会った最初からそれを取っ払ってくれていた。

心をむきだしにしてくれていたのだといまならわかる。


……というのを、改めて口にするのはこの上なく恥ずかしくて、小鞠は視線をさまよわせた。

「いや、だから……ずっとわたしのこと見、見てくれてたっていうか……」

ごにょごにょと口先で言葉を紡ぐと、可笑しそうにシモンが笑った。

伸ばされた手が頬に触れる。

覗き込むように目の前に顔を持ってこられて、優しい微笑みに小鞠はじわじわと顔が熱くなっていくのが分かった。

朝日に金髪が煌めいているだけじゃなく、青い瞳までキラキラして見えるなんてどういうことだろう。

(わたしまで愛魂マジックにかかってるみたい~~~)

どうしよう、顔、まともに見れない。


「コマリに振り向いてほしくて必死であったのに、気持ちを見せずしてどうして想いが伝わるのだ。隠せと言われても無理だ。こんなに可愛くて愛しいのに」

シモンは慣れた様子で髪にキスをして、また小鞠をのぞき込んでくる。

目が合った瞬間、彼の顔が嬉しそうなものへ変わった。

「それにわたしが気持ちを伝えるとコマリが喜ぶ。だろう?」

うぐ、なんか見透かされてる。

まさかニヤついてないよね、わたし。

表情を引き締めようとしたらシモンに笑われた。

「照れ隠しでそのようなこわばった顔をせず、素直に笑ってくれ」

両手の人差し指で真一文字に結んだ唇の端を持ち上げられる。

「どのようなコマリも愛らしいが、笑った顔が一番好きなのだ」

にっこりと微笑むシモンにつられて小鞠も笑顔になった。


が――。

「ああいや、泣き顔もまたよいな」

え、泣き顔?

そりゃ、ここのところべそべそとしてたけど。

「焦れて泣き出すあのぎりぎりの涙目が、なんとも扇情的でつい苛めたくなってしまう」

ん?

「それに甘えて縋りつかれれると、わたしも正気でいられなくなるな」

んん?

「快感に身を震わせて果てるときはやたら艶めいて、いつも一気に持っていかれるのだ。――コマリ、どの表情もわたしを夢中にするほど惹きつけるぞ」

わなわなと小鞠の肩が震える。


「なんの話をしてんだ、バカー!」

 





