落とす
ひやりと冷たいものを額に感じてパウリは目を覚ました。
と、間近に女の顔があった。
「っ!」
びっくりしすぎて喉が鳴る。
「あ、起きた。ていうか、起こしちゃった?」
「お…姫さん、なんでここに?ここって……牢屋の中だよな」
板を敷いただけの質素な寝台から体を起こしたパウリは、背中と肋骨が傷んで顔をしかめた。
「ィテ」
「怪我してるんだから無理に起きなくていいのに。熱はないみたいだったけど、今まで眠り続けてたのは、体が休みたがってるってことでしょ。あ、でも背中の傷は深くないって。よかったね」
「今までって……いま、いつだ?」
「ここって窓がないし、ランプつけてても暗いもんね。お昼すぎてるよ。起きたんならご飯食べる?体力つけなきゃ。えーっとね、スープとやわらかいパンを持ってきてるの」
石の床に置いていた盆を振り返るコマリを、パウリは状況がつかめないまま呆然と見つめた。
「いや、だからお姫さん?どうしてここに?なんで俺、甲斐甲斐しく世話されてん――ぐっ」
いきなりパンを口に突っ込まれてパウリは顔をそむけた。
千切れたパンを吐き出すと、コマリが「もったいない」と呟く。
「毒なんて入れてません。だから安心して食べていいの」
「飯より――」
「いいから先にご飯食べなさいっ!」
くわっ、とコマリに怒鳴られてパウリは言いかけた言葉を飲み込んだ。
なにがどうなっているのか、全く理解できない。
飯をと言うが、毒入りでなければやばい薬でも入っているのか。
「まずはお腹を満たして、話はそれから」
「………」
「「アーン」する?赤ちゃんみたいに」
一口サイズにちぎったパンを口元に持ってこられた。
その面には人を騙すこととは無縁な屈託のない笑顔が浮かんでいる。
パウリはコマリの手からひったくるようにしてパンを奪うと、大口を開けて噛り付いた。
二口、三口、とパンを食べるパウリに向かって、コマリがくすくすとおかしそうに笑った。
「お腹すいてたんだ。おいしい?」
返事の代わりに手を差し出すと、もう一つパンを握らされる。
「よかった。食欲があるのね。そんな勢いで食べちゃ喉詰まっちゃうでしょ?お水飲む?それともスープ?」
「酒」
「怪我人にはあげません。はい、お水」
手渡されたグラスは冷たく、喉に流し込んだ水はとても冷えていた。
グラスに水を注ぐとき、結露した銀の水差しからカラカラと音がしたから、氷が入っているのだろう。
「次はスープね」
スプーンは受け取らず、カップに直に口をつけて飲み干した。
ぬるくなっていて舌や喉を火傷することもなかった。
「……っし、食ったぞ」
「えー、まだ3つもパンが残ってるのに。おっきい体して小食だなぁ。じゃあ次はこれ」
どうぞ、と白磁の椀を押し付けられる。
中には泥水のような液体が入っていた。
スン、と鼻で臭いを嗅ぐと皮臭いような焦げたような、けして美味くはなさそうな臭いがした。
「これが毒か?」
「毒から離れて」
「処刑前にはうまいもん食わせてくれるって話、ガキのころ聞いたことがあるんだよ」
「だったらもっとご馳走を用意するでしょ。も~、疑り深いな。それはお薬。わたしが王宮のお医者さんに頼んで特別に作ってもらった、早く元気になるお薬なの。さ、飲んで飲んで」
この泥水が薬?