* * *






テディとオロフに伴われて現れたパウリは、正式に小鞠の護衛官として侍女たちに紹介された。

しかしパウリの目つきの鋭さが災いしてか、スサンは明らかに警戒してしまい、逆にドリスは臆することなく上から下まで彼を眺めたあと、なぜか敵意をむき出しにした。

そうなるとパウリもあからさまな視線に気づかないわけはなく、そこからは二人ともガンの飛ばしあいだった。

テディがパウリを、そしてエーヴァがドリスを止めなければ、視線を先に切ったほうが負けという、子どものような闘いが始まっていたかもしれない。


止めるといってもパウリのほうはテディに、「シモン様とコマリ様の御前だぞ」と脳天へ手刀を食らわされたのだが。

「先に睨んできたのはこの女のほうだ」

殴られた頭を押さえ、すかさずテディに噛みついたパウリが、もう一方の手でドリスを指さした。

「ドリスがわけもなく威嚇してくるはずがない。おまえが悪い」

「はぁ!?この女とは初対面なのに何があるっていうんだ」

「さすがテディ様です。この無礼な男から妙な感じがしたのです」

妙な感じ、とドリスが言ったため小鞠は彼女が、パウリの以前の仕事のせいで身についた、闇の臭いのようなものに気が付いたのかと思った。


小鞠の心配をよそに、ドリスはやり返してやるとばかりにパウリを指さして声高に言った。

「シモン様!この男はコマリ様に近づけてはなりません。コマリ様の貞操の危機です」

普段、おかしな言動が多く本音がわかり辛いドリスが、こうまではっきりと意見を言うことは珍しい。

だがシモンは返事をするでなく、成り行きを楽しんでいるのか、問うような眼差しをパウリに向けるだけだ。

「お姫さんは俺の主だ。っつうかまるっきりガキにしか見えないお姫さん相手に、そんな気を起こすわけが――」

小鞠の隣で笑っていたはずのシモンが突然、ソファから立ち上がった。


ガキと言われてショックを受けたはずの小鞠は、見上げた彼の顔から笑顔が消えていてぎょっとした。

シモンは無言のままパウリの側まで歩んで、たじろぐパウリの頭を鷲掴みにした。

直後に悲鳴が上がる。

「いっ、イダダダ!王子、頭っ、頭が砕ける」

シモンがパウリの頭を握り潰そうと手に力を込めていた。

シモンはうっかりすると小鞠を抱き潰すくらいなのだ。

手加減をしなければその力はどれほどのものか。


「ドリスの申した通り無礼千万な奴だな、おまえは。コマリのように美しくも可愛らしい女性は、世界中のどこを探してもおらぬというのに。その腐った目と頭は潰してやろう」

「あィッーーーーー!!なら俺がお姫さんに欲情してもいいのかっ?」

苦痛に顔を歪めつつパウリが言うと、シモンは「ほぅ」と地獄の底から響くほどの低い声を発した。

「パウリは宦官になりたかったのか。ちょうどよかった、おまえの剣の切れ味を試せるな」

背筋すら寒くなるシモンの冷えた笑みに、その場にいた全員が青ざめる。

「ちょっとシモン、冗談でもやりすぎ――」

「どっちに転んでも俺は詰んでんだろが!」

小鞠の静止はパウリの声に空しくかき消えた。


シモンがパウリの腰から剣をすらりと抜き放ち、腕を持ち上げた。

パウリが焦って後退る。

「うわ、待った、王子!……お姫さんは誰よりも美しいお姫様です!!」

パウリの声にかぶさるようにシモンの腕が振り下ろされ、小鞠はぎゅと目を瞑った。

しばらくあっても何も声が聞こえないため、そうっと目を開ける。

剣はパウリに触れる寸前で止まっていた。


「本当に切ると思ったか?」

意地の悪い顔でシモンがパウリの腰にある鞘へ剣をしまう。

「いや、だって目が本気だったぞ」

「脅しは本気じゃなければ意味があるまい?下手に動かないでくれてよかった。でなければ誤って切ってしまうところだった」

パウリがはぁーと溜息をついた。

「王子にとってお姫さんは世界一。……了解しました」

「わかれば良い」

「いいえ良くないですわ、シモン様。この男、先ほどからシモン様に対してなんという口の利き方でしょう。無礼にもほどがあります」


ドリスがキッとパウリを睨み上げる。

初対面であるのにこの態度だ。

よほど印象が悪かったのだろう。

パウリはまた頭を殴られることを懸念してか、ドリスと目を合わせないようにしている。

「ドリス、わたしが敬語はやめてって言ったの。それに目つきは鋭いけど笑ったらそこまで怖くないし、話だってしやすいのよ。だからあの……仲良くしてほしいな」

これから顔を突き合わせることになるのにぎすぎすされては困る、との思いから小鞠がドリスに願うと、彼女は「まぁ」と両手で頬をおさえた。


「そんな不安一杯の顔でお願いされるなんて……ああ、困った表情もたまりませんわ。なんってお可愛らしいの」

「ドリス、抑えて。なんか変な気配がもれてるから」

スサンがもじもじと身を捩るドリスを窘める。

「あー、なんだ。ただのお姫さん好きの変態女か」

納得したようにパウリが呟いたとたん、遠くに意識を飛ばしていたらしいドリスがぴくと反応した。

「ちょっと!変態とは聞き捨てならないわ。わたしは愛らしいものを愛でるのが大好きなだけよ。特にコマリ様はドストライク!撫でまわして頬ずりして喘がせて悶えさせたいだけよっ!」

「それが変態だっつってんだ。あんたの場合、「ど」がつくなら別の言葉だ。このド変態女」

なんですって、とドリスが目をつりあげる。


またしても言い争いが始まり、コマリの隣に戻ったシモンから「敵は多いな」と呟きが聞こえた。

「敵?」

ちら、とシモンがこちらを見つめた。

「ふむ」

シモンに肩を抱き寄せられ唇が重なった。

(な、な、なななんでキス!?)