手にした椀を見つめていると、コマリが再び怖い顔になって「飲ーみーなーさーいー」と脅してきた。
口にしなければ話を進めることは無理そうだ。
パウリは覚悟を決めて一気に煽る。
が、強烈な苦味を感じて、嚥下した直後に咳き込んだ。
「っぐ……ぇほっ!……うぇ、まっず……苦っ……なんだこれ」
「あ、やっぱり苦かった?お医者さんもお薬の効果は抜群だけど、すっごく苦いって言ってた。口直しにお水と、パンも食べる?」
「なんでもいいからくれ。口ん中が苦いわ、えぐみがすげぇわ……あー、最悪」
ゴッ、ゴッ、ゴッ、と水を飲み、パンを2個食べてやっと一息つけた。
「ましになったか……。お姫さん、あれ薬じゃないそ。マジ吐くかと思った」
「あはは、わたしも臭いで自分じゃ飲めないって思ってた」
「俺はいいのかよ」
パウリは軽く溜息をついて、側にあるコマリとの距離を目視する。
鉄格子の外から話しかけてくるならまだわかる。
(一緒の檻のなかに入るって、ほんと何考えてんだ?)
盆にナイフやフォークは乗っていないが、皿を割って破片を凶器にすることはできる。
こういう場合、割れない食器を使うのが常識だろうに。
それともランプを奪い油をかけて脅すことだって……。
未来の王妃を人質にするかもしれない、とは誰も考えなかったのだろうか?
「もしかして薬のせいで気分が悪くなった?横になる?」
薄暗い牢の中にあっても、コマリの瞳はまっすぐに自分を見ているとわかる。
目が合っても逸らされることはなかった。
騙し討ちで何かされることはない、か。
パウリはやっとまともにコマリを見て、彼女の顔色がやけに白いことに気づいた。
そういえば調子はあまり良くなさそうだったか、と思い出す。
「俺よりお姫さんのほうが……なんかあんた、顔色悪くないか?」
「え?そう?昨日遅かったし、寝不足だからかな」
昨日、と言われてパウリはカーパ侯爵家のことを思い出した。
パウリが無言になったことでコマリにも伝わったのだろう。
「あの、ね。クレメッティの遺体は埋葬したって。この時期腐敗が進むのが早いから」
「ああ、そういや死体の始末ってのがあったな。……手間かけさせた」
「クレメッティの私物は調べて問題がなければちゃんと返してくれるから、遺品はあとで――」
「いらない。そっちで勝手に処分してくれ」
「え、でも」
「このあと俺、リキタロに強制送還されんだろ?貧民の出じゃ処刑されんのが落ちだし、身軽のがリキタロのお役人も楽ってな」
ふざけたように言ってパウリは口の端を歪めた。
リキタロには二度と戻る気はなかったが、これも自業自得というやつか。
(どんだけあがいても抜け出せない泥濘ん中に、ずっといたのかもな)
あの日、役人の矢で一息に死んでいればよかった。
なら希望を描くことも、己の手でその希望を消し去ることもなかったのだ。
「なあ、お姫さんに頼みがあんだけど」
「なに?」
「薬より毒をくれないか?」
コマリがわずかに目を見開いた。
「死にたいの?」
「どうせ処刑される身だ。だったら自分で幕を引く」
瞬間、かっとしたようにコマリが声を荒らげた。
「処刑されるから死ぬ!?わたしはそんなこと聞いてるんじゃないっ。あなた自身が本心から死にたいと思ってるのかって聞いてるの!」
睨みつけてくる眼差しにパウリの方が驚いた。
なぜいきなり怒ってしまったのか、理由がわからなかったのだ。
「死にたいと言えるほど必死で生きてなかったし、生きたいと言えるほど死は遠くなかった」
パウリの言葉にコマリは眉を寄せた。
「死が近すぎて生きることを諦めたって言ってるの?」
「どうだろな。ガキの頃は必死に生にしがみついたはずが……」
言いながら手を見つめた。
役人から逃げるため河に飛び込むとき、クレメッティを離すまいと抱きしめた。
そしてあの日と同じように弟を抱き寄せて、この手で命を奪った。