動転しつつも全員に注目されているのがわかるくらいには周りが見えている。

触れただけであったが、離れる間際にシモンの舌先が小鞠の唇を濡らしていく。


「人、人前でしちゃダメっていっつも……」

「すまないな。だがこれが一番いい方法だと思ったのだ」

いい方法って何が!?

真っ赤な小鞠を置き去りに、シモンは彼女の頭を一撫でして、側に控えるテディを見上げ言った。

「職人頭との会議前に今一度資料に目を通す――行こうか」

「かしこまりました」

ソファからシモンが立ち上がっても、小鞠は彼や周りを見ることができなくて、目についたクッションを胸に抱きしめた。


「コマリは部屋で安静にしているといい」

寝室に押し込められて眠くもないのに寝ていろといわれるのは辛い。

思わず顔を上げて首を振る。

「たっぷり寝たからもう平気。今日はこれから果樹園に行こうと思うの」

「果樹園?」

「うん、そろそろ終わっちゃうらしいけど、まだキュラが採れるみたいだから」

「ああ、彼らにか。好物だったな」

小鞠が全部を説明する前にシモンは察したようだ。


「お見舞いに来てくれたり浄化してくれたお礼を言ってないし、もしかしてまた心配させてるかなって」

「そうか。元気なコマリを見たら彼らも喜ぶだろう。共はスサンだけでよいか?エーヴァとドリスには会議で職人頭たちに茶など出す手伝いをしてもらいたいのだ。護衛にオロフとパウリもいるからそこまで不便はないと思うが」

「自分のことぐらい自分でできるってば」

「昨日までひどい顔色をしていたのだ。無理は禁物だ」

心配症、と思いつつ小鞠が返事をすると、シモンはもう一度「無理のない程度に」と念を押して、テディと侍女二人を連れ部屋を出ていった。



「本日は裾が短いものをとおっしゃったのは、果樹園へいらっしゃるおつもりだったからですね。ではわたしは準備をいたします」

とスサンが言えば、オロフも背筋を伸ばしきびきびと言った。

「わたしは馬車の準備をしてまいります。――おい、パウリ。おまえにも場所を教えておくからついてきてくれ」

「わかった」

三人が部屋を出て行ってしまうと急に静かになった。

広い部屋に小鞠だけだ。

彼女は軽く息を吐いて、座っていたソファにもたれこんだ。


本当はまだ体がだるい。

けれど鎧で擦れた擦り傷は瘡蓋になっているし、痣だって日ごと薄れて痛まなくなってきている。

小鞠は手首の傷を撫でた。

目に見える体の傷はいずれ癒える。

心に受けた傷も、こんなふうに癒えていくのだろう。

だけど大きな傷を受けてしまったら……。

ルーヌは怪我が治っても、騎士団への復帰はリハビリ後だ。

ヴィゴは体が弱っているぶんルーヌ以上にかかる。

失明は免れたが、左目の傷だって残ってしまうだろう。


小鞠は顔を上げて廊下へ続く扉を見つめた。

オロフと出ていったパウリの背中を思い返す。

(平気そうにしてたけど、背中の怪我、大丈夫なのかな)

傷は浅くても動けば痛むだろうに。

小鞠は、ふぅ、と先ほどより深い息を吐いていた。

背もたれに頭を預けて天井を見上げる。


今回の暗殺未遂のことはきっとどうやっても王宮内に広がってしまうはずだ。

カーパ侯爵家が黒幕と公表されるだろうが、手先としてクレメッティの名前は出るのだろうか。

ならば兄であるパウリは、噂を耳にするたび辛い思いをするのではないだろうか。

素性を隠すからこそ余計に。

それに捕えられたアンティアやマチルダ、オルガ、そして三大貴族の行く末は?

シモンは事件のその後の結末を教えてくれない。

こちらから尋ねていいのだろうかと迷って、今まで聞けずにいる。

でもこのまま黙っていたら何も教えてくれない気がした。


シモンが何も言わないのは、もしかして言いづらい決定がなされたからかもしれない。

(言いづらいってなに?)