自分はいったい何を得たかったのだろう。
「もう忘れた。ただ自分の最期は自分で決めたい。それだけだ」
「そう。自分から命を捨てるのね?だったらあなたの命、わたしにちょうだい」
「は?」
「だっていらないんでしょう?わたしがもらってなにが悪いの?」
「なに?俺の心臓をくれっていってんの?えらくグロイ趣味の持ち主だったんだな」
「茶化してないでちゃんと聞いて。いい、パウリ。あなたの命はたったいま、わたしが貰ったわ。だから今後、勝手に消しちゃだめなんだからね」
理解するのに結構な時間がかかった。
沈黙が続いた後、パウリは額を抑えて「待て」と口を開いた。
「待て、待て、待て……お姫さん、まじか?」
「嘘言ってどうするの。パウリは今日からわたしのものになるのよ。これからは側にいること」
「んな男を囲うみたいに。ってか無理だろ!?俺は罪人だぞ」
「死にたいわけじゃないんでしょ。さっきそう言ったわ」
「生きたいとも言ってないだろうが」
「そうね。だけどパウリは生きなきゃいけないと思う。クレメッティの分も」
クレメッティの名前を出されて言葉に詰まった。
コマリがそんなパウリの胸を指差す。
「やっぱりここが痛いんでしょ?」
「そんな、わけが……」
「案外嘘が下手ね。それとも本気でわかってないの?大事な人を失ったら、胸が潰れそうに痛むのよ。「寂しい」「悲しい」って心が泣くから」
「俺があいつを殺したんだぞ」
「うん。だから余計に痛くて泣いてるの。その痛みから逃げちゃだめ。背負って生きなきゃいけない」
ならば、これが自分への罰なのだろうか。
クレメッティを救えないまま逝かせてしまったことを、悔やんで生きることこそが――。
「贖いになるのか?」
「パウリが願うならきっと。痛みもいつか消えるかもしれないわ」
いつかなどなくていい。
許されなくていいのだ。
パウリは目を閉じた。
――おまえの罪も俺が背負う。
最期の瞬間、クレメッティにそう告げたのは、安らかに逝ってほしかったからだ。
彼を苦しめたしがらみ全てから解放されてほしかった。
ここで生きる道を選ぶなら、自分は弟の罪も贖わなければならない。
「だったら俺は、あんたのものになってもいい」
クレメッティが囚われ続けた妄執を消し去るためにも、彼女を生かし続けていこう。
瞼を開けた先に笑顔があった。
嬉しそうに笑うコマリに、ぎゅっと両手を握られる。
「本当?」
「ああ」
頷くと、握る手に力がこもる。
思った以上に柔らかな手だった。
笑顔がさらに深まったせいで、パウリはなんだか居心地が悪くなって視線を逸らした。
コマリは鉄格子を振りかえると声を張って呼びかけた。
「シモン、聞いてた?パウリが落ちたの」
「その言い方はあまり感心できないが――」
格子の向こうにシモンと、彼の二人の側近が姿を見せた。
勘が鈍っているのかまったく気配を感じなかった。
どうやらコマリに何かあったとき、すぐに牢へ押し入れるように待機していたようだ。
全員が腰に剣を佩いている。
「だって口説かれた人がなびいたときは落ちたって言うでしょ 」
鉄格子の扉の鍵は開いていたらしい。
シモンたちが牢に入ってくるのを横目で見つつ、
「俺は口説かれていたのか?」
パウリが尋ねるとコマリはあははと笑った。
「王様がね、パウリを口説いたら、わたしの護衛官にしていいって言ったからつい。これからよろしくね」
「護衛官?」
コマリの側にとは、てっきり雑用などを行う下男としてだろうと思っていた。
耳を疑って尋ね返したところで、近づいたシモンから視線を感じた。
怪訝に思い見上げれば、シモンは握ったままの二人の手を見ていた。
その後、自分に向けられた青い目が、ひどく冷たく見えるのは気のせいではあるまい。
パウリはさりげなくコマリの手を解いて、さらに距離をとるように寝台に深く腰掛けなおした。
「パウリ、これより先、おまえの身はコマリの預かりとなる。罪人であるおまえは、本来なら生まれ故郷であるリキタロへ送らねばならない。いずれ王妃となるコマリにつけるのはありえないことだ。だがわたしはおまえの腕を買っている。なによりコマリがおまえを救いたいと願ったのだ」
そこまで言ったシモンが、すらりと腰の剣を抜き放った。
パウリの肩に剣先をあてる。
テディとオロフの二人は、主の行いを冷静に見つめていたが、コマリだけが驚いて息を飲んだ様子をみせた。
パウリはシモンから殺気は感じなかったため、動揺も身じろぎすることもない。
「おまえはいまこの場で、コマリに忠実で従順なる臣となることを誓えるか?」
「お姫さんに?王子にじゃないのか?」
「わたしより、コマリに誓うほうがおまえも裏切れまい?」
確かに全力で相手を信じるようなタイプであるコマリを裏切れば、後ろめたさがつきまとう気がした。
そう感じるのは彼女を受け入れてしまっているからだ。
シモンもそう気づいているのだろう。
(うまいところを突いてくる)
いつも浮かんでいる人の良い笑顔に騙されてはいけないと改めて思う。
「ちょっと、シモン。忠誠とかわたしいらないからね。だったら友達のほうがいい」
顔を顰めてのコマリの台詞に、シモンが困ったように表情を曇らせる。
「いや、さすがに友人とは――」
言葉を濁すシモンを援護するようにテディが首を振った。
「いけません。コマリ様は王妃となられるお方です。彼だけを特別扱いなされては、他の臣へ示しがつきません」
コマリはテディへ不満いっぱいの、じっとりとした目を向ける。
「なんですか、コマリ様。おっしゃりたいことは言葉にしてください」
「王宮にいるみんなはいい加減、わたしがどんなかわかってきてるってば。堅苦しい言葉遣いって苦手なの。だから本当は、テディたちにだって敬語をなくしてほしいって思ってるのに」
「できません」
「じゃあわたしも言うことをききませんーだ。パウリ、今まで通りの話し方でいいからね」
ツーンとそっぽを向くコマリに、テディがはあぁと大仰に溜息をついた。
示しがつかないだなんだと言っているはずのテディも、コマリに対してかなりの態度をとっている。
あんたのその態度はいいのか、とパウリは胸中でテディに突っ込んだが、シモンやオロフが目を見交わして苦く笑っていることから、よく見られる光景なのだと想像がついた。
「では二人の言い分の間をとって公の場では敬語を使えばよい」
シモンがとりなすように言った。
パウリの肩にはまだ剣先がある。
おそらくはこの状態で忠誠を誓う相手への宣言を行えばよいのだろう。
「んじゃ――パウリ・ハハリはこれよりコマリ姫に生涯の忠誠を誓う。……でいいのか?」
忠誠の儀など知らないため、シモンへ尋ねると頷かれた。
「ではコマリ、「許す」と」
「え?あ、返事か。そっか、そう言えばよかったんだ。えと、許します」
コマリの応えのあと、シモンはパウリの両肩を剣先で触れた。
「本来なら、コマリの護衛官となるパウリには剣を与えるのだが、この剣はわたしのものであるしな。後日となるがかまわないか?」
「ああ、別に使いやすけりゃなんでも」
こう言ったとたん、テディが眉を吊り上げた。
「使いやすければどのようなものでもかまいません、だ」
睨み付けてくる目が本気だ。
「だから公の場所では敬語にするってことで話が決まったじゃないか。な、王子」
「きさまっ」
「テディ、落ち着け。コマリの望みであるし、ときにはパウリのような者がいてもよいだろう。パウリもあまりテディを刺激するな」
シモンが止めなければテディに締め上げられていたかもしれない。
無言であるオロフも、表情からパウリの態度をあまり良くは思っていないことがうかがえた。
(なんか二人から、気に入らない奴認定されたっぽいな)
いや、そもそも自分はカーパ侯爵の手先だったのだし、初めから受け入れられようはずもなかった。