まさか全員処刑とか……。

(ううん、そんなこと一昨日の夜、王様は言ってなかったし)

考えるうち小鞠は 頭の中がぐるぐるとしてきて、「もーーーー!」と声をあげた。

「なんかネガティブになってる気がする。楽しいことしなきゃ!」

果樹園でキュラをたくさん採って、小さな友達と戯れよう。

きっと癒される。


両手に拳を握って「全力で遊ぶ」と気合を入れていた小鞠は、庭につながる窓の外に淡い光を見た気がした。

慌てて駆け寄って、ガラスにおでこを押しつけながら外を見る。

「あ、やっぱり」

庭に妖精が集まって「の」の字に回っていた。

いつみても統率がとれていて、どこかで練習しているんじゃないかと思うくらだ。

窓を開けて小鞠が芝を踏むと、光が集まってふよふよと目の前を飛び回った。


「もしかしてまたわたしのことを聞いたの?」

声をかけると妖精たちが小さな首を縦に揺らして頷く。

(本当情報が早いなぁ。いったい誰に聞いてるんだろ?)

ともあれ心配して駆けつけてくれたのだ。

彼らの優しさに嬉しくなって小鞠はにっこりと笑った。

「大丈夫。全部終わったの」

妖精たちは、本当に、というように首を斜めにして小鞠の周りを漂う。

大丈夫大丈夫、と軽い調子で返事をしたが、妖精たちは納得しなかったようだ。


オレンジの妖精を中心に、妖精が数匹集まり、そこへ黒と白の妖精が躍り出て遠吠えをするような仕種を見せた。

オレンジ色の妖精は震えだし、周りを囲む妖精たちはそれを庇うように、黒と白の妖精を威嚇する。

いつもの寸劇が始まったらしい。

しばらくあって一部始終を見終わった小鞠は彼らに尋ねた。

「えと、魔物に襲われたことも知ってるの?」

すると彼らは一様にうんうんと頷いた。

やっぱり。

魔物の数や、自分を守ってくれた人数までちゃんとあっていた。


「この情報の正確さはいったい……?」

小鞠が呟いたところで、建物のほうから声がした。

「おーい、お姫さん。馬車の用意ができたから――って、森喰い!?あんた何やってんだ!」

部屋からパウリが走り出て小鞠の腕を引っ張ると、反対の手で妖精を追い払うように腕を振る。

「待って、パウリ。この子たちはわたしの友達なの。だからそんなことしないで」

「友達!?確かに警戒色を発してないが……けど駄目だ。異世界人のお姫さんは知らないかもしれないが、こいつらは精気を奪うんだ」

「大丈夫なの。ほら、腕輪。魔法石に魔法がかかってるから守られてる」

引きずる勢いで小鞠を王族塔に引っ張っていたパウリは、そこでやっと腕を離してくれた。

「すごい力。腕が抜けるかと思った」


「ああ、や、悪い。お姫さんが危険だと思って」

「うん、心配してくれてありがとう。パウリは魔法石持ってないから離れてて」

言いながら小鞠が妖精に向き直ると、彼らは先ほどより離れた場所で宙を飛んでいた。

「あれ?遠い」

呼んでみても近づいてこないため、小鞠は少し離れた場所でこちらを窺うパウリに、口を尖らせ文句を言った。

「ほら、パウリがひどいことしたから怖がって近づいてこなくなったじゃない」

「俺のせいか!?お姫さんもありがとうって言っただろ」

「それとこれとは別」

「……ほんっとお姫さんて自由だな」

溜息をつくパウリを無視して小鞠は妖精たちを見つめた。


シモンが追い払おうとした時はこんなに離れたりしなかった。

小鞠は芝生を踏んで妖精に近づく。

(呼んでもきてくれないけど、わたしが近づいたって逃げないんだ)

と思ったら、妖精がまた離れた。

小鞠が背後を振り返ると、パウリが小鞠の離れた分だけ近づいてきていた。

一歩、二歩と小鞠が歩く。

妖精は動かない。

が、パウリが動いた瞬間、その分離れてしまう。


そういえばキュラ摘みをした日にも彼らと出会ったが、エーヴァたち侍女やオロフ以外の護衛官は随分な距離を離れていた。

小鞠はパウリを振り返り、来ないでというように手を伸ばして彼を止めた。

「パウリ、ストップ。この子たち、あなたの精気を奪わないために近づいてこないの」

「え?そんなことなんでわかるんだ?」

「だってほら、わたしが近づいても動かないけど、パウリが近づくと離れるでしょ。たぶんいま離れてる以上に近づくと、精気を奪っちゃうんだと思う。ね、そうだよね?」

小鞠が妖精たちに問いかけると首が縦に動いた。


「ちょ……嘘だろ、森喰いが返事した。懐いてんのか?お姫さん、あんた何者だよ」

「ただの人間です。そんなびっくり人間見たような顔しないで。この子たちとはこっちの世界に来てすぐに友達になったの。ねー」

小鞠が小さな友人に笑顔を向けると、彼らはピョンピョンと宙を跳ね回った。

同意してくれているらしい。

すると背後から、「ほんと規格外のお姫様だな」とパウリの独り言が聞こえてきた。

どうせ貴婦人らしくありませんよーだ、と小鞠は胸中で舌を出し、周りにすり寄ってくる小さな光に目を向けた。


あのね、と声をかけると彼らは宙を駆って目の前に整列する。

首を伸ばし、なあに?というような様子に、小鞠は彼らを撫でまわしたい気持ちを必死に抑えた。

(可愛すぎる~。ナデナデしたい、頬ずりしたい、両手いっぱいに抱きしめたい~)

今ならドリスの可愛いものを愛でたいという気持ちがわかる。

しかし小鞠は欲求をぐっとこらえた。

実際に触ろうとすれば、腕輪にかけられた魔法で彼らを傷つけてしまう。


「わたしね、今から王宮の果樹園に行くの。キュラを採りに。あとであなたたちも果樹園に来れる?もしかして時期が遅くて、あまりキュラは生ってないかもしれないけど、わたしを元気づけてくれたり、こうしてお見舞いに来てくれるお礼にプレゼントしたくて――」

小鞠の説明に妖精たちは、尻尾を大きく揺らしたりクルリと宙返りをしたり足を踏み鳴らしたり、それぞれが興奮して喜んでいた。

気が早く涎を垂らしている妖精もいて、小鞠はふふと笑ってしまった。

この子たちといるとホント和むなぁ。


「じゃああとでね」

木々の中に消えていく小さな友人に手を振って、小鞠が上機嫌で踵を返すと、そこには腕組みして自分を見つめるパウリがいた。

その表情はなんとも形容しがたい。

「なに、その顔」

「あー、俺はお姫さんの護衛官をやっていけるのか?と自問してた」

「で?答えは?」

「異世界人の考え方や常識なんてわからないからな。なによりお姫さんは俺の知ってる人間たちとはかけ離れた存在みたいだし」

やりにくい、と独り言ちてパウリは腕を解くとガリと頭を掻いた。

はぁと溜息をつく。

ことあるごとに溜息をついている気がするが、これはどうやら彼の癖のようだ。


(幸せが逃げちゃうのに)

思ったところでやれやれとばかりの声がした。

「お人よしの甘ちゃんで天然素材か」

「天然?」

それってあれか。

不思議ちゃん発言する人。

それともボケてる人ってこと?

「ボケてないし、ちゃんと考えてしゃべってます!」

「は?ボケ……?」

首を傾げるパウリを残して部屋に向かう。


「俺、お姫さんがとぼけてるって言ったか?」

「天然って言った」

「それととぼけてるとどういう関係が――?」

あとに従うパウリから不思議そうな声がしたが、馬鹿にされたと感じてへそを曲げた小鞠は返事をしなかった。

「あ、ちょっと待った、お姫さん。なんか誤解してるぞ」

パウリが小鞠を追いかける。

風が吹き抜けた。

木々が揺れガサリと音をたてた。




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