「了ー解しました」
溜息まじりに答えたパウリは、シモンの手が差し出されたため顔を上げた。
「コマリの身を誰よりも優先して守ってくれ」
「命に代えても、って言っとくところだな」
握手を交わした途端、ぐいと引っ張られた。
立ち上がってわずかに見下ろしたシモンが、ニヤと笑う。
「その台詞は冗談でも禁句だぞ」
「?どういう意味――ダっ!」
いきなりテディに頭をはたかれ、オロフに尻を蹴られた。
「なっ……」
かなりの力であったため前のめりによろけたパウリは、目の前にコマリが仁王立ちしていたせいで、言いかけた文句を続けることができなかった。
どうやら乱暴にコマリの前に押し出されたようだ。
「わたしを守るために自分の命を投げ出すような真似はしないって約束して」
「はぁ?なんで?」
「なんで、じゃない。約束するの、しないの?どっち?」
怖い顔をしたコマリに戸惑い、シモンへ尋ねるように視線を向けたが、楽しそうな様子を見せているだけだ。
答えてくれる気はないらしい。
「因みに約束しなかったら俺は牢に逆戻り?」
「わたしの護衛官になってもらうわけにはいかない。そのあと王様がどんな判断をするかわからないってことしか言えないわ」
「なら約束するしかないだろが」
「口先だけじゃなくてちゃんと守る?」
コマリに念を押されて、
「わかりました。守ります」
パウリは投げやりにも似た口調で返事をする。
いったい何なんだ。
(誰だって自分の命が無事ならそれでいいはずだろ?)
特に貴族や金持ちの輩は、己のことしか考えていない奴らばかりだというのに。
「コマリ様は命を粗末に扱う者がお嫌いなのだ」
「そのような言葉や行動をすれば、烈火のごとくお怒りになってしまわれるから気を付けろ」
テディとオロフに説明されて、パウリはポカンとコマリを見つめた。
「なに?」
「いや……お姫さんってお人よしのうえに甘ちゃんだなと」
コマリの表情がむぅとしたものに変わった。
「自分の人生なんだから、他人のために使うとかもったいないことすんなっ!誰かのために自分が犠牲になるんじゃなくて、生き残る道を探して行動しろっつってんの。そういう人間のほうが、簡単に命を投げ出す人より、よっぽど強くて賢い人よ。わたしは味方を失くすより増やしたいの。それがパウリにはぬるく見えるなら、甘ちゃんでけっこうっ!!」
一息に言い切ったコマリが、鼻息も荒くこちらを睨みあげてくる。
正直、コマリの意見は理想話できれいすぎるとパウリは思う。
それでも貫き通すと言うのなら。
(従うさ)
思ってパウリは我に返った。
きれい事を現実にする手助けをなんて、いつもの自分なら絶対思わないはずなのに。
(どうしてお姫さん相手だとこうも調子が狂うんだ)
コマリはパウリの返事を待つように無言であったが、少し経つと怪訝な様子へと変わった。
「なんでじっと見てるの?」
「これもお姫さんの人徳のなせる業か……」
「何の話?」
ますます眉を寄せるコマリにパウリはニと口元を笑ませた。
「いや、ちっこいのにしっかりしてるなと感心していた」
言った瞬間、コマリの唇が尖った。
「わたしは22歳です」
「へぇ、にじゅう、に……?――はぁ!?22歳…って俺より一つ下なだけか?嘘だろ!?どう見ても15、6の小娘……じゃなくて……あー、女…の子だと」
小娘改め女もいかがなものかと、「の子」と苦しくも付け足した。
けれどコマリが気になったのはそこではないようだ。
「じゅう、ご……?わたし、そんなに幼く見えるの?」
「コマリ様、幼いというよりはお若く見えるだけです」
「そうですよ。パウリは大げさに言い過ぎなんです。わたしには20歳くらいに見えます」
テディとオロフが慌ててフォローした。
どうやらわが主となった彼女は、童顔をいたく気にしているらしい。
「知ってるもん。テディもオロフも、わたしの年齢を知ったとき、声には出さなかったけど、今のパウリみたいに驚いてたでしょ」
言い訳のしようがないらしい二人に、非難するような目を向けていたコマリが、シモンへ視線を移した。
ん?と表情を変えた彼は気づいたように口を開いた。
「15歳には見えないぞ」
「じゃ、シモンから見ていくつくらい?」
そうだな、と呟くシモンはにっこりと微笑んだ。
「実年齢より2、3歳若く見えるという程度だ。年齢を重ねればいやでも老ける。若く見えるのは良いことではないか」
「……だってシモンの隣に並んでもおかしくないくらいに見られたいから」
コマリの声が小さくなる側で、パァと顔を輝かせたシモンが彼女を抱きしめた。
「ああもう、なんと可愛い勘違いをしているのだ。コマリは誰よりも愛らしく美しい。わたしがいつもどれだけコマリに見惚れているか、まさか知らないとは言わないだろうな。わたしのほうがコマリに似合わぬと言われるだろう」
「だからそれは愛魂マジックで――もー、離して。人前じゃダメって言ってるのに」
コマリが赤くなってシモンの顔をグイグイ押しのけている。
ついぞ自分の周りではお目にかかったことがなかった光景が、どうしていきなり繰り広げられているんだ。
パウリは二人の従者のほうへ移動した。
「なぁ、これって日常茶飯事か?」
オロフのほうが見た目話しかけやすかったため、パウリはぼそりと尋ねる。
テディにも聞こえていたらしく、薄い緑色の瞳がこちらへ向けられたのがわかった。
「最初のころはコマリ様が逃げていらっしゃったが、最近はシモン様の粘り勝ちで、このように仲睦まじい姿をときおり俺たちにも見せている」
仲睦まじい?
「バカップルの間違いだろう」
呟いたつもりが彼らに聞こえてしまったようだ。
オロフが目を丸くしてから苦笑を浮かべ、テディは拳を口に当てて噴き出している。
(あれ?こいつらってけっこう話がわかるんじゃないか?)
もしかしてさっき頭を叩かれたり、尻を蹴られたのは、仲間として認めるという合図だったのか。
思った矢先、オロフが右手を差し出した。
「オロフ・ヒルヴィだ」
気安く握手を求められたことがなかったため、深読みして思わずオロフの表情を読もうとしてしまった。
目が合うと、一拍遅れて爽やかな笑顔が返ってくる。
どう対処していいかわからなくて、中途半端に右手を持ち上げると、ぐ、と握られた。
オロフの手が離れた後すぐに、テディの手がパウリの右手をつかんだ。
「オロフに裏なんてないぞ。こいつは根っからの間抜け男だからな」
「間抜けってなんだ」
テディに馬鹿にされたオロフが顔をしかめる。
「テディ・ユーセラだ。シモン様とコマリ様を裏切ったら、わたしが直々に息の根を止めてやる」
物騒な話をにこやかに語るあたり、こちらはパウリが今まで慣れ親しんでいた輩に近い人種のようだ。
「あ、いつの間にか三人が仲良くなってる」
「パウリはわたしとコマリが見込んだ男だ。皆とうまくやれるだけの資質を持っている。ほら、案ずる必要はないと言っただろう?」
シモンの眼差しがパウリをとらえて意味ありげに笑っている。
(本当、王子も一筋縄じゃいかないタイプだよな)
そのことにコマリは気づいているのかいないのか、あどけない微笑みを浮かべた。
「うん、よかった」
安堵したコマリに、シモンも同じように笑顔を返す。
今しがた自分へ向けた癖のある笑みは幻かと思うほどの笑顔だ。
その面のなんと締まりのないことか。
などと思ってもパウリは口には出さない。
出せばテディがまた射殺す眼力で睨んでくるだろう。
「まったくコマリはどれほど慈愛深い女性だろうか。その愛をわたしだけのものとできないのが歯がゆくてならないな」
ちゅ、とシモンがコマリの髪にキスをした。
この二人、ナチュラルにベタベタするのか。
気づいたパウリは遠い目になる。
ああ俺はいまなら砂を吐ける気がする――